とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十三話
                              
                                
	
  
 
 現実は、物語ではない。突破口が見えたからといって、会議がタイミング良く再開されるとは限らない。 
 
俺は、物語の主人公ではない。僅かな隙が見えたからといって、敵をカッコよく倒せるとは限らない。 
 
理不尽な現実の中世界会議はまだ再開されず、天才でも何でもない凡庸な男は解決策一つで全然満足せずに考え込んでいた。 
 
 
(技術の開発者、もしくは出処さえ分かれば、法には問えずとも敵を切り崩す決定打にはなるかもしれない) 
 
 
 クローン技術といい、最新型自動人形の製造といい、現代科学では実現不能な技術を一体何処で手に入れたのか? 
 
仮に――もし仮に異世界の技術だとすると、プレシアと似たような研究をしている奴がこの世界に居る事になる。 
 
あっちはアースラのような宇宙戦艦や巨人兵、デバイスなんて代物があるくらいだ。自動人形を製造する事も多分不可能ではないだろう。 
  
目的なんて考え出したら、キリがない。異世界の技術ならばあらゆる可能性を生み出せる。技術一つで世界を変革を起こせるのだから。 
 
 
まあ何でもかんでも異世界に結びつけるのは早計だが、一考する価値はある。こんなトンデモ技術が、この世界にあるとは信じ難いし。 
 
忍との電話を終えて考える。仮に異世界の技術だとしても、検証する手段がない。クロノ達と連絡する方法も分からん。 
 
海鳴ならば守護騎士達に聞けたんだけど、此処は海外。電話なんてしたら、ドイツ陣営に伝わってしまう恐れがある。 
 
 
「ミヤの馬鹿とははぐれちまったし、クラールヴィントは喋ってくれないし――あっ!」 
 
 
 夜天の魔導書、彼女に聞けばいいんだ。彼女は俺の味方ではないが、質問には答えてくれるだろう。本だけあって、知識も豊富だ。 
 
あの本は今、イギリスのヴァイオラが持っている。もう一度会って返してもらわなければならない。ネコババされてたまるか。 
 
会議の再開は何時になるのか分からんが、本の返却くらいは大丈夫だろう。部屋を訪ねてみよう。 
 
 
「ヴァイオラの部屋に行く。クリスチーナとの接触は避けたいので、周辺の警戒を頼む」 
 
「分かりました」 
 
 
 初日から殺人姫に追い回されている事もあり、俺の感覚は敏感になっている。妹さんに促しつつも、俺も行動には注意している。 
 
命の危機も昼夜続けば、自動的に集中力も増していく。目には見えずとも、視覚以外の感覚を全て駆使して探れるようになっていた。 
 
気配を探るなんて漫画みたいな真似は出来ないが、姿だけを追わず五感のあらゆる感覚情報を吸収する癖が身につきつつある。 
 
 
戦うのは師匠に禁じられている、会議室以外で接触すればアウトだ。何とか避けて、彼女の部屋にたどり着いた。 
 
 
「こんばんは、何だか慌ただしいわね」 
 
「ルーテシア、ヴァイオラに取り次いでくれ。話がしたい」 
 
 
 イギリスやフランスの護衛は少数精鋭だがチーム単位。今の時間帯はルーテシアの当番とは運がいい。話も通じる。 
 
ところが何を思ってか、ルーテシアは難しい顔をして指で?を作る。 
 
 
「貴方、会議に参席しているのよね。今晩の会議で何かあったの?」 
 
「どういう事だ」 
 
「ヴァイオラ様とカミーユ様の面会は禁じられているの。御二人についても部屋から出さないように命令されている」 
 
 
 おのれ、あのクソババア。俺の目的を知って先手を打ちやがったな! 休憩時間になって即命令するとはやるじゃねえか、くそったれ。 
 
困った。別にヴァイオラ本人には今のところ、用はない。本を返してもらいたいだけなのだが、取り次いでもらえそうにない。 
 
アメリカ側が提示したとんでもない切り札、あれも警戒心を掻き立てているのだろう。会議も先の見通しすら立ちそうにないのだ。 
 
 
「じゃあ会わなくてもいいから、貸したままの本を返すように言ってくれ。俺はここで待ってる」 
 
「どんな本?」 
 
「夜天の――あだだだだだッ!?」 
 
 
 指につけているクラールヴィントが締め付けてくる。ほ、本の名前も言ってはいけないのかよ!? 
 
湖の騎士シャマルのデバイス、クラールヴィント。負傷した身体を支えてくれる良い奴なんだが、こういうところは厳しい。 
 
ルーテシアの前で、醜態を晒してしまった。みっともないが、傷が痛んだとでも言い訳しよう。 
 
 
 
「……デバイス?」 
 
 
 
 何だと……? 
 
 
 
「今、何て言った?」 
 
「さっきから一人で騒いでいるのは、君でしょう」 
 
「誤魔化すな。何でこの指輪がデバイスだと――いや、そもそもデバイスの事も知っているな?」 
 
 
 詰め寄る。聞き違いかもしれないし、正直言い掛かりに等しい。会議前ならば、多分聞き流していただろう。 
 
俺は名探偵でも名刑事でもない。閃き一つで行動できるほど、自分の可能性を信じてはいない。負け犬は、次に勝つまで負け犬のままだ。 
 
異世界の技術が流用されている可能性、クローンにガジェットドローン。その疑惑が些細な違和感を許さなかった。 
 
不幸中の幸いというべきか、クリスチーナに命を狙われ続けているのも自分を鋭くしていた。悪く言えば、気が荒くなっているだけだが。 
 
 
見えないものを、見る――真実を、追求していけ。 
 
 
「……」 
 
「……」 
 
「……ふぅ、仕方ないか。巻き込むつもりはなかったのだけれど、貴方は自分から関わっている。 
 
いい加減危なっかしすぎてハラハラさせられていたから、いい頃合いだわ。宮本良介君」 
 
「!?」 
 
 
 見た目は何も変わっていないのに、雰囲気が劇的に変わった。杖を突き、動かぬ足を引きずって距離を取る。 
 
お伽噺の魔法使いのようなローブを着た、女性。よく見るとタイプこそ違うが、プレシアの衣装と似ている。魔導師の、バリアジャケット。 
  
――落ち着け、認識を誤るな。危害を加えるつもりがあるのなら、何時でも出来ていたはずだ。 
 
 
「意外と、落ち着いているのね。気の短い子だとばかり思っていたのに」 
 
「今日はよく他人から意外だと驚かれているよ。どういう目で俺を見ているのやら」 
 
 
 失敗ってのも、意外と馬鹿にできないものだな。アースラでエイミィを敵と間違えて大喧嘩した失敗が教訓になっている。 
 
不思議なものだ。思い出せば泣きたくなるほど失敗ばかりしてきたというのに、過去の失敗が今自分を生かしてくれていた。 
 
焦ってこいつを攻撃していれば、会議どころでは無くなっていただろう。落ち着いているつもりでも、やはり気が逸っていたのだ。 
 
先月は自分の不甲斐なさに涙してしまったが、世の中何が成功へと導くのか分からんものだ。 
 
 
「そんなに怖い顔をしないの。前にも言ったけど、私は貴方の敵じゃないわ」 
 
「信用出来ないな」 
 
「私の本当の依頼人が、アリサちゃんだとしても?」 
 
 
 な、何でアリサがこの女を知っているんだ!? 雇用側であるイギリス陣営の中核にいるのは事実だが、どうして!? 
 
予想外に飛び出た名前に面食らったが、本当ならばこの女は敵じゃない。あいつが俺を害する決断などしない。 
 
 
「……新入りのあんたが直属の護衛チームには入れたのは、あいつの口利きか」 
 
「んー、正確に言うとアリサちゃんが出世したから私も入れた、というのが正しい流れね。決定事項ではなかったの。 
半月でイギリスという国を支配する女性に見初められるとは思わないでしょう、普通。 
 
本来はもっと別の方法で潜入するつもりだったの。堂々と来れたのは、幸運な偶然なのよ」 
 
 
 そうなると、こいつはこの城に来る以前からアリサと接触していた事になる。海鳴にいた頃か、海外に来てからなのか。 
 
海外ではずっと別行動だったのでアリサが何をしているのか分からなかったが、色々と手を打っていたようだ。 
 
 
こいつも多分、その一つ。アリサが俺のために用意してくれた、切り札。 
 
 
「少しは、信用してくれる気になった?」 
 
「話し合えそうなのは分かった」 
 
「アリサちゃんの事、とても信頼しているのね」 
 
 
 彼女も任務中、護衛対象の部屋の前で延々と長話している訳にもいかない。元々共通点のない二人だ、怪しまれるのはまずい。 
 
ルーテシアはプロ、その辺の心構えは俺よりよほどしっかり出来ている。耳打ちしてくる。 
 
 
「手を組みましょう。お互いの目的を果たすために、協力する」 
 
「……仲間だと言わないのは、正体を晒したくないからか?」 
 
「貴方も私に話したくない事はあるでしょう。それに」 
 
「それに?」 
 
「個人的に、君とは距離を置きたいの。あくまでも個人的に、そこは誤解しないでね。 
この件に関しては君に全面的に協力するし、何があっても助けるつもりだから」 
 
 
 ……迂闊に手を出さなくて良かった、本当にそう思う。初対面での印象通り、ルーテシアは優しい女だった。 
 
事情はさっぱり分からんが、彼女の言いたいことは分かる。ようするに、プライベートとの明確な区別なのだろう。 
 
アリサからの依頼だから、全面的に協力してくれる。個人としては俺の事はまだ何も知らないので、背中は預けないし慣れ合いもしない。 
 
それでも――いざとなれば、仕事の枠を超えて助けたいとは思っている。プロとしては甘いかもしれないが、そういう奴は嫌いじゃない。 
 
 
「だったら、情報交換しよう。お互いに必要な情報を渡し、取引する」 
 
「それでいいわ。では改めてよろしくね」 
 
 
 握手を交わし合う。決定的な手札とはならないかもしれないが、情報次第ではこの女はジョーカーとなるかもしれない。 
 
日時と場所を決めて会う約束をして、ヴァイオラに伝言を頼んで引き上げる。ゴリ押ししても仕方がない。 
 
ひとまず長とルーテシア、そして夜天の魔導書。クローンや自動人形に関する手掛かりは得られそうだった。 
 
 
これまでは、対抗策。言わば、防御――それでは駄目だ、敵は他にもいる。一国ばかりを見ずに、ガンガン攻めていかなければならない。 
 
 
「妹さんは、誰がどの部屋にいるのか分かる?」 
 
「分かります」 
 
 
 静かに付き従うボディガードが、心強く頷いてくれた。"声"で他人の位置が分かるというのは便利なものだ。 
 
 
「だったら、カミーユの親父さんが何処に居るのか教えてくれ」 
  
 フランス陣営とは、友情の契りを交わした関係。先の会議で、親父さんも俺達の関係を認めてくれている。 
 
敵に妨害工作に出られる前に、和平協定を正式に結んでおこう。同盟国が出来れば、勢力図は一気に書き換わる。 
 
イギリスと同盟を結ばれるより先にこちらと関係が出来れば、女帝の陰謀は粉砕できる。あの老婆を、一歩追い詰められるはずだ。 
 
 
腰が重いのが、大国ならではの欠点だ。身体のデカさも恐竜が滅んだ原因の一つなのだと教えてやるよ、婆さん。 
 
 
「エレノア・ルーズヴェルト様とお二人で今、剣士さんのお部屋の前にいらっしゃいます」 
 
「えっ、俺の部屋に……?」 
 
「はい」 
 
 
「――それって、俺に挨拶に来てくれたんじゃ……?」 
 
 
「そのようですね」 
 
「早く言ってくれよ!?」 
 
 
 走ろうとして、おもいっきり躓いた。うぐぐぐぐ、この足も絶対治してやる。 
 
それにしてもカミーユの親父さんはいいとして、ヴァイオラの母親まで居るのは何故だ? 
 
 
発言力が高まり、事態は俺だけではなく周辺の状況まで変えつつあった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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