とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十九話
会議は続く。テロリスト達の暗躍と、裏切り者の存在。夜の一族を狙う者達を相手に、報復も含めて話し合いが行われる。
テロリストの正体について、ロシア側から情報提供があった。『龍』と呼ばれるテロ組織、組織構成及びその実態は不明。
各国の諜報機関が血眼になって追っているが、足取りも掴めず。民間人も平気で巻き込む過激なテログループらしい。
……そんなの相手に、利き腕も使えずよく生き残れたものだと思う。この組織については、実際に戦った俺も証言した。
『テロ活動を二度も阻止したとなれば、この男も狙われる危険があります。ひいては、我々も巻き込まれてしまう。
世界各国の主要人が集う大切な時期、火種を抱えるべきではありません』
『どこかの誰かさんのせいで、俺の顔と名前が世界中に知れ渡ったからな』
『誰なのか見当もつかないが、何にしてもよかったではないか。死に花を咲かせられて』
『他人事のように笑っているけどおたくの庭先で暴れ回っているんだぜ、ドイツの代表者様』
『我々も今、全力で行方を追っている!』
結局この件は各国が連携して、テロ組織を追い詰めていく事になった。組織に関する情報を持つディアーナが、一歩リードした形だ。
テロリストの案件は緊急の課題であり、毎年開催される世界会議の議題は他にある。いわゆる、定例報告というやつだ。
さすがにこればかりは、俺が口を挟める余地はない。どの国にも属していないのだから、報告のしようがなかった。
普通の会議ならば眠気に襲われて欠伸の一つでもするが、此処は戦場。ボケっとしていたら、無慈悲に殺されてしまう。
時にはメモを取りながら、端末に表示されたデータ資料を読み、各陣営からの報告に耳を傾けて、頭を働かせる。
国家の裏側に、歴史の闇に、人々の影に身を潜め、彼らは暗躍する。あらゆる分野に手を染めていき、世界を裏から操っていく。
人外の怪物達にも誇りがある。隠遁生活など御免と言わんばかりに、強大な力で人間世界を支配していく。
彼らにとって、今もまだ戦国――戦乱の時代に呼応して、とびきりの名将が覇を唱える。
夜の一族は長寿である分、歴史は長いが世代交代は遅い。それを差し引いても、優秀な後継者達に恵まれ過ぎていた。
吸血鬼カーミラ、マフィアのディアーナ、殺人姫クリスチーナ、貴公子カミーユに妖精ヴァイオラ、大富豪カイザーに経済王カレン。
そして、月村すずか――夜の一族の黄金期、"最高の世代"であると綺堂さくらは言う。
『夜の一族として、私も今年の世界会議に参席出来たのは誇りに思っている。後にも先にも、これほどの後継者達が揃う機会はないわ』
『だからこそ、後継者争いもかつてない規模に発展する』
『貴方は、その戦争に飛び込もうとしているのよ。血を求めるのであれば、自分の血を流す覚悟もしなければならない』
凡人が一生涯働いても稼げない金を、彼女達は己の才覚のみで手に入れている。収支を見て嫉妬を感じるより前に、ただ感心させられる。
貿易ルートを開拓したディアーナや経済界を支配するカレンやカイザーは別格にしても、他の面々も各分野で名を馳せていた。
カーミラや妹さんは高貴な血を持つ特別な存在、社交界でカミーユやヴァイオラの名を知らぬ者はいない。
クリスチーナは裏社会の住民を震え上がらせる狂人、暴力で人間を黙らせる。報告の数々を聞くだけで、己との違いを思い知らされた。
俺がチャンバラゴッコで遊んでいる間にも、彼らは世界で戦っていたのだ。大人達も誉れ高いであろう。
『ついこの前までよちよち歩きしていた子供達が、立派に成長したものだな。私も、年を取るわけだ』
『そろそろ引退の時期じゃねえのか、爺さんよ。後は俺らに任せて、のんびり隠居していろよ』
可愛い子供からの茶目っ気ある冗談、では済まされなかった。華々しい活躍に浮かれていた会議場が、緊張に凍りつく。
発言したロシアンマフィアのボスはニヤニヤ笑っている。お遊びはここまでだ、そう言わんばかりに不敵であった。
誰もが分かっていて、口にしなかった。今回の世界会議、その一番の議題が何であるか、意識せずにはいられないというのに。
口に出せば、もはや一致団結は出来ない。血で血を洗う戦いとなっても、退く事は出来ない。ゆえに、誰も言えなかった。
夜の一族の、世代交代――新しい長の、選定。戦争の狼煙が上がる。
『……やれやれ、本来であればこのような仰々しい場ではなく、引き際を見定めて何事も無く役目を終えたかったのだが。
我々を狙うテロリスト達の動きを見る限り、そうも言っておれんようだ。新しい指導者の元、皆が協力し合わなければならん。
本会議を最後に私は正式に退任し、次の長を決めようと思う』
面々が意気揚々とする中、俺は寂しげな微笑に気を引かれていた。あの爺さん、こんな形での引退は本意ではなかったのではないか?
子供じみた悪戯の大好きな、女好きの老紳士。人を食った笑顔の似合うあの老人は、何より人を驚かせるのが好きだった。
引退するのであれば、誰にも告げずに全て後任せにして黙っていなくなる。皆が後で慌てるのを想像して、大笑いする訳だ。
後継者に、恵まれ過ぎた――夜の一族には喜ばしい事実が、あの爺さんの望む引き際を奪ってしまったのだ。
悲しい事に、彼の可愛い子供達や孫は彼の気持ちを少しも分かってやらない。皆の注目は、そこではない。
あの老人が去った後の空席、頂点に鎮座する王の位を狙って涎を垂らしている。俺は、食ってかかった。
「緊急事態なんだから、今は爺さんがまとめればいいじゃないか。わざわざ今交代しなくても――」
『人間如きが、口出しするな! これは我々の問題だ!!』
ドイツ陣営、カーミラの親父の激昂。欲望丸出しの顔が、この男の本心を如実に物語っている。
なのに、誰も反対しようとはしない。後継者争いは彼らの本意、それこそ口出しするなというわけだ。
むかついた――こうなったら、思いっきり口出ししてやる。
「何で問題になるんだよ。後継者候補は妹さんだろう? それで決定じゃねえか」
「剣士さん」
妹さんが珍しく、強い力で俺の服を引っ張る。分かってる、分かってる、別に護衛をクビにするつもりはないよ。
我が物顔で爺さんの後釜を狙う、こいつらの正当性を奪ってやるだけだ。後継者候補ではないが、戦争に参加すると決めたのだ。
あらゆる点で、主導権を奪ってやる。こいつらの態度が許せない。
『貴様は、間抜けか? 何を思ってか分からないが、王女はお前の護衛を望んでおられるのだ。
後継者となられる事を、自ら拒否されておられる。我々は、その意思を尊重するつもりだ』
いつからお前が、この場に居る者達の代表者となったんだ。我々、という物言いに皆が不快感を示している。
何にしても、こいつが真っ先に反論すると思っていた。氷室遊も、夜の一族の後継者を狙っているのだから。
後継者争いについても、念入りに想定している。自分なりに考えた質疑応答のマニュアルを、頭に叩きこんできた。
「意思を尊重するのは、結構。でも、彼女の代わりとなれるものはこの場に居るのかな」
『お前を除いて、本会議の出席者は各国の代表でもある。皆が、長に相応しい器を持っているんだよ。
いい加減その生意気な態度を改めなければ、誅殺されるやもしれんぞ』
「夜の一族が重んじるのは、"器"なのか?」
氷室遊は怪訝な顔、他の者達は揃って舌打ちする。奴以外は、俺の言いたい事を即座に察したらしい。
後継者争い、俺に参戦する資格はない。けれど――
人間であるからこそ、言える意見がある。
「夜の一族の長に必要なのは、血だ。妹さんは夜の一族の始まりと言うべき血を持っている。格別の濃度、純血種だ。
彼女の代わりが務まるというのであれば、己の血を持って証明するべきだ」
「き、貴様……!?」
「妹さん、月村すずかに後継者の意思がないのも分かっている。つまり、相応しい人間が誰も居ないんだ。
今無理に決めなくても、相応しい者が現れるまで待つべきなんじゃないか?
それとも、長本人に決めてもらうか――いずれにせよ、穏便に話し合うべきだと言わせてもらおう」
各国の、あらゆる陰謀をねじ伏せる。くだらない陰謀も、夜の一族の真実の前には霞んでしまう。
この場で名乗りを上げられる者など、いない。妹さんより濃い血を持っているのならば、陰謀を企む必要もないからだ。
爺さんの花道を血で汚そうとする馬鹿共め、思い知ったか。昨日に続き今日の会議でも勝てれば、主導権は確実に握れる。
苦労させられたが、これで決着だ。こいつらにだって、プライドがある。敗北を認めれば、血を差し出すしかない。
勝った――
「でしたら、わたくしが名乗りを上げさせてもらいますわ」
――え……?
<続く>
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