とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九十一話
世界会議では主要各国の代表者が集い、各年に起きる問題や一族の今後を議題に論議する。会議の日程は常に決まっており、顔ぶれもほぼ変化する事はない。
夜の一族は人外の集団であり長寿、世代交代は人間よりも周期が長く、それゆえ後継者問題も根が深くなる。血を重んじる一族の伝統が、古老の発言力を強くしてしまうのだ。
彼ら欧州の覇者達を黙らせるのは、血の純度。王の一言が、臣下の万の格言に勝る。だからこそ長は祖先の墓を暴いて、月村すずかという"王女"を産み出した。
クローン技術に欠陥がなければ、月村すずかに王の意思が在れば後継者問題は即座に解決していた。少女にはまぎれもなく純血種であり、王の資質があったのだから。
いや、長からすれば月村すずかに心がない事は好都合であった筈だ。傀儡の王を立てれば、小煩い血族を黙らせられる。それが出来なかったのは、長に心があったからであろう。
結果として月村すずかは日本に送られ、俺と出逢った。彼女の代わりではないにしろ、会議に席を与えられて、後継者問題に口出しをしている。
根の深い問題、単純に事を納めることは出来ない。心がある限り、争いもまた絶える事はない。
「議長。前の会議が中途半端に中断されてしまったので、改めて俺から議題を提示させてほしい」
「いいだろう、述べたまえ」
「夜の一族の次の長には月村すずかこそもっとも相応しいが、彼女自身には王となる意思がない。今更、本人に意思確認する必要もないと思う。
月村すずかが辞退した以上は他を選ばなければならないが、この場に集まった人達の中に彼女以上に相応しい者はいない。
ならば会議を再開したところで、夜の一族の後継者を選び出すのは難しいのではないだろうか」
いい加減負けを認めて故郷へ帰れ、今の発言を意訳するとこうなる。この場に居る者達の中に、俺の発言の真意を読み取れない者は一人も居ない。分かっていて、言ってやった。
宣戦布告に等しいが、今更過ぎて斬新さもない。敢えて口にしたのは彼らへの挑発ではなく――抗議と言う名の、怒りであった。
夜の一族が平和式典での大騒動を利用して、ヴァイオラ・ルーズヴェルトを平和の象徴として祭り上げようとした。政略結婚のみならず、一族の為に政治利用したのだ。
俺は金持ちでもなければ、権力者でもない。一個人の強みを生かして、個人的に抗議を述べさせてもらっただけだ。ようするに、立場を利用した逆ギレである。
子供じみていると言われたら、その通りだ。だが、それの何が悪い。同居生活を過ごした以上は、彼女はもう赤の他人ではないのだ。俺の同居人を、何だと思ってやがる。
ほれ、反論してみろよ。全部、黙らせてやる。この会議の場では、俺とお前達の立場は同じだ。同じ土俵でならば、負けない。
「ふん、何を好き勝手に言っている。貴様にこそ、口出しする権利も資格もない」
「それで?」
「何……?」
「もしかして、それで終わりですか? 俺個人の悪口を言うのであれば、会議の場でなくても何処でもいいでしょう。
反論があるのならば感情的にではなく、明確な意見を述べて貰いたいですね。マンシュタイン家の次期当主殿」
「――ちっ、島国の猿らしいさもしい真似をする」
あれ……? くそ、失言を出させようとしたのを勘付きやがったか。義務教育レベル以下の敬語を、舌を噛みそうになりながら丁寧に言ってやったのに。
前回の会議ではこの程度の挑発でも、ムキになって反論していた。激情に駆られたその隙を狙って追求したのだが、今回は露骨に警戒してやがる。
二番煎じは通用しないようだ。まあ、同じ手を使いまくる俺の応用力の無さにも問題がある。こういう点は、アリサが上手くサポートしてくれていたからな。
相変わらず俺を見下しながらも、俺を警戒している。敵としてではない、猿に噛み付かれるのを嫌がっている。認識の違いはあるが、侮ってはいけない。
たとえ相手が下等な獣であっても、警戒すれば人間は銃で撃ち殺すのだから。
「そもそもその件については、カレン・ウィリアムズ様からの詳細報告により血の神秘性そのものが形骸化されてしまっている。
我がドイツも調査チームを作り、調査を進めているところだ。貴様がそこまで得意げに言うのであれば、正式に会議の議題として取り上げようではないか。
何なら、貴様宛に後日調査報告書を届けてやってもいいぞ。日本語で翻訳して」
こいつ、妹さんがクローン人間である事を問題化するつもりか!? クローン技術そのものの実証性はないにしても、道徳面から訴えかけるのは出来る。
妹さん本人は、全く気にしていない。俺にさえ拒絶されなければ、世界中の人間に疎まれてもどうでもいい。妹さんの生き方は王ではなく、護衛と決めているからだ。
氷室遊は優越に唇を歪めて、わざわざ俺の返答を待っている。俺が妹さんを護衛にしているから成立する策、悪魔じみた心理の罠。
昔の俺ならば悩むことさえなかったが、今の俺は違う。受け入れてしまった他人を、自ら手放すことが出来ない。強さを求めて得てしまった、人間的な弱さ。
世界会議の議題にクローン人間の正統性を論議されると、間違いなく妹さんと長のおっさんの立場が危うくなる。被害者と、加害者なのだから。
かといって安易に発言を撤回してしまうと、俺の優位が保てなくなる。妹さんが"王女"であるからこそ、奴らが後継者を名乗る事が出来ないのだ。撤回すれば、あいつらが我先に名乗り出てしまう。
クソッタレな話だった。今の俺だからこそ出来ない下衆な作戦を、氷室遊が堂々と実行に移したのだ。自分の醜さを、見せつけられた気がした。
「血の神秘性まで、否定された訳ではないだろう。創り出せるというだけで、価値そのものが失われたのではない」
「誰にでも作れるのであれば、"王女"を殊更選ぶ理由もあるまい」
ええい、間髪入れずに反論しやがって。少しは考える時間を与えろ、この野郎。お前と違って、こちとら頭の回転は鈍いんだよ。
俺が不利なのは誰の目にも明らかで、アンジェラやカレンが一切口出ししてこない。おのれ、せめて氷室に便乗して俺を攻めてくれば巻き込んでやるのに。
迂闊に口走るな、考えろ。妹さんと長のおっさんの味方をして、発言を撤回するのは簡単だ。しかしここでひいても、氷室が後で持ち出さない保証はないのだ。
誘拐やテロと、同じだ。一度でも脅迫に屈せば、際限そのものがなくなる。一時的な感情で動いて、五月や六月の時のように仲間を傷つけるような事があってはならない。
視野を広くして、真意を深く掘り下げろ。これは喧嘩じゃない、戦争だ。目の前の光景ではなく、山の上から景色を見つめろ。
「論点をすり替えるなよ。俺はこの場に居る者達で一番相応しいのは、妹さんだと言ったんだ」
「すり替えているのは貴様だ、人間。私は、その王女の血の価値に疑問があると言っている」
「妹さん――月村すずかは王の血を引く純血種、これは事実。そしてあんたを含めた他の後継者は純血ではない、これも事実だ。
仮に創り出された存在であっても、血の濃度に何も変わりはないだろう。妹さんは、あんた達と違って祖先の血を受け継いでいるんだ。
創り出せる技術や資金があっても、あんた達自身の血まで変えられる訳ではない!」
氷室遊が、眉を顰める。熟考している。よし、手応えはあった。この点だけは、氷室遊は絶対に否定はできまい。奴の最終目的は、自分が王になることなのだ。
そして自分自身の血では王たる資格はないと考えたからこそ、ドイツのマンシュタイン家に婿入りした。俺は、奴の泣き所をついたのだ。
言い換えれば、相手の痛いところをついて黙らせただけ。論破が出来ていない事は、俺自身がよく分かっている。
そこら辺に居る人間ならば、これで口ごもる。だが、敵は氷室遊。単身ドイツに渡り、マンシュタイン家を事実上乗っ取った怪物である。
「貴様の意見は、よく分かった。ならば、正式に会議の議題として取り上げよう。
クローン技術について――クローン人間そのものについて、忌憚なく語り合おうではないか」
うぐぐぐぐ……案の定、誤魔化せてなかった。泣き所をついて責め立てて、クローンそのものから後継者問題にぶれさせようとしたのに。
ここまで主義一貫しているのを見ると、こいつは何が何でも俺を落としたいらしい。俺さえ落とせば、妹さんの正統性も無くなると確信して動いている。全くもって、正解である。
妹さんがこの場にいるのは会議に参加する為ではなくて、俺を守るためである。極論を言うと、妹さんは世界会議そのものにすら関心がない。
自分が責められても、何一つ反論しないだろう。王になる資格を失っても、どうでもいいだろう。俺さえ居なければ、会議室から追い出されても困らないのだ。
頭を抱えたい気分だった。奴を侮ってはいなかったが、強敵である事実を確信出来ても嬉しくも何ともない。困り果てるだけだ。
――駄目だ、何も浮かばない。ええい、こうなったら理論ではなく、感情的に口から迸ってくれるわ。
苦し紛れもいいところだが、喋りながら考えるのも小市民の取り柄といっていいのではないだろうか。実に、情けないけど。
「おう、やってみせろよ。何だったら、朝まで語り合おうぜ」
あっ、アリサが頭を抱えた。開き直りやがったこのバカと、その態度が物語っている。うるせえよ、お前がいないから困っているんだろうが!
――味方が、いない……? そうか、これだ!
「しかし、この場にいるのは我々だけではない。議題として会議に提議するのであれば、長は勿論のことだが他の後継者候補に問うべきであろう。
意見したのは俺、提議したのはあんた。そして、論議を決めるのは彼らにある。
クローンについて会議で語るべきか否か――皆に聞いてみよう。それでどうだ?」
「いいだろう。かまいませんか、長」
「夜の一族全体の問題であり、私個人の過ちが発端となった議題だ。私の方こそ、君達に意見を伺いたい」
この瞬間、氷室遊は自分の勝利を確信したに違いない。当然だ、"王女"こと月村すずかより王冠を奪う絶好の時。誰が、この機会を逃すものか。
もしクローンが議題となれば、あらゆる面から妹さんを追求することが出来る。絶対的な存在であった月村すずかを貶めることが可能だ。クローンそのものさえ、世には認められていないのだから。
この世界だけではない。異世界でさえも、このクローン技術には強い警戒を持っている。生命の創造は、古来より異端視されている。
俺がどう認めようとも、妹さんが受け入れようとも、世間にはまだ浸透していない。そして彼らは各国の権力者、世論すら動かせられる。勝ち目はなかった。
氷室の認識は、悔しいが正しい。皆に意見を聞こうとする俺の提案をあっさりと飲んだのも、苦し紛れだと分かっている。実際、本当に苦し紛れだった。もう、他に手はなかった。
白旗を振ったに等しい、行為。初戦は、完全に言い負かされた俺の敗北。氷室遊、なんという男か。敵を倒すためならば、人間性すら貶められるのか。
ここで彼らがクローンを議題に上げる事に賛成すれば、この先もう勝ち目はない。そして、彼らは喜んでやるだろう。後継者と、なるために。
これで、終わりである――彼らと寝食を共にする、前ならば。
「"王女"がクローンであるかどうかなど、私にはどうでもいい。つまらん話を持ち出すな」
「クローン技術に関してまだ真偽も明らかにされていないのに、その正統性を話し合うのは時間の無駄です。
そもそもまだ調査中であるのに、議題に持ち出す意味が分かりません。チームまで作ったのなら、最後まで責任を持って続けて下さい。
それと――調査報告書は彼より前にまず、私に見せてください。いちいち彼を煩わせないでくださいね、氷室様」
「パーパもほーんと、役立たず。こいつをちゃんと、殺してくれればよかったのに」
「クローンについてこの会議の場で話し合うことに、意義はあるのでしょうか? 諍いを生む原因にもなった事を、殊更論議しても埒が明かないでしょう。
ボクは、この議題についてこれ以上語り合うつもりはありません」
「――たとえ王女がクローン人間であっても私の友人であり、夫の護衛であることに違いはありません。私も、反対します」
「王子様に、クローンについてご理解頂くのはわたくしの役目です。わたくしを差し置いて勝手な真似はしないで頂けるかしら」
「残念、全会一致で反対だ。この話はお互いやめにするとしよう」
「ど――どういうつもりだ、貴様ら!」
にこやかに言ったものの、手にビッショリ汗をかいて席に座る。やばかったなんてものじゃない。彼らが味方をしてくれなければ、負けていた。
同時に、思う。俺は確かに、人間的に弱くなったのかもしれない。非人間的に行動できる氷室遊は、強いのかもしれない。
けれど、結果として氷室遊の策は実らなかった――俺が、他人を受け入れた事によって。
厳しい戦いになる。剣は、折れてしまった。金も権力も俺にはないけれど、海鳴を離れても俺は独りじゃない。
戦いは、これからだ。
<続く>
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