とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十六話
会議は夜とはいえ、呑気に遊んでいる暇など無い。金も権力も人でも何もない俺にあるのは、時間だけなのだ。
フランスの御曹司誘拐未遂事件について、片っ端から調べて回る。弁論での戦いで、情報不足は致命的である。
まずさくらに問い合わせて報道の規模を確認、忍にも頼んで調べさせ、カーミラに確認を取り、ルーテシアにも詳しい話を聞いた。
カミーユやヴァイオラには会えず、ロシアのディアーナに連絡を取りたくても、クリスチーナがいて近付けない。
ダメ元でアメリカ陣営にアポを取ってみると、彼らはマスメディアよりも先に情報を掴んでいたらしい。
『報道機関を情報源にしているようでは時代に取り残されますわよ、王子様』
『一般市民は朝の新聞を読むことから始まるんだよ、悪かったな』
『……いつまでも庶民気分では困りますわね……』
と、まあコネやツテを頼りまくって情報を手に入れて一つ一つ整理し、今宵行われる第二回世界会議に参席した。
一日で修繕された会議室には、既に全員が揃っている。時間前に来たのだが、今や世界中の噂の的になっているフランス陣営も来ていた。
会議の開催まで、まだ少し時間がある。俺は周囲の視線を気にせずに、カミーユの元へ駆け寄った。
「お前、大丈夫か!?」
「……」
「おい、無視か。あからさまな態度を取りやがって、こいつ」
カミーユは俺に一瞥もせず、黙って顔を俯かせた。明らかな拒絶、まるで問い詰めている俺が悪者のような空気。
本来ならば、俺とコイツはこういう関係だったはずなのだ。境遇も環境も何もかも違う、対等な関係なんてありえない。
俺が気軽に声をかけられる、人間ではない。選ばれた存在、一国の王子様なのだ。
「……ボクとキミは、最初から何の関係もないよ」
「何だと……? てめえ、俺を友達だといっておいて、都合が悪くなれば知らん顔か」
「――っ、これ以上キミに迷惑はかけられな――」
『フフフ……これは面白い事を聞かせてもらった。
今や世界中の女性が同情に涙する悲劇の王子と、ドイツとフランスの英雄殿が友人関係にあったとは。
この事実が世界に知れ渡ってしまえば面白おかしく騒ぎ立てられるでしょうな、実に嘆かわしい。フフフ、ハハハハハ』
『や、やめて下さい!? き、昨日の非礼は心からお詫び致します。ですから、どうか彼だけは巻き込まないで!』
『言葉だけの謝罪など、我々のような立場の者には何の意味もないでしょう。相応の態度を見せて頂きたいものですね』
『……分かり、ました……』
何をさせるつもりなのか、分かりきっている。カミーユは顔色を青ざめさせながらも、毅然と立ち上がった。
フランスでの大会で優勝した剣の達人、社交界の貴公子が誘拐されてしまい、彼の権威は地に落ちてしまった。
その上この世界会議の場で土下座なんてさせられたら、もう取り返しはつかないだろう。何処へ行っても、笑い者だ。
俺もきっと、哂っていただろう――なのは達と、出会わなければ。あの町に、流れ着かなければ。
友達の為に頭を下げられる人間を、何処の誰が笑えるというのだ。誰が何と言おうと、こいつは立派だ。
絶対に、笑い者になどさせてたまるか。
「クリスチーナ御嬢様」
「なーに?」
「えっ!?」
その場で膝をつこうとしたカミーユを、無理やり抱き寄せる。くそ、片手片足だとバランスが掴みづらい。
カミーユが顔を赤らめ、目を白黒させている。こいつ、剣士の分際で妙に身体が柔らかいな。男の分際で、いい匂いがしやがるし。
俺はとぼけた顔で、耳に手を当てる。
「何か聞こえませんか、コウモリの鳴き声っぽいのが」
「……、あはは、聞こえるね。キーキーうるさく鳴いてる〜」
クリスチーナは狂っているが、ナイフのように鋭い感性を持っている。すぐに察して、クスクス小馬鹿にしたような笑い声を上げる。
一瞬怪訝な顔をしたが、ドイツの次期当主も馬鹿ではない。氷室遊は怒り心頭で、奮然と立ち上がった。
ドイツ陣営とフランス陣営の間で、会議前から火花が散った。
「すっかり英雄気取りだな、下民。馬鹿なマスメディアに騒ぎ立てられたくらいで、何を調子に乗っている。
所詮は仮初の栄光、本来の貴様はそうやって杖をついて歩くのがお似合いの貧相な下民でしかない」
「何語で話しているんですか、ボクチャン。人間の言葉で喋ってくれませんかね?」
「……っっ、僕にそんな態度を取ってもいいのか、下民。お前は何も分かっていない。
そうやって彼を守っているつもりなのだろうが、守られれば守られるほど彼の名誉が傷つくのだぞ。
こうして客観的に見れば、今の彼は英雄に守られている麗しきお姫様でしかない」
氷室の言葉にカミーユは可哀想なほど震えて、必死で俺から離れようとする。なるほど、父親が積極的に守らない理由が分かった。
フランスは勿論のこと、同盟を結ぶ関係にあったドイツも誹謗中傷から助けられないのは、他ならぬ彼の名を傷つけるからだ。
実によく考えられた、悪辣な戦略。むかつくが、氷室遊も只者ではない。どう転んでも、自分達が得するように仕向けられている。
カーミラが悪企みを止めなかったのも頷ける話だ。この戦略はカミーユを助けようとすればするほど、どツボにハマる。
迂闊に関与すれば、自分達の名誉にも関わる。だから婚約者であるヴァイオラも、女帝ですら手出しが出来ない。
情報収集して、敵の戦略には正直感心させられた。助けるべきではないのも、分かっていた。分かっていて、俺はこいつの元に来た。
氷室遊、お前の戦略は見事だが致命的な欠点がある。俺は離れたがるカミーユを、手が痛むのも恐れずつなぎ止めた。
生憎と俺は、自分よりも大事なものをもう手に入れている。名前が傷つくのなんて、恐れたりなどするものか。
「だったら、話が早い」
「はあ……?」
「俺がこいつよりも、偉くなればいい。俺がこいつを助けたことを、歴史の名誉としてやるよ。
世界中に広めていいぜ、堂々としてやるよ。何を怖がる必要がある。ほれ、この通り握手だってできる。
俺と、フランスの一族との友情の証だ。世界会議の場で、宣言してやろう」
世界が、戦慄する。日本人とフランス人の国際交流ではない。夜の一族と人間が契りを結ぶと、宣言したのだ。
学生同士の友人関係なんて目じゃない。絶交とは、すなわち死の別れ。血の断罪が行われる。誓いとは、それほどまでに尊い。
裏切りは、許されない。その場限りの発言では済まされないのだ。
「な、何を開き直っている!? この場での誓いは、もう取り消せないぞ!
お前如きが、夜の一族を超えられるものか!!」
「――出来るよ」
この場にいる誰よりも意外な人間が、援護に回った。真剣な表情を浮かべて、ロシアの姫君が宣言する。
「ウサギなら、出来る。ウサギは、クリスを倒せる唯一の人間だもん。絶対に、負けたりしない」
『お、おいおい……どういう意味だ、そりゃ!? あんなガキに、お前が負けるはずがねえだろう』
ロシアンマフィアのボスに詰め寄られても動じず、クリスチーナは鼻歌を歌っていた。ゴキゲンのようだ。
殺人姫の絶対なる保証に、各国が揺れ動く。当然だろう、誰がこんな展開を予想できるというのだ。
矢面に立たされたのは当然、最初に言い掛かりをつけたこの男だ。
「撤回するなら今の内だぞ、劣等種。祭り上げられてその気になっているのだろうが、すぐに鎮火する。
今度はお前が、世界中の恥晒しになるんだ。僕ほどにもなれば、それが出来る」
「……それって、お前がこの騒ぎを起こした犯人だと自白したのと同じだぞ?」
「ば、馬鹿を言うな!? くだらぬ揚げ足取りで――」
「こいつを助けるためならば、世界中に笑われたっていいよ」
俺は、後悔していない。世界へ送り出してくれた那美と守護騎士達に、胸を張って報告出来る。
人を助けることを、美徳だなんて思っていない。恭也達と同じことが出来たのが、ただ純粋に嬉しいのだ。
彼らのように、強くなってみせる。俺はその為に、世界に出てきた。
「……キミは馬鹿だよ。せっかく英雄になれたのに、ボク一人のために全部捨てるなんて」
「誰が捨てると言った。評判通りの男になればいいだけだ。俺に助けられた事を、お前が自慢出来るように」
「自慢だったら出来るよ。ボクには、こんなに素敵な友達がいる」
カミーユ・オードランが手を上げて、握手を求めてくる。その時不思議と、壊れた利き腕が嘘のように軽くなった。
目を向ける。悔しがる氷室の背後で、カーミラ・マンシュタインが麗しく微笑んでいる。手を取れと、言ってくれている。
カミーユ・オードランとの、誓い――血の契約が、交わされた。永遠なる誓いを祝い、彼の血が友である俺に与えられる。
「やれやれ……まさか結婚の前に、契約が交わされる事になるとは思わなかったよ」
「ごめんなさい、父さん……でも、ボクは本気です」
「我が子に友達が出来て、喜ばない親などいないさ。会議の後、話そう――君も、一緒に」
「はい」
……何かこうして手を繋いで父親と挨拶していると、結婚前の挨拶のように思えてくる。この馬鹿、頬赤らめて喜んでいるし。
ともあれ、これでカーミラに続きカミーユの血の恩恵も受けられる事になった。こいつの血なら、馴染むだろう。
残るは、アメリカにロシア――そして、イギリス。
一筋縄ではいかない者達ばかりだが、夜の王女とフランスの一族の協力が得られるようになった。自分の国は、確実に大きくなっている。
楽観は、出来無い。けれど、悲観もしていない。つながりは、確実に広がっているのだから。
自分の席に戻ると、当然のように月村すずかが俺の陣営にて待ってくれていた。堂々と座っているよ、この娘は。
「剣士さん」
「どうした?」
「貴方のような人を守れることを、誇りに思います」
孤立無援ではない。ただそれだけで、この権力闘争にも勝ち残っていけると思っていた。
この時は、そう思っていた――第二回目の、世界会議が始まる前までは。
<続く>
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