とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十五話
一波乱も二波乱もあった世界会議の初日が、終わった。ファリンが会議室の壁をぶち抜いたせいで、要人の護衛が雪崩込んで来たのだ。
壁に突き刺さった扉の撤去作業も必要で、結局中止。明日の夜以降に持ち越されることになった。やれやれである。
ただ何一つ決まらなかったのではない。綺堂さくら、彼女の仕事は満場一致で認められて、すずかとファリンは月村家入りとなった。
養育費等の援助も長から直々に申し出られる程の成果であり、綺堂さくら本人も夜の一族の代表格の一人として選ばれる事になった。
欧州の覇者達と立場は同格となるのだが、家柄の差はどうしても出てしまう。会議の出席は許されても、末席でしかない。
それでも異例の出世なのは間違いなく、彼女の功績はそれほど大きかったという事だ。俺も売り込んだ甲斐はあった。
『全部貴方の成果なのに、なんだか心苦しいわ』
『怪我が治ったら割のいい仕事を回してくれ、女幹部殿』
『ふふ、こき使ってあげる』
さくらが評価されれば、雇われた俺の発言力も上がる。各国からも注目され始めているし、初日にしては存在感も十分示せたと思う。
とはいえ、浮かれている場合ではない。月村すずかが頭角を現した以上、敵も本腰をいれてくる筈だ。謀略は、彼らのお手の物。
今までは無視されていたが、その分安全だったといえる。今後は本気で潰しにかかってくるだろう。
「……そう考えると、この部屋も危ないか」
会議を終えてひとまず自分の部屋に戻る。鍵を開けたドアをぶらぶらさせながら、身の安全について考える。
鍵をかけたにもかかわらず、あの男氷室遊の侵入を許してしまった。どうやって入ったのか、手品の種も分かっていない。
クリスチーナにも嗅ぎ付けられつつある。無防備のままでいるのは危険だった。手も足も利かない、実力行使に出られたら終わりだ。
領土侵犯を放置する国など、強国に潰されるだけだ。孤立無援だからといって、甘えてはいけない。
一人で何でも出来ると思っていた日々。独りぼっちで生きて、何も得られなかった人生。今も一人だが、あの頃とは違う。
明日の夜、第二回目の世界会議が開催される。敵の出方を見極めて、対策を練らなければならない。いや、自分から攻撃に出なければ。
手足が動かない。言葉も通じない。金も権力もない。仲間もいない。ないないづくしだが、俺はまだこうして生きている。
言い訳はもう二度としない。リハビリをして、勉強して、力を手に入れて、味方を作る。生きていれば、何だって出来る。
悪戦苦闘しながら、俺は身体を動かして、頭を働かせ、外国語を諳んじ、策を練っていると――ドアをノックする音が。
「剣士さん、すずかです」
「妹さんか、入っていいよ」
クリスチーナを警戒しているのを察して、自分から名乗ってくれた。頭の良い護衛というのは、本当に心強い。
入室を許可すると、妹さんは静かにドアを開けて――うん……?
「何、その荷物」
「しばらくお側を離れておりましたが、本日より護衛任務に復帰いたします。
つきましては、二十四時間体制で身辺警護をしたくお願いに上がりました」
「……つまり、この部屋に寝泊まりするということ?」
「剣士さんの身の安全を考えますとそれが一番なのですが、難しいようでしたら隣の部屋に入るつもりです。長に許可頂いております」
「いや、妹さんは俺と一緒の部屋に寝泊まりするのに抵抗は――」
「ありません」
「――だよね」
俺の護衛こそ自分の生きる理由だと言い切った女の子が、同じ部屋で俺とプライベートを共有するのに抵抗なんてある筈がない。
俺にとって妹さんはアリサと同じく傍にいて不快に思わない子、客人が来た時は隣に待機して貰う事を条件に同室を許可した。
"夜の王女"の入閣、歩が一枚だけだった我が陣営に王が加わった。これで、勢力図が一変する。
「じゃあ、見張りを頼む。俺は少し休むよ、妹さんがいれば安心だからな」
「お任せ下さい。それと、剣士さん」
月村すずかが、居住まいを正した。
「私と出逢って下さって、ありがとうございました」
ヨーロッパを牛耳る権力者達を圧倒した王女が、自らの内を語る。偽りのない、本心を。
「私は、幸せです」
心からの、笑顔を共に。
朝。
「おはようございます。おや、どうされました? 凛々しいお顔が、腫れておりますよ」
「貴様、我らが王女様を部屋へ連れ込んだな!? 今日の会議で問題にしてやるからな!」
「何のことやらサッパリ分かりませんな……仮に事実だとして、どうしてその事をご存知なのですか?」
「ぐうう……劣等種の分際で、調子に乗りやがって!」
夜の一族には、人間にはない特殊なスキルが存在する。身体能力の強化や長寿は基礎的なもので、その上が存在する。
例えば霊を感応する能力、心の操作や催眠、五感の超化や超速再生など、化物クラスの能力もあるらしい。
妹さんの「教育」に手を焼いた権力者達が心理操作だけではなく、洗脳や支配まで行ったそうだ。勿論効果はなし、王は支配出来ない。
だからこそ、人間でしか無い俺が妹さんに心を与えられた事が衝撃的だったのだ。特に何かした覚えもないのだが。
少し話は逸れたが、その夜の一族の能力の中に"蝙蝠への変化"があるそうだ。吸血鬼の伝承の一つを、再現出来る力。
黒翼を持つカーミラは別格として、氷室遊も蝙蝠に化けられるらしく、昨晩俺の部屋に侵入しようとした。
人には想像も出来ぬ芸当、奴にとって不運だったのは他ならぬ王が見張っていた事。"声"で察して、叩き落とされた。
翌朝妹さんより話を聞いて、昨日奴がどうやって鍵のかかった部屋に侵入したのか分かった。
リフォームされているとはいえ古い城だ、ネズミやコウモリなどが通れる隙間くらい幾らでもある。
「カーミラ、たかが人間との約束を守る必要なんて無い。帰ろう」
「会議の場での公約だ、我が家の名誉に関わる」
「君のその崇高な精神は麗しいが、しかし――」
「大丈夫、このような男に心を奪われたりなどせぬ。私の心は誰のものか、分かるだろう?」
……そこはせめて俺を見ず、旦那を見て言ってやれよ。新妻と浮気しているような感じになってきた。
「離れていても、僕の心は君と共にある。安心しておくれ」
バカップル、という言葉はこの場合当てはまらないのだろう。何しろ、美人の奥さんはとんだ悪女なのだから。
夫と別れて部屋に入るなり舌打ちして、口づけされた頬を汚らしいと俺に拭かせる。美少女の頬を拭いて喜ぶ趣味はないというのに。
こいつ、俺と二人きりになったらあからさまな態度を取りやがる。
「お前、そんなに嫌なら何で婚約なんてしたんだ。家の都合か?」
「そうでなければ同族とはいえ、アジアの猿なんぞ選ぶものか。まあ、私の都合も多分に含まれているがな」
「お前の都合……? 何か悪企みしているのか」
「私に夫などいらぬ、下僕が一人いれば十分だ。さあ、あんな男のことは忘れて二人で食事としよう」
こ、心は常に一つだと言っていたのに――いい加減、気の毒になってきた。
「下僕、昨日と同じ朝食を用意しろ」
「えっ、何で?」
「貴様、客人には振舞っておいて、主には出せないというのか!」
「いや、卵かけご飯だぞ!?」
さくらにわざわざ頼んでそれなりの食事を用意したのに、台なしである。もったいないので、後で妹さんと一緒に食べよう。
卵かけご飯は作るのに時間は必要とせず、手間もかからない。箸はどうせ使えないだろうから、スプーンを用意して二人で食べる。
粗末な食事、味気ない献立、質素な朝食。多分昨日氷室遊と食べた朝御飯に比べれば、文字通り雲泥の差だろう。
同じアジアの猿と二人きりの食事なのに――カーミラは頬を緩めて、美味しそうに食べている。くだらない歓談を、上機嫌で楽しんでいた。
三杯もおかわりしてご飯をたいらげ、吸血鬼の少女は俺のベットに上品に寝そべる。
服を脱いで、色っぽい黒い下着を晒して――おい。
「人のベットで何をくつろいでやがる。食べたんなら、帰れ」
「主を追い出すつもりか、下僕。会議までまだ時間もある、寝かせろ」
「いつまでも帰って来なかったら、お前の旦那が怒鳴りこんでくるだろう」
「昨日から何やら小細工しているようだから、此処に来る余裕なんぞあるまい。何かしかけるつもりらしいな」
「……おい、何で他人事なんだ。あいつは俺を目の敵にしているんだぞ」
「助けて欲しいのか、下僕。私の足を舐めれば考えてやるぞ、くっくっく」
綺麗な素足を晒して、カーミラが艶やかに挑発してくる。またガブリと噛み付いてやるぞ、この野郎。
カーミラはドイツの貴族、立場上は敵なのだ。力を借りるというのは、確かにおかしな話だ。自分で何とかせねば。
――自分で考えてみよう。夜の一族の後継者、現時点で有力なのは妹さん。始祖の血を持っており、心も芽生えている。
だが昨日の演説で、俺の護衛だと言い切ってしまっている。資格はあれど、本人に意思はないと見なされるかもしれない。
妹さん本人を陥れるのも難しい。見た目は少女だが、心は仙人のように達観している。世俗にまみれず、神に近しい存在。
夜の一族の如何なる力も通じず、スキャンダルなどありえない。となれば、次に狙うのは――
「……なあ、下僕。お前が王女とあの人形を躾けたのよね?」
「躾けた覚えはないが、一緒にはいたな」
「怖くはなかったの? 王女はともかく、オプションは兵器なのよ」
「まあ、実際何度も殺されかけたからな」
「ど、どういう事!?」
妙に関心を示してくるので、日本で起きた出来事を話した。テーブルクロスの怪人、ヒーローはかつて悪だった。
電柱を投げ付けられたり、ぶん殴られたり、本当に散々な目にあった。今では笑い話だが。
話を聞いて、カーミラは柳眉を逆立てる。唇を震わせていた。
「お前はそこまでされて、何故笑い話で済ませられる? 何故手足を潰されて、困難に立ち向かおうとする!?
我々は夜の一族、人間ではない。化物なのだぞ!」
「人間とか人間じゃないとか、あまり意識したことはないな」
「私にしてもそうだ。黒い翼、蒼い髪、紅い瞳、尖った牙――私は、バケモノなのだ。
同族にも変異種と呼ばれ、畏怖されるこの身。何の抵抗も感じないのか!?」
起き上がったカーミラを、頭の先から爪先まで見つめる。異物だらけの身体で、その瞳が人間のように切なげに揺れている。
どれほど美しくとも、人間社会ではまともに生きられない。生まれながらの吸血鬼、親でさえも恐れて近づかない。
肌や髪の色だけで、人は差別する。俺とて同じ、断じて博愛主義者ではない。
「何を言うかと思えば……お前なんぞ、怖くもなんともねえよ」
「な、何だと!?」
「人間だと思ったこともねえ。同じ羽根が生えていても食える分、鳥の方がまだマシなんじゃねえの? あははははは」
「あ、主に向かってその物言い――躾が必要なようね!」
「こ、こら! 俺は怪我人なんだぞ!?」
「うるさい!!」
手足も動かない俺に馬乗りになって、ポカポカ殴りつけてくる。実に嬉しげに、嬉々として俺の首を締めた。
吐息がかかる距離での、喧嘩。俺も負けじと、やり返す。翼を引っ張ったり、髪をグチャグチャにしたりと、やりたい放題。
本人が気にしている部分に触れても、お互い何も気にしない。気にすることなんて、無いのだ――
そんなこんなで時間を過ごしていると、
「剣士さん、ルーテシア・アルピーノと名乗られる方がお見えです」
「イギリスの護衛……? カーミラ、念の為に隠れとけ」
「全く主を何だと思っているのだ、この男は」
欠伸をしながら、別室へ移るドイツの姫様。下着姿の人妻なんぞ、部屋に置いておけるか。
妹さんがルーテシアを連れて、部屋へと入ってくる。そのまま立ち聞きするような真似はせず、一礼して退室した。
同じ職業に就くルーテシアは妹さんの職務態度に感心していた。
「あの子が、――の生徒」
「生徒……?」
「ううん、こっちの話。それよりも君、大変なことになっているわよ。これを見て」
ルーテシアの手にはあるのは、小さなパソコン。持ち歩きできるコンピューターの画面に、ニュースが表示されていた。
何でもインターネットというものを使えば、世界中のニュースが閲覧できるらしい。世界のトップニュースに、アクセスされていた。
どれどれ――げっ!?
『ベルリンにて、オードラン財閥の御曹司誘拐未遂事件発生。テロ事件を阻止した英雄が、見事救出!』
カミーユとヴァイオラの婚約パーティで起きた、誘拐事件。もみ消されたはずの事件が、世界中に流されていた。
新聞一面なんて目じゃない規模で事件の詳細が事細かく、そして悪意に満ちた偏向報道がされている。
被害者であるカミーユを憐れみに満ちた視点で、救出した俺を英雄のように褒め称えて。
報道の中に、"貴公子"たる姿は微塵も見えない。まるで竜に攫われたお姫様のように扱われてしまっている。
「なになに……被害者を連れ去った車に追走、刀でドアを切り裂き乗り込んで救出――何者だよ、俺は!?」
「"この身死しても魂滅びず"――貴方の死亡は誤報だったのに、奇跡の復活だとすり替えられている。神様のように書かれているわね。
見て、ここの記事。『観光地区』の記載が削除されている。爆破テロ事件も首都ベルリンそのものを救ったことに誤解されるわよ」
「うぐぐぐ……は、早くさくらに頼んで、日本に流れるのだけは阻止せねば――」
「貴方の国の政府、外交面にも相当問題があるようね。諸外国の失った信頼を取り戻すべく、貴方を狂ったように報道して宣伝しているわ」
「止めて、俺の人生を弄ばないで!?」
意図は明らかだ。「人間の」俺に救われたのだと世界中に広めて、夜の一族としての格を徹底的に貶める戦略。
パーティの夜、現場にいた誰かが撮影したのか、俺がカミーユを救った瞬間が撮られている。顔までハッキリ写し出されていた。
憎たらしいのは、カミーユ本人を中傷していない事だ。あくまで俺を褒め称える事で、同じ男のカミーユを辱めている。
"貴公子"と名高いフランスの美男子も、こんな書かれ方をされたら人気も急降下するだろう。権威も何もあったものではない。
「……悪企みしているとか言ってたな、あの野郎……!」
昨日朝食会をカミーユやヴァイオラにすっぽかされて、奴は恥をかかされている。その仕返しと、後継者潰しの策。
昨日の今日で立てた作戦でもないのだろうが、昨日の件でトリガーを引いたのは確かだ。すずかとファリンの件もある。
前もって仕込んでおいて、ここぞとばかりに発動させた。俺を巻き込んだことからも、悪意が見える。
「貴方にとっては、好機じゃないかしら?」
「何だと……?」
「フランス、そして婚姻関係にあるイギリスが失墜しかねない。今なら二人をどうする事も――っ!?」
ルーテシアの胸ぐらを、掴み上げる。手が痛むのも、構わずに。
「それ以上余計なことを言ったら、ぶっ殺す」
「……」
ルーテシアは苦しげに息を吐き、ごめんなさいと謝罪する。乱暴されたのに、何故か嬉しそうに。
何にしても、今夜の会議は荒れそうだった。
<続く>
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