とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十二話





『……いつまでも庶民気分では困りますわね……』


 夜の一族の血を入れた人間とは、人間なのか人間外なのか? 水と油のようでいながら、混ざってしまえば二度と元には戻れない。

月村忍と綺堂さくらの見立てでは、俺は人間に程近い存在だという。自然治癒力の促進と長寿、それ以外は何も変わらないとの事。

権力者が涎を垂らして求める長寿を手にしながら、若者達が求める特別な能力は得られていない。才能とは、血では得られないらしい。


つまり、今自分が必要としているものは何も手に入らない。傷を治せるだけ御の字、そう考えるしかないようだ。苦労の割に、報われない。


純粋な人間だった頃の自分を顧みる。友達も恋人も家族はおらず、守るべきものは何も無い。思想も理念も、強さも持っていない。

手持ちの金で満足し、自由気ままに生きてきた。幸福でも不幸でもなく、生きる目的を剣に求めて日本中を彷徨った。

強くなりたかった、というより自分が強いことを証明したかったのだと思う。自分は特別なのだと、確信したかった。


呆れた話だ。馬鹿にしていた同年代も、学校で勉強している。鼻で笑っていた大人達も、会社で働いている。皆、努力している。


世界に出てみて、分かった。この世の中、代わりが利かない人なんて意外といない。誰が死のうと、誰かが代わりになれる。

自由に生きていたつもりだが、俺も所詮何かしらに縛られていたように思う。社会から飛び出しても、広がるのは荒野だけだ。

旅していても、血を吸っても、特別にはなれそうにない。凡庸なまま全てを奪われて、惨敗もした。


けれど、今の自分には確かに在る。他人と触れて、感じた温もり――心に灯った確かな熱が、自分を動かしている。


この想いが、俺を人間にしてくれる。



「始祖の生成に、自動人形の生産――こんなの切り札にされたら、勝てる筈がない。何とかしないと」



 世界会議をまとめる長が糾弾され、妹さんの出生が明らかとなり、挙句の果てに訳の分からない技術が飛び出す始末。

見事な取り仕切り。強引な横槍を入れて何とか休憩を入れたが、打開策が無い。このまま会議が再開されたら終わりだ。

今のところ女帝が長と話して、時間を稼いでくれてはいる。立て直すのに長くて半日、といったところか。夜明けには再開される。

真夜中で寝静まる時刻だが、このまま休むなんてそれこそ寝ぼけている。時間は、有効に使わければならない。


「技術独占を云々と先に言ったのは俺だからな、開発元を聞けないのが痛い」


 完全に想定外、どうしたものか。ブラックテクノロジーなら開発元を聞くのが有効だが、ファリンの心について聞き返されるのがオチ。

一族の始祖のクローン化と、最新型自動人形ガジェットドローン。生命の生成と兵器の製造、実現可能ならば文字通り世界が変わる。

警察とかに相談しても無駄だろうし、カレンに問い正せばファリンの事を聞かれてしまう。ライダー映画を見せたなんて信じてくれない。

これは夜の一族の、後継者問題。人間である俺には直接関係はないのだが、この問題を打開しなければあの女は倒せない。

妹さんにも、深く関わっている問題だ。クローン人間なんて世に漏れたら、人権云々で差別の標的にされる。


『お前の所の当主殿がまたマスコミに流さないように、見張っていてくれ』

『何故私が王女の為に、あの男と不愉快な時間を過ごさねばならないのだ』

『新婚の夫に言う台詞じゃねえだろ、それ!? こんなやり方を二度も三度も続けたら、ドイツの威信を落とすぞ』

『私を脅すつもりか、下僕』

『事実を言っている』


『……』

『……』


『――ふふ、お前はやはり"サムライ"だな』

『? 何だよ、急に』

『私には、愛を囀る夫など要らぬ。主に歯向かう生意気な下僕が一匹いれば十分だ』


 氷室の策はこれで封じた。三度目の正直とも言うが、同じ策に何度もかかるほど俺も馬鹿じゃない。カーミラは誇り高く、頼れる女だ。

今はドイツよりも、アメリカだ。この問題で一番厄介なのは、アメリカを追い詰めると長も追求されるという点だ。

ほろ苦い気持ちにさせられる。通り魔事件、俺が地獄に落とした老人。凶行に走った老剣士を倒して、刑務所に追いやった。

同情も、後悔もしていない。あのジジイは、俺を殺すつもりだった。危うく犯人にされかけた。倒すしかなかった。


けれど――それでも、と思ってしまう。人は変われると知った今ならば、他にやりようがあるのではないか?


己の弱さを受け入れて、強くなる事の悲しさを知って。絶望に走った馬鹿を思うと、今では苛立ちを感じてしまう。

一人で何でもかんでも決め付ける、大馬鹿野郎。他人に迷惑をかけて、自分の人生を台無しにするくらいなら――



「――誰かに一言、相談すればいいことじゃねえか」



 許せなかった。通り魔の爺さんも、夜の一族の長も、そしてカレンも断じて許せない。プレシアと同じように、見過ごせない。

優しさでも正義でも、何でもない。ただ単に、許せない。独り善がりで他人を巻き込んで不幸になるなんて、絶対間違えている。

通り魔の爺さんは救えなかったが、せめて長には命を救われた恩を返したい。カレンには、救った恩を返してもらいたい。


「弱者を舐めるなよ、強者共……敗北を認めた俺に、怖いものはねえ。意地も見栄もプライドも、海鳴の海に捨ててきたんだ。
自分でどうにも出来ないなら思いっきり他人に頼ってやるぜ、ククク」


 ……我ながら情けない事を言っているが、背に腹は代えられない。必死で考えてみたが、一人でどうにかなる問題じゃない。

才能とか力とか金銭とか、無い物ねだりしても仕方がない。こうなったら開き直って、他人をアテにしまくってやる。

敵の切り札は分かったのだから、とにかく詳細を調べてみよう。異世界の技術かどうか、判明すれば話が早いのだが難しい。


我が国は人材不足過ぎて泣けてくるが、とにかく拙いツテを頼るしかない。サラリーマンの営業みたいだな、おい。


『長と、話がしたい?』

「さくらから何とか頼めないかな。あの爺さん、俺と会おうともしない」

『私も連絡してみたけど、取り合ってくれなかったわ。あんな事があったばかりだもの』


 女帝としか会っていないようだ。時間を稼いでくれている分こっちの都合もいいので、文句は言えない。

正式なアポイントは無理。だったら、俺らしくいってみよう。


「俺が酒に誘っていると、伝えてくれ」

『……日本じゃないんだから、そういう要件では伝わらないと思うけど』

「愚痴りたくなる時もあるんだよ、男には」


 狼は吠えるのを恥じたりはしない。ザフィーラはそう言って、落ち込んだ背を叩いてくれた。奴こそ、本物の男だ。

あいつのような男前になるのはまだまだ難しいが、真似事くらいしてもいいだろう。それで、気分が少しでも晴れるのであれば。


電話越しに、さくらはクスッと笑う。


『まだお酒が許されていない歳なのに、生意気言うわね』

「酒の味くらいはもう分かるさ」

『ふふ、すっかり頼もしくなっちゃって。いいわ、取り次いでみる』

「頼んだ」


『今度は、私をお酒に誘ってくれる?』

「えっ!?」


 電話を切られた、おい! さくらのような美女から誘われたら剣一筋の俺でもクラッと来るわ。相変わらず、手強い女だ。

男を磨いてデートに誘ってやると心に決めて、ひとまず一息。会えるか確定していないが、営業なんてそんなものだろう。


技術関連には一つ、心あたりがある。あんなアホでも自動人形の専門家だ、コールする。


『侍君、直接会って話そうよ。部屋で、二人っきりで』

「お前と二人で話すと、雑談が終わらんから嫌だ」

『趣味とか全然合わないのに、何かこう――気軽に話せるんだよね、侍君とは。あはは』


 本人には言わないが、大いに同意する。コイツと話すと身構えないですむので、気楽だった。

二人で布団並べても朝まで喋れそうなので、怖い。とっとと本題に入る。


「新型の自動人形について、お前は何か知っているのか?」

『ちょっと信じられないかな……修理したとかならともかく、技術流用なんて出来る代物じゃないよ』

「ファリンを改造したんだろう、お前」

『ノエルに似せて、オプションを造り直しただけ。外見は変わったけど、機能面とか中身はそのままだよ』


 古代の遺産はブラックテクノロジー、現在技術では太刀打ち出来ないのだと専門家は説明する。

だからこそ数の少ない自動人形は莫大な価値があり、あの安次郎もノエルやファリンを狙っていた。一体で一財産になるらしい。

量産なんて夢のまた夢、一から製造するのも不可能だと明言する。


「そもそも自動人形の技術を流用と言っていたけど、ノエルやファリン以外に自動人形はあるのか?」

『ない――とは言い切れないけど、多分ファリンと同じオプションだと思う。まさか、「最終機体」を見つけたとは思えないしね』

「最終機体……?」


『エーディリヒ式最終試作型自動人形、通称「最終機体」』


「凄い技術が搭載されていそうだな、それ。特別な機能とかあるのか?」

『えーとね……ぷっ、あははははは!』

「何だよ、いきなり。アホだと思っていたが、ついに狂ったか」

『あは、だってさ――侍君がファリンにやっちゃった事に比べたら、最終機体のコンセプトとか馬鹿馬鹿しくなっちゃって』

「? 意味が分からんぞ」

『古代遺産の技術よりも、侍君が起こした奇跡の方が凄いということ』


 科学の敗北だわ、と専門家が笑って負けを認める。何だか知らんが、勝ったらしい。ひとまず、アホは放っておこう。


「その最終機体ってのを弄った可能性はないんだな」

『ないない、絶対にない。あんな危ないの、コンセプトを知っていたらまず起動もさせないよ。
オプションというのもね、そもそも最終機体の分業機なの。使い勝手がいい分触りやすいから、そっちを改造したんだと思うよ。

専門家は、絶対に必要だけどね』


 ピンと、来た。


「そうか、お前がアメリカに技術を売り渡したんだな!」

『違うわ、貴方を裏切ったりしない!?』

「信じられるか、そんなこと! この女スパイめ、その身体に聞いてやるぜ!!」

『きゃーやめてー、まだ処女なの!?』


「おらおら、コレがいいんか――雑談はやめろっつーに!」

『……ちょっと、燃えてきたのに』


 何でこんな女と、テレフォンセックスせねばならんのだ。忍と話していると、いつも頭が痛くなる。

夜の一族の女、人間外の吸血鬼。金持ちでゲームが大好きな、美人だけど風変わりな女。俺とは全然合わない、別次元の存在のはずなのに。


不思議なもんだ――この期に及んで、この女を少しも疑っていない。


アメリカが自動人形の技術を持っているのならば、真っ先に疑うのは専門家の存在。月村忍が疑わしいはずなのだ。

こいつは一時期休学して海外へ行っていた。すずかの迎えとファリンの改造に専念していたらしいが、アメリカと通じていた可能性もある。

少なくとも、他の陣営はこいつを疑っている可能性は充分ある。日本とアメリカが通じ合っていれば、脅威となり得るのだ。

考えてみれば、アメリカが俺の事を簡単に調べ上げられたのもおかしい。情報機関があっても、外国の一庶民なんて調べられるだろうか?


こいつならば一応辻褄は合うんだが……何でだろうな、疑うのも馬鹿らしくなる。


『あー、よかった』

「何がだよ」

『侍君がいつものまんまで、よかった。会議での侍君、すっごくカッコ良かったからさ――何か、遠く感じちゃって』

「……」


『すずかやさくらだけじゃない。ノエルやファリン、そして私も守ってくれていたでしょう。あんなに、一生懸命になって。
すごく嬉しくて、感動してさ、ずっとずっと好きになって……何だか、怖くなっちゃった。

侍君以外の男の人なんて今更見れないのに、侍君は私の見えない所まで行っちゃうんじゃないかって』


 ――頬をペタペタ、触ってみる。痩せこけた顔、壊れた腕、立つことも難しい足。歩くだけで息切れする、この身体。

鏡を見れば、傷ついたミイラが映っている。醜いなんて次元じゃない、死人そのもの。美を感じる要素は皆無。


こんな自分をカッコいいと――特別視するこいつの目は、どれほど腐っているのか。溜め息が出る。


「永遠なんてものはこの世にないだろうけどよ」

『うん』

「どんなに長生きしても、俺らの関係は変わらんだろうよ」

『えー、忍ちゃんは侍君との関係をステップアップしたいのにー』


 あはは、と気楽に笑う。そうそう、お前がアホみたいに笑っていればいいんだよ。

こいつの笑顔なんて何の価値がねえんだから――俺だって、気軽に守ってやれる。


『でもさ、アメリカはどうやって解決したんだろうね』

「何が?」

『だって、すずかが同じ技術で生み出されたのなら――』

「あっ!?」


 受話器を取り落としそうになった。専門家だからいち早く見抜けた、技術の欠点。指摘されて、俺もようやく気づけた。

アメリカが提唱する技術には、大きな問題がある。もしかすると、最新型自動人形にも同じ欠落があるのかもしれない。

しかし、そうなると余計に混乱してしまう。


カレン・ウィリアムズ、彼女がこの問題に気づかない筈がない。何故、放置している?


忍が解決しているのだと早合点しているようだが、多分改善されていない。自動人形の根本に関わる問題だからだ。

技術流用とはあくまで、古代の遺産を利用しているに過ぎない。古代遺産が改善出来なかった問題を、現代で克服出来る筈がない。

欠点が直っていないから、ファリンを重要視しなかった。事前に分かっていれば、絶対拉致するか破壊していただろう。

妹さんにしてもそうだ。真実を突きつけても揺るがなかったあの子に、カレンは怯んでいた。改善していれば、あの態度はありえない。


問題が解決していないのに、会議の場で発表しようとしているのは何故だ?


「指摘はしてみるけど、何かありそうだな……」

『揺さぶって、相手の反応を見るのもありだと思うよ。ナルホドな弁護士みたいに』

「お前が何を言っているのか、分からん」


 ゲーマー女の電話を切って、考える。確かにこの指摘で攻めれば、新しい切り口にはなりそうだ。

ふと、気づく。気付いて、笑ってしまう。やっぱりあの女はアホだと、確信する。


あいつ――クローンと知っても、妹さんへの態度は変わらねえんだな。













 


















































<続く>








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