とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十話





 高級別荘を引き払い、ドイツの首都ベルリンへと再び舞い戻る。決戦の舞台は、夜の一族が取り仕切る国際会議場。強国の偉人達が集いし、戦場。

以前の会議では招待状片手に単身で乗り込んだのだが、今回は一応賓客待遇。会議中の滞在先として、国際会議場に隣接するホテルの一室まで用意してくれた。

手荷物一つの身としては大袈裟過ぎる歓迎ぶりなのだが、町外れの怪しげな安宿に泊まるより遥かにマシだ。一応、同行者もいるからな。


「お姉様、久遠ちゃん。リョウスケの事は、ミヤにお任せ下さい!」

「我々も同行はするが、あくまで監視が目的だ。クラールヴィントと連携して、警戒にあたれ。妖狐の娘も、それでいいな?」

「くぅん!」


 当然だが、国際会議場に武器は携帯出来ない。寸鉄一つ帯びているだけで、取り上げられてしまう。関係者以外立入禁止、武器厳禁、ボディーガードは身元まで事前に確認されている。

テロ襲撃が何度も続いているだけに、警備の数も増えて物々しくなっている。しかも人間ではなく、夜の一族で構成された警備の面々。人外における、戦いのプロ。


とはいえ――指輪や古書、ペットの子狐はチェックこそ念入りにされるが警戒対象にはならない。


「……一応聞くけど本当にくるのか、お前ら」

「何ですか、その嫌そうな顔は!? リョウスケを銃弾から守ったのは誰ですか!」

「ミ、ミヤさんです」

「リョウスケが女の子に負わされた大怪我を治したのは、誰ですか!」

「あ、あなたのお姉様です」

「毎日リョウスケのためにお部屋の番をし、お布団を温めてくれたのは誰ですか!」

「く、久遠さんです」


「ついていっても、いいですよね!?」

「は、はい……」


 久遠はカミーユのペットに偽装、夜天の魔導書はヴァイオラの愛読書として携帯、ミヤ本人は俺の着ている着物に隠れて同行する。何でもサイズを縮められるらしい、便利な奴だ。

別荘での同居生活で俺が何の気兼ねもなく夜の一族と交流を深められたのも、こいつらが別荘を守ってくれていたからだ。何だかんだ言っても、感謝はしている。

といってもミヤや久遠は皆にバレてしまっていて、マスコット代わりに可愛がられていた。夜の一族にとって、妖精や妖狐は身近な存在らしい。人外同士、仲良くしていた。

警護メンバーはこいつらの他にノエルやファリン、ローゼも加わっている。テロリストどころか国家戦力相手でも勝てそうな気がするが、念の為だ。あのアホも命令されて、嬉しそうだったしな。

事前に策を練り、慎重に事を進め、警備に力を入れて、護衛を引き連れて、万全を期して――最終決戦に、挑む。


(……俺が最後か)


 ドイツ陣営には氷室遊にカーミラ・マンシュタイン、彼らの両親である現マンシュタイン家当主と夫人。ロシア陣営はディアーナ・ボルドィレフと、クリスチーナ・ボルドィレフの二人。

アメリカ陣営はカレン・ウィリアムズとカイザー・ウィリアムズ、彼らの父である現ウィリアムズ家当主。フランス陣営はカミーユ・オードランと、彼の父であるオードラン家当主。

日本陣営は綺堂さくらと月村忍、正統後継者の月村すずか。イギリス陣営はヴァイオラ・ルーズヴェルトと母のエミリア・ルーズヴェルト、第一秘書官のアリサ・ローウェル。


そして――


「……元気そうだな、バアさん」

「……若造には負けていられないからね」


 アンジェラ・ルーズヴェルト、英国を支配する女帝。長に次ぐ夜の一族の古老であり、闇の偉人。俺の、最大の敵。

挨拶なぞせず、軽口を叩き合う。テロリストに襲われた痛手はなく、人質に取られてしまった悲痛もない。偉大なる王気、人民を震え上がらせる威厳を取り戻していた。

俺に救われたことへの感謝も、俺に孫を寝取られたことへの憤怒もない。俺と同じく、相手を抹殺することだけを考えている。笑顔もなく、凍てついた眼差しを向けるのみ。


憎しみという言葉すら、生温い。生かしてはおけないと、お互いに固く心に決めて、自分の席に座った。


端っこの席に、ネームプレートのみ。他の錚々たる面々とは違い、人間は俺一人だけ。クラスの中で、嫌われ者が座る指摘席である。完全に、場違いであった。

特に、怒りはない。古城から場所を移したとはいえ、席順は皆前と同じである。俺が何も持たない一般庶民である事は事実なのだ、ないものねだりしても仕方がない。

俺の陣営の席は一つだが、この会議室にはミヤ達がいる。孤立無援だった以前とはもう違う。見守っていてくれる人達の期待に、頑張って応えよう。

壇上に、夜の一族を統べる長が立つ。世界会議の、再開である。


「皆の無事な顔が見れて、嬉しく思う。これより、会議を再開する!」


 心労が今も深く顔に刻まれているが、時間が経過して少しは持ち直したようだ。滞り無く議事を進められていて、貫禄も取り戻している。

ただカレンが暴いてしまった長の罪は消えようもなく、一連の事件を招いてしまった責任を取ってこの会議を最後に引退すると宣告した。憑き物が落ちたかのように。

悲しいかな誰からも反対は出ず、俺も取り立てて擁護も非難もしなかった。彼の行為は許されないことだろうが、妹さんをこの世に産み出してくれた事には本当に感謝している。


これで、後継者争いは避けられなくなった。この会議で必ず、次の長を決めなければならない。


「長よ。わたくしから一つ、提案があります」

「……発言を、許可しよう」


 長の承認を得て、カレンが起立する。他ならぬ彼女からの提案となれば、俺も気を引き締めなければならない。彼女の先制攻撃には、肝を冷やされる。

確かこの前の会議では血を重んじる夜の一族の正統性を訴え、妹さん以外に後継者の資格はないと俺が指摘。それに対して、カレンがクローン技術を発表して血の合理性を主張した。

彼女が提示する異世界の技術には欠点があり、妹さんやファリンに心を与えた俺が必要不可欠とされている。完全に誤解なのだが、何にしても俺の協力が絶対に必要なのだ。

提案とは、その事なのだろうか……? 俺が手を組まないことは、彼女も承知しているはず。交渉の余地はない、と思うが彼女は商談や取引に長けている。油断は禁物だ。


一同が固唾を飲んで見守る中、カレンがにこやかに提唱した。



「本会議が再開されるにあたり、席替えを提案いたします」



 ……は?



「この席順に、不満があるのかね。会議場は違えど、配置は同じにしたつもりなのだが」

「同じだから不満なのですわ、長よ。政治も経済も情勢は刻一刻と変化していくもの、常に同じ立場などありえません」

「もう少し、具体的に述べたまえ」

「彼を何故、今もあのような隅に追いやっているのですか。もう少し気を配っていただきたいものですわ」


 何かと思えば、俺の席替えかよ!? カレンに何の得もない、言ってみればどうでもいい提案に当人の俺が仰け反ってしまった。

思いがけない提案に長が何故か真剣に考えこむ始末、おいおい。彼女の真意を図りかねる一同、ドイツの男は彼女にハンサムな冷笑を浴びせた。


「馬鹿馬鹿しい、一考にも値しないな」

「貴方の意見など、聞く価値も――そうですわ、貴方と彼の席を交代して下さいな」

「ほう、素晴らしい案だ。今すぐに交代してくれ、我が婚約者よ」

「カ、カーミラ!? 君はまだ怒っているのかい!」


 カレンの案に拍手喝采で応じるカーミラに、婚約者が慌ててご機嫌取りに回る。あいつ、もう上っ面でしか氷室遊の婚約者を演じていないようだ。本音過ぎる。

それにしてもカレンの奴、どういうつもりだ? 今まで俺の意思を尊重はしてくれていても、必ず自分の利を第一としていたはずだ。

これは学級会ではない、世界会議だ。席の配置はそのまま、世界の勢力図を意味している。単純に、席を替えるだけは済まない。


その認識を正しく持っているアンジェラ・ルーズヴェルトが、苦言を呈する。


「何の意味があるんだい、そんな事に。時間の無駄だね」

「あら、女帝ともあろう御方が命の恩人を無碍になさるのですか」

「助けてくれと、頼んだ覚えはないよ。敵に情けをかけるのであれば、その見返りに対して配慮するのは当然の事だよ。
行動の一つで利を得ようなんて、ものぐさでしかありはしない。お前さんもよく、分かっているだろうに」


 恩を売るのではなく、恩に着せる。感謝されるのをただ口を開けて待っているなんて、面倒臭がりの根性なしだと彼女は唾棄している。

義理人情を美徳する日本人とは感性が異なっているが、競争社会ではむしろ当然の考え方なのだろう。カレンも、その点は否定しなかった。

俺も感謝されたくて助けた訳ではないが、あんな言い方をされたらそれなりに腹は立つ。昔の俺が、当然のようにそうしていたから。


「ですから、わたくしから提案いたしましたの。そもそも彼を招待したのは貴女様でしょう。こうした提案は、貴女様からするべきではなくて?」

「ふん、可愛げのない小娘だよ」


 アンジェラが俺の敵だと分かっていての、痛烈な皮肉。丁寧な言葉でお前は恩知らずだと、面前で罵倒したのだ。女だてらにあの胆力、恐れ入るばかりだ。

女帝たるもの下々の者にみだりに感情を露わにしたりはしないが、挑発には死を以って遇する気性も持ち合わせている。

たかが席替えで、血で血を洗う刃傷沙汰に発展。国際会議の場では、失言一つで戦争に発展する。


「与えられた席に不満があるというのならば、とっとと出て行けばいい。下等生物など、必要ない」

「……花嫁をおいて逃げ出すような殿方こそ、長を決める会議には相応しくはないわ」

「何だと――ヴァ、ヴァイオラ・ルーズヴェルト様!?」


 氷室が驚くのも無理はない。ヴァイオラ・ルーズヴェルト、イギリスが誇る美しき華が会議の場で発言したことはかつて一度もない。

生にも受動的だった彼女が、他人のために意見を述べるなんてありえない。ドイツの次期当主が、目を白黒させていた。

祖母のアンジェラが余計な口出しをしたヴァイオラを睨んでいるが、本人は涼しい顔。俺の視線に気付いて、そっと微笑んで手を振った。ぐっ、なんだあの無邪気な可愛さは。


「長、私もカレン様のご提案に賛同いたします」

「……カミーユ様、公私混同されては困りますね……あのような人間に肩入れしては、フランスの品位が疑われますよ」

「貴方の低俗な邪推に付き合うつもりはありません。どう思おうと、結構です」


 以前フランスの貴公子誘拐未遂事件が、氷室遊の謀略により世間に表沙汰にされた事があった。あの時は家の名誉を思って、カミーユは何も言えず塞ぎ込んでいた。

その彼が同じ嘲笑に晒されているというのに、すました顔のままでいる。俺という人間に肩入れすることにも、何の抵抗も感じていないらしい。


同居生活をしていたから分かるのだが――言ってやったと、内心友達を守った誇らしさで興奮しているのが分かる。男なのだが、何かちょっと可愛く思えてきた。


「彼は夜の一族ではありませんが、一族の多くの者達が彼に救われています。先の事件、彼が居なければ我々は人質に取られていたか、最悪全員殺されていたでしょう。
今も彼は我々に対抗する立場を取っておりますが、あくまでも会議を通じて我々と忌憚なく論議を行い、同じ立場で戦う事で対等である事を示そうとしているのです。

ならば我々も彼に応えるべく、同じテーブルにつかせるべきでしょう」

「綺堂さくら君の意見に、僕も賛成だ。座る席がないのであれば、僕達の席についてもらってもいい」

「その提案には同意しかねますわ、オードラン様。彼は娘の婚約者ですもの、私達の席についてもらいましょう」

「反対、反対! 彼は日本人なんだから、日本側についてもらうのが普通です!」


 お前まで口出しするなよ、忍! 何だよ、この陣取り合戦!? 俺はどうすればいいんだ、ド畜生め!

まさか本会議が始まる前から、こんな騒ぎに発展するとは夢にも思わなかった。全く想定していなかったので、どうすればいいのか分からない。

短期間ではあっても、あの同居生活がマイナスに働いている。各陣営に肩入れすると、他の陣営を敵に回してしまう。全員敵なら分かりやすかったのだが……うぬぬぬぬ。


どの席に座っても、どこかの勢力に悪い印象を与えてしまう。戦国時代、大名達もこんな悩みがあったのだろうか……? 政治というのは、難しい。


「皆の意見は、よく分かった。私も、彼の今の立ち位置については疑問に感じていた。皆に配慮して以前と同じままにしたのだが、余計だったようだ」

「長、こんな人間に肩入れするのは間違えています!」

「氷室君、君に発言を許可した覚えはない」

「……くっ……、申し訳ありません」

「とはいえ、氷室君やアンジェラの意見ももっともだ。なので、ここは本人の意志を尊重するとしよう。

宮本良介君、君の希望を聞かせてくれ」


 ――最悪の展開だった。無茶ぶりというテレビで聞いた現代用語が、今自分の頭によぎった。皆が期待して見守る中、アリサのクソ馬鹿だけがニヤニヤ笑って俺の答えを待っていやがる。

戦略的に考えれば、答えは一つ。戦術的に考えれば、幾つか選択肢がある。人情面を重んじるならば、選ぶ席は二つ。何も考えないならば、鉛筆でも転がして決めればいい。


その全てを排除して、俺は一秒も迷わずに答えてやった。


「このままでいいです」

「では、会議を再開する」


『こらー!!』


 うるせえ、死ね。滅びろ、夜の一族。
















<続く>








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