とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十七話





『これより、会議を始める』


 日本、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、ロシア――そして、俺。各陣営が、戦闘態勢に入った。

端末より画面が出力され、主要言語翻訳システムが綺堂。古城の会議室が、世界の覇権を賭けた戦場となる。

世界の頂点に立つのは誰なのか、会議という名の論戦が行われ、主義主張をぶつけ合って妥協を許さず勝利をこの手に掴み取る。


『昨日は思わぬ事故で会議を中断してしまったが、月村すずかとファリンの二人が人の心を得ているのは誰の目にも明らかだ。
ついてはすずかを月村家に、ファリンを綺堂家預かりとする。異存はないな?』


 異論を問うのではなく、決定を確認する。二人が正式に認められた何よりの証拠だ、さくらはこれで安泰。安次郎は追放となる。

先月は本当に散々な結果となってしまったが、俺はともかくさくらが認められたのは我が事のように嬉しい。後は、俺自身が勝たねば。

安堵していた矢先、異論の手が挙がる。


『長よ、その案件についてわたくしから一つ確認させて頂きたいことが御座います。発言をお許し頂けますか?』


 アメリカの大富豪の娘、カレン・ウィリアムズ。優雅な微笑みを浮かべて、彼女は発言を求めてくる。昨日決まったはずの、案件を。

日本側にいる綺堂さくらに目配せする。俺と同年代だが、厳しい経済界を遊び場とする金銭の魔女。油断は、出来ない。

ファリンに心が宿っているのは明白だが、氷室のような言い掛かりはしてこないだろう。長が許可すると、彼女は立ち上がった。


『ファリン・K・エーアリヒカイト、この自動人形のオプションを改造したのは"王女"の姉月村忍様だと伺っております。
技術力の程は確かではありませんが、仮にも古代の遺産を蘇らせる技術がお有りなのでしたら――

自動人形のオプションに、「心」を創り出すのは可能なのではないですか?』


 会議場がざわめき出す。人間を模して作られた芸術品、自動人形。オプションとは自動人形が支配する、人間型の兵器。

エーディリヒと呼ばれる遺失工学は現代科学技術を凌駕しており、現存する稼動機体もほとんどない。魔法に等しい、幻の技術。

つまり、専門家である月村忍でなければ分からない未知の分野。だからこそ価値があり、不透明な部分である事を相手は指摘する。

実に鋭い指摘だが、俺にとっては想定の内でもあった。指摘が来るであろう事を見越して、忍とも打ち合わせ済み。


問いかけられた忍は緊張感を持って立ち上がり、反論する。すずかとファリンの命運が、かかっている。


『私では自動人形の修繕は出来ても、創り出す事は到底出来ません。
自動人形のコンセプトは人よりも長い生涯を送る夜の一族の相手を務め、時には主人の為に戦うことを義務付ける機械。

遺失工学において"心の領域"は研究分野とされておりましたが、完成に至ったとされる記録もありませんでした』

『先代の偉大な技術者でも到達出来なかった"心"を、何故自動人形のオプションが持てたのでしょうか。
オプションはあくまで道具であり、兵器でしかない。心を宿す機能そのものがないのですよ』


 脳みそのない人間に、思考そのものが生まれる余地などない。ファリンは言うならば、機械が突然自意識に目覚めたのと同じなのだ。

敵がファリンに対して唯一切り込める隙があるとすれば、まさにそこだろう。欠かさず攻めて来るあたり、流石と言わざるをえない。

とはいえ、真実も話せない。ライダー映画を見せたら正義に目覚めました、なんて誰が信じるというのか。


忍に任せてもいいが、発言するチャンスでもある。機会は待つのではなく、自分から掴まなければ絶対手に入れられない。俺も、挙手する。


『ファリンとすずかについては、さくらより依頼を受けて俺に一任している。俺に問うのが筋だろう』

『私の問いに、貴方が答えて頂けるのですね』


『悪いが、企業秘密だ』


 ――答えられない、で通る。昨日コウモリ野郎にも言ったが、赤裸々に全て話す義理も義務もない。

こいつらは無茶苦茶な要求だと知りながら、綺堂さくらに突きつけた。俺達は、その要求に応えた。説明責任なんぞ、ありはしない。

俺の発言に、主にドイツ側が紛糾。逆に、アメリカの才女は微笑みすら崩していない。


『一応、理由を伺ってもよろしいですか?』

『あんた達は経営者だ。自分の利益をなり得る情報を、わざわざ相手に提供するのか?
もしもそれが技術であれば尚の事、独占するものだろう』

『その通りですわね、ふふ。では最後にもう一つだけ、貴方にご確認をさせて頂きたいのですが』

『……答えられる範囲なら』


『王女と自動人形、御二人が"人"と成れた理由は貴方に在る。そう考えて、よろしいでしょうか?』


 みえないものを、みろ――師匠の、教え。単なる確認だが、どうもキナ臭い。このまま認めてもいいのだろうか?

仮にここで否定すると、忍やさくらに追及の手が及ぶのは間違いない。この案件を終わらせるには、認める以外の選択肢はなかった。

まあ、いいだろう。この先何があろうと、俺の戦いとなる。いい加減、さくらを安心させてやりたい。


『その通りだ』

『結構。忍様、大変失礼致しました。発言は取り下げます』


 自分の発言を全て取り下げているのに、カレンは満足げにしている。嫌な予感は強まるばかり、このまま座らせてはいけない。

自分達の主張が認められたというのに、俺は満足せずに追求する。勝ちを確信したその時こそ、油断してはいけないのだ。

海鳴町で犯した多くの失敗が、俺に安易な勝利を許さなかった。


『すずかとファリンの事を正式に認めて下さったのだと解釈してもよろしいのですね、カレン・ウィリアムズ様』


 座ろうとしていた彼女が、顔を上げる。俺を見つめるその眼差しが一瞬だけ険しくなったのを、見逃さなかった。

追認を迫られるとは、思わなかったのだろう。余裕を取り戻すのに、若干の間があった。俺はその間も、視線を逸らさない。

敵もさる者、驚きはしても隙など見せたりはしない。値踏みするような目で、俺と見つめ合う。


『随分と、性急な御意見ですわね。焦らすのも、女を口説く有効な手段ですわよ』

『告白したのは俺なんですから、答えるのは女性の義務でしょう』


 はぐらかされてたまるか。隙といえる程ではないが、敵は明らかにうろたえている。畳み掛けなければ、有利な局面でも勝てない。

俺は自分を過大評価せず、相手を過小評価もしない。自分は蟻で、敵は恐竜。麗しい女性であっても、愛想笑いする余裕もない。

勝てるべき戦局で確実に勝たなければ、今後負け続ける一方だ。少しでも有利に立つためならば、女であっても追い込んでやる。


『失礼ながら、貴方は誤解しています』

『誤解……?』

『わたくしは、あくまでも確認を求めただけです。御二人については、最初から認めておりますわよ。
異議を唱えるつもりもありませんでした。王女様もとても素敵な女性になられて、わたくしは喜んでいますのよ』

『……アメリカ側の総意と受け止めても?』

『当主であるお父様も異論ありませんわ、そうですわね?』

『も、勿論だとも!』


 アメリカ側の陣営に座っているのは、三人。カイザーとカレン、二人の子供を両隣に一人の男性が陣取っている。

アメリカの経済界を支配する大富豪、年若き実業家。凛々しい金髪の男性が、実の娘の問いかけに汗水垂らして頷いていた。


恐れている……自分の娘を? 滑稽な印象だが、何となくそう感じた。どういう理由か分からないが、娘を怖がっている。


カレンは確かに才能豊かな少女、父を追い抜く手腕があっても不思議ではない。とはいえ、どうも過剰に怯えてしまっている気がした。

クリスチーナであれば別段不思議でもないのだが、何を恐れているのか分からない。他人の家族に口出す気はないが。

いずれにしても、アメリカの承認を得られたのは大きい。日本人だからではないが、大国のイメージが強く頼もしさはある。


その証拠に、他の陣営からも異論は出ない。一目置かれているのは、明白だった。


『他に異論は無ければ、本会議にて二人を承認する事とする。すずかよ、日本での暮らしを大切にするのだぞ』

『ありがとうございます。立派な人間となるべく、日々研鑽を積んでまいります』


 世界会議での承認を得て、ようやく先月の戦いが幕を閉じた。残されたのは、俺に刻まれた傷のみ。後は、自分の問題だ。

月村安次郎は、一族より追放。名前も消される事となった。人間社会で外をなせば、討伐もありえるらしい。

腕も足も無くす結果となったが、あの男は正直嫌いではなかった。でも、追放については反対もしない。

戦いに敗れれば、失う――当然のことだ。失った後どうするのか、そこからが大切。俺もこうして、また戦いに出向いている。


『では、次の議題に移る。諸君らも知っての通り、本会議においては予定を少々変更する事となった。
その原因は、我々一族を狙う者達の存在。会議が行われる地であるドイツにて、二度に渡り襲撃を受けた』


 アメリカの一族を狙った爆破テロ事件、フランスの御曹司を襲った誘拐未遂事件。七月に入り、二度国際的大事件が起きている。

夜の一族は、テロリスト達を完全に敵とみなしている。二つの家が襲われたのは、紛れもなく意図があっての事。

長は、彼らの狙いを夜の一族の血であると断定する。綺堂さくらが、挙手する。


『その前提が正しいとすれば、彼らは一族の秘密を知っているという事になります。つまりは――』

『一族の中に、裏切り者がいる。同じ一族の者を疑いたくはないが、私はそう睨んでいる』


 夜の一族は、闇に生きる存在。決して己を明かさず、秘密を打ち明ける際には契約を必要とする。誓いを立てて、相手に秘密を守らせる。

理由も当然ある。夜の一族は、そもそも人間ではない。人を超える能力と、何より人より長く生きられる。

不老まではいかなくとも、時代時代を超えて生きていける。長寿の源になっているのは、血。奴らは、吸血鬼の血を奪おうとしているのだ。


――俺と、同じように。



『その裏切り者については心当たりがあるよ、長』

『本当かね、アンジェラ!?』



 イギリスの"女帝"は許可すら求めず、勝手に発言する。その独断も、貴重な情報とあれば不問にされる。

独裁者のような振る舞いだが、正直女帝の話す裏切り者については興味があった。なので、黙って耳を傾ける。

この時、俺は相当アホだった。敵対宣言した相手を前に、呆けていたのだ。


『一族の秘密を知っている者。人間に加担しそうな者。事件が起きた現場に居た者。ドイツで会議が行われる事を知っていた者。

一族の血を、狙っている者――その全てに該当する"人間"が、この場に居るじゃないか』


 話の途中から誰の事を言っているのか、すぐに察した。とはいえ、"人間"とまで断定されるとは思わなかった。

会議に参席する全ての夜の一族が、俺に視線を向ける。戦国の世で、孤立無援の状態で敵に囲まれるのは死を意味する。

発言を求める余裕もなく、俺はすぐに反論した。


『何で俺がテロリストに加担しなければならないんだよ!?』

『おや、お前さんとは一言も言っていないんだがね……何かやましい事でもあるのかい?』


 絶対言うと思った。その手の挑発は、聞き飽きている。ここでムキになるのは、逆効果だ。火薬庫で火遊びなんて自殺行為。

こういう時に効果的なのは、妹さんの顔を見ること。何者にも動じない少女の静かな表情は、びっくりするほど人を落ち着かせる。

妹さんの俺を見る目は、信頼に満ちあふれている。周囲を包囲されても動じない護衛というのは、安心させられる。


『待って下さい、アンジェラ様! 彼はボクを助けて下さったんですよ!?』

『自作自演だったのかもしれないよ、お前さんに付け入るために。実際、お前さんはこの男と友情の誓いを交わした』


 俺は状況から最高の結果を導いたが、奴は結果から最悪の状況を作り出している。人の解釈なんて、個人で異なる。

事の善悪も所詮、後の歴史家で幾らでも変えられる。今世界中に流れている俺の美談が、いい証拠だ。


俺を陥れる"女帝"の策謀に対し、何と"貴公子"が刃を向けた。


『ボクの大事な友人に辱めるのであれば、貴女であろうと許しません』


 クリスチーナの猛毒のような殺意とは性質の異なる、敵意。濁りのない殺意が、あろうことか女帝に向けて放たれる。

先程一方的に嬲っていた氷室遊すら戦慄する、"貴公子"の泰然とした態度。怯みはせずとも、女帝の眼差しは険しくなった。


『……アタシに結婚の挨拶をしに来た時も、それくらい強気で来てもらいたかったものだね……
カミーユ、お前さんが彼を庇うのは勝手だが疑わしいのは事実さね』

『貴女の言う事にも、明確な証拠はありません』


 やばい!? その反論は本当にやましくなければ効果的だが、そうでないと逆効果にしかならない。

アンジェラ・ルーズベルトは、意味深に笑って答える。


『証拠はないが、証言はあるさね。この男自身が言っていたんだ。
会議にまで参席した、こいつの本当の狙いは――アタシらの、血なんだよ』


 言うタイミングを見計らっていたな、こいつ!? 素晴らしいほど絶好で、劣悪極まりない破滅の一手だった。

昨日でも言えた事を何故今日になって言ったのか――待っていたんだ、長の口から裏切り者を示唆するのを。

イギリス国家の女帝ともなれば、会議の議題から長の結論を推理するのは簡単だっただろう。俺を狙いやがって、こいつ。


しかも、妹さんが俺の陣営に来る事まで分かっていたのだ。俺を狙い撃てば、妹さんも巻き込まれてしまう。


最有力後継者候補、月村すずか。スキャンダルの無い清廉潔白な少女を直接落とすには、到底無理。

そこで、護衛対象である俺自身を狙う。とびっきりのネタを突きつけて、俺を黙らせて妹さんを失墜させる。

女とは思えない、恐ろしい戦略。テロリスト扱いされたら、下手をすれば討伐されてしまう。



こいつは――俺を殺す気なのだ。













 


















































<続く>








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