とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第六十七話





 新聞やテレビのニュースは要人テロ襲撃事件で一色、ベルリン爆破テロ事件やフランスの御曹司誘拐事件と結び付けて今も大々的に報じられている。

ドイツを蹂躙したテロ組織は国際指名手配、ロシアンマフィアにも法のメスが入っている。俺の師匠である御神美沙斗も追撃に入ったとあれば、壊滅してしまうかもしれない。

一度は死を報じられた俺については諸説入り乱れているが、日本政府は事件解決の立役者として俺を宣伝し諸外国からの賞賛を外交評価としている。現金なものだ。

日本政府の近年の外交が不甲斐ないせいで日本が軽く見られ、日本人である俺も世界会議ではえらく苦労させられたというのに。金一封くらい貰ってもバチは当たるまい。

すっかり日本のマスコットにされているが、腕の治療が無事済んでも何事も無く日本へ帰るのは難しそうだ。せめて、世界中で騒ぎ立てるメディアはどうにかしなければならない。

学歴も職歴も何もないその日暮らしだった俺が、野垂れ死に以外でニュースになる日が来るなんてお釈迦様でも思うまい。たかが一ヶ月で、とんでもない騒ぎになったものだ。

イメージダウン戦略でも図ってみるのかどうだろうか? 首都ベルリンでピンポンダッシュをしたり、壁に落書きをしたり――悪戯レベルが庶民的で、泣けてくる。


などとアホな事を考えて一人を満喫していると、また呼び鈴が鳴る。早速魔導書に妖精に妖狐と、メディアには出せない連中が飛んできた。


「リョウスケ、すぐにおまわりさん――じゃなくて、時空管理局の皆さんに通報するです!」

「管理局の連中を呼ぶと、お前らのことがバレるかもしれないけどいいのか?」

「時空管理局に、魔導書の存在を知られるのは非常にまずい。とはいえ、このままにも出来まい。居留守を使っても、すぐに察知されるだろう」


 セキュリティカメラの映像に映し出されているのは、ドゥーエにトーレ、チンク。時空管理局が追っている、要警戒人物。そして、ローゼ。カメラにピースしているのに、イラッとくる。

ゼスト隊長さんやルーテシアにはすぐ通報するように言われているが、今からでは間に合わないし、夜天の人も呼ばれたくはないらしい。そんなに怪しいのか、この本。

どう対応するべきか考えていると、夜天の人が怖い顔で恐ろしいことを告げる。


「彼女達は、お前が法術を使うのを見た可能性がある」

「あ、あれだけ場が混乱していたんだぞ!? 俺に注視する余裕なんて無いだろう、敵が目の前で銃を撃っていたのに」

「あくまで可能性の話だ。奴らはお前に並々ならぬ関心を寄せていた、警戒するに越したことはない。どうするかは、お前が決めろ」


 万が一魔法を使っているのを見られたのだとすると、このまま追い払うのは余計にまずい。下手に勘繰られて、法術で結晶化したアリサにまで興味を向けられると厄介だ。

管理局にも恩や義理があるので、蔑ろにはしない。事後にはなるが報告はしておく。元々通報は義務付けられていないのだ、相手が正面から会いに来た以上大丈夫だと信じたい。


……ついで、あくまでもついでだが、あのアホも引き取らないといけない。永久封印にさえならなければ、管理局なりドゥーエ達なりどっちにでも押し付けられるのに。


「リョウスケに一つ、注意しておきます」

「どうした、チビスケ。変に改まって」


 注意や説教なんていつものことだろうに、ミヤは俺の眼前に来て目を見つめる。自分の意志をしっかりと伝えるように、とても綺麗な蒼い瞳を向けて。

改竄によりバージョンアップしたらしいミヤは、髪の色も銀蒼から蒼黒へと変化していた。はやてと同じリボンをつけて、ドレスからジャケットへと着装を変えている。

ミヤは小さな人差し指を立てて、俺に忠告する。



「罪の誘惑や悪意の持ち主は、いつも笑顔で近づいて来るものです」

「……!」

「くれぐれも絆されたり、親近感を覚えたりしないように――いいですね?」



 い、意外と的を得た指摘に、我知らず息を呑んでしまう。ハッとさせられたというべきか、自分でも彼女達をそこまで意識していなかった。

つまりは、ドゥーエ達を心知らずとも受け入れていた事になる。通報だってしようとも思わなかった、忠告を聞いた今でも。

俺の動揺を見透かしてか、夜天の人もミヤの意見を肯定するように付け足した。


「お前は善悪の区別も独特だからな……復讐に血を染める女も止めようともせず、挙句の果てに師事する始末」

「っ、聞いていたのか!?」

「勘違いするなよ、お前は今でも我々の監視下に置かれている。クラールヴィントはお前を護る為の装備ではない、あくまでも監視が目的だ。
時空管理局だけではない。誰であろうと魔導書の存在を教えたりすれば、私はお前を殺す。

私はいつもお前を見ている、その事を決して忘れるな」


 ――言われてみれば、そうだった。夜天の人や守護騎士達だけじゃない。思い返してみれば、最初はミヤだって俺ははやてには相応しくないと反発していたのだ。

クラールヴィントもそうだ、シャマルに無理やり付けさせられた監視の道具だった。彼女達は全員、俺の敵だった。何故、味方のように感じていたのか?

なるほど彼女達の指摘は実に的を得ている、目が覚めた気分だった。浮き足立っていたが、ようやく地に足がついた気がする。対応方針が、決まった。


「今から、彼女達と会ってくる。家には上げないし、お前達のことも絶対に話さない」

「当然だ」

「そして彼女達と積極的に話して、どういう連中なのか理解する。管理局に聞かされた説明だけを鵜呑みにせず、自分の目と耳で判断する」

「それってつまり……彼女達と、仲良くなると言ってますよね? ミヤの言った事、分かっているようで分かっていない気がしますよ!?」

「お前を信用していないというのに、何故お前の目利きを信用しろと言うんだ!?」


 騒ぎ立てる彼女達を置いて、意気揚々と玄関口へ向かう。会う前から悩んだりする必要なんて何処にもなかったのだ。

ヴィータ達とも全面的に分かり合えたとは思っていない。彼女達はまさに今、俺を見定めている。俺の成長を期待して、待ってくれているのだ。


信頼されていないのであれば、信頼に足る男になればいい。女に見限られるような男に、何の価値があるのか。最初から認められようなんて、甘ったれている。


自分を磨くためには、他人ともっと接していかなければならない。管理局が悪と定めようとも、俺は自分の目と耳で彼女達を知りに行く。

クロノ達の警告も、ミヤ達の注意も無視したりはしない。彼らもまた他人、きちんと受け止めた上で彼女達に挑む。


そしてもし、彼女達が本当に敵であったならば――心のなかで踏ん切りをつけて、俺はドゥーエ達を出迎えた。


「ご無沙汰しておりました、陛下。ご養生されているとお聞きしておりますが、その後お身体の具合はいかがでしょうか?」

「大袈裟だな、チンクは。別に怪我もないし、のんびりしているよ」

「敵殲滅に没頭し、陛下を危険に晒したのは私のミスでもあります。申し訳ありませんでした」

「トーレはその強い責任感を、本来の護衛者に向けるべきだと思うんだが」


 自分より強い人間、クロノ達が警戒する連中に頭を下げられるというのは何だか変な感じがする。俺まで恐縮してしまいそうだった。

チンクは出逢った当初から何故か敬われていたのだが、トーレまでいつの間にか敬意を表されている。要人襲撃事件ではむしろ助けられた形なのに、どうにも分からない。

家には上げられず玄関口で立ち話する形になってしまったが、ドゥーエ達は特に気にしていない様子だった。まずは、探りを入れている。


「どうして、俺がここに居ると分かったんだ? 関係者でも一部の人間しか知らないはずなんだが」

「この子に案内してもらいましたわ、陛下」

「……お前は何で俺の居場所が分かるんだ? 主を想う気持ち云々とか、抽象的な事を言ったら殴る」

「ローゼの言動を先読みするとはさすがですね、主。やはりローゼは主に必要とされているようです」

「アホの言動くらい、誰でも分かるわ!」

「ガジェットドローン零型、指揮官タイプ――この子は"ロストロギア"を探索・回収する機能が付いておりますの」


 当たり前のようにとんでもない事を言われて、稲妻が走った。法術について問い質そうか考えていたのに、予想外のところから切り込まれてしまった。

ロストロギアという単語のみならず、ロストロギアの探索先に俺がいるという事実。もしや、とは思っていたが、聞かされるとまさか、と疑ってしまう。

夜天の魔導書、あの本もジュエルシードと同じ危険なロストロギア。そして、こいつらがあの本の事まで知っている!?


「時空管理局への報告は滞りなく済ませられましたか、陛下? それとももう既に通報されていらっしゃるのかしら、フフフ」


 テロリスト達やロシアンマフィア、大国アメリカさえも翻弄した魔女が冷ややかに微笑む。何もかも見透かされていることに、呆然としてしまう。

俺が時空管理局と繋がっている事を知りながら、堂々と正面から訪れる大胆さ。一歩間違えれば即逮捕される危険を考慮しながらも、物怖じ一つせず渡り合う。

やはり、こいつらは敵――クロノ達の警戒は、間違いではなかった。一人で無防備に出ていったのは、間違いだったのか……?



――いや。



「別に、通報なんてしていないぞ」

「本当かしら……? 陛下は実に、嘘がお上手でいらっしゃる」

「どの口が言うか。そもそもお前らと会うのに、どうして管理局にいちいちお伺いを立てないとならないんだ。堂々と、会えばいいだろう」

「……」


 あのドゥーエに、怪訝な顔をされる。よし、対応としては間違ってはいないな。嘘偽り、美辞美麗を並べたりせず、本音で話していこう。

一瞬焦ってしまったが、考えてみれば管理局との繋がりがバレるのは当たり前だ。ルーテシアとの関係を知られた時点で、誰がどう見ても明らかなのだから。

テロ襲撃事件を逆算して洗い直してみれば、俺の目的が救援部隊を来るまでの時間稼ぎだったのとすぐに分かる。それこそ、ドゥーエならすぐに看過するだろう。ビビる必要はない。

夜天の魔導書を見られたのは、そもそも俺の失態だ。自分の失敗を棚に上げて驚愕するなんて、間抜けもいいところだ。


「異世界から来たんだな、お前らは。どういう目的で夜の一族と関わっているのか分からんが、局の連中が警戒しているぞ」

「わ、私達にそんな貴重な情報を話してもよろしいので――いえむしろ、どうして何事もなかったかのように接されるのですか!?」

「ドゥーエはともかく、チンクやトーレには今回助けられたからな。礼を言う前に雲隠れしちまったから、気にしていたんだ」

「陛下……それ程までに、私の事を案じて下さって……!」


 チンクが眼帯を付けた目で、感激に身を震わせて涙を流している。冷静なように見えて意外と直情型なんだな、この娘は。トーレも恐縮して、頭を下げている。

ドゥーエは俺の真意を聞いて、目を白黒させていた。策略を立てるのはお上手だが、予想外には弱いらしい。頭がいい分、今まで負けた事とか無いんだろうな。


……こうして別け隔てなく接していても、敵意も何も感じない。結局世界と立場が違うだけで、彼女達も話が通じる人間なのだ。焦りに先走らなくて、良かった。


「実を言いますと、その件で我々はこうして陛下の元へ参ったのです」

「というと……?」

「時空管理局が本格的に捜査に乗り出しておりますので、一旦我々は身を隠す事にいたしました。その前に、陛下に御挨拶したく思いまして。
陛下には大変お世話になっておきながら、保身の為に何も言わず身を隠すなど無礼千万でありますから」

「……局の動向を伺う為でもありましたのよ、全く……正直に話すなんて、陛下の馬鹿」


 礼儀正しいトーレに反発するように、ドゥーエは可愛らしく口を尖らせている。こ、この姐さん、意外とお茶目なんだな……こうして話してみなければ分からないものだ。

どっと、肩の力が抜けた気がした。警戒するのも阿呆らしく思える。ミヤや夜天の人の言い分も分かるのだが、悪人には到底見えない。少なくとも、今は。

ドゥーエの策略で俺は殺されかけた、それは分かっている。でもそもそも、彼女の口車にホイホイ乗ってテロリスト達を引き連れたあいつらの方に問題があるだろう。


チンクなんて悪意なんて微塵も感じさせず、俺の手をしっかりと握りしめた。


「陛下、短い間でしたが貴方にお逢い出来て良かった。やはり貴方は私が思い描いていた理想の――いえ、それ以上の素晴らしき武人でありました」

「そこまで畏まらなくても、と言い続けていたけど……何だか慣れてしまったな、こうしてチンクと話すのも」

「大それた夢ではありますが――いずれは貴方の第一の騎士となれますように、これからも精進して参ります。
貴方の武勲を汚す事の無いように、魂に至るまで高潔であり続けます。見ていて下さい、陛下!」

「……どうしてこうなっちゃったのかしら……このままだと、ドクターが成敗されてしまいそう」


 大仰極まりないチンクの宣言に、姉であるドゥーエさんが頭を抱えている。こいつらのどこが要警戒なのか教えてくれ、クロノ君。

チンクほどではないが、俺の事を勘違いしている素振りのあるトーレまでとんでもない事を言い出す。


「陛下、私が貴方の実力について疑念を持っていた事を覚えておりますでしょうか?」

「ああ、襲撃事件前に話してくれたよな」

「あの時は本当に失礼いたしました、私の目が曇っていたとしか言いようがありません。その事も是非、お詫びしたかった」

「いやいや、その疑念は間違えてはいないんだぞ。襲撃事件の時だって交渉はしたけど、戦って倒した訳じゃないからな」


「いいえ、貴方は本物の王です。何しろ、あのロストロギアに選ばれた存在ですから」

「は……?」


「『貴方が』所有している闇の書です。あの魔導書は、書に合致する魔力資質の持ち主を選び出すのです。貴方は、書に選ばれる資質を確実に持っている。
自信をお持ち下さい、陛下。貴方はきっと、大成いたします。此度の事件で、私は確信いたしました」


 ちがーーーーーう! 確かにあの本は持っていたけど、持ち主は俺じゃねえぇぇぇぇぇぇーーーーーーーー!


最後の最後で、何をとんでもない勘違いをしているんだ!? ロストロギア所有を見透かされるよりも、厄介極まりない誤解をされてしまっているぞ!

確かに今本を持ってはいるし、現場では本を使ったようには見えるけど、改竄しただけであって――うがあああああ、どう説明すればいいのか分からん。

俺の苦悩を見て取ったのか、ドゥーエが慎重に俺に耳打ちをする。


「やはり陛下は、あの本の危険性を察知されておられるのですね。だからこそ、あの場でもギリギリまで力を使わずにいた――賢明な判断ですわ、陛下」

「い、いや、あのね、君達……僕の話を少しでいいから、耳を傾けて」

「分かっていますわ、御安心下さい。陛下の身に何かあっては困るのは、我々も同じ。貴方が本物の王だと確信した以上、貴方の為に尽くす所存です。
あの魔導書については我々も全力で調査を行い、解決策を導き出すつもりです。それまでは、"レリック"も"ゆりかご"も後回しですわ。

もっとも――陛下が起こされる奇跡であれば、闇の書もどうにか出来てしまうかもしれませんわね」

「日本語が話せるくせにどうして俺に分かるように説明しないんだ、お前らは!?」

「吉報をお待ちください、陛下。ごきげんよう」


 ちょっと待てやぁぁぁぁぁーーーーー!? せめて誤解を解いてから行ってくれ、頼むから! 慌てて追いかけようとするが、無茶して悪化した足では歩けず転んでしまう。

さ、最悪だ……ある意味敵対するよりも、ずっと困ったことになってしまった。俺から教えてはいない分、余計に始末が悪い。夜天の人や騎士達が、ヒステリックを起こしていそうだ。


立ち上がる気力もなく、地面に寝転がったまま頭を抱えていると――



「元気だせよ」

「うるさいよ」



 ドゥーエ達にちゃっかり押し付けられたローゼに慰められて、俺は泣いた。















<続く>








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