とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第七十八話
ドイツ最大規模の国際空港、フランクフルト空港。ドイツのフランクフルト・アム・マインにある、ヨーロッパではロンドンのヒースローに次ぐ大きな空港である。
世界における国際線の主要なハブ空港の一つで、この空港より別の便に乗り継いでドイツ以外のヨーロッパの国に向かう。プライベートジェットも主に、この空港から離陸している。
随分と苦労させられたが婚約者のカミーユ・オードランと何とか連絡を取って、ヴァイオラ・ルーズヴェルトの動向を聞き出す事が出来た。
本国への強制送還を阻止できなかったことをあいつは気に病んでいたが、責めたりはしなかった。
『本当に、ごめん。何度も進言したんだけど、アンジェラ様の怒りを買うばかりで説得出来なかった』
『あのバアさんが怒り狂っている直接の原因は、俺にある。婚約解消したのも、俺だ。
俺の方こそ自分の都合で、お前達の結婚を台無しにしてしまってすまなかった。いつか、お前にちゃんと謝りたかった』
『ううん……ボクは彼女の友達にはなれても、夫にはなれない。傍にはいられても、幸せには出来なかったと思う』
『友達だって、大切だよ。この年になって今更気付いちまったがな』
『行くんでしょう、彼女の所に』
『ああ』
『夜の一族の決定なんだよ。折角これまで君が頑張ってきたのに、全部台無しになる。それでもいいんだね?』
『全部は無くさないさ。お前の血はちゃんと、俺の中で生きている』
『本当に……カッコイイな、君は。これからも、ボクの親友でいてね』
ヴァイオラとカミーユの再婚約は、フランスとイギリスの同盟だけを意味していない。ヴァイオラを世界平和の象徴とせんとする、夜の一族の正式な決定だ。
場は開かれなくともこれは世界会議による結論、それに人間が異を唱える事は彼らへの宣戦布告を意味する。積み上げてきた発言力は全て失われ、再び会議場の隅に追いやられるだろう。
世界中に鳴り響いた名声も、同盟国より与えられた権力も、各一族の有力者と結び付いた関係も、全部失ってしまう。世界を、敵に回す。
――それが、どうした。
世界を敵に回そうとも、俺は守護騎士達の期待に応えてみせる。海鳴で学んだ理念を、今度こそ守り抜く。優しい自然に満たされたあの町に、胸を張って帰ってみせる。
神咲那美のように、女を泣かせたままにはしない。
「良介様、到着しました」
「ノエルはこのまま、車で待機。すぐに出せるように、準備だけしていてくれ」
「承知致しました、どうぞご無事で」
夜の一族との戦争を除いても、フランクフルト国際空港は戦後ベルリン空輸で西ドイツ政府の主要な輸送基地として使われた程巨大な国際施設である。
こんな場所で騒ぎを起こしたら、下手をすれば国際問題に発展する。ドイツで起きた一連のテロ事件で今、この空港は最大の警戒態勢が敷かれていた。
首都ベルリンで行われた平和式典では四十八カ国もの主要国家が参席し、他国との行き来も非常に活発となっている。異分子は、即刻排除させられるだろう。
自分が正しくないことなど、理解している。子供の我儘で、俺は此処へ来たのだ。
「下僕、この私カーミラ・マンシュタインが命ずる。主の期待に、見事応えてみせよ」
「任せろ」
「征け!!」
カーミラ・マンシュタインの激励と同時に、体内に流れる血が熱く燃え上がった。壊れた手に力が宿り、失われた足が躍動する。
敗北に沈んだ心も、カミーユの血が滾らせてくれている。指にはめられたクラールヴィントから、守護騎士達の喝が飛んでくる。那美の魂が、背中を押してくれる。
車から降りて、一直線に駆け出す。空港内を走り回る日本人に観光客が何やら騒ぎ始めているが、気にせず突き進んでいく。
『アンジェラ・ルーズヴェルトは、わたくしが押さえてみせますわ。何でしたら、わたくしが倒してもよろしくてよ?』
『頼もしいな、お嬢様。惚れてしまいそうだ』
『ふふ、今度は王子様がわたくしを惚れ直させて下さいな。ご武運を』
ヴァイオラ奪還の準備から行動に移すまで、何一つ横槍が入らなかった。空港まで無事に辿りつけたのは、間違いなくカレンのサポートのおかげだった。
一時期とはいえ、夜の一族全体を押さえつける事が出来る。各国への巨額の投資による根回しと経済制裁、飴と鞭で世界を飼い慣らした。敵ながら、恐るべき手腕だった。
一族の長には、綺堂さくらから連絡をしてくれるそうだ。あの人には本当に、ご厄介になってばかりだ。恩は、必ず返そう。
そして、恩を仇で返したというのに――ヴァイオラ・ルーズヴェルトの出立日時を知らせてくれた、人達。ヴァイオラのママさんと、カミーユの親父さん。
カミーユが協力を求めてくれたそうだが、最初から俺が行動に出る事を予測していたようだ。非公式のルートを通じて、俺に連絡が届いた。
イギリスとフランスの頂点に立つ人達を、犯罪行為に加担させてしまった。何が何でも、成果を出してみせる。俺が迷わず、走り抜いた。
とはいえ、敵も曲者。俺の行動を、当然のごとく見破っている。
「あれは、テレビカメラ!? それにこんな数の報道関係者が何で――うわっ!?」
『――!』
『――!!』
芸能人が空港で取材を受けている場面はテレビでよく見かけるが、まさか海外の空港で俺がターゲットになる日が来るとは夢にも思わなかった。
明らかに俺の到着を知っていたかのように、進路上にメディア関係者が集っている。走って来た俺の顔を見るなり、群れをなして押し寄せてきた。
――アンジェラはカレンが押さえている、こんな手段に出れる筈がない。それにドイツでこれほどの規模のメディアを動かせるのは、奴しかいない。
「氷室遊の仕業か!? くそったれ、夜の一族の決定を聞いて俺の行動を先読みしやがったな!」
マフィアに撃たれて重傷を負ったはずなのだが、奴とて吸血鬼。回復力は、人間の常識の及ぶところではない。俺とて、その回復力を頼みに異国へ来たのだから。
やはり、あの男は侮れない。権威は失墜しても、まだこれほどメディアを動かす力がある。巧みな罠を仕掛けるその狡猾さも、いまだ健在であった。
あの男の最終目標は夜の一族の長であり、後継者達全員の血を奪う事。俺と目的は一致しているため、俺の行動も容易く読める。嫌がらせも、一級品であった。
ここで俺を足止めするだけで、俺の影響力を根こそぎ奪う事が出来る。夜の一族への反逆行為を取りながら、結果も出せずに終われば待っているのは破滅のみだ。
俺に加担した仲間達も、確実に責任を問われるだろう。罪になることはなくとも、影響力は低下させられる。むしろ俺との個人的な関係を、脅迫の材料とするだろう。
彼女達は全員血を奪われて、奴の虜にさせられる。そうなれば、あの男の天下は決まりだ。
毎回歯痒い思いをさせられるが、俺は所詮庶民にすぎない。メディアを止めることなんて出来ない。どうすれば――
――と思ったら、なんか急に拍手してくれた。
「は……?」
詰めかけた報道陣は俺にマイクを突きつけず、俺にペンの標的にもせずに、実に友好的な笑顔で道を譲ってくれた。世界中のメディアが、俺の行動を祝福している。
それはまるで、ヴァージンロード。何事かと警備員が困惑しているが、なんのその。取材陣が左右に分かれて、俺を行かせようとしていた。
日本のドッキリカメラでも、ここまで意味不明な脚本を作ったりはしないだろう。何が起きているのか、さっぱり分からない。
俺の疑問を、実に分かりやすく一言で妹さんが解消してくれた。
「結婚おめでとうと言っています、剣士さん」
「け、け、結婚!? 何の話!? どういう趣向!?」
意味が分からない。本気なのか、冗談なのかも、分からない。空港にいる人々まで受け入れている理由もわからない。誰のしわざなのか――分かった。
どうやら、ロシアンマフィアの次期ボス様はウェディング企画がお好きならしい。この場だけとはいえ、国際空港でこんな強引な真似が出来るのは彼女くらいだろう。
多分氷室遊の策略を見破って――彼のメディアに対する影響力を巧みに利用した上で、自分の力を行使して意思を働かせた。言わば、ドイツとロシアの共同作戦。
恐るべき女だった。誰との結婚を言っているのか分からないが、世界各国のメディアをここまで動かせられるとは凄まじいの一言に尽きる。
俺でさえ分からなかった氷室遊の策まで利用する手腕に、震え上がる思いだった。そう遠くない内に、裏社会は彼女に征服されるだろう。
メディア軍団の歓声を背に、俺はヴァイオラの元へと向かう。氷室遊の妨害も乗り切った、これで邪魔する者は居ない。
女帝を、除いて。
「――なるほど……ドイツやロシアの力でも、アンジェラの子飼いは支配できないか」
強面の、男達。見るからに強そうなスーツ姿の連中が、俺の行く手を遮る。あくまでも穏便に、どこまでも高圧的に。
アンジェラ本人による妨害はカレンが阻止してくれているが、ヴァイオラの護衛までは排除は出来ない。当たり前だ、護衛そのものは必要なのだから。
間違えているのは、俺。否定はしない。帰国を邪魔立てしようとする俺は、間違いなく悪者。正当なのは、彼らだった。
身体も心も、戦う意志に燃えている。足りないのは、実力。我儘を押し通す力――今の俺に、決定的に無いもの。
「剣士さん、行って下さい」
「王女、ずるーい! ここはクリスに任せて先に行けキリ、と言おうと思ったのにー!」
黒の王女と、白の殺人姫。二人の非常識が、頼もしく俺の前に立ってくれた。一流の護衛者達を前にしても、少しも怯む様子はない。
何が正しくて何が間違えているのか、どうでもいい話。俺の力になるべく来たのだと、その笑顔が語ってくれている。
どれほど正しき正義も、彼女達の想いには敵わない。
「ウサギが戦う相手は、こいつらじゃないでしょう。ザコはクリスが片付けてあげるから、ゴーゴー!」
「剣士さんなら必ず、彼女を救えます。わたしは、信じています」
「――分かった、頼む!」
俺が走り出した途端、護衛者達が牙を向く。お姫様を守るナイト達、奪わんとする悪者。人の善悪の攻防に、吸血鬼の少女達が割って入る。
月村すずかが彼らの行動を先読みして足止めし、クリスチーナが意識を刈り取る。命まで奪わないのは自分ではなく、俺自身を殺人の罪に穢さない為。
他人に、守られている。他人に、助けられている。それを恥に思わず、喜びまで感じるようになったのがいつなのか――もう、思い出せない。
分かっているのは、自分の成すべき事。自分が、やりたい事。自分が、やらなければならない事。
多くの他人達に手を引かれ、背中を押され、声援を受けて、俺はゴールまで走った。誰かが欠ければ、ここまで辿り着けなかった。
ありがとう、は必要ない。彼女達も望んでいない。彼らが求めているのは唯一つ、世界中の誰もが望んでいる事。
それは、
「どれだけ待っても飛行機は飛ばないぞ、ヴァイオラ。"未確認飛行物体"が、上空を飛んでいるからな」
「っ――どうして……ここまでするの?」
ハッピーエンド、だった。
「夢を叶えるとは、そういう事なんだよ。一生懸命やれば、かならず叶う」
「嘘つき。貴方自身が、夢を叶えられずにいる」
「叶えてみせるさ、必ず。アンジェラを倒して、あんたにも認められてみせる。俺を見ていてくれ、ヴァイオラ・ルーズヴェルト」
皆には、言ってある。説得するのは難しいと、言葉にするのは難しいと、俺は皆に言ってある。
どんな言葉を投げかければいいのか、分からない。どんな気持ちを口にすればいいのか、分からない。婚約を解消しておいてどんな関係を気付けばいいのか、分からない。
だからこそ。
「……一族の決定なのよ」
「人間が夜の一族を倒すことが出来れば、セイレーンが歌姫になるのだって難しくはないだろう」
「そんな事を言うためだけに……こんな事までして……っ!」
行動で、示した。他人を大勢巻き込んで、世界を混乱に招いて、自分を犯罪人にまで落とし込んで。
こうして――手を差し伸べる。
「一人では無理でも、二人ならば叶えられる。俺と一緒に夢を見よう、ヴァイオラ」
「馬鹿……!」
お姫様が、胸に飛び込んでくる。その温もりを感じられるだけで、俺は報われた気がした。
夢を叶えるのも難しい凡人二人、何となくお似合いのような気もする。こんな馬鹿げた事をしでかした後でも、こんな冗談で笑える。その事実が、嬉しい。
今度は俺が――他人の夢を叶える力と、なってみせる。
<続く>
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