とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十四話
                              
                                
	
  
 
 世界会議の主な議題は夜の一族の後継者の選定、始祖の血を持つ月村すずかは最有力候補。ゆえに、少女を襲った事件は重く扱われる。 
 
月村家を襲った一連の襲撃事件、首謀者は月村安次郎。同族が後継者候補を襲ったとなれば、追求もまた厳しくなる。 
 
刺客を使った間接的なやり方でも突き止められれば意味がない。腕を犠牲にしたが、その刺客も捕らえた以上言い逃れは出来ない。 
 
名探偵さながらの綺堂さくらの理路整然とした説明、挙げられた数々の証言と証拠。犯人の自白すら必要ない。 
 
 
端末を通じてお偉方全員の目に止まり、判決が下される。 
 
 
 
『殺そうよ』 
 
 
 
 いきなり最高刑を告げられ、狼狽えてしまったのは名探偵ではなく、被害者の一人であるこの俺。 
 
この場でこれほど過激な発言をするのは一人しかいない。俺はロシア陣営に目を向けた。 
  
クリスチーナ・ボルドィレフ、ロシアの殺人姫が赤い瞳を爛々と輝かせて舌舐めずりする。 
 
 
『ウサギの手を壊したの、今画面に映ってるこいつでしょう。身柄を引き渡して』 
 
『――どうなさるおつもりですか?』 
 
『指全部切ってから、手足を擂り潰す』 
 
 
 あーあー、聞こえない、聞こえないぞ、俺には! 全くもって、他人事じゃない。 
 
殺す気のない奴らでもそんな生き地獄を与えるのなら、殺す気満々の俺には何する気なんだよこいつ! 
 
想像するだけで嘔吐する要求を告げられて、さくらは絶句する。権力者達でさえも二の句が継げない。 
 
 
『珍しく意見が合いそうね。そいつには地獄を見せないと、私の気が済まないわ』 
 
 
 それまで旦那様に任せっきりにしていたカーミラが、初めて意見を述べる。怒りを露わにした吸血の鬼は、牙を剥き出しにしている。 
 
愛する旦那がやり込められても我関せずでいたのに、この件には首を突っ込むのか。どうあれ、その気持ちは嬉しい。 
 
下僕になる気なんぞさらさら無いが、自分の為に怒ってくれる人がいてくれるだけで、どうしようもなく口元が緩んでしまう。 
 
 
そんな俺のだらしない顔を見て、カーミラは不機嫌そうにそっぽを向く。耳が真っ赤だぞ、お前。 
 
 
『きゃっ!? パ、パーパ……?』 
 
『――悪いな嬢ちゃん、話に水を差しちまって。俺の教育が悪くてな、見ての通り我が儘なガキに育っちまった。 
血生臭いガキの言うことだ、気にしないでくれや』 
 
 
 ロシアンマフィアのボス、クリスチーナの父親が娘の頭を押さえ込んで黙らせる。不満気だが、クリスチーナは大人しくなった。 
 
場は収まったが、緊張感は高まるばかり。裏社会のボスがいよいよ会議に参戦しようとしている。 
 
間違いなく、場は荒れる。俺は姿勢を正した。 
 
 
『あんたの話はよく分かった。小娘追い詰めるのに、こんな生温い手段じゃ失敗して当然だ。こんな虫ケラ、とっとと潰せばいい。 
こいつがどうなろうと、誰も何も文句は言わねえだろうよ。俺らが聞きてえのは、こんなヤツの事じゃねえんだ』 
 
 
 男は頬杖をつき、手元の端末をコツコツ叩く。明らかに、凄みが増した。 
 
 
『俺らはな、てめえの仕事の成否を知りてえんだ。くだらねえ前置きはもうやめにしようや。 
 
さっさと会わせてくれよ、我らが"王女様"によ。事と次第によっちゃ、処分されるのはてめえかもしれねえんだぜ?』 
 
 
 自分が追求されているわけでもないのに、鳥肌が立った。マフィアを生業とする男は、声だけで相手の戦意を挫く。 
 
クリスチーナと違い理性的である分、その恐怖も生々しい。悪であるほど、男は厚みが出てくる。 
 
矢面に立たされたさくらは顔色こそ変えていないが、息を飲んでいる。よく彼らからすずかを引き取れたものだと、改めて感心する。 
 
だからこそ、失敗は絶対に許されない。失敗すればどうなるか、誰よりもさくらが一番分かっている。 
 
 
『私も是非とも王女殿下にお逢いしたかった。この瞬間を、待ち望んでいましたよ』 
 
『てめえはいけしゃあしゃあと、よくそんな事が言えるな!』 
 
『おやおや、君はさくらを信じていないのかい? 彼女はとても優秀な子だ、失敗する事などありえない。ふふふ』 
 
 
 ……手が治ったら、絶対こいつをぶん殴る。さくらを見捨てて自分勝手に家を出ていったくせに、どの口がほざきやがる。 
 
思わず立ち上がってしまったが、俺を援護する声は一つもない。日本勢を除いて、皆目も向けてくれない。 
 
俺がどう発言しようと、会議の進行にまるで影響が出ない。発言力がなければ、大声出して喚くだけのガキに成り下がる。 
 
表立って賛成こそしないものの、皆失敗したのだと思い込んでいる。 
 
 
『――賭けをしようか、日本のサムライ』 
 
「賭け……?」 
 
『お前は、この会議の場で公然と私の愛する婚約者を侮辱した。小煩いだけの猿が、我が家の次期当主に恥をかかせたのだ。 
もしも綺堂さくらが失敗していた場合、お前はこの場で私の夫に土下座をしてもらおう』 
 
「な、何だとっ!?」 
 
『日本人の得意技だろう、土下座は?』 
 
 
 クスクスと、会議場のあちこちから笑い声が漏れる。ドイツの姫君カーミラは、ニヤニヤして俺を見下ろしている。 
 
思いがけず麗しき婚約者より援護を受けて、氷室は御満悦。カーミラの肩を抱いて、愛の言葉を囁いた。 
 
 
――こいつ。 
 
 
「賭けといったな? 万が一さくらが成功していたら、どうしてくれる!」 
 
『ありえない。ありえないが、そうだな――明日の朝、お前と二人きりで食事をしてやろう』 
 
『カ、カーミラ!? 何もこんな下民に、君がわざわざ――』 
 
『私の勝利を信じてはくださらないの、旦那様』 
 
『ま、まさか! 我々がどれほど手を尽くしても成功しなかったんだ、成功なんてありえないさ』 
 
 
 おい、さっきはさくらの肩を持ってたじゃねえか!? 美少女に愛を囁かれて本音が出やがったな、このカメレオン男め。 
 
優しく肩を抱かれている当人はウットリとしているが、内心軽蔑していた。カーミラの血を飲んだ俺には、露骨に感情が伝わる。 
 
彼女だけじゃない。ロシアも、アメリカも、フランスも、イギリスも――冷たい視線を向けている。 
 
 
賭けは成立、俺達は表面上睨み合ってお互いにひとまず矛を収めた。 
 
 
"お前――俺を通じて妹さんを見たんだから、結果を知ってるだろう。八百長じゃねえか" 
 
"イカサマというのはね、気付かない方が悪いのよ。ふふふ、これでこのくだらない男の面目も丸つぶれ。 
この私が下僕と決めた男を侮辱したのよ、許せないわ" 
 
 
 フィリスや桃子とは別ベクトルで、こいつも過保護だった。俺を所有物とするのはやめて欲しいが、こういうのはどうも照れ臭い。 
 
恋愛感情なんぞお互い微塵もないのだが、これは一種の浮気ではないのだろうか? 何も知らないのは、旦那だけ。 
 
美しき婚約者は旦那を歯牙にもかけずに、下民と通じているのだ。ここまで来ると、喜劇だった。同情なんぞしないけど。 
 
新鮮なる会議の場で賭け事までされて、議長が黙っているはずがない。 
 
 
『これ以上論議しても、埒があかない。事の成否も確かめず、一方的に相手に主張を押し付けるなどあってはならない。 
賭けの対象にするなど、以ての外だ。これ以上騒ぎ立てるのなら、退席してもらう』 
 
「すいませんでした」 
 
『反省してまーす』 
 
 
 八百長コンビの、適当な返事。通じ合っているのを唯一知っている老人は、苦笑いを浮かべる。 
 
俺とカーミラの意図に気づいてか、さくらの顔にも血色が戻っている。マフィアのボスに荒らされた場も、少しは収まったかな。 
 
場も程よく温まったところで、彼女が呼ばれる。 
 
 
『さくら、すずかを呼びなさい』 
 
『はい』 
 
 
 綺堂さくらは一時退席、程なくして一人の少女を連れて戻ってくる。俺も、この時ばかりは表情を引き締めた。 
 
華麗な黒のワンピースドレスを着た、月村すずか。背中の開いたドレス姿、戦闘態勢にすぐ入れる身軽な衣装。 
 
護衛である事を忘れず――美しさだけは少しも損なわれずに、少女は壇上で礼儀正しく礼をする。 
 
 
 
『ご無沙汰致しております、皆様。月村すずかです』 
 
  
 日本側の席に座っている忍は、気が気でないようだ。彼女の言葉次第で、忍の大切な家族が他所の家に奪われてしまう。 
 
心無き少女が日本に送られて、どのように変わったのか。世界中が今、注目している。 
 
少なくとも今、表面上見える少女の表情に感情らしきものは見えない。 
 
 
『こうして月村の姓を名乗っておりますが、皆様が納得しておられないのは承知しております。 
その上でこの場をお借りして、今の自分の心境を語らせて頂きたく思っております』 
 
 
 心境、それこそこの会場にいる誰もが聞きたい事であった。俺自身も、実は興味があった。 
 
日本へ来て、俺と出逢って、彼女が何を思い、どのように変わったのか。付き添っていても、心までは見えなかった。 
 
妹さんがどうして俺を護ってくれるのか、知りたかった。 
 
 
『皆様は、わたしに変化を望んでおられました。人の世で生きる上で必要な、人としての心。 
少しの間ではありますが皆様にお世話になりまして、わたしは人として生きる事が必要なのだと知りました。 
 
だからこそ、私は分かりませんでした――移ろいゆく人の心とは、一体何なのか? 
 
わたしにその心があるのだとすれば、一体どのようなものなのか。分かり得ないものに、私は成れるのか? 
わたしは、何も分からなかったのです」 
 
 
 欧州の覇者たちが望むのは、彼女の血統のみ。始祖の血を持つ彼女を祭り上げて、自ら王にならんとした。 
 
お飾りを立てるには、人らしくならなければならない。人の世で君臨するには、人形では駄目なのだ。 
 
だからこそ彼らが望む人であろうとし、失敗してしまった。月村すずかは――人の枠に収まらぬ、精神を抱いていたから。 
 
 
 
「こんなわたしに、剣士さんが言って下さったのです」 
 
 
 
"月村すずかは、今のままでいい。人間かどうかなんて、関係ない" 
 
 
 
「こんなわたしに、剣士さんが向き合って下さったのです」 
 
 
 
"たとえ人間じゃなくたって――俺は姉も妹も、嫌いじゃないよ" 
 
 
 
「だからわたしは――剣士さんのような、"人"になろうと思いました」 
 
 
 
"楽しい時も苦難の時も共に歩み、生涯変わらず貴方を守り抜く事を誓います" 
 
 
 
「生きる理由を持つこと、それこそが人である何よりの証なのです。私は日本へ行き、自分が生まれた理由を知りました。 
わたしは剣士さんに会う為に生まれ、剣士さんを護るために生きている。 
 
わたしは月村すずか、剣士さんを護る護衛。 
 
皆様に自信を持って、言えます。私の胸に宿るこの想いこそ、心であるのだと―― 
剣士さんを想うこの気持ちは、誰にも負けません」 
 
 
 
 人であることを強制されるのではなく、人を目指して生きていく。生きる理由、生きていく夢があるから初めて人と成れる。 
 
月村すずかは俺と出逢い、自分の生きる理由を悟った。金銭で出来たこの人間関係を、彼女は拠り所としたのだ。 
 
生きる理由があるから、人となる。ただ生きているだけならば、獣にだって出来る。 
  
人は誇りを持たなければいけないのだと、妹さんは締め括った。 
 
 
『……さくら、彼女の言う剣士というのは――』 
 
『彼です』 
 
 
 全員が、俺に目を向ける。先ほどのような、冷たい視線ではない。驚愕と、興味と、嫉妬が、入り混じった視線。 
 
自分達には出来なかった事を成し遂げられて、初めて彼らは俺に関心を向けた。優越感よりも、俺は警戒心が増した。 
 
 
これからが、勝負――彼らはようやく、俺を敵と認識した。 
 
 
『……ふぅ、これは私の負けね』 
 
『カーミラ!? な、何を言うんだ!』 
 
『我が愛しき婚約者よ、貴方は今の話を聞いても彼女をヒトではないと言えるのか?』 
 
『う、ぐ……お、王女は、騙されているだけだ!!』 
 
 
 氷室遊は机を拳で叩いて、立ち上がる。俺を睨むその視線は、侮蔑よりも敵意が強くなった。 
 
俺とて蛇に睨まれた蛙でいるつもりなどない。視線を濃くして、氷室遊を睨み返した。 
 
 
『王女はその男に誑かされて、いいように言わされているだけだ! 恋を知らぬ少女を弄んだその男こそ、外道! 
さくらよりも、この男をこの場で処刑するべきだ!!』 
 
「お前は、馬鹿か?」 
 
『も、もう一度言ってみろ、卑劣な劣等種が!!』 
 
「俺は彼女を誑かしたのだとしよう。それが、何の問題がある?」 
 
『ああん……!?』 
 
「今の月村すずかは、立派な心を持っている。さくらは、お前達との密約を果たしたんだ。それ以上でも、それ以下でもない。 
そこまで言うのなら、お前がやればよかったんだ。お前が本当に、彼女の心を掴めるのなら。 
 
妹さんの崇高な精神が理解できず、逃げ出した臆病者のくせに。真剣に向き合おうとしなかった連中に、文句を言われる筋合いはない!」 
 
 
 妹さんを、誑かしただと? 見当違いも甚だしい。それで人を馬鹿にしているつもりか、このボケは。 
 
月村すずかに信頼される難しさを、この男は全く分かっていない。誰にも出来なかったから、さくらも失敗すると思い込まれたのだ。 
 
 
月村すずかの心を手に入れるのは、世界中の金銭を積んでも無理なんだよ。 
 
 
「妹さんはこれからも月村家の次女で、さくらの家族だ。約束を守ったからには、認めてもらうぞ」 
 
『彼女は夜の一族の王女だぞ、貴様が独占するなどありえない!』 
 
「約束を破る気か!」 
 
『――気の早い坊やだね……密約はまだ、果たされていないよ』 
 
 
 氷室遊では役者不足だと思ったのか、これまで口を固く閉ざしていたイギリスの女帝が口出ししてくる。 
 
流石というべきか、その一言で気勢が削がれてしまった。この老女は、侮れない。何しろ、アリサの上司なのだ。 
 
アリサの俺を見る目にも、警告を促している。迂闊な言動が、命取りになりかねない。 
 
 
 
『自動人形の嬢ちゃんは、どうしたんだい? アタシは、あの娘の言葉も聞きたいね』 
 
 
 
 ……やはり、その点も追求してくるか。王女の感動秘話を聞いても、何一つ心が揺れ動いていない。 
 
他の一族も同様だ。彼らは月村すずかについて、否定はしなかった。彼女の心の在り方を、受け入れたのだ。 
 
隙を少しは見せると思ったのに、崩せたのは氷室一人だけか。 
 
 
『王女様のお言葉、私も感動いたしました。ご立派な女性になられたことを、心からお喜び申し上げます。 
ですが、我々が綺堂さくら様にお預けしたのは王女様一人ではありません』 
 
『ウサギー、クリスも見たい! 言いなりの殺人兵器なんでしょう、ふふふ』 
 
『小僧、俺らにあれほどいい啖呵を切りやがったんだ。当然、人形にも心がちゃーんと宿ったんだよな?』 
 
『もしも失敗していたのなら、今度こそ氷室君に謝ってもらうぞ! うちの大事な義理の息子を、馬鹿にしおって!!』 
 
『出来なかった、では今更通じませんわよ王子様。殿方ならば、自分の言葉には責任を持って頂かないと』 
 
 
 いつの間にか責任の所在がさくらではなく、俺になってしまっている。覇者達の集中砲火を浴びて、仰け反る。 
 
さくらが取り成そうとするのを見て、俺は手を出して押し留めた。この流れはむしろ、都合がいい。 
  
先月、俺は忍もすずかも守れなかった。護衛はやめさせられたが――誇りくらいは、取り戻したい。 
 
 
「汚いぞ、お前ら……自動人形については、さくら達から聞いた。ファリンは、自動人形のオプションじゃねえか! 
自動人形本体も、心を宿すのは難しいとされている。オプションは単なる人の形をした道具、脳みそも何もないんだ。 
 
心を宿すゆとりなんてねえじゃねえかよ!」 
 
『ガッカリですわ、今頃になってそのような言い訳をされるのですか。王子様』 
 
「事実じゃねえか! お前達のお得意な金の計算をする電卓だって、急には喋らないだろう!? 
オプションに心を持たせるなんて、お伽話でしかない!」 
 
『やると言ったんだよ、そこのお嬢ちゃんは。だからこそ、アタシらは大事なオプションを預けた。 
お前ね、自動人形やそのオプションは一体幾らすると思ってるんだい?』 
 
『改造だって許したんだぜ、俺達は。ファリンとかぬかす嬢ちゃんの顔や身体もぜーんぶ、お好みにさせてやった。 
俺だったら、武器持たせて強力無比な兵器に仕立て上げたのによ』 
 
「そういう事をさせないために、さくらはファリンを預けたんだ!」 
 
『それで、大事な人形を家族ごっこに使っていると? あはは、時間と資源の無駄じゃないか』 
 
「ぐうう……」 
 
 
 歯を食いしばる――だ、駄目だ、まだ笑うな……堪えるんだ……! 
 
 
絵や宝石を売るのと同じ要領だ。どれほどこの仕事が難問であるのか分からせた上で、相手に見せる。 
 
そうすることで爆発的に価値は上がり、相手はその素晴らしさに財布の紐を緩める。どうしようもなく、欲しくなってしまう。 
 
こいつらに俺を買わせ、発言力を格段に上げてやる。そして、 
 
 
二度と、さくら達に手出しできないようにしてやる。墓穴を掘りやがれ、欧州の覇者達。 
 
 
『潔く謝ったほうがいいんじゃないか? 今僕に土下座して謝れば、少しは考えてやらんでもない』 
 
『やめてくださいな。そのような王子様の醜い御姿、見たくありませんわ。わたくしの見えないところで、腹でも切って下さい』 
 
『ウサギー、まさか嘘付いたの? クリスにも嘘ついてるの、ねえねえ?』 
 
『これ以上は傷の上塗りとなります。早くしたほうがいいですよ』 
 
『早くしろ、日本人! サムライの名が泣くぞ!!』 
 
 
 会議場が失笑の渦にわき上がる。一緒に朝御飯を食べたカミーユでさえも、同情の視線を向けるばかり。 
 
ヴァイオラにいたっては、俺を見てもいない。俺の醜態に失望でもしたのか、タメ息を吐くだけ。女帝も鼻を鳴らす。 
 
俺の非難に満ち溢れる中で、アリサや忍、カーミラは完全に面白がっていた。彼らは、結果を知っている。 
 
そろそろ頃合いだな。さあ、よーく見やが―― 
 
 
「良介様を馬鹿にするのは、許しませんよ!!」 
 
 
 会議場の扉が跳ね上がり、対面の壁に突き刺さる。轟く轟音、笑い声は一瞬で止んで会議場は静まり返る。 
 
壁に突き刺さった分厚い扉、半分以上めり込んでいる。非日常的な光景に、権力者達は声を失う。 
 
 
すずかが立っている壇上に、天から少女が舞い降りる。 
 
 
 
「天が呼ぶ。地が呼ぶ。人が呼ぶ――悪を倒せと、私を呼ぶ。聞け、悪人ども! 
 
私は正義の戦士――ライダー、一号!!」 
 
 
 
 DVDで見た口上シーンを、そのまんま叫ぶ自動人形。仮面をつけた少女が今、名乗りを上げる。全然、名乗ってないけど。  
 
悪人と言い切られた覇者達は、どう反応すればいいのか分からないらしい。分かる、分かるぞ、その気持ち。 
 
とりあえず、一言言ってやる。 
 
 
「とりあえず仮面を外せ、まずはそれからだ」 
 
「良介様、ご無事ですか!? 安心してください、こいつらは私がやっつけますから!」 
 
「俺を名指しする時点で、正体バレているから」 
 
「うう……はい」 
  
 そう言われて、ファリンは渋々仮面を外した。強面なヒーローの仮面の奥から、少女の困り顔が見えた。 
 
誰もが皆、その表情を見て理解しただろう。その瞳の輝きを見て、悟っただろう。彼女の意思を、気高き正義の心を。 
 
俺に怒られてしょぼんとするその顔は、少女らしい感情を見せている。 
 
 
『私は、夢でも見ているのか――自動人形のオプションが、心を宿している!? 
 
さくら、ファリンも彼が変えたのか?』 
 
「ファリンだけではありませんよ、長。忍も、ノエルも、そして私も彼と出逢って変わったのです」 
 
『き……君は一体、何者なのだね』 
 
 
 俺の返答は、決まっていた。 
 
 
「人間だよ」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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