とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十一話
プロの棋士は勝負時常に「先」を考えて、数手から数十手先を読むという。過去の実践例を元に、構想に重点を置いて結果を導いていく。
手先の読み数に違いが生じるのは勝負の流れによるもので、序中盤は指し手が幅広く、終盤になると最善手も限定されてくる。
膨大な枝別れの変化手順を読んでいき、最善手は何かを考えている。その結果、戦いの結末まで至れる。勝利という、結末に。
目先を追っているだけでは勝負の流れに翻弄され、気付けば敗北という結果に追いやられている。勝ちたいのならば考えなければならない。
認識を決して誤らず、敵の思考を読んでいく。そうしていけば、気付けるのだ。
この先、どう転んでも――自分は、負けてしまうのだと。
『し、始祖の培養に、自動人形の量産!? 正気の沙汰じゃない!
どれほどの資本力と技術を持ってしても、現実に実現など出来る筈がない!!』
『そうとも、これはアメリカ側の陰謀だ! この会議を愚弄している!!』
『我々ドイツは、アメリカ側の退席を要求しますわ! こんな馬鹿げた妄想に付き合う必要などありません!』
ドイツ陣営が口々に、苦情や抗議を並べていく。次期当主の氷室だけではない、カーミラの両親まで声高々に叫んでいた。
アメリカ側がようやく見せた隙、ここぞとばかりに追い込んでドイツ陣営の発言力を高める。氷室も自ら席を立ち、堂々と主張している。
他の陣営は先を越された事に、不快感を見せている。経済大国であるアメリカは、彼らにとっても脅威なのだ。
確かに妄言妄想であれば、今こそ勝機なのだろう――本当に、嘘八百であるのならば。
『疑問に思われるのはごもっともですわ。わたくしも会議の一席を許された身、荒唐無稽な話をするつもりなどございません。
少しお時間を頂ければ、詳細を御説明いたしますわ。資料も用意しておりますの』
『今は後継者を決める、大切な議論の最中だぞ! 何故ウィリアムズ家だけに特別な時間を割かねばならないんだ!』
『――かまいませんわよね、長殿。貴方に何もやましい点がないのなら』
氷室遊に目も向けず、カレンは議長席に座り込んでいる老人に確認を求める。傍で見て分かるほど、長の肩が震えていた。
引退を宣言したとはいえ、長の発言力は絶大だ。会議進行役を務めている以上、承認されればアメリカ陣営に時間を与えられる。
長は、承認するだろう。月村すずかがクローンであるのはほぼ間違いなさそうだが、彼には頷く以外に選択肢はない。
まずい、この流れは絶対にまずい!?
『分かった。発言を許――』
「異議あり!!」
机をぶっ叩いで、立ち上がる。利き腕じゃない方の腕は壊れていないが、怪我はしている。猛烈に痛んで涙が滲むが、立ち上がる。
非難の目が集中する。当たり前だ、夜の一族ならともかくたかが人間風情が会議進行を妨害したのだ。罰せられても文句が言えない。
余程の理由がなければ、即座に掴み出されるだろう。会議の席を失い、城から追放される。それほどまでに、この会議は重要なのだ。
そして、実に困った事に――反射的に妨害しただけで、明確な理由なんぞなかったりする。ア、アリサー!
『王子様、何か問題でも?』
あ、氷室の奴ニヤニヤ笑っていやがる。あの野郎、もしこのまま進めていたらお前だってやばかったんだぞ!
始祖のクローン化と自動人形の量産、馬鹿馬鹿しいにも程がある。気が狂ったと思われても、何の不思議もない。
だけど、俺は知っている。不可能を可能にした大魔導師がいた事を――フェイトと、アリシアの存在を。
異世界の技術だと決まった訳ではないが、実現可能なのは既に見ているのだ。結果がある以上、不可能だと断言出来ない。
俺は認識を誤らない。会議の場で、カレン・ウィリアムズが妄言など唱える筈がない。この女は十代の若さで、経済界に君臨しているのだ。
月村すずかが始祖の血を持っているのは、事実なのだ。権力者達は都合が悪い展開だから、その事実から無意識に目を逸らしている。
敗北を認められない強者達、この場で弱者は俺だけ。ゆえに受け入れられる、自分の敗北を。
先月決定的に敗北した経験が、告げている――この手を指されたら、どう足掻いても敗北に終わるのだと。
「お腹が空いた」
『は……?』
何言ってるんだこいつ、その一言で表現出来るお嬢様の表情。アリサが頭を抱えたのが見えた、お前がいないから苦労しているのに!
内心小便チビるほど慌てているのだが、あえてにこやかに笑う。どうあれ虚を衝けたのだ、必死で主張する。
将棋盤を引っ繰り返す勢いで、言葉を並べていった。
「会議が始まって、もう随分時間が経つ。一度休憩を入れる事を、提案したい」
『貴方はこの会議を何だと思っているのですか? 疲れているのでしたら、お一人で退席なさればいいでしょう』
『所詮、人間如きがついてこれる場ではないのだ。目障りだからさっさと出ていけ』
何アメリカに抱き着いてきやがるんだ、こいつ! この先アメリカ相手に論戦で勝てると、本気で思っているらしい。
自信があるのは羨ましい限りだが、生憎俺はそこまで自信家ではない。くだらないプライドは、海鳴の海に捨ててきた。
妹さんがクローンであれば、この子の絶対性は消滅する。無手で挑んで負ければ、妹さんはあらゆる差別の標的となる。
会議の主要メンバーに推薦された綺堂さくらや、忍達も無傷ではすまない。量産が可能ならば、ノエルやファリンの価値も下がり危ない。
神咲那美の笑顔を取り戻し、騎士達の期待に応える――その為ならば、何でもやってやる。意地や見栄なんて、知るか。
「この場で一番疲れているのは、長殿に見えるんだけど?」
『……っ』
「夜の一族の後継者を決める会議で、議長である長に疑惑がかかっている。あんたが提示した、証拠によって。
俺だけじゃない、多分他の皆さんも今疑心暗鬼に陥っているのじゃないか?
あんたの話は、確かに興味深い。今見せてもらった妹さんの映像や、長の一件とも無関係じゃないのだろう。
だからこそ、冷静になって聞かないといけない。あんたにとっても大事な話なのだろう、性急に進めるべきじゃない。
大事な会議であるというのであれば尚の事、今は考える時間が必要だ。俺はそう思う」
カレンは忌々しげに俺を睨み、唇を噛んでいる。あんたは一刻も早く事を進めたかったんだろうが、お生憎様だ。手を打たれてたまるか。
試験管の中に浮かぶ妹さんの映像は、劇的だった。欧州の覇者達の冷静さすら奪い、明晰な頭脳に衝撃を与えて揺さぶった。
敵ながら、身震いするほど優れた手腕。俺だってアリシアを見ていなければ、流されるままに終わっていただろう。
沸騰する会議の場に、冷水をぶっかけてやる。
「もっとも、散々偉そうに言って会議の場を乱した俺が言うことでもないと思う。ここは一つ、皆さんの意見を聞こうじゃないか。
長の一存、大いに結構だが民主主義も尊重してくれよ。アメリカ殿」
『貴方という人は、ぬけぬけとよくも……!!』
『ふむ、いいだろう。お前の御高説を散々聞かされてウンザリしていたところだ、少し休ませろ』
『ボ、ボクも賛成! 色々聞いちゃって混乱して……ちょっと、頭を整理させて欲しい』
『私も賛成です。進行役の長は混乱されているのであれば、冷静な議論は出来ない。少し、間を置きましょう』
ドイツ、フランス、日本から賛同の声が上がる。どれも俺とつながりを持った国、こういう時は本当に助かる。
俺という個では、国相手に戦っても勝ち目はない。戦国時代、天下を目指す国であっても他国との同盟も重視している。
他人に救われることを恥じる気持ちは、もう無い。いずれ他人を救える器の人間に、なってみせるさ。
『自分で戦いを挑んでおきながら尻尾巻いて逃げるの、ウサギ』
ロシアンマフィアが、異を唱える。狂っていても、俺の現状を察する感性にはヒヤヒヤさせられっぱなしだ。
アメリカのような頭脳はなくとも、感性で人を殺せる人間は怖い。定石なんて、通じないからだ。
俺は、怯まなかった。少しでも退けば、殺されると分かっている。
「勿論ですよ。俺が全力を出すのは、あんたとの戦い以外ありえない。それでも玉砕覚悟で突っ込みましょうか?」
『だーめ。ウサギはクリスが殺すんだから、じっとしてなさい』
さっきと言っていることが真逆なのだが、もう慣れている。他の陣営が目を白黒する中、二人は笑い合った。
ロシアンマフィアのボスが何やら怖い顔をして俺を指さし、隣のディアーナに何か耳打ちしている。何、その意味深な態度!?
ともあれ、後はイギリスだ。俺は女帝に視線をぶつけると、露骨に溜息を吐かれた。
『いいだろう、長とはアタシが話をつけよう。安心しな、後継者の事であれこれ言う気はないよ。
アタシは長に続いて、長い時間を生きてるんだ。若造なんぞには理解出来ない話がある』
「――ということだ。俺からの提案、飲んでもらえないか?」
『……分かりましたわ。その間、必要な資料を準備させましょう。
誤解なさっているようですけれど、貴方にとっても悪い話ではないのですよ』
俺に関連する事? やべえ、休憩時間入れてもらって正解だった。何も知らないまま巻き込まれるなんて、ジュエルシード事件の再現だ。
アリシアの一件も、法術に目をつけたプレシアが俺に悪夢を懇願したのだ。死者の蘇生という、身勝手な願いを。
長より会議の一時中断を告げられ、皆が退席した瞬間――机に、突っ伏した。
冷や汗が、今になって出てくる。ただ、ただ、疲れた……あいつらは余裕の表情だったのに、俺はこの無様な有様。
天才を相手に凡人が挑むなんて、無謀でしかない。負けないようにするのが、精一杯だった。
今まで努力しなかった、結果。他人から目をそらし続けたツケが、出てしまっている。他人と接するのに慣れていなくて、疲れている。
笑える。友達がなかなか出来なくて泣いている小学生だ、今の俺は。
「……こうした戦いは慣れておらず、剣士さんを守れないのを不甲斐なく思っております」
護衛役の妹さんが残り、突っ伏した俺を見守っている。表情には出ていないが、心配そうに見えなくもない。
疲労困憊で顔も上げられないが、俺は目をつむって首を振った。
「やれやれ、妹さんも勘違いしているな」
「勘違い、ですか?」
「妹さんが側に居るだけで、俺は守られている。安心して戦えるよ」
「……」
妹さんは顔を上げて何か言おうとするが、苦しげに胸を抑えた。想いが胸に詰まって、口から出ないらしい。苦笑する。
彼女の血は飲んでいないが、通じ合えていると信じている。目だけで頷くと、妹さんは安心したように息を吐いた。
心の在り方は神の領域にあっても、こうした可愛らしさを見せる。俺だけが知る妹さんの可憐さもまた、誇らしい。
この子が俺を護ってくれるのであれば、俺もこの子を護ってみせよう。それぐらい出来なくて、何が男だ。
手と手を繋げて、輪を作る。それが絆となり、国と成す。一人一人の個で繋がった、全。
カレン。お前が圧倒的な個であるというのなら――俺は全の力で、お前を超越してやる。
<続く>
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