とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八十話





「推薦人が必要!?」

『会議が再開されるにあたって、出席には相応の推薦人が必要とする制度が新しく設けられたの』


 夜の一族の後継者を決める世界会議の再開、日時を含めた正式な連絡が俺の元にも届けられた。予想外にも程がある、新しい会議の規約を伴って。

俺はイギリスの一族アンジェラ・ルーズヴェルトより、招待を受けている。真っ向勝負を望むアンジェラも敵対する俺の招待自体は取り消さず、引き続き世界会議には出席出来る。

俺もその点は確信していたのだが、ここに至って世界会議参席に新しい制度が突然設けられてしまったらしい。まさに寝耳に水、耳を疑う内容。


俺の後継人である綺堂さくらに、事の詳細を問い質している。


「世界会議の開始ならともかく、再開だろう!? 新しい制度を作るのならば、新しい長を決めて新体制で決めていけばいいじゃないか!」

『私もそう言って反対したのだけれど、受理されてしまったの。今年一族の幹部候補に認められたとはいえ、私はまだ末席に身を置いているだけ。
自分の意見を押し通すのは難しかったわ、ごめんなさい』


 本当に申し訳なく思っているのだろう、電話越しの声が湿っている。さくら本人を責め立てるつもりはなかったが、語気を荒げてしまったようだ。

自分の未熟さを理由に、他人を傷つけるつもりはない。ローゼに水を持ってこさせて、まずは気持ちを落ち着かせた。


「そもそもどうして今年の、しかも会議の途中にそんな制度を設けたんだ……?」

『それは――言い難いけど、貴方を含めた人間が会議に乱入したからなの。
今回夜の一族の次の長を決める大事な会議が中断したのはロシア側の手引きもあるけれど、テロリスト達の暗躍があったでしょう。

人間達の度重なる介入に、夜の一族全体が不審で揺らいでいるの。貴方を悪くいう気はないけれど、貴方自身の介入で後継者を決める会議も長引いている』

「そ、それは、そうかもしれないけど……」


 考えてみれば今会議が中断しているのはテロリスト達のしわざだが、俺個人も色々意見を言ったり強行に出ているせいで、休憩だの何だので長引かせてしまっている。

夜の一族の為を思っての行動ならば問題ないのだが、俺が口出ししているのはあくまで自分の為である。自分を認めさせるべく、夜の一族に挑んでいるのだ。

テロ行為には出ていなくとも、他の連中からすれば実に疎ましい存在だろう。事実、ロシアやドイツを失脚させている。


「人間そのものが不審に思われている。その為の、推薦人制度なのか」

『一応言っておくけれど、推薦人が必要なのは会議の出席者全員よ。今回テロリスト達を介入させたのは、間違いなくロシア側の犯行なのだから。
由緒正しき家系、というだけでは信用出来なくなったの。まして、今回決めるのは夜の一族を率いる長』

「――民の支持を受けない王様は必要ない、そういう事か。随分とまた、民主的な考えだな」

『提案したのは兄さん、氷室遊よ。そして、アンジェラ様がその提案に賛同なされた。ロシアにはもう、否定する権限はない。
アメリカやフランスも反対する理由が見つからず、黙認。テロによる蛮行を受けたばかりだもの、彼らも人間を支持できなくなっている』

「くそ、次から次へと悪辣な策を仕掛けてきやがるな」


 氷室遊には何度も煮え湯を飲まされているが、今回ばかりは極めつけだった。この制度は明らかに、俺一人を失墜させる為だけの提案である。

一国を裏から牛耳る権力者達ならば、推薦人なんて何人でも連れてこられる。ドイツも多大な痛手を被っているが、要人テロ銃撃事件ではあくまで被害者だ。力はまだ、残っている。

日本は今回初参席となるが、若き女傑である綺堂さくらの評価は非常に高い。その上、正統後継者である月村すずかを擁立している。支援者なんて簡単に募れるだろう。


問題なのは、俺個人だけだ。そもそも夜の一族の会議に出席しようとする物好きな人間なんて、昔も今もこの先も俺くらいなものだろう。こんな制度、何の意味があるのか。


理由だけは頷けるので、余計に腹が立つ。世界会議を妨害しているのは確かに人間側によるもの、身元を保証しろと言われたら反論出来ない。

氷室遊、あの男――甘いマスクに、卓越した頭脳。そして、行動力。ヴァイオラの一件といい、常に俺の先手を打っている。憎たらしいが、俺よりも数段上手の男だった。


俺が妨害さえしなければ、間違いなく後継者候補である女性全員を我が物と出来ただろう。忍やすずかも危なかったかもしれない。女にモテそうだからな。


「ドイツの提案を、あのイギリスが鵜呑みにするというのも珍しいな」

『ええ、私も気になっているの。この提案が貴方一人を失墜させる手段に過ぎないのは、アンジェラ様も分かっている筈なのに』


 内心、ほくそ笑む。俺の想像通りならば、事の推移は俺とカーミラの思い通りに進んでいると見て間違いはない。俺が仕掛けて、カーミラが上手く餌をばら撒いて食いつかせた。

ヴァイオラとカミーユの婚約を俺が白紙にしたのだ、アンジェラの怒りと焦りは頂点に達しているだろう。フランスとの同盟が成立しないとあれば、次なる手に打って出る。


家族を蔑ろにしているせいで、アンジェラは肝心な事を見誤っている。この提案は俺を窮地に追いやっているが、挽回すればチャンスにも変えられる。


「会議の再開まで、時間もない。何とか動いてみるが――何をすればいいのやら」

『深刻な状況だけれど、私はそれほど悲観はしていないわ』

「さくらはここのところ、俺を買い被り過ぎていると思うぞ」

『それほど、貴方を信頼しているということよ――頼りにだって、しているのよ』

「今回は、俺があんたに頼りたいんだけどな」

『任せて、こちらでも動いてみるわ。今晩、また連絡する』

「頼んだ」


 受話器を置いて、息を吐いた。夜の一族の幹部候補にまで出世したというのに、彼女は甘い。とても厳しい人だが、優しい女性でもあった。

推薦人制度、氷室遊の薄汚い思惑を承知の上で全会一致したのは俺が夜の一族の決定を覆したからだ。明確に叛意を示し、ヴァイオラを力尽くで奪還した。

一族の決定に逆らった人間を、夜の一族の会議に出席させ続けるのは一族全体の反感を買う事に他ならない。この制度は氷室遊の策というより、夜の一族そのものが突きつけた絶縁状だった。


推薦される程の存在でなければ、夜の一族に関わる権利はない――たとえ敵であっても、認められる人間にならなければならない。


足を噛み付き続けた蟻に、恐竜がようやく痛みを感じて疎ましく思うようになった。大きな後退となってしまったが、無事乗り切れば飛躍的な前進になる。

いよいよだ。マスメディアによる誤報ではなく、本当の俺自身を世界中に認めさせるように今こそ成長しなければならない。

その時は晴れて、那美や守護騎士達の元へ堂々と帰れる。氷室遊には悪いが、俺はこういう危機を待っていた。


「――という事で、会議に参席するには推薦人が必要らしい。招待状だけではなく、『推薦人名簿』が必要だ」


 全員が集まる食事時、歓談のネタ代わりに会議の新制度について相談を持ちかける。彼女達も当然知っているだろうが、認識合わせは大事である。

本日の食事はヴァイオラ・ルーズヴェルトが作った料理、イギリス人の飯は不味いと聞いていたが彼女の作る料理は歓談に華を添える美味さであった。

最初こそ全員顔を合わせる度にギスギスしていたのだが、今ではすっかり慣れて全員席を並べている。仲良しかどうかは、別にして。


カミーユを除き、各国で誉れ高き美少女揃い――壮観ではあるのだが、全く色恋に胸がときめかないのは全員の出自ゆえか。


「その話は既に伺っておりますが、特に問題はないのでは?」

「そりゃあ、経済界に広く名の知れたあんたは困らんだろうけど、俺は単なる民間人なんだぞ」

「まだ、そんな事言ってる」


 食後のコーヒーを優雅に飲んでいるカレンに反論するが、今度はカミーユに呆れた顔を向けられてしまう。控えめだったこいつも、最近自己主張してくるようになった。

俺には日本茶を入れてくれたヴァイオラが、カミーユの代わりに答えてくれた。


「公にはされていないけど、フランスは貴方との同盟を今後も堅持するつもりでいるのよ。推薦をお願いしてみてはどうかしら?」

「そもそも父さんがこの提案に反対しなかったのは、オードラン家が君の推薦をするつもりでいたからだよ」


 ヴァイオラとカミーユの申し出は正直予想の範囲内だったし、好意は本当に嬉しく思う。迷惑をかけてしまったのに、まだ同盟を死守してくれるのはありがたい。

だが、氷室遊やアンジェラの策はそれほど甘いものではない。奴等は確実に、フランスとの同盟を視野に入れた上でこの提案を行っている。


目の前の餌に飛びつけば、確実に釣り上げられてしまう。恐らく、フランスそのものも。


「表沙汰にはなっていないだけで、ヴァイオラとカミーユの婚約が破棄された理由は俺にある事は周知の事実だ。
もしもフランスが夜の一族の決定を覆した俺を支持してしまうと、フランスに叛意ありとされてしまう。

あいつはそれを見越した上で、この新しい制度を設けたんだよ。オードラン家も罠に嵌めるつもりだ」

「……御祖母様は、一時は同盟を提案したオードラン家も失墜させるつもりだというの?」

「自分の孫を容赦なく政略結婚させ、婚約が破棄されれば平和の象徴として人身御供させるつもりだった女だぞ。
敵対する俺と懇意にするオードラン家だって、過去どれほど仲良くしていようと躊躇なく破壊するだろうよ」

「あの人は、どこまで……!」


 アンジェラと一晩大喧嘩したらしいカミーユが、悔しげに唇を噛んでいる。ヴァイオラは何も言わないが、申し訳なさそうに俺の肩に手を置いた。

どれほど迷惑になろうとも、例え罠だと分かっていても、カミーユの親父さんは俺を支援してくれるだろう。推薦だって、きっとしてくれる。


俺は他人をもう、拒絶したりはしない。他人と協力していくことも、拒否しない。だからといって、他人に甘えてばかりでいい筈がない。


「ふん……何ともあの男らしい、くだらない策だ。おい、下僕。推薦人くらい、私が――」

「分かってる、お前に縋るような真似はしないよ。ちゃんと、自分で集めるよ」

「――お、おう……わ、分かっているならいい」


 自分でも立派な返答をしたと思うのだが、カーミラが何だか物足りない顔をしている。振り上げた拳の行く先が見つからない、不満げな表情。

忍はカーミラの気持ちが分かるのか、クスクス笑っている。何だよ、結構下僕らしい気持ちのいい答えだろうが!


「こちらで支持して下さる方を揃えましょう。貴方の推薦人名簿は私が作成しますので、ご安心下さい」

「あらあら、王子様をお山の大将にでもするつもりなのかしら?」

「……どういう意味ですか?」

「チンピラを何人集めても、所詮は社会のゴミでしかないと言っているのです。王子様の品位を貶めるような真似は、謹んでもらいたいわ」

「なるほど、札束で頬を叩いて人を動かす方の仰る事は違いますわね。貴方の名簿にはさぞ、ご立派な方々が名を連ねてらっしゃるのでしょう。

名ばかりの、肥え太った豚ばかりなのでしょうけど」


 コーヒーの残ったカップをテーブルに叩きつけて、カレンが睨み付ける。対するディアーナは、凍てついた眼差しを向けるのみ。

経済に対する考え方や経営のやり方は結構似たもの同士なのに、恐ろしいほど歯車が噛み合っていない。ギチギチ音を立てて、両輪を削り合っていた。

殺伐とした雰囲気も、殺人姫には慣れ親しんだもの。横で平気な顔をして、食後のデザートをぱくついている。


「クリスがウサギを推薦してあげよっか」

「……お前の名一つで、他の連中も黙りそうだな」

「えへへ、でしょ?」


 ヤクザの代紋より迫力があるぞ、こいつの名前。別に偏見は持っていないけど、ロシアンマフィアの名を借りるのは後々を考えると絶対まずいだろう。

第一、親父さんを撃退したのは他ならぬ俺なのだ。テロリスト達と一緒に叩き潰したのに、俺が困ったら力を借りるのは筋が通らない。

もしも筋を違えばしまえば、俺がやって来たことの正当性も失われる。大義名分を失えば、俺に残された末路は絶望しかない。


「皆で侍君を推薦すればいいんじゃないの?」

「わたしでよければ、剣士さんを推薦させて頂きます」


「夜の一族の正統後継者に推薦される俺は何者なんだよ!?」


 妹さんの真顔の申し出に、この時ばかりは全員大笑いしていた。カレンやディアーナまで仲良く笑っていて、しまいには全員で俺を推薦しようなんて馬鹿な話にまでなっている。

おのれ、この女共……俺をからかう時だけは、一致団結しやがって。俺がこんなに困っているのに、皆他人事か! 昔の俺も、そうだったけどさ。


しかし、困ったぞ――救いの手はあるが、手を取ってしまうとそいつまで巻き込んでしまう。アンジェラに氷室め、次から次へと嫌がらせしやがって!


会議の再開まで、あまり日時は残されていない。推薦人を揃えないと、世界会議に参席出来ない。揃えるには、どうしても時間は必要だ。

民主主義を逆手に取った、ふざけた手段。日本の選挙制度に、日本人の俺が苦しめられるとは思わなかった。

無所属は自由に主義主張を唱えられるが、支持層がないのが最大の弱点だ。一体、どうすればいいんだ?


「でしたら、王子様。支持を募りましょう」

「だから、どうやって?」



「パーティを、開くのです」
















<続く>








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