とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十八話
                              
                                
	
  
 
 夜の一族を代表する欧州の覇者達により開催される世界会議は、一日のみでは終わらない。各議題に沿って、日数をかけて行われる。 
 
ドイツの首都ベルリンで起きた爆破テロ事件、イギリスとフランスの婚約パーティで起きた誘拐事件。二つの事件により、予定も変更。 
 
各国の思惑が複雑に絡んでいた会議の開催は覇者達の予定調和を大きく狂わせ、結末は誰にも予想出来なくなってしまっていた。 
  
後継者争いが激化する事は言うまでもないが、少なくともこの混乱は俺にとってはチャンスでもあった。 
 
 
「カーミラ・マンシュタイン、ディアーナ・ボルドィレフ、クリスチーナ・ボルドィレフ。 
カミーユ・オードラン、ヴァイオラ・ルーズヴェルト、カレン・ウィリアムズ、カイザー・ウィリアムズ―― 
 
ドイツの貴族にロシアン・マフィア、フランスの貴公子にイギリスの妖精、アメリカ大富豪の姉弟」 
 
 
 海外の地へ来て分かった事は、世界の広さだけだった。広すぎて何も見えないという、矛盾に満ちた経験をさせてもらった。 
 
時空管理局という前例を見ていたのに、自分一人でも何とかなると考えていた自分を恥じる。個人なんて、世界は認識もしていない。 
 
欧州の覇者達を相手に、チャンバラごっこは通じない。相手にもされない。強敵になるどころか、笑われるだけで終わる。 
 
 
完全に手の平の上、今のままでは弄ばれるだけ。隙を単に伺うのではなく、相手に隙を作らねばならない。 
 
 
彼らが世界を支配している以上、支配される側に到底勝ち目はない。あるとすれば、テロを起こすしかない。 
 
危険極まりない思想だが、爆破テロや誘拐事件を起こしてくれた事は俺にとってはありがたい事でもあった。感謝なんてしないけど。 
 
人の事は言えない。爆破を起こすのも、誘拐するのも――欧州の覇者達の血を奪うのも、夜の一族にとっては同じテロ行為なのだから。 
 
 
「……夜の一族の後継者達、彼らの血を飲めば俺の身体も恐らくは治せる。狙いは定まってきたな」 
 
 
 月村すずかだけは、候補から既に外している。個人的な思い入れがあるのは否定しないが、俺とて命知らずではない。 
 
師匠により自分自身が持っていた認識は矯正されている。純血種なんて取り込んだから、俺の身体が持たない。 
 
 
かといって、覇者達の血の濃度を見くびってはいない。身体を治すと言いながら、俺自身を破壊しかねない猛毒を入れるのだから。 
 
 
カーミラの血を一滴口にしただけで、生死の境を彷徨った。取り込めたのは、カーミラが受け入れてくれた事も大きい。 
 
彼女の血は力づくで奪ったが、他の一族の血も同じやり方で奪うのは至難の業だろう。 
 
ドイツの貴族カーミラはその誇り高さ故に、ボディガードを全員排除したのだから。 
 
 
「護衛、か……俺の他にも、人間が雇われているのかな?」 
 
 
 夜の一族の後継者を護る存在――化物を守れる人間ともなれば、人でなし以外にありえない。 
 
俺の師匠である御神美沙斗は厳しくも優しい女性だが、その強さは人を凌駕している。"仮想戦"で何度殺されたか、数えきれない。 
 
その証拠に、ディアーナ・ボルドィレフは彼女一人に命を託している。ロシアを支配する暴力よりも、彼女の剣を頼みにしているのだ。 
 
 
……その妹君であるクリスチーナの護衛はこの俺なので、護衛の基準を強さのみと定めるのは軽々だが。 
 
 
夜の一族を護るためには、夜の一族を知らなければならない。となれば護衛は"契約"した人間か、同じ夜の一族となる。 
 
アメリカとフランスは事件が起きた後なので、護衛も腕利きに変えているだろう。ドイツも、今どうなっているか分からない。 
 
最悪力づくで血を奪うのであれば彼女達だけではなく、護衛が誰なのか知っておく必要がある。 
 
 
「朝飯までまだ時間はあるな……よし、探りに行ってみるか」 
 
 
 海鳴の習慣が抜けておらず、朝早くに目が覚めてしまう。山の新鮮な空気に、海の冷たい潮風が懐かしい。毎朝、町を走っていた。 
 
耳につけていたイヤホンを外す。これは海外に来てからの習慣、あらゆる感情を満たしてくれる音楽を暇さえあれば聞いている。 
 
難しい考え事でも、綺麗な音色が知恵熱を冷ましてくれる。音楽は俺の安らぎであり―― 
 
 
 
"人の百倍、努力をしろ" 
 
  
修行、だった。 
 
 
 
"凡人と自覚しているなら、何故努力をしない? 働きもせず学校にも行かないお前が、強くなれなくて当たり前だ。 
誰が認めても、私がお前を否定する。お前は屑だ、何も出来ないゴミだ。認められたいのなら、結果を出してみろ。 
 
天才だの、凡人だの――お前が口にするのは、百年早い! 
 
考えて、行動する。まずは、人間になってみせろ" 
 
 
「……分かってますよ」 
 
 
 世界にとって何者でもないのなれば、誰にでも認められる何かになってやる。 
 
今までずっと流されてきたけれど、今度は自分で決めて積極的に行動する。顔を洗って、部屋を出ていく。 
 
 
 
"私はお前がどれほど無様で、呆れ果てるほど愚かな奴である事は知っている。これから先も、遠慮なくお前をこき下ろしている。 
 
――だからお前も、私にはどんな事でも話せ。どうせ評価は最低だ、それ以上落としようがない。 
 
お前の周りはきっと誰もが優しくて、素晴らしい人達ばかりだったのだろうな。弱いのに頼られて、さぞ辛い思いをしただろう。 
今度からは遠慮無く、私に頼れ。いつでも、力になってやる" 
 
 
 剣は、持っていない。今この手にあるのは、自分自身の志だけだった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
「あ、会いたかっただ〜〜〜、オラの命の恩人!」 
 
「ぐえっ!? あ、あんたは確かあの時ホテルにいた――カーミラの護衛になったのか!?」 
 
 
 ひとまず敵対していないカーミラを訪ねてみると、彼女の部屋を固く守っていたのは一人の巨漢。 
 
毛一本生えていない輝かしいスキンヘッドの、二メートルを軽く超える大男。驚くことに、顔見知りだった。 
 
マンシュタイン家が雇っていたカーミラの護衛で、護衛対象に殺されかかっていたところを俺達が助けた男だった。 
 
 
「うん、うん……お嬢様御指名でオラをまた雇って下さっただ、ありがてえ、ありがてえ……!」 
 
「あいつに殺されかかったのによく守ろうという気になるな、おたくは」 
 
 
 話を聞いた限りだとあの後入院していたそうだが、カーミラ本人が見舞いに来て彼を再雇用したらしい。 
 
時期的に考えて、俺と距離を取った後。あの老紳士の下で傷を癒した後家に戻り、彼女なりに色々立ち回ったようだ。 
 
その辺の経緯を聞いてみたかったが、本人はまだお休み中らしい。吸血鬼の分際で夜に寝るな、と言いたい。 
 
 
「カーミラの護衛はあんた一人か、何にしてもよろしくな。俺は良介、宮本良介だ」 
 
「オラはブルーノ――御嬢様には"ビッグフット"なんて可愛く呼ばれているだ、へへへ!」 
 
 
 ……"ビッグフット"は猿人の生き残りとか言われている、未確認動物だぞ!? 悪意ありすぎだろ、あいつ! 
 
筋骨隆々で、全身に褐色の毛が生えている野蛮人。想像してみるとソックリで、不覚にも笑いそうになった。 
 
助けられた恩義を感じているのか、感謝感激の抱擁に握手までされてしまった。外見に似ず、人の良さそうな男である。 
 
 
ひとまず挨拶をして、他の一族の元へ。ロシアは知っているし、フランスとイギリスとは敵対関係。 
 
 
なので、アメリカのお嬢様の部屋を訪ねてみる。朝方に女性の部屋を訪ねるのは失礼かもしれないが、あの女は例に当て嵌まらない。 
 
不意打ちでお邪魔しても、優雅に対応するだろう。生粋のお嬢様、男への対応は心得ている。寝起きドッキリは通じない。 
  
潔癖かつ高貴な彼女の雇う護衛は――女性だった。 
 
 
 
「御嬢様はお休みになられています」 
 
 
 
 黒のスーツに身を固めた、ショートカットの女性。武装はしていないが、一切の隙がない。美人だが、男を寄せ付けないタイプだった。 
 
意外というのは失礼かもしれないが、低姿勢なのでギャップに面食らってしまう。主の客人なら当然な対応だが、高圧的かと思っていた。 
 
視線は鋭いが、俺を見る瞳に敵意はない。むしろ勘違いかもしれないが――敬意を感じる。何故だ? 
 
 
「そうなんだ、こっちこそ朝早くすまない。あんたが、彼女の護衛?」 
 
「トーレと申します。よろしくお願いします」 
 
 
 頭まで下げられた。何というか、初対面の印象からこれほど外れた対応をされたのは初めてだった。何だ、この丁寧な対応は? 
 
命の恩人だと聞いているからこそかもしれないが、この女性には非常に似合わない。客人といっても、俺は一般庶民なのに。 
 
それにしても護衛というのは、皆語学が堪能なのだろうか……? 日本語が上手すぎて、英語も話せない俺が恥じ入ってしまう。 
 
 
「お嬢様より、貴方宛に言伝を預かっております」 
 
「えっ、俺に……?」 
 
「是非弟君にも、一度お逢いして欲しいと――貴方様は、御二人の命の恩人ですので」 
 
 
 あの女、俺が接触してくる事を読んでいたのか。忌々しいが、権謀術数にかけては向こうが数段上だ。まあいい、のせられてやる。 
 
彼女の弟、サッカーボールの少年だな。あのボールが爆弾とは、実際に触ってみるまで夢にも思わなかった。 
 
今にして思えば、クリスチーナは既に察していたのだろう。一緒に観光していたのに、見るべき視点がまるで違う。 
 
 
護衛のトーレより部屋番号を聞いて、ひとまず了承する。別れ際に、 
 
 
「……弟君には、私の妹が護衛をしております。是非声をかけてやってください」 
 
「姉妹で護衛しているんだ……名前は?」 
 
 
 
「"チンク"と言います」 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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