とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十四話
                              
                                
	
  
 
 フレンチトーストにトマト入りプチサラダ、野菜のブイヨンスープ。プレーンオムレツに、季節のフレッシュジュース。 
 
立派にそびえ建つドイツの城で上品な食事を囲み、貴族達と朝食。一体全体、俺は何処の世界に迷い込んでしまったのか? 
 
何しろほんの数カ月前までは自由気ままな一人旅、草の根を齧って飢えを凌いでいたのだ。人生、何がどうなるか本当に分からない。 
 
不潔に生きてきた俺の唯一の正装が、剣道着。一応和服なので見栄えは誤魔化せる。貴族様に比べれば、奇抜でしかないが。 
 
 
「朝早くから呼び立ててすまなかったね。何しろ我が家にとっても一大事なのでね、間に合わせではあるが一席用意させてもらった」 
 
「ごめんね、リョウスケ。君とどうしても話したいと、父さんがはしゃいじゃって」 
 
「……お前は部屋で外出禁止だと聞いたんだが」 
 
「会議であんな事があったばかりでしょう。あまり騒ぎ立てしたくなかったの」 
 
「……」 
 
 
 自室で卵かけごはんなんてケチなものではなく、ヨーロピアンクラシックで統一されたリビングスペースでのフランス料理。 
 
一つの大きなテーブルを囲む形で対面に座るのはフランス大財閥の会長と、イギリス貴族のエレノア・ルーズヴェルト御婦人。 
 
俺の両隣にカミーユ・オードランとヴァイオラ・ルーズヴェルト、妹さんも招かれたが職務を理由に断り控えている。 
 
 
フランスとイギリスを代表する両家との、会食。氷室が望んでいた会談を、敵の俺が実現しているというのは強烈な皮肉だった。 
 
 
人見知りなんてしない性質だが、億単位の金を平然と動かし国家を支配する者達と対面するのは緊張する。 
 
俺も遊びで此処へ来ているのではない。この会談がどれほど重要かつ一大事であるのか、肌で感じてはいる。 
 
日常へ戻れば、俺如きと食事を共にするなんて生涯ありえないだろう。この機会を与えられたのは、奇跡に等しい。 
 
 
……人との対話がこんなに大切に思える日が来るなんて、思わなかったな。 
 
 
「リョウスケ君、だったかな? 会議の場では表立って言えなかったが、カミーユの名誉を守ってくれて本当にありがとう。 
君のような青年がカミーユの友人であれば、私も安心だよ。 
 
これからもどうか、この子をよろしく頼む」 
 
「父さん……ボク達の事を認めてくれてありがとう。リョウスケとならきっと、いい関係を築けると思う」 
 
 
「……何かが決定的におかしい気がする」 
 
 
 契りを交わす事に今更異存はないのだが、カミーユが頬を染めて幸せそうに笑っているのを見ると変な気分になる。 
 
御曹司と名高いカミーユは中性的な美貌の持ち主で、可愛くも見えてしまうので困り者だ。女装したら違和感ゼロだろうな、こいつ。 
 
カミーユ・オードランは親の立ち会いのもと、自分の人差し指に噛んで――真っ赤な血のカクテルを、グラスに垂らす。 
  
「宮本良介を永遠の友とし、共に歩んでいく事を誓います。君の答えを、聞かせてほしい」 
 
 
 夜の一族の血、欧州の覇者達の血液ともなれば人間には猛毒だ。度の過ぎた薬効は身体を治すどころか破壊してしまう。 
 
カーミラ・マンシュタインの血を一滴取り込むだけで、俺は生死の境を彷徨った。拒絶反応なんて言葉すら生温い反動に襲われたのだ。 
 
俺はグラスを受け取り――そのまま呷った。オードラン家とルーズヴェルト家が見守る中喉に流しこみ、血を体内に取り込んだ。 
 
 
「ぐっ……!?」 
 
「だ、大丈夫!?」 
 
「うっ……心配、ねえ……身体の、痛んだ箇所に……ぢっ……焼きごて当てられてる、みてえだ……」 
 
 
 身体が、燃え上がる。痛みを感じるも早く、俺の血が沸騰していた。体の水分が霧となって、蒸気が出ている錯覚に襲われる。 
 
堪らず、テーブルに突っ伏した。 
 
 
「カミーユ君の血が作用して、超回復が始まっているのね。それほどまでに、貴方の身体が傷つけていた証拠よ」 
 
「つくづく、君には恐れ入る……夜の一族の、人外の血と知りながら、何の迷いもなく飲み干すとは」 
 
 
 カミーユとの絆を信じていた、なんてクサイ事を言う気はない。馴れ馴れしいこいつが俺を拒否するなんて微塵に思えなかっただけ。 
 
乗り越える自信はあった。今の俺は他人との繋がりだけが唯一の武器、剣士が己の剣を信じなくてどうする。 
 
でなければ巨人兵相手に、竹刀で立ち向かったりはしない。勝利を信じて、この手に握り締めている。 
 
 
「"ma famille"――今日から君は、私の家族だ。私の事は気軽にボペルと呼びなさい。日本的に、パパでもかまわないよ」 
 
「ボク達これからずっと一緒だよ、良介!」 
 
「……いい加減こいつらを殴ってもいいぞ、嫁」 
 
 
 ぶん殴ってやりたいが、カミーユの血が身体中を巡っていてだるい。高熱がおさまれば、身体も劇的に回復しているだろう。 
 
俺の身体で致命傷に等しい部分は利き腕と足、そして何より極度の衰弱。忍の血と那美の魂でも、命を保たすので精一杯だった。 
 
肉が削がれて骨だけ、歩くだけで息切れしていたのだが、カミーユの血があれば蘇生する。ようやく、人並みには戻れそうだった。 
 
 
残るは壊れた利き腕と斬られたもう一方の腕、そして足――ロシアにアメリカ、イギリスの血。 
 
 
「私達の婚約を破断にしておいて、他人事のように言うのね」 
 
「いや、だってこいつらの脳味噌煮えたぎって――は、破談……破談した!?」 
 
「婚約披露宴に乗り込んで、お母様相手に堂々と反対したのでしょう。情熱的ね」 
 
「――あんた、この娘の母親だよな……?」 
 
「あら、まだ自己紹介していなかったわね。私はエレノア・ルーズヴェルト、お察しの通りヴァイオラの母よ」 
 
 
 母親と名乗ったが、どう見てもヴァイオラの姉にしか見えない。子供を生んだとは思えない若々しさ、年齢差をまるで感じさせない。 
 
夜の一族が長寿である事を差し引いても、エレノアの美しさは際立っていた。微笑むと、童女のような可憐さがある。 
 
リンディといい、桃子といい、知り合いの母親の遺伝子はどうなっているのか? 彼女は、サングラスをつけていた。 
 
 
「折角の大事な挨拶の場で、こんな無粋なものをつけてごめんなさいね。まだ慣れていなくて、貴方の顔を直視できないの」 
 
「いきなり酷いことを言われた!?」 
 
「変な風に受け取らないですね、貴方を悪く思っているのではないの。むしろ、貴方こそ運命の人だと思っているわ」 
 
「"運命"……?」 
 
「前にも言ったでしょう。エレノア様はね、高名な占い師なの」 
 
 
 占い師、そう聞くと彼女がエキゾチックに見える。雰囲気を感じさせる人だとは思っていたけど。 
 
本当かどうかはともかく、人との縁が視えるのならば恋愛や結婚運なんてお手の物だろう。 
 
 
「俺を直視できないというのは、その運命力に関係があるのかな」 
 
「貴方と我々夜の一族との縁は、非常に強い。たとえ貴方の意思がなくとも、私達は出逢っていたでしょうね。別の形で」 
 
「俺が海外へ出たのは、自分の意志だ」 
 
「貴方のその強い意思が働いて、私達との縁は強まったのよ。だからこうして、サングラスをかけているの。 
こんな失礼な真似はしたくはなかったけれど、貴方とは早くお話をしたかったから」 
 
 
 似合わないでしょう、とサングラスをつまむ。茶目っ気ある仕草が何よりの魅力なのだと、この人は気付いていない。 
 
何にしても夜の一族と縁があるのは歓迎するべきだろう。彼らの血が、必要なのだから。 
 
他人との縁というのも、今の俺は軽視していない。 
 
 
「二人が破談となったのはもしかして、あんたも反対したからなのか?」 
 
「破談はまだ正式な決定ではないの。両家の今後を左右する大切な縁談で、随分前から進めてきた話だから簡単には翻せない」 
 
 
 お家騒動とまではいかないにしろ、名家の中で意見は対立しているらしい。金持ちの家にありがち、というのは偏見かもしれないが。 
 
ルーズヴェルト家で一番発言力が高いのは、やはり女帝。王の一喝で決められた縁談が、ここへきて歯止めがかかっているようだ。 
 
これまでずっと気になっていた疑問を、いい機会なので聞いてみる。 
 
 
「カミーユの親父さんは、そもそも何でこの縁談を受け入れたんだ」 
 
「当家にとって実益があり、社を担う者として責任があり――何よりカミーユの為に、この縁談を承諾したのだよ」 
 
「ルーズヴェルト家がイギリスを代表する家柄であっても、こいつが幸せになれるか別の――!? 
 
いや、あんたを咎めるつもりはないんだ。悪かった」 
 
「気を悪くはしていない。カミーユの為に真剣に怒ってくれたんだ、父として嬉しいよ」 
 
 
 くそっ、大人ってのは嫌な笑い方をしやがるな。あっ、こら、何で当事者のお前はニコニコしてるんだ、カミーユ。気持ち悪いぞ。 
 
血を貰った以上お前にはもう用はないのだ、くくく……そういう考え方こそ、悪辣な政略結婚のような気がしてきた。 
 
 
「……個人的な事情があってね、他の家から花嫁を迎え入れる訳にはいかなかったのだよ。 
この子の事情を知るルーズヴェルト家だけだった。言い方は悪いが、利害が一致したのさ」 
 
「ヴァイオラもね、潔癖というか――異性を受け入れない子だったから、カミーユ君しかいなかったの。彼なら安心だから」 
 
 
 ……、……? 何か、おかしくないか? 何がおかしいのか突き詰めるのを、俺の脳が拒否している。まあいいか、肝心な事は別にある。 
 
フランスとイギリス、両家の同盟の背景がおおよそ見えてきた。個人の事情と両家の利益が複雑に絡み、同盟を強固にしている。 
 
女帝のやることだ、全てを承知の上で実行している。人と人、家と家の繋がりを狡猾に利用した策。 
 
アメリカのような技術や資本面とは違い、人と家のつながりを効果的に利用しているのに腹が立つ。人間関係の強さ、俺と同じ力。 
 
 
「話は分かったけど、どうして今になって反対を?」 
 
「私の口から言わせるのかね、それを」 
 
「え……?」 
 
「オードラン家はルーズヴェルト家との婚姻より、貴方との血の契約を選んだのよ」 
 
 
 言葉を失う。信じ難い決断だった。フランスの大財閥が一国の利益より、一個人との友情を選んだのだ。上に立つ者の、決断ではない。 
 
隣に座るカミーユを一瞥、何の後悔もない揺ぎ無き瞳を向けてくる。決断した者の表情、貴公子が如き凛々しき顔。 
 
 
血が熱く震え立つのを、感じる。こいつら、正気じゃない……! 
 
 
「意味分かって言っているのか……? それはつまり俺に委ねるということ、女帝を倒す後押しをすると言ってるんだぞ!?」 
 
「お母様はもう貴方を明確な敵とみなし、殺そうとしているわ。貴方も受けて立つのでしょう」 
 
「それはそうだけど、あんた達は身内を裏切ることになる……!」 
 
「――覚えておいて。あの人は身内であっても、平気で利用する。だからこそ、"女帝"なの」 
 
 
 初対面で俺が政略結婚の事を責め立てた時、あの女は眉一つ動かさなかった。一族を背負って立つ気構えに、個人の思想は通じない。 
 
肉親の情はあっても、絶対に個人を優先したりはしない。暴君の政で、イギリスを支配している。 
 
人の情など歯牙にもかけない冷徹さ、誰とも相容れない孤高さ、いざとなれば血の繋がった身内でも切れる。 
 
 
確信する――あの女こそ、俺の真の敵。海鳴の地で学んだ全てを否定する、倒すべき敵だ。 
 
 
「私は貴方の運命力の強さに、興味を持った。けれど貴方を選んだ理由は、縁の強さではないの。 
貴方がどんな理不尽な運命にも負けない、強い意志を持つ人だと分かったからなの」 
 
 
 それは違う。どんな運命にも立ち向かえたのは、一度運命に屈服したからだ。運命に流されて生きて、大勢の人を傷つけた。 
 
断じて、王者の強さではない。敗者の弱さ、敗北が生み出した屈辱が生み出した気持ちだ。 
 
もう負けたくないから、頑張っている。誰でも持っている、当たり前の強さだ。 
 
 
「お母様が言い負かされるところなんて、私は今まで見たことがないわ。あの人に歯向かえる人もいなくなっている。 
会議でお母様と戦う貴方を見て、貴方になら託せると感じたの。 
 
占い師としての、そして――あの人の娘としての、勘」 
 
「君は我が子を誘拐犯から救うだけではなく、世界中のありとあらゆる誹謗中傷から守ろうとしてくれた。 
アンジェラ・ルーズヴェルト様は、見捨てようとなさったのに。 
それだけじゃない。昨日今日と、会議での君の奮戦を見させてもらった。王女や自動人形に心を与えた、君の戦いを。 
 
我々夜の一族の血を目的としながらも、綺堂さくらさんや日本の一族を必死で守っていた」 
 
「……気のせいだろう。俺はあんた達をねじ伏せる事しか頭になかった」 
 
「そうね、見事な戦いぶりだったもの」 
 
 
 何だよ、その含みのある言い方は! 一応言っておくがあいつらを助けたのは先月の仕事のけじめであって、優しさとは別次元だぞ。 
 
それは置いておくとして、昨日今日と続いた世界会議での俺の働きが認められたのは大きい。比喩表現ではなく、二国が動いたのだ。 
 
自分から積極的に動かなければ、他人に踏み込まなければ、この事態はありえなかった。今の自分だから出せた、結果。 
 
同時に、恐ろしく思う。他人と関わった事により、他人を否が応にも巻き込んでしまう。自分の目的のために。 
 
 
「そこまで見込んでくれているのなら、引き下がれないな。俺の目的の一つである、同盟の破棄にも繋がる。 
分かった、あの婆さんは俺に任せてくれ。必ず、説得してみせる」 
 
「手強いわよ、実の娘の私の意見も聞かない」 
 
「言う事を聞かせてやるさ。暴力じゃなく、言葉で黙らせてやる」 
 
 
 難敵であるのに違いはないが、話は分かりやすくなった。暴君を黙らせることが出来れば、イギリスは陥落する。 
 
あの女との戦いは避けて通れないのは、承知済み。今日の会議でも俺を一族の敵に仕立てて殺そうとした、手加減なんて一切しない。 
 
生まれも才能も、育った環境にも格段の差がある。年季が違う。何もかも相手が上。唯一対等に戦えるのが、あの会議の場だ。 
 
 
常勝の帝王に敗北の味というものを、敗者である俺が与えてやる。 
 
 
「そうなると、破談に至った理由が必要だな。個人の意志では大義名分にはならないだろう」 
 
「大義名分なら、ちゃんとあるわよ。誰にも文句が言わせず、納得させる理由が」 
 
「どんな理由か聞かせてくれよ、あの婆さんに俺が突きつけてやる」 
 
「おお、婚約者となった君から言ってくれるのか。実に、頼もしい」 
 
「任せろよ。俺が婚約者だとビシッと―― 
 
 
……。 
 
 
 
……婚約者?」 
 
 
 
 
 
「貴方が、私の正式な婚約者となったの」 
 
 
 
 
 
 血による縁が結ばれることを、血縁という。  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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