とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十九話
夜の一族の王を決める世界会議が、ようやく再開される。場所はドイツ連邦共和国の首都ベルリンにある、国際会議場。今や世界の火種と化した都で、覇権が競われる。
以前の古城は国際テロ組織に知られているので閉鎖、主要五カ国が権利を有する国際会議場に論議の場を移したのである。首都のど真ん中、慎重にして大胆不敵。
途中参加はなく、人間の参席者は相変わらず俺一人。脱落者は、俺が倒したロシアンマフィアのボスのみ。全員支持を得て、会議に参席が決まっている。結局、俺を落とす策でしかなかった訳だ。
夜の一族の長より借り受けた高級別荘での静養も終わりとなり、引き払う事となった。いよいよ正念場、欧州の覇者達との戦争が始まる。
「下僕よ、この別荘は一族の長が所有しているのだな」
「ロシアンマフィアとテロリスト達と戦った後だったからな。安宿に泊まるのは危ないと、長の厚意もあって借りていたんだよ」
「ならば長と交渉し、この別荘は私のものとしよう」
「何だお前、気に入ったのか?」
「思いの外居心地は良かった。人里から離れているのもよい。此処を私の棲家としよう、いつでも来るがいい」
「日本から気軽に来れる距離じゃねえだろう」
「そう言うな。お前は私によく尽くしてくれた。私が王となった暁には、お前に領地をくれてやろうではないか」
最初は同居生活に文句ばかり言っていたくせに、随分とお気に召されたらしい。まあ確かに、こいつは近頃はカレンとかとも親しくしていたようだからな。
傲慢不遜な女吸血鬼も扱いを心がけていれば、こうして快く会話や相談に応じてくれる。気分屋であるというだけで、横暴な独裁者ではないのだ。
問題は私生活が非常にずぼらで、面倒が大変だった事。万が一また同居することがあれば、まず自分で服を着替えることを義務付けたい。
「御神より連絡が入りました。ドイツ国内の残存勢力はほぼ一掃、ロシアの情勢も落ち着いてきているようです。会議にこれ以上支障をきたすことはないでしょう」
「いよいよ、マフィアの二代目ボス誕生となるな。お祝いの花でも送ろうか」
「……貴方に祝福されるのは、少しだけ複雑ですね」
「どうして?」
「貴方の前ではいつも、一人の女でいたいですから」
……よくこんな台詞を、笑顔で言えるものである。ディアーナはとびきり美しいロシア人女性、言葉一つで甘酸っぱさに目眩までしてしまう。
血を捧げられてからというもの刺も取れて、寄り添うように甘く愛を囁かれた毎日。剣という相棒が居なければ、彼女をパートナーに選んでいたかもしれない。
彼女の生き方には少しも共感できないが、他人を傷付けて生きる在り方はとてもよく似ている。そうすることでしかいきられない人間も、いるのだ。
暴力を温床に育ってきた少女も、それは同じだろう。生き方は、急には変えられない。
「ほら、クリスチーナ。いつまでも泣いていないで、ちゃんとお別れを言いなさい」
「だってぇ……折角、友だちになったのにぃ……」
月夜に行われた死闘、夜の一族の後継者達が見届けた血の戦いでクリスチーナは敗れた。仲直りもせず、優しい言葉もかけず、相手を踏みつけて、決着。
正直報復も覚悟していたのだが、クリスチーナは部屋に閉じこもって何日も泣き続けたまま。顔を腫らし、目を腫らし、大声を張り上げて、感情のまま泣き喚いた。
部屋から出てきたのは、俺がようやく怪我を治して動けるようになった頃――皆が見守る中で、クリスチーナは俺にこう言った。
"……ウサギの作ったおにぎりが、食べたい"
"ああ"
クリスチーナは非難しなかったし、俺も謝らなかった。彼女はきっと自分のこれまでを反省も後悔もしていないのだろう。悪人が急に善人となるのは、フィクションの中だけだ。
ただ、人間というのは変わっていける。他人を知り、交流することで自分を見つめ直せるのだ。それが血を分け合った関係ともなれば、尚更親密に接していける。
クリスチーナは俺にはもう暴力は振るわなくなり、感情を見せてくれるようになった。笑ったり、怒ったり――別れを惜しんで、人前で泣いたりもするようになった。
人殺しの少女の前で、俺は無防備に屈んで同じ視線を向ける。
「離れていても、俺達の心は一つだよ」
「……ウサギと一緒に見た、映画の台詞」
「お、俺達は同じ空の下で、生きているんだ。国境を超えて」
「……私と一緒に読んだ恋愛小説の台詞を、妹への口説き文句にしないで頂けませんか?」
「俺にどんな感動的な言葉を期待しているんだ、お前らは!」
ロシアンマフィアの姉妹をそのままぶん殴って、別れた。全員から非難轟々だったが、かまうもんか。これからも、遠慮なんか絶対してやらねえからな。
車に乗った二人に最後舌を出してやると、二人揃ってアカンベーをして笑っていた。あの仲の良さなら、一緒にやっていけるだろう。俺がいる限り、二人は結ばれているのだから。
マフィアとの一連のやり取りを見ていたのも、やはり二人であった。
「仲がいいのか悪いのか、よくわからないよね君達は」
「まるで、俺とお前との関係みたいだな」
「ボ、ボクと君は仲良しじゃないか、何言っているの!?」
慌てた調子で、ぎゅっと手を握りしめてくる。フェンシングではフランス一の剣士の手は鍛えられているが、とても温かくて柔らかい。男のくせに、不思議な感触だった。
日本とフランスの友好の証を無理やり引き離して、情熱的に強く握りしめてくるイギリス人の女性。英国が誇る美しき妖精が、貴公子を鋭く睨んだ。
「人の夫に破廉恥よ、カミーユ」
「ゆ、友情の握手だよ!」
「本当に? 私の目を見て、もう一度言いなさい」
「……」
「そこで逸らすなよ!? 意味深だろうが!」
ディアーナとクリスチーナとの関係は劇的に変わったが、カミーユとヴァイオラとの関係は特に変化していない。同居生活についても、良好のまま終わった。
ヴァイオラとはルーズヴェルトの血の盟約による婚姻関係が結ばれたが、名前だけのものだ。俺を夫として立ててくれるが、人間関係はこれからである。
カミーユとは友達付き合いをしているが、俺もこいつも今まで友達というものに縁がなく、付き合い方は今でもよく分からなかったりする。
友好条約を結んでも、肝心の友好の意味が分からない三人。戦いが終わったから、始まる関係もある。
「ヴァイオラは会議が終わった後帰国して、クリステラソングスクールの入学試験を受けるらしいな」
「お祖母様には今も強く反対されているわ」
「大丈夫、俺が黙らせる」
間髪入れずに言い切った俺に、カミーユもヴァイオラも目を見張る。二人に約束した事だ、今更違える気はなかった。
どのみちアンジェラ・ルーズヴェルトを倒さない限り、俺は社会的に抹殺され、同盟を破棄したフランスは制裁を受け、ヴァイオラ本人の未来は暗く閉ざされる。負けられない。
あの女と俺は決定的に違いながら、根本はとても良く似ている。他人を喰らい、他人を利用し、他人を傷付けて、今の自分が在る。奴はそれを肯定して生き、俺は否定してやり直そうとしている。
だからこそ、目を背けられない。だからこそ、許せない。対等に戦える論議の場で、俺達は殺し合う。
「ヴァイオラ……彼は、本当に頼もしいね」
「私の夫ですもの」
二人はもう犠牲者ではない、共犯者だ。俺に力を貸してくれている。一緒に住んでいることは、皆にも知れ渡っているだろう。
批判を受けることを覚悟の上で、同居して支えてくれたことには深く感謝していた。これから先は、俺が恩を返す番だ。借りっぱなしでは、日本には帰れない。
貸し借りのない関係が、友達としての第一歩となる。
三人で手を取り合い、未練を残さず別れた。特に悲しみも寂しさもないのは、つながったからだろう。人生は共に歩めないが、とても近いところを歩いている。
こうした友情関係が芽生えた中で、敵のまま終わった関係もあった。
「王子様、しばしのお別れです。また、会議の場でお会いしましょう」
「今後会った時は、敵同士だな」
「あら、わたくしはそう思っておりませんわ」
「へえ……どうして?」
「王子様は、最後にわたくしを選びますもの。どのような結果を迎えても」
どんな策を仕込もうと蹂躙して、男をねじ伏せる。彼女なりの求愛であり、まごうことなき独占欲。この女にとって愛と欲は切っても切れない関係にある。
この口ぶりからすると、俺がカイザーと組んで策を練っているのは分かっているらしい。市場の流れを見れば自ずと把握できるのだ、驚きはなかった。
カレンが俺の策を見切るのは想定内――むしろ策を呼んだ上で行動してもらわねば、効果は出ないのだ。
「一応、確認しておこう。俺に負けを認めれば、潔く血を分けてくれ」
「わたくしが勝てば、アメリカに来て頂けますわね?」
「勿論だ。新しい王に仕えられて光栄だよ」
「仕えるだなんて……あなたには、わたくしのパートナーになって頂きます。立場は同じですし、相応の御身分を用意させて頂いていますわ。
それにわたくし、本当は嬉しいのですのよ」
「と、いうと?」
「わたくしの血で癒すのは、貴方が剣を握るその利き腕――あの汚らわしいマフィア女の血では、貴方の手は治せなかったのですもの。
貴方に相応しいのは、わたくし以外ありえないということですわ。うふふ、あははははははは!」
やめてあげて!? ディアーナ本人もすげえ悔しそうにしていたんだから! ロシアンマフィアとアメリカの大企業が戦争になっちゃう!?
それにしてもカレンの奴、もう俺のアメリカでの身分を用意していたのか。この様子だと、自分が負けたことも考えて色々動いていやがるな。何を企んでいるのやら。
正直共同生活を通じて、カレンにはもう敵対心は無くなっている。カレンは本当に俺の為にこの別荘に来て、色々便宜をはかってくれたのだ。
それでも戦う理由があるとすれば、因縁だろう。カレンが夜の一族の長になれば、間違いなく世界進出に出る。支配できる経済力も、武力も備わっている。
海鳴での因縁――優しい町と温かい人達、そして異世界。カレンが覇を唱えれば、全てが根底から覆る。彼らの穏やかな生活まで脅かされるだろう。異世界にまで、渡って。
柄ではないのだが――彼らのいる世界を守るべく、彼女と戦う。
「支援してくれてありがとう、カレン」
「わたくしを二度に渡って助けて下さったこと、本当に感謝しています」
感謝の言葉、義理堅き関係。けれど握手はせず、互いに背を向ける。次に会えば、戦うしかない。相手を陥れるべく、策を弄して辱めるのだ。
激突は避けられないが、恨みっこはなし。たとえ自分が破滅する結果になっても、受け入れられる。そんな気さえしてくる。
認めようと思う――彼女はとても、イイ女だった。
こうして俺達は、戦場へ戻った。
<続く>
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