とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第六十八話
考える癖をつけてしまうと、静養中であっても常に何かを考えてしまう。ドゥーエ達の事を管理局に報告し、時間も空いたので現在の戦況を自分なりに分析してみる。
夜の一族の覇権をかけた世界会議、列強諸国が立ち並ぶ中で孤立無援である俺が戦いに挑んだ。王の血統を継ぐ者達の血を、求めて。
マスメディアを悪用したドイツの情報操作、イギリスとフランスの同盟による二国の強権支配、強国の経済力による技術革新、大国ロシアのテロ行為。
火花散らす攻防戦、欧州の覇者達との心理戦、世界全土を巻き込む情報戦。戦いは幾重にも繰り広げられて――今は、冷戦化している。
少しずつ有利に傾きつつあったのに、ロシアンマフィアとテロリスト達の襲撃で何もかもぶち壊しになった。諸国は疲弊して、俺も身動きすら取れない。
確かに白星は取れているが、そもそも俺の相手は『国家』である。今立て直されると、また不利になるだろう。こっちは個人、あちらは国。蟻と恐竜の、戦争。
いい加減戦力増強を図りたいのだが、これまでの"つながり"もロシアとの戦争で有耶無耶になってしまった。そもそも、こちらから連絡も取れない。
欧州の覇者達は別格として、カミーユ達後継者連中とも対等に話せる身分ではない。平等を謳ったところで、同じ日本人でも総理大臣とは気軽に会えない。人間社会である以上、差は生じてしまう。
……カーミラに初めて会いに行った時も、ホテルのロビーで日本の有名な政治家や大企業の社長がアポ待ちをしていたしな。通常、俺のような庶民は相手にもしないだろう。
あくまで、俺が奴らと対等に戦えるのは会議の場だけなのだ。その会議が中断されると、あっという間に俺は何も出来なくなってしまう。
その辺を見通しているのか、敵対勢力であるアンジェラや氷室達は妨害工作の一つもしてこない。会議場の外では何も出来ないと知っているから、放置しているのだ。
特にアンジェラのクソババアは、俺の性格まで熟知している。マスコミの前に俺が出て、英雄気取りで世界に覇を唱えたりしないと分かっている。だから、報道も規制しない。
いっその事その裏をかいて、世界中のメディアの発信力を使い、俺を売り込んで発言力を高めるというのは――駄目だ、押さえる力がないとマスコミに翻弄されてしまう。
折角手を尽くして欧州の覇者達の力を少しずつ削ぎ落としてきたのに、時間を与えると復活されてしまう。また一から再開となれば、今度は負ける。ここまで来れたのも、奇跡なのだ。
他はどう思っているのか知らないが、俺は氷室遊も軽視していない。奪われた人間の執念は侮れない、敗者である俺が誰よりも理解している。無様を晒しても、奴はドイツの次期当主なのだ。
奴らの次の動きを想定して、既に手は打っている。それぞれ動き出しているが、上手くいくか保証はない。劣勢は、免れない。
世界は流動し、時代は常に動いていく――そろそろ、欧州の覇者達は動き出すだろう。眠れる龍は再び覇者となるべく、空へ駆け上がる。
「カーミラ、ディアーナ、クリスチーナ、カミーユ、ヴァイオラ、カイザー、カレン――お前達は、どう出る?」
人の価値とはその人が得たものではなく、その人が与えたもので測られると言う。他人を利用するのではなく、他人と分かり合う事で人間関係が生まれる。
俺はヴィータやシグナム、シャマルやザフィーラ、そして那美から背中を押されて、異国の地で戦えている。こんな俺が自分から初めて他人と関わって、何かを与えられただろうか?
今こそ各国、各陣営、各個人が試される。苦境に立たされた今手元に何も残らないのであれば、俺は何も成果を出せなかったということだ。三流の器のまま、砕け散るのみ。
どんなに卑劣で薄汚いやり方で出世したのだとしても、氷室はドイツの次期当主となり、アンジェラはイギリスの女帝に君臨した。カレンも、アメリカの経済を支配している。
国の上に悠然と掲げられた旗印があれば、どれほど疲弊しても人は進んで旗の下に集うだろう。今も多くの賛同者を集めて、勢力を拡大させているに違いない。
善悪関係なく、魅力的な人間であれば人は集まる。だからこそ、欧州の覇者達は手強い。恐竜はただ存在するだけで、蟻を威圧する。
俺は今、一人で旗を掲げているだけ。俺という人間の価値は――
「失礼します、主」
「……最後に残ったのがこいつだけだったら、嫌だな」
「? 話の前後は分かりませんが、きっとローゼは褒められたのでしょう」
「人の部屋にノックもせず入ってきた時点で減点じゃ、ボケ」
ドゥーエ達の置き土産である最新型自動人形の少女、また執事服に着替えて俺の従者になっている。無断で居座っているだけなのだが、もう諦めた。
人外同士ということで、久遠やミヤにはもう紹介している。久遠達をあまり大っぴらにするのはまずいが、こいつも機密満載の兵器。ある種、同類だ。
こいつも基本的に他人には干渉しない性格なので、ミヤ達とも上手くやれているようだ。警戒するだけ、アホらしいからな。
「それで、用件は?」
「お客様がお見えになられています」
「……また客か」
俺のところに来るのはお別れを言いに来る奴ばかりでいい加減落ち込んでくる。味方になってくれそうな人達は、殆ど去ってしまった。ルーテシアだって、もう戻っては来ない。
師匠やドゥーエ達が挨拶に来てくれた事自体は嬉しいのだが、今頃支援者を募っているであろう氷室やアンジェラ達を思うと落差に焦ってしまう。人としての魅力にも、差があるのだろうか。
最新型自動人形であるローゼは最大戦力なのだが、物理的な戦力を拡大させても意味が無い。ロシア以外には通じないし、こいつは中身がアホだしな。
「客ってのは誰だ。今度は、新聞の勧誘でも来たのか」
「カーミラ・マンシュタイン様です」
「なぬっ!? まさか、氷室と一緒なのか!」
「いえ、お一人で参られました」
テロリスト達との交戦で負傷したカーミラは俺と同じく、どこかで静養中だとは聞いていた。身体の傷もそうだが、人質に取られた際の精神的ショックも大きかったらしい。
何しろ婚約者である氷室に化物と罵られ、父と母は我が身可愛さで見捨てられたのだ。何とか助け出したが、心の傷も深いだろう。
困った、どんな顔して会えばいいのか分からん。桃子やフィリスなら優しく慰められるのだろうが、コミュニケーションの才能すら無い俺には至難の業だ。
ひとまずミヤ達には問題のない客だと伝えて、自分から出迎える。落ち込んでいるだろうな、きっと……
「遅い!」
「は……?」
「何時まで経っても一向に迎えに来ないので、私自らこうして足を運んだのだぞ。手間をかけさせるな、下僕」
「……色々言い返したいが、何よりもまず。その手荷物は、何だ?」
「なかなか良き別荘ではないか、気に入ったぞ。仮住まいではあるが、今日から此処を我が城としよう」
「いきなりドイツに占領された!?」
日傘を差した、蒼い髪の美少女。白い肌や黒い翼に痛々しい傷跡が残っているが、顔色は元気そのもの。不遜に満ちた美貌は健在で、陰りの色は一切ない。
松葉杖をついている俺に手荷物を押し付けて、何の断りもなく家に上がってくる。貴族の御令嬢のくせに、本当にお供の一人も連れていない。
「待て待て、ちゃんと説明しろ。お前怪我しているのに、大人しくしておかなくていいのか」
「だから、此処へ羽を休めに来たのだ。どれほど高級であっても、一人でホテル住まいでは退屈極まりない」
「此処は男の家だぞ、何とも思わんのか!?」
「下僕に遠慮する主が何処にいる。それに――聞いて喜べ、下僕よ。
お前はこの世で唯一人私の寵愛を受ける栄誉を賜ったのだ、光栄に思うがいい。閨で思う存分、可愛がってやろう」
……気落ちするどころか、晴れ晴れとした顔で艶やかに愛を囁いた。仲が良くなるに連れて横柄さが増している気がするぞ、おい。
何でもあの事件後氷室や両親の生死をまるで気にもかけず、長に俺の安否と居所だけを確認して此処へやって来たらしい。親が死に目なのをいいことに、ドイツの取得権益を完全に掌握した上で。
以前の俺と同じく全てを失ったばかりだというのに、見事返り咲いて美しさに磨きをかけていた。カリスマさえ感じさせる、ドイツの吸血姫――
「――気遣いは無用だ、我が下僕」
「カーミラ、お前……」
「私には、お前がいる」
俺が内心あれこれ気にかけているのを察したのか、カーミラは心からの笑顔を見せてくれた。何だか、俺が気遣われてしまった。
それにしてもこいつ、本当に変わったな……女というのは短期間で、こうも化けるものなのか。主たる気概を見せつけられてしまった。
うかうかしていると、俺が置いていかれてしまいそうだ。俺も、自分を磨かなければ。
「部屋は幾らでも余っているから、何処でも好きに使っていいぞ」
「同じ部屋で良いだろう。主に気兼ねする必要はないぞ、下僕」
「少しは俺に気兼ねしてくれ」
婚約者が居る女を自分の別荘に連れ込む日が来るなんて、夢にも思わなかった。世間から見れば、傷心した女を寝取ったようにしか見えないだろう。イメージダウン戦略に使えそうだけど。
何にしても、カーミラとこうして話せるのは都合がいい。アンジェラを倒すには、彼女の協力が必要だ。約束していたし、一緒に飯でも食いながら相談するか。
部屋にカーミラを案内し、食事の準備をしていると、呼び鈴が鳴った。おいおい。
「今度は、誰だ」
「ディアーナ様とクリスチーナ様がおいでに――主、それほど急いでどちらへ?」
「裏口から逃げる。あいつらには、俺は居ないと言え」
「連れてきますと、既にお伝えいたしましたが?」
「俺に取り次ぐ意味がねえ!? おいアンポンタン、あのマフィア姉妹の親に俺は殺されかけたのだぞ!」
「御安心下さい、ローゼが主を守ります。自動人形である、このローゼが」
「ノエルやファリンにばかり頼っていたのが、そんなに不満か!?」
クリスチーナとは和解したし、ディアーナとの契約も何とか果たした。テロ襲撃事件の事後処理は大変だろうに、何故わざわざ俺に会いに来たのだろうか?
あの美人姉妹に関わると常にロクでもない事ばかり起きるのだが、ローゼのアホのせいで居留守も使えない。渋々、出迎えに行く。念の為ローゼを連れて、ミヤ達に影から見張らせて。
カーミラと同じく、二人はお供を一人も連れてきていなかった。師匠は――もう、いない。
「ウサギー、会いたかったよ!」
「うわっ!? 痛い、痛い、抱きつくな、よろける!」
「突然押しかけてごめんなさい。直接、貴方にお願いしたいことがあって」
「……それって、手に持っている旅行ケースと関係がある?」
「ご明察。ほとぼりが冷めるまで、私達を匿っていただきたいのです」
おまわりさん、こいつらです。衝動的に警察へ通報したくなった。一体何を考えているんだ、こいつらは。
断られるなんて夢にも思っていないのか、クリスチーナは私服姿でルンルン気分だった。無邪気に笑って、俺の返答を待っている。
妖精のように愛らしいこの笑顔を見ていると頷きたくもなるが、立場はハッキリさせておかなければならない。
「契約事は果たしたし、車の弁済も済んだだろう。これ以上、あんたらの厄介事に関わる義務はないぞ」
「よろしければ、今後のお付き合いも考えて頂きたいのです。その辺も含めて、お仕事の話をさせて下さい」
「……何とも思わないのか? 俺はあんた達の親を倒した男だぞ」
「それは、私が貴方に伺いたいです――実の父親を破滅させた私を、軽蔑しますか?」
暗い眼差し、社会の裏に潜む闇を見続けていた女の目。優しい風が吹いている海鳴の住民とは、真逆に位置する世界。ロシアンマフィアの女は、暗き感情に浸されていた。
カーミラとは訳が違う。悪逆非道であれど、こいつの場合自分から親を罠に嵌めたのだ。裏切られる前に、自分から裏切った。地獄に引きずり落として、生き残ったのだ。
俺は首を振る。軽蔑なんて、指摘されるまで考えもしなかった。裏切らなければ、あの時裏切られて殺されただろう。
「一時期ではありますが、今世界中が混乱しています。ロシアも然り、裏社会の大物を失って権力闘争が勃発している。
こうなる事を見越して既にあらゆる手は尽くしており、世界会議が終わる頃には沈静化しているでしょう。その時、私は正式に次のボスへ就任致します。
だからこそ、今この時が私達を抹殺する絶好の機会――異国の地であれど、私やクリスチーナを殺すべく刺客が放たれています。
父と組んだテロ組織も、企みを阻止した私達を絶対に許しません。世界が混乱している今この時を狙って、必ず報復に来るでしょう。
安全な場所など、何処にもありません。自分の祖国、自分の家でさえも焼かれてしまう。目に見える誰もが敵と疑い、行動しなければならないのです。
――同じ夜の一族にさえも、私達マフィアは銃を向けたのですから」
裏切り者には報復を、映画でしか見た事のない裏事情をディアーナは淡々と語る。壮絶であるというのに、クリスチーナは鼻歌を歌っていた。
裏社会を掌握すれば、食われる側から食う側へと変わる。ロシアンマフィアのボスともなれば、テロ組織であってもおいそれと手出しは出来なくなるだろう。
ボスが警察に捕まったばかりの今だからこそ、ディアーナ達を殺すチャンスなのだ。この二人を始末すれば、次のボスになるのも夢ではない。
異国の地での死となれば、隠蔽は難しいが偽装は平気で行える。それこそ、テロリストの仕業にだって出来る。
彼女達は今傷ついた心すら休めず、誰からも信用されず、誰も信用出来ない状況に陥ってしまっている。各国のどの一族も、彼女達を助けたりなんてしないだろう。
「あの、もしもし。俺も、銃を向けられたんですけど……? あんたの父親にも、そこにいる妹様にも、撃たれたんですけどね!」
「クリスチーナ、お兄ちゃんが怒っているわよ」
「ごめんね、ウサギ。テヘペロ」
「むかつく、その顔!? あのな、俺はあんたら二人の血を狙っているんだぞ。俺こそまさに、信用出来ないだろう!」
「えっ、どうして? クリスは、ウサギが大好きだよ」
「貴方ならば、私は安心して身を預けられます。世界中何処を見渡しても、ここ以上に安全な場所などありません」
――信用じゃない、あろう事かこいつらは俺を『信頼』している。自分の命を預けるとまで、言っている。殺されても悔いはないと、笑顔が物語っている。
他人を裏切り、裏切られるのが常に裏社会で生きてきた少女達。俺のような心情ではなく、生き方で他人を簡単に信用せず拒絶してきた筈だ。信頼すれば、破滅させられるのだ。
彼女達だって、無能じゃない。ここで見捨てても、彼女達二人ならば生きていけるだろう。ディアーナの頭脳とクリスチーナの暴力があれば、どんな修羅場でも生き残れる。
そして、誰も信頼しなくなるだろう――他人を拒絶して、闇の中で君臨していく。光が差すことは、二度と無い。
「……、……ハァ……、生活費くらい自分で賄ってもらうからな」
「勿論です。今後、貴方を全面的に支援させて頂きます。相手が国であろうと、貴方の敵となるのであればロシアは容赦しません」
「ウサギの敵はクリスが殺してあげるから、安心してね」
「少しは反省しろ、お前ら!?」
結局、ロシアンマフィアを迎え入れる羽目になってしまった。難儀なものを抱えてしまったが、こうして喜ばれると何だかほだされてしまう。
まあローゼがいるし、刺客やテロリストなんて物の数ではない。それに此処は世間から隔離された場所、余所者が来れば遠目からでも一瞬で分かる。紛れる余地もない。
例えば凄い速さでこっちに向かってくる高級車だって、すぐに分か――えっ、何あれ!? クリスチーナも気づいたのか、旅行ケースを捨てて俺の前に立った。
車が、別荘の前に停まる。緊迫していく中運転席から出てきたのは――
「やはり此処へ来ましたわね、汚らわしいロシアの賊共。貴方達に網を張っていて、正解でしたわ」
「……私達の動きを察していたのですか。やはり侮れませんわね、貴女は」
「今の貴方達の状況を考えれば、王子様の情けに縋るしかありませんもの。その程度、簡単に読めますわ。
残念でしたわね、今日からわたくしが王子様をお守りいたします。貴女達のような下賎な輩に、王子様は相応しくありません。さっさと、ロシアの田舎に帰りなさいな」
「貴方こそ、ここぞとばかりに彼に付け入るつもりでしょう。貴女ともあろう人が、彼の優しさにほだされましたか?
申し訳ありませんが、彼とは今契約を交わしたばかりです。私達がきちんと彼を支えていきますので、貴女こそお帰りください」
「王子様、ロシアの暴力などに頼ってはいけません。日本の良き友はアメリカですわよ。わたくしが貴方を王にしてご覧に入れますわ」
「お前だって敵だろう、カレン!?」
ロシアに続いて、アメリカの御嬢様まで旅行鞄片手に突っかかってくる。俺はこいつらを倒そうとしているのに、何でわざわざ懐に飛び込んでくるのか。
自体が把握できず目眩がしていると、ローゼがちょんちょんと俺の肩をつついた。
「主、お電話があります」
「俺が警察に電話したいわ!」
「ヴァイオラ様の嫁入り準備が整いましたので、カミーユ様とこちらへ参られるそうです。以前よりお話があったとの事ですが」
「忘れてたぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーー!!!」
――こうして、世界会議の第二ラウンドが始まった。
<続く>
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