とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五十話





『でしたら、わたくしが名乗りを上げさせてもらいますわ』



 勝利を確信した俺の問いかけに対し、予想外の名乗り上げ。正直、面食らってしまったのは否定出来ない。

夜の一族の正統後継者として名乗りを上げたのは、アメリカ陣営のカレン・ウィリアムズ。大富豪の、長女。

俺の問いかけに応える事の意味を理解していないとは思えないが、恐る恐る聞いてみる。


「金で血は買えないぞ、お嬢様」

『いいえ。金で買えないものなどこの世にはありませんわ、王子様』


 またも予想外の返答に、今度こそ言葉に詰まってしまった。半ば嫌味で聞いたつもりだったのに、にこやかに断言されてしまったぞ。

一族の長になるつもりがない妹さんと代わるには、妹さんと同じかそれ以上の濃度の血が必要だ。最上の、血統。


そして妹さん、月村すずかは始祖の血を持つ純血種。古き歴史を持つ家系であっても、先祖に匹敵する血は持てない。


夜の一族は血を重んじる。その前提を覆してしまえば、夜の一族そのものを否定する事になってしまう。反証は、不可能だ。

そう確信していたからこそ、自分の勝利を疑わなかったのに――


『王子様は、夜の一族についてよく御存知でいらっしゃる。ならば、おかしいとは思いませんでしたか?

"王女"、月村すずか様。この御方が何故、原始の王たる始祖の血を受け継がれておられるのか』

「それは……」


 綺堂さくらや月村忍から夜の一族について聞いた時、確かに疑問には思った。妹さんはそれほどまでに、神秘的な存在だったから。

気にしなくなったのは、妹さんを受け入れたからだ。妹さんはそのままでいいと、俺自身がこの子に自分の本心を伝えた。

ありのままでいいと思ったその時から、疑うのも馬鹿らしくなってしまった。


「日本には、先祖帰りという言葉がある。代々血が継がれていく中で、妹さんのように純度の高い血を持つ事もありえるんじゃないか?」

『"純血"ですのよ、王子様。憶測で物を言ってもらっては困りますわね』


 自分も騙せない言葉だと冷笑されて、俺は唇を噛む。謀略の世界で名を馳せた女相手に、我ながら浅はかな指摘だった。くそっ。


「そういうあんたは、確証があるのか?」

『ありますわ』


 こいつ、妹さんについて何か知っている!? これも想定にはない、まずい事態に陥りつつある。敵の出方がまるで分からない。

他の陣営が俺を攻めていたのは、妹さん本人に何の非もなかったからだ。俗世のスキャンダルには無縁な、女の子。


絶対の存在であるがゆえに、王。付け入る隙などなく、孤高の精神を持ち弱さをまるで見せない。


何より妹さん本人に、後継者となる意志を持っていない。だから攻める必要性すらないのだと考えていた。

今でも、そう思っている。だから、敵の切り札が見えてこない。


『長よ、貴方は嘘をつきましたわね』

『――どういう意味だ』

『"王女"をわたくし達に紹介した時、貴方は彼女を「不幸な事故で両親を亡くした遠縁の娘」だと仰っておられました。
始祖の血を持つ子供である事を強調し、詮索を禁じた。"始祖"に触れてはならない、血の掟を隠れ蓑として』

『! な、何の話をしている!?』


 目に見えて分かるほど動揺している。長の権限と始祖の神秘性、その二つがこれまで妹さんの秘密を守り続けてきたのか。

秘密を暴くということは、掟に反することを意味する。後継を狙うのであれば、絶対に犯してはならない禁忌である。

その秘密を、何故かカレンは暴こうとしている。一体、何の意味がある……?


『"王女"は貴方の縁者ではない。そう申し上げているのですわ、長』

『いい加減にしないか! ここは会議の場であるぞ、カレン!』


『ならば、確たる証拠をお見せしましょう』


 揺るぎない自信、長を断罪する暴挙に出ながら、カレン・ウィリアムズは微笑を絶やさない。背筋が寒くなるような冷笑。

カレンは端末を操作している。何だか分からないが、危機感だけがつのる。無抵抗なままだとやばい。

相手の糸口も見えてこないが、頭を必死で働かせながら、心構えをしておく。高波が来ると分かっていれば、まだ対処は出来る。


悪魔の少女は、禁断の領域を見せつけた。



『王子様、ご覧くださいな――貴方を守らんとする健気な少女の、正体を』



 不幸中の幸い、とはよく言ったものだ。ソレは見たことのある、狂気だった。絶望の嵐の中見せつけられた、悲劇の再現。

夜よりもなお深き静寂、絶句する一同を尻目に、俺は冷ややかに見つめる。



試験管の中で、月村すずかが眠っている――



……心構えをしておいて、本当に良かったと思う。でなければ崩れ落ちていた。考える力を奪われていた。叫んで、しまっていた。

アリシア・テスタロッサと同じ、クローン!?


『月村すずか、彼女は細胞培養された存在なのです。長、貴方が墓を暴いて提供した遺伝子により生成された』

『カレン、お前……お前は、あの男に接触したのか!? そうなんだな!!』


 紳士であった老人の声が裏返る。顔は醜く崩れ、脂汗を流して大声を張り上げる。悲鳴に等しい絶叫が、耳にこびりつく。

同一の起源を持つ存在、均一な遺伝子、複製された存在、クローン人間。


プレシア・テスタロッサの研究――異世界の、技術。何でそんなものが、この世界に!?


い、いや、待て。クローン技術そのものはこの世界にだってある。ウサギとか、キャベツとかのクローン例なら実在していたと思う。

プレシアの研究はそもそも、アリシアを甦らせる為だけのもの。あいつが他の人間の為に技術提供したりはしない。


しかし、これは――


『貴方は後継者選びに悩んでおられた。隆盛を極めつつある今の時代、各国のどの家系を選んでも戦争の火種となってしまう。
長の一存であっても同じ事、貴方が死ねば争いは加熱する。絶対の王が、必要だった。


どの国にも属さず、何者にも従わない――真の、一族の長が』


 始祖の血、純血種。夜の一族にとって、血は絶対。金や権力など高貴なる血の前には無価値、ひれ伏すのみ。

先程俺が始祖の血の絶対性を主張して、こいつらを黙らせようとしたのと同じ。誰にも文句を言わせない、後継者を造ろうとした。

権力者達は言葉を失っている。生命の創造、血の製造、逸脱した技術は恐怖を生む。


「……妹さん、今の話に心当たりはあるか?」

「記憶にはありませんが、夢で見たことはあります」


 肯定はしないが、否定もしない。自分が生まれた話だ、覚えていなくて当たり前だ。この思い出には、温もりなんてない。

端末に映しだされた映像を見る。夜の一族は人ではない、けれど妹さんは胎内から生まれた存在ですらない。


後継者と成るためだけに、造られただけ――


自分の生まれた理由を、妹さんはずっと探していた。心を持たない少女は居場所がなく、現世を彷徨うばかり。

そんな彼女が日本に渡って俺と出逢い、自分の生きる理由を悟った。拳に力がこもり、彼女は力強く歩み始めたところだった。


なのに――真実が、全てを否定した。


老人は、己の罪に慟哭する。これ以上ないスキャンダル、カレンの出した切り札は存在すら破壊する力があった。

真実はそれほどまでに、重い。正義すら勝てない。妹さんも、長も陥落させる、恐るべき策略。

誰であろうと、勝てないであろう。



月村すずかを、除いて。



「私は剣士さんと出逢うために、生まれてきました。それが、全てです」

『うふふ、違いますわよ。貴方は後継者となるべく造り出された存在、ただそれだけですわ』

「私は剣士さんに、雇われています。後継者には、なれません」

『……っ、聞き分けが無いですわね!』


 妹さんは、揺るがなかった。残酷な真実を前にしても、微動だにしない。自分の出生に、何の興味も持たない。

彼女の在り方に、カレンは息を呑む。完成された存在とは、ただ在るだけで美しい。凡人には及びもつかない境地に達している。


人の心を持った、王女。絶対の存在から無意識に目を逸らして、彼女は俺を見やる。


『貴方はどうなのですか!? 真実を知っても、彼女を傍におけるのですか!』

「うちは実力主義、そちらの国と同じさ。能力があれば、身元は問わないさ」


 断っておくが、俺は聖人でも博愛主義者でもない。いたって凡庸な人間、突き付けられた真実に衝撃も受けている。

例えば妹さんが怪物じみた姿だったり、悪臭とか凄かったり、人間とか頭からボリボリ食べる怖い奴だったら、拒否していただろう。

でもクローン人間とか、今更言われても……化け狐とか、使い魔とか、幽霊とか、巨人兵とか、魑魅魍魎を見てきたからな。


アリシアだって、怖いとは思わなかった。


「あんたの今の話が真実だとして、それがあんたが後継者に相応しい事にはならんだろう」

「と、いいますと?」


 さ、察しているくせに、聞き返すな!? こっちはお前と違って、義務教育レベル以下の頭なんだぞ!

ええと、こう言ってああ言えば――


「たとえ造られた命であっても、妹さんが始祖の血を持つ純血種である事に変わりはない。
由緒正しい家柄であってもあんた自身が始祖の血を持たない限り、妹さんより相応しいという事にはならない」


 ……? 何だ、この反応。カレンはおろか、他の陣営まで揃って俺を驚愕の眼差しで見ている。えっ、何か変な事を言った?

カレンは一度咳払いをするが、頬の紅潮が自身の興奮を物語っていた。


『……虚勢でもなんでもなく、本当に何とも思ってらっしゃらないのですね……』

「だから、何がだよ!?」


『これだけの事実を見せつけられて、何故平然とした顔が出来るのですか……?

我々を相手に一人で立ち向かう胆力、銃を持つテロリストも恐れぬ勇気、人智を超えた真実を前にしても――堂々たる立ち振る舞い。

縁に恵まれ、気運もあり、それらを生かせる行動力と精神力も培っている。
わたくしを助けたことを差し引いても――貴方はやはり、世論の評価に見合った御方ですわ。普通であるが故に、際立っている』


 普通だから、特別……? 意味が分からないことを、言われてしまった。何で反論されたのに、あの女は嬉しそうなんだ?


『この技術を、私が独占していると言ったら?』

「な、何だと!?」



『純血種の生成、そして王を守りし最強の騎士――自動人形の技術を流用して製造した人型兵器、"ガジェットドローン"。

人に代わり、今世において我々が世界に君臨するのですわ』



 夜が昇り、朝が沈んでいく。無限の欲望が、世界を飲み込もうとしている。


勝つのは光か闇か――それとも。













 


















































<続く>








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