とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第七十九話
犯罪を犯す覚悟は固めていたが、だからといって積極的に犯罪行為に出るつもりはない。一人ならばともかく、迷惑をかけてしまう人間が多すぎる。
ヴァイオラ・ルーズヴェルトの説得に何とか成功した俺はそのまま彼女を強奪したりせずに、彼女の母親の元へと連れて帰った。
夜の一族の決定には逆らったが、俺を支援してくれた人達にまで義理を欠くつもりはなかった。それにヴァイオラ本人も今は帰国を望んでおらず、飛行機だって飛べない。どのみち、帰れない。
その日は母と娘、家族二人で話し合わせる為俺達は一時帰宅。次の日の朝、早速別荘に電話がかかってきた。
アンジェラが諦めない限り、俺はどこまでも戦うつもりだった。どんな罵詈雑言を浴びせられようと、決意は変えない。仲間達が見守る中、俺は電話を取た。
『あの娘との婚約、もう一度考えなおしてもらえないかしら?』
「は……? いやいやいや、何を言ってるんだあんた!」
イギリスの未亡人さんから懇願されて、思わず腰を浮かしてしまう。娘を誑かしておきながら婚約を破棄し、その上家族の決定で帰国しようとしたところを妨害までした俺。
我ながら自分勝手の極みだと自覚していたので、猫撫で声で求められて素の口調になってしまった。ヴァイオラのママさん、無法過ぎる。
リンディや桃子のように若々しい奥さんは、明るい口調で俺を口説きにかかる。
「俺は一族の決定に逆らって、あんたの娘を強引に攫った男だぞ」
『立派じゃないの。自分の信念を貫いて、娘を説得したのでしょう。すごく情熱的だわ』
「映画やドラマの見過ぎ」
イギリスの上流階級で恋愛物が流行っているのか知らないが、俺の行動を好意的に思い過ぎだった。誰がどう見ても犯罪だろう、あんなの。
ローゼに命令してガジェットドローンを飛ばし、飛行機の離陸を妨害したのだ。事が明るみに出れば、国際犯罪者の仲間入りだった。
一応すぐに撤収はさせたが、今ドイツは未確認飛行物体の登場でUFO騒ぎになっている。国際空港での結婚騒ぎと合わさって、またドイツは世界中から注目されていた。
当然、この人の耳に入っているだろう。
『カミーユ君にも随分怒鳴られたのよ、昨晩はお母様にも直談判して朝まで大喧嘩。あの子も貴方と知り合って、本当に強くなったわね』
「へえ、あいつも男らしくなったんだな」
『男らしく、ね――私は逆だと思うけど』
「何でだよ、強くなったんだろう」
『ふふふ、内緒よ』
なるほど、イギリス側が予想外に落ち着いているのはカミーユが火消しに奔走してくれたからか。あいつも今回の件は相当腹に据えかねたんだな。
俺とは違って犯罪行為には出ず、正面からルーズヴェルト家と対決した。"貴公子"の名に恥じない、男らしい戦い方。あいつは本当に、カッコよかった。
「婚約とは言うけれど、ヴァイオラ本人も望んでいないだろう。何度も俺に振り回されたんだ」
夜の一族の世界会議、欧州の覇者達との戦争を彼女は最期まで見届けてくれる。夢が終わってしまうのか、夢を叶えてその先へと行くのか。彼女は、俺の傍で見てくれる。
その事と、愛とは全くの別問題だ。俺達には友情も愛情もない。似たもの同士でもない、生まれた環境も生きる理由も何もかも違う。俺達は本当の意味で、他人同士だった。
肌を重ね合わせても心は繋がらず、温もりを感じても心は安らがない。俺達の関係は何だったのか、自分自身でも分からない。
「――その事なんだけど」
「母親のあんたには、文句を言う権利はある。何でも言ってくれ」
「あの子がね、貴方との関係を望んでいるの。貴方と、"婚礼"を行いたいと言っているわ。
すごいわよ、あの子――お母様の前で、血判を突きつけたの。ヴァイオラ・ルーズヴェルトの名に誓い、貴方と契りを交わすと宣言したわ」
言葉を、失った。クリスチーナと同じ、夜の一族の女の決意の証。あの子は己の名に誓い、俺を殺害すると宣言した。歴史あるボルドィレフの名で、明言したのである。
日本の婚約届けとは訳が違う。夜の一族の血に誓ってしまえば、絶対に取り消せない。それほどまでに、"血"は重んじられている。
アンジェラ・ルーズヴェルトは、イギリスの頂点に立つ女帝。彼女に宣言するということは、ルーズヴェルト家そのものに誓ったのだと言い切れる。
今後他の男性に心を惹かれても、断じて結婚は許されない。肌を重ね合わせたその瞬間に、己の命を絶たなければならない。
死がふたりを分かつまで――純然たる愛の証、と母親は考えているのだろうが、真意は違う。皮肉にも、彼女と一夜を過ごした俺だからこそ分かった。
("神前の婚儀"か)
古来より、日本人は神様にお供えした「御神酒」に人と人を結びつける力があるとされてきた。同じ酒を酌み交わすことで、お互いが固く結ばれる事を願う儀式だ。
婚約の試験がかぐや姫の伝承に習った、彼女らしい誓いであった。御神酒ではなく血を酌み交わし、俺との縁を正式に結ぼうとしている。
この儀式は神々の"むすび"のお働きにより人と人が結ばれた事を感謝し、神様から二人の婚儀を祝福しての御神酒を飲むことで体の中に神様のお力を取り入れる。
日本の古き良き伝統に従って、彼女は俺に自分の血を捧げようというのである。彼女の血を飲んで、ルーズヴェルトの祝福を受けて身体を回復させる。
誓いとはすなわち、願いの成就。彼女は俺に誓って、自分の夢を叶える決意をしたのである。
「俺も、彼女に誓うよ」
『何かしら?』
「アンジェラ・ルーズヴェルトを倒し、俺達を認めてもらう。自分達の夢を、叶えるために」
『――貴方達の未来に、幸あれ』
高名な占い師からの、真摯な祈り。彼女が望んでくれた未来を本物にすべく、俺は世界会議であの女帝と戦わなければならない。
おかしなものだ、婚儀を誓ったヴァイオラよりもアンジェラとの宿命の方が深い。アンジェラと俺は、あまりにも憎しみ合わせてしまった。敵で、ありすぎた。
あの女も、その点だけは同意だろう。それが証拠に、文句の一つも言ってこない。あれだけのことをしでかしたのに、俺を放置している。
確実に、会議で俺を殺そうするだろう。俺も必ず、あの女を破滅させてみせる。敵意や殺意も度を超えれば、愛にも勝る甘さを感じる。もはや、死ぬまで許さない。
絶対に、殺す――俺は初めて明確に、人を殺す決意をした。
程なくして、ヴァイオラとカミーユが別荘へと帰ってきた。喜び合う仲でもなかったが、無事な顔を見れてホッとするくらいには繋がっている。
他の面々も、彼女達の帰還には何も言わなかった。ただ関係の変化はあったのか、ヴァイオラと俺との同室は全員一致で反対されてしまった。
その時のヴァイオラの表情は、よく覚えている。女性陣から拒否されたというのに、静かな微笑みを浮かべていた。まるで、仲間だと認めてもらったかのように。
カミーユも自分からヴァイオラとの婚約を断ったと、清々しく言い切っていた。アンジェラ様を一喝したのだと、迷いのない笑顔で語ってくれた。
全員が揃った食卓で、ヴァイオラの料理が並ぶ日が増えた。彼女は、俺が台所に立つのを断固許さなかった。
「男女平等の世の中だぞ、今は」
「妻の仕事です。手を使えない殿方が、台所に立たないで下さい」
毎日追い出されては、カーミラやカレンに笑われる始末。憎たらしい性格の者同志、気が合うのかもしれない。高飛車なゆえに、よく喧嘩しているが。
ヴァイオラとの婚儀は正式な婚約ではなく、あくまで血の誓いの形なのだが、彼女は便宜上なのか知らないが自分を妻と名乗り、俺を夫として立てている。
イギリス人なのに日本人顔負けの古風な女性で、常に夫を立てようとする。亭主関白が、彼女の理想像らしい。ローゼがしたり顔で頷いているのが、むかつく。
「なかなか理想的な形になってきたね」
「お前のその余裕は何なんだ、忍」
「内縁の妻として、女性関係に気を配っているだけ。侍君は、どしっとかまえていて」
この別荘で何故か主人である俺を差し置いて、こいつが一番人望が厚い。傲岸不遜なカーミラやカレンとも、良き相談相手になっているらしい。何の理解者なんだ、一体。
日本人と外国人、人間と人外、男と女。うまくいく筈のない共同生活が成り立っているのは、悔しいがこいつのおかげである。
本人も他人との交流は苦手としているのだが、同じ一族の女同士でつながりが出来ている。案外、こいつも変わろうとしているのかもしれない。
そういう意味で首尾一貫しているのは、妹さんだろう。この子は、既に完成されている。俺の護衛として、毎日付き従ってくれている。
ローゼのアホはノエルの教育を受けて、主従関係について学んでいる。ファリンは正義を学ぶべく、日々俺と熱く語り合っていた。彼女達は日々、人間らしくなっている。
平和であった。
必ず終わりが来ると分かっていたから――皆、この生活を楽しんでいた。
世界会議の再開、その連絡が来た時も普段通りに過ごしていた。
<続く>
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