とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第四十三話
                              
                                
	
  
 
 海外に来てから驚かされる事ばかりだが、その最たる要因は自分のイメージとのギャップにある。己の貧困さに落ち込んでしまう程に。 
 
会議室と聞いて机と椅子が並ぶ部屋を想像していたのだが、実際に案内されて田舎者丸出しで室内を凝視してしまった。 
 
机と椅子が設置されているのは確かだが、格式の高さがまるで違う。世界会議を開催するのに相応しい設備が充実していた。 
 
映像や音響機器、世界主要言語同時通訳設備が備えており、会議資料は電子化されて端末上でやり取りされる。 
 
 
「……古き歴史を持つ夜の一族が最新設備で会議というのも、変な感じがするな」 
 
 
 経済界や学界、政界にまで名を馳せる各国代表が集う格調高い会議室。陽が沈む頃には、会議の列席者が集結していた。 
 
会議室の出入り口には各国が雇入れた護衛が複数配置されており、城全体にも最新のセキュリティシステムが完備されている。 
 
夜の一族は、秘匿された存在。警備員を雇えない分、少数精鋭と最新技術で会議の場が守られる形となる。会議室にも、武器の携帯は厳禁。 
 
此処で行われるのは、血で血を洗う戦ではない。金に物を言わせた権力闘争、世界地図を前に言論による火花が散る。 
 
 
(こいつらが、世界を牛耳る夜の一族の代表者――欧州の覇者達) 
 
 
 会議室は世界そのもの、各国の代表者が各机に分かれて席に座っている。夜の一族の後継者達と、一族の代表者の顔ぶれ。 
 
歴戦の強者達が並ぶ中、俺の机に並ぶのは俺一人。机が大きい分、一人で座っていると孤立無援である事が際立っている。 
 
日本側にさえ、俺の席は用意されなかった。日本より出席しているのは月村や綺堂家であり、人間である俺ではない。 
 
 
嫌がらせではない。そこまで意識もされていない。人間であるのは俺一人、だから一人席を用意した。単に、それだけ。 
 
 
夜の一族対人間という勢力図に見えるが、ここまで差を開けられると本当に絶望的だ。恐竜相手に戦う蟻というのも頷ける。 
 
公平性を欠いているが、それを主張しても笑われるだけだろう。戦国時代、弱い国は問答無用で滅ぼされた。文句を言っても無駄なのだ。 
 
窓際の人間は、能力も権力も無いので窓際なのだ。必要としないのであれば、遠ざけられる。自分から出ていくのを、待つだけ。 
 
言論での闘争では、発言力が物を言う。何の後ろ盾もないのであれば、雀が囀るのと変わらない。 
  
会議の中央には、議長席。全員が集まったのを見計らって、夜の一族の最高権力者が登場した。 
 
 
『皆、よく集まってくれた。急遽予定が変更となったが、今年も皆の元気が顔が見れて嬉しいよ』 
 
(――やっぱり、あの爺……!) 
 
 
 夜の一族を統べる者、現当主の顔を見て頭を抱えた。薄々勘付いていたが、予想通りだとそれはそれで頭にくる。 
 
品格と威厳に溢れる老紳士、隔離施設から脱出した俺とカーミラを救い出してくれた人だった。いけしゃあしゃあと、出てきやがって。 
 
我が儘なカーミラが妙に言う事を聞いていたから、変だと思っていた。一族の長であれば、納得だ。 
 
 
何故俺に言わなかったのか、顔を見れば分かる。してやったりの顔で、俺を一瞥したのだから。命の恩人じゃなければ、殴ってる。 
 
 
「皆も知っての通り、今年開催されるこの会議を狙って賊共が襲撃を仕掛けてきた。多くの民間人を、巻き込んで。 
狙われたのはウィリアムズ家の子供達だが、奴らの狙いは夜の一族そのものであろう。 
 
とはいえ、断じてテロに屈してはならない。今年も予定通りに会議を執り行う」 
 
 
 開催場所や日時に変更はなく、このドイツの地で会議を行う事に変わりはない。一族の威信にかけて、彼らは此処に居る。 
 
爆破テロ事件に、誘拐事件。テロ組織が表舞台を踏み荒らして、歴史の裏に潜む者達を狙っている。この地は今、きな臭い。 
 
そんな国で治療しようというのだから、俺もどうかしている。人間ではあるが、ヒトとは言い難いのかもしれない。 
 
自分でもそう思っていたのに、 
 
 
『人の子よ』 
 
「っ!」 
 
『私にとって、此処に居る者達は子も同然。危険を顧みず助けだしてくれた君には、感謝している。 
この場を借りて、御礼を言わせて欲しい』 
 
 
 指名されるとは、夢にも思わなかった。どう言えばいいのか分からず、頭を下げるしか出来ない。アホだった。 
 
発言する絶好の機会なのに、みすみす見逃してしまった。本当に、何と言えばいいのか分からなかったのだ。 
 
 
カレンやカイザーだけを指しているのではないのだろう。カーミラにカミーユ、この地で助け出した者達。 
 
 
命まで懸けて何で助けようとしたのか、今でもよく分かっていない。理由もなく人助けして、それを誇りに思っている。 
 
桃子やフィリスが見返りを求めないのも分かる気がする。人助けに、貸し借りなんて多分必要ないのだ。 
 
 
『長よ、彼を呼び立てたのは礼を言う為ですか?』 
 
『君は――マンシュタイン家に婿入りしたそうだね』 
 
『ご無沙汰しております。今はまだ氷室の姓を名乗っております、長よ。 
人間共が我らの領土を荒らしているのはご存知でしょう。この円卓の場に招くのは、権威が損なわれてしまうのでは?』 
 
 
 ドイツの席には氷室遊が陣取っている。傍らに控えるのは婚約者のカーミラ、そして彼女の両親であろう二人が座っている。 
 
こう言っては何だが座っていると言うより、座らされている印象を受ける。華も実もなく、欲に根を腐らせた大人達。 
 
氷室遊の堂々たる姿勢に心酔しているのか、場を任せっぱなし。おこぼれを預かるべく、父も母もだらしなく口を開けて餌を待つ。 
 
 
唯一際立っているのは、やはりカーミラ・マインシュタイン。黒き翼と牙を持ちながら、彼女は暴力的に美しかった。 
 
 
『彼がこの場にいるのが不満なのかね。我々の恩人なのだよ』 
 
『人間如きに助けられる一族の堕落ぶりを、叱責するべきでしょう。我々は舐められているのですよ』 
 
 
 翻訳機を通じて、会議の険悪な空気が伝染する。明らかな挑発行為、場を危うくする発言に緊張感が高まる。 
 
アメリカの陣営を見やる。やり場に立たされたカレンは、艶然と微笑んでいるだけ。無礼な発言に、眉一つ動かしていない。 
 
会議の場で非難されたのに、あの余裕。場慣れしているという次元ではない。日本の若者達には持てない、胆力。 
 
 
舌を巻いたのは肯定も、そして否定もしなかった事。俺に助けられたことを、恥とは思っていない。 
 
 
自分の名誉を守るべく、俺を否定したりはしない。かといって、自己犠牲で俺の名誉を守るつもりもない。 
 
この程度では揺るがないのだと、絶対的なまでに確信しているのだろう。自分と俺を立たせた、見事な姿勢だった。 
 
 
『そのガキを呼んだのはアタシだよ、坊や。文句があるのなら、アタシに直接言いな』 
 
『お初にお目にかかります、"女帝"殿。まさか貴方ともあろう御方が、人間如きに肩入れをするとは』 
 
『誰を呼ぼうと、アタシの勝手さね』 
 
 
 ルーズヴェルトの女帝に一喝されて、ドイツの当主は口ごもる。これ以上の非難は立場が悪くなると、判断したのだろう。 
 
イギリスの陣営は女性ばかり、女帝の側に控えているのは彼女の後継者。アリサ・ローウェル、見覚えのある顔だった。 
 
アリサは俺に目も向けない。少し見ない間に、立派な社交界入りをしていた。その横顔は天才に相応しい叡智が感じられる。 
 
あいつめ、世界会議に招かれる程に信頼と実績を積み上げたのか。生前は帰国子女だ、イギリスの家はさぞ馴染んだだろう。 
 
 
むしろ不思議なのは、ヴァイオラの隣にいる女性。サングラスをした女性が俺の視線に気づき、手を振った。 
 
 
『問題があるのは人間よりむしろ、同じ一族の者でしょう。貴方に近しい者が、"王女"に手出ししたと伺っておりますが』 
 
 
 ロシアで莫大な富を築き上げた少女ディアーナが発言。存在感で言えば、ロシアの陣営は圧倒的だった。 
 
ロシアンマフィア、裏社会で権力を掌握しつつあるディアーナと、暴力で悪を震え上がらせる殺人姫クリスチーナ。 
 
 
その彼女達の父親が、中心に陣取っている。白スーツを着たサングラスの男、暴力と破滅の匂いが濃厚に漂っている。 
 
 
『私は既に、日本の家とは縁を切っております。何の関係もありません』 
 
『貴方の御家族である綺堂さくら様が、我々と密約を交わしたのを御存知ですよね』 
 
『……何が仰りたいのです?』 
 
『お伺いしてみただけです、お気になさらずに』 
 
 
 氷室遊が、さくらの家族!? いや、でも苗字が違う――落ち着け、大事なのはそこじゃない。 
 
欧州の覇者達との密約といえば、一つしかない。月村すずかとファリンを預かる代わりに、人間らしく出来なければさくらが追放となる。 
 
あの男がさくらの家族ならば、何故助けようとしない。さくらは本当に、窮地に追い詰められていたのに。 
 
 
クソッタレだが、理由はハッキリしている――絶対に、助けられないからだ。 
 
 
純血種である月村すずかと、自動人形のオプションであるファリン。二人は、人の心を持っていなかった。 
 
欧州の覇者達でも不可能な偉業を、綺堂さくらが果たせる筈がない。助けようとすれば、自分も巻き込まれるだけ。 
 
計算高くも冷徹な判断をした氷室は、さくらと距離を置いた。そして今、別の形で一族の覇権を握ろうとしている。 
 
分かっているのか、氷室遊? いや、分かっているんだろうな、お前なら。 
 
 
お前の立ち位置はさくらを追い詰める側――自分の家族を、社会から葬り去ろうとしているんだぞ。 
 
 
「俺からも一つだけ伺っても宜しいですか、次期当主殿」 
 
『人間如きが会議に口を――』 
 
「本日の朝食は、美味しく召し上がれましたか?」 
 
「……なんだと?」 
 
 
 思わず、氷室は日本語で問い返す。ああ、認めてやるとも。俺はお前に、何一つ叶わない。 
 
容姿も醜く、頭だって悪い。社会的信用もないし、金も権力もない。会議に参席しているのに、発言力もない。 
 
 
だけどな――自分の尊敬する女をコケにして黙っていられるほど、俺は出来た人間でもないんだよ。 
 
 
「朝御飯ですよ、朝御飯。一人で食べる御飯というのは、味気ないものでしょう」 
 
「!? 貴様、まさか……いや、ありえない。お前如きを優先するなど――!」 
 
 
 氷室は、フランスの陣営を見やる。貴公子カミーユ・オードラン、彼は氷室を見返してニコニコ微笑み返した。 
 
彼の隣にはオードランの現当主である男が、座っている。老紳士が人の良い男だと言っていた、カミーユの父親。 
 
意地悪な笑顔を浮かべる自分の息子を、驚きの顔で見つめている。まん丸とした顔、確かに人の良さがにじみ出ている。 
 
どうして政略結婚に応じたのか、人柄を考えると分からないが今はそれどころではない。 
 
 
「すいませんでした、くだらない質問ですよね。どうぞ、会議を進めて下さい」 
 
「ぐっ……貴様、今に見ていろ」 
 
 
 自分から引くことで、相手の立場を一方的に悪くする。海外の地で強者達と関わって学んだ、相手との対話術。 
 
怒り心頭の氷室も、一人馬鹿みたいに立っているだけでは恥となるだけだ。結局、屈辱でも座るしかない。 
 
胸がスカッとしたが、別に自分の立場が向上した訳でもない。子供じみた、くだらない真似をした。 
 
 
"下僕……お前が和気藹々としている間、私はこの男と二人で不愉快な時間を過ごしたのだぞ" 
 
"げっ、そうなってしまうのか!?" 
 
 
"――ふん、明日の朝食は必ず私と過ごしてもらうからな" 
 
 
 すました顔をしながら、カーミラは血を通じて毒ついた。お前の婚約者なのに、そこまで嫌がるのかよ。 
 
政略結婚でもなさそうだが、どうしてカーミラは婚約に応じたのだろう。こいつの考えていることも、よく分からん。 
  
分かっているのは、我が儘なドイツのお姫様を明日満足させねばならんという事だ。卵かけご飯だと、殴られそうだな。 
 
 
『長よ、先程話題にも上がりました此度の件。月村安次郎と、この私綺堂さくらの処遇について。 
月村すずかとファリン・K・エーアリヒカイトを招き、発言したく思うのですが許可を頂けますか』 
 
『懸案事項の一つでもある、許可しよう』 
 
 
 誰からも反論は出ない。むしろ冷め切っている、当然だ。これは予定調和の一つ、失敗の報告を聞くのみ。 
 
どの一族も反対しないのは、主導権を握られるとは夢にも思っていない為。月村すずかは欠陥品、それは世界共通認識なのだ。 
 
一人の男と、一人の女が追放されるだけ。彼らの頭にあるのはその後、すずかとファリンを如何に自分のモノとするのか。 
 
 
俺にとっても、予定通りだ――面白くなってきた。 
 
 
綺堂さくらが立って、会議室の中央席へと向かう。裁判所の被告席にも似た位置、裁かれるのは彼女か、それとも――裁く側か。 
 
言うならば、彼女も孤立無援。皆が彼女を追い出そうとしている。敵だらけの中で、矢面に立たされなければならない。 
 
少し心配だったが、彼女はこちらを見た。視線を交えて、苦笑する。杞憂だったか。 
 
 
"護ってくれてありがとう、良介。貴方が生きていてくれて、本当に嬉しかった" 
 
 
 彼女の勇姿を、まずは見守ろう。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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