とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十九話
世界には、色々な人間がいる。自分を除いて、全てが他人。同じ人間が一人もおらず、よく似た人間はいても中身は異なる。
最近その大勢の中に、人ではない者も混じっているのだと知った。幽霊や使い魔、化け狐や自動人形、そして夜の一族。
世の中は多種多様、知れば知るほど謎は深まっていく。もしかすると人だと思っていても、人ではない者もいるかもしれない。
今日もまた、知らない"ヒト"と出逢う。
「へ――陛下!?」
アメリカの大富豪の御子息カイザー・ウィリアムズの部屋を訪れると、外套を着た少女が警護していた。
綺麗な銀髪の女の子、背丈は小さく未成熟な肢体。可愛い盛りの少女が、分厚い灰色のコートを羽織っている。
トーレの妹と聞いているが、顔立ちはあまり似ていない。年不相応な瞳の鋭さは、少女のアンバランスな魅力を惹き立てている。
落ち着いた雰囲気を漂わせていたのだが、俺の顔を見るなり飛び上がった。
「カイザー・ウィリアムズの部屋はここかな?」
「は、はい! お初にお目にかかります、陛下。私はチンクと申します。
すぐに御挨拶に伺うべきでしたが、諸事情ありまして。遅参をお詫び申し上げます」
「えーと……誰かと勘違いしていない?」
「いえ、貴方様の御顔を見間違えるなどありえません!」
……最近どうも見ず知らずの人間に、俺を知られているケースが多い気がする。それも大きく勘違いされて。
世界中で俺は死んだ事にされているのに、名前と顔だけが死後一人歩きしているというのは何とも笑えない話だった。
剣士たるもの、武勇で名を馳せるべきなのに。
「チンクと言ったっけ……? もしかして、ドゥーエと知り合い?」
「姉です。陛下の武勇伝は、他ならぬ姉から聞いておりました。貴方のような武人になる事が、私の夢です」
ええい、話す度にツッコミどころを増やしていくな! 当の本人だけが置いてけぼりを食らっているんだぞ!
俺を陛下と呼ぶのは世界中探してもあの女くらいなものだが、まさか姉妹だったとは。どんな血の繋がり方をしているんだ、こいつら。
髪の色といい、顔立ちの違いといい、人間の遺伝子というものは謎に満ちている。
ドゥーエが月村安次郎の秘書で、トーレやチンクがアメリカの一族の護衛。この繋がりも、よく分からない。
「武勇伝になるほど大した事はしていないんだが……そちらの方が凄いだろう。
日本語も上手だし、何よりアメリカのお偉いさんの護衛に就いている。俺より年下なのに、立派だよ」
人を見た目で判断するのは、もうやめている。なのはにフェイト、はやてやすずか、それにアリサ。大人顔負けの、子供達。
チンクと名乗るこの少女も、見た目の愛らしさで雇われたとは思えない。アメリカの一族の凄さも、昨晩思い知らされている。
実力あればこその、立場。俺からの評価に、チンクは恐縮ですと頭を下げる。武人としての礼儀もわきまえているな。
「この部屋の主に呼ばれてきたんだが、取り次いでもらえるかな?」
「かしこまりました、少々お待ち下さい。叩き起こしてまいります」
寝ているのならば後にする、そう断る前に許可も得ずドアを勝手に開けてチンクは中に入る。
叩き起こすとか言っていた気がするんだが、いくら何でも雇い主に横暴な真似は――
『――!』
『〜〜〜〜〜!?』
……日本語とか英語とか関係なく、部屋の主が悲鳴を上げているのが分かった。駄目な弟を叱りつける、姉のような態度だ。
主従関係であるはずなのに、どうやら本当に叩き起こしているらしい。暴力とは恐ろしいものだ。
やがて静まり返り、ドアがゆっくりと開かれる――
「陛下、連れて参りました。この者が私の雇い主、カイザー・ウィリアムズです」
「首根っこ掴んで連れて来なくても!?」
少女に引き摺り出されたのは、この前のサッカーボールの少年。ドイツの首都ベルリンで爆破テロの標的となった、被害者だ。
サッカーボール爆弾で殺されかけたのだが、大きな怪我は負わずに済んだらしい。姉共々元気そうだった。
高町なのはやフェイトと同じ世代、メガネをかけた金髪の子供。いかにも温室育ちといった顔をしている。
チンクに小突かれて涙目だったが、俺の顔を見るなり襟元を正して見上げる。実に、不遜な態度で。
「――、――」
「日本語喋れないのかよ……」
俺も英語を話せないので人の事は全く言えないのだが、久しぶりに困った。会話が出来ない。カーミラはまだ寝ているし。
勉強しておけばよかった、改めて外国人と接する上で言葉の大切さを知らされる。言葉が通じないだけで、繋がる事も出来やしない。
「陛下、よろしければ通訳いたしましょうか……?」
「お、それは助かる。ありがとう、頼むよ」
「陛下の御力になれるのでしたら、喜んで」
ちびっ子ボディーガードに照れはなく、当然のように面倒事を引き受けてくれた。心当たりのない忠義が少し怖いけど。
ドゥーエからどんな嘘八百を聞かされたら、これほどの忠義を向けられるのか。外国人なのが惜しい、サムライ娘だった。
奥州の侍のように、黒い眼帯とかつけたら似合いそうである。冗談でそう言ったら、真剣に悩まれたのはご愛嬌。
ではここからは通訳を通じて、少年と語り合おう。
『ようやく来たか、下民。僕を待たせるとは、失礼な奴だな。今度から僕が呼べばすぐに来い。いいな?』
「本当にそんな事を言っているのか!?」
「はい、どうやら陛下がどれほど偉大な人物であるのか理解していないようです。手討ちにしましょう」
「その子の護衛なのに!?」
あの姉にして、この弟あり。映画の中だけの話だと思っていたが、本当に下民なんて身分で見下ろされるとは。
下僕にウサギ、下民と、海外に来てからロクな扱いをされていない。友達とか王子様とも、極端だけど。
『お前を呼んだのは他でもない。僕の命を救った礼として、僕がお前を雇ってやろう。感謝するがいい』
「雇う? 護衛ならば、この子がいるだろう」
『お前は見る限り弱そうだ、僕の護衛などとても務まらない。僕の忠実な部下として、せいぜいこき使ってやる』
「自分の弱さは自覚しているが……そこまで言うか、こいつ」
絶対に断らないと、決めてかかっている態度。姉と比べて直球で、子供じみた誘い方。全然魅力を感じない。
それだけに、警戒心は薄れた。多分本気で言っているのだろうし、裏も何もないのだろう。
色々と考えたが、結局最初に出てきた言葉はイエスでもノーでもなかった。
「お前、友達がいないだろう?」
『お前と一緒にするな。僕はいずれアメリカの支配者となる男だぞ、言うならば全国民が僕の友達だ』
「将来的な見込みとかいいから、今いる友達の名前を言ってみろ」
『ふ、ふん……友達なぞ、必要ない。群れるのは所詮、社会的な弱者にすぎん。強者たるもの、孤高であるべきだ』
その言葉には頷けるものがあった。孤独に生きられるのは強者のみ、弱者には耐えられない。今の俺がまさに、そうなのだから。
俺がようやくそう気付けたのは、海鳴町での多くの挫折と失敗があったから。こいつは多分経験ではなく、知識だけで語っている。
帝王学、人の上に立てるように教育された子供。不遜に聞こえるのは、こいつ自身が傲慢であるから。
『金さえあれば、人など何人でも集められる。お前は特別に高く買ってやろう、僕の下へ来い』
金の価値を知っている人間の言葉、そして大人の醜さを見せつけられた子供の真実。
手強い姉よりも、傲慢な弟。浅はかにそう考えた大人達がこいつに取り入り、蟻のように群がったのだろう。
子供は現実を知り、お伽噺を捨てて、世の中を斜め見るようになってしまった。俺のように。
こいつと俺で違うのは――金を持っているかいないか、それだけだ。
「お前が俺を誘ってくれるのは、俺がお前を助けたから?」
『無論だ。それでもない限り、お前のような下民を僕が雇う筈がないだろう』
「なるほど、よく分かった」
苦笑する。世間一般から見ればムカつくガキだろう、貧乏人どころか同じ金持ちでもこんな態度では到底好かれまい。
だが、俺は結構気に入ってしまった。仮に俺がガキの頃金を与えられていれば、こんな子供になっていたと思う。
人は誰しも、クズではない。けれど、どんな環境でも高潔でいられるのはほんの少数。俺は特別な人間ではない。
「俺は金もコネもない人間でね、正直困っていたんだ。仕事があるなら喜んで雇われるよ」
「陛下!? このような子供に尻尾を振るのですか!」
「だが、生憎俺は今他で雇われていてね、そっちとも交渉しないといけないんだ。少し待ってくれるかな?」
「お考え直し下さい、陛下は是非ともドク――」
「通訳、頼む」
「……分かり、ました」
曖昧な返答で気分を害したようだが、ロシアの名前を出すと渋々承諾してくれた。あの子の恐ろしさはアメリカにも伝わっているらしい。
どちらかと言うと、護衛のチンクが実に不満気な顔で俺を睨んでいる。金に目が眩んだのだと、思われているようだ。
――その通りである。金もなければ、人もない。このザマで、この先欧州の覇者達と戦える筈がない。
孤立無援で粋がれるのは、ヒーロー願望を持った単なるガキである。戦争で一人剣を持って立ち向かうなんて、物語の中でやればいい。
手を組めそうであれば、組む。協力関係を結ぶとはいえ、力の差があれば対等なんてありえない。俺だってその辺は理解している。
認識はもう二度と、誤らない。今日明日負けても、最後に勝てればそれでいい。血さえ飲めれば、俺の勝ちだ。
「これからもよろしくお願いします、ボス。せいぜい、稼がせてくださいよ」
『はっはっは、僕に任せておけ』
「……陛下……」
尻尾を振る俺を見て、チンクは悔しそうにしていた。不思議な感覚だが、チンクが俺の代わりに怒ってくれて嬉しかった。
赤の他人に、これほど憤るなんて事は絶対にない。根源こそ分からないが、この子は本当に俺に忠節を誓ってくれていたのだ。
一方的な忠義であっても、踏み躙ったのは申し訳なく思う。剣士とサムライ、似通った者だからこそ気持ちも共有できる。
惜しむべきなのは、この子は恐らく挫折したことがないのだろう。いつか、分かりあえればと思う。
カイザーに挨拶をして、ひとまず部屋を後にする。と言っても、部屋の前で話していたのだけれど。
敵陣営でボディーガードを確認していないのは、フランスとイギリス。フランスはともかく、イギリスは明らかに敵だ。
だが、行かなければならない。ボディーガードの顔を見るのもあるが、夜天の魔導書を取り返さないと。
「ヴァイオラの奴、女でも容赦しないぞ。力ずくでも奪ってやる」
くそ、どの階のどの部屋なのか分からない。妹さんに探してもらうしか――
「――ふーん、君ってそういう子だったんだ……」
足を止める。俺が歩いて来た方向から、声が聞こえてきた。尾行されていた、いつの間に!?
「お金持ちのお坊ちゃんにはいい顔をして、女の子には乱暴をする。よくないわよ、そういうのは」
「誰だ!?」
「怖い顔。こっちは散々苦労して、こうして現地に飛んでまで貴方の安否を確認していたのに。
初めまして、宮本良介君。私は、ヴァイオラ・ルーズヴェルト様のボディガード。
ルーテシア・アルピーノよ。貴方に大切な話があって、来たの」
実に懐かしい、この感覚。好意でも殺意でもない、海鳴町でよくぶつけられたこの感情。
長身の女性が穏やかに、敵意溢れる眼差しで、俺に握手を求めてきた。壊れた利き腕に、向けて。
――さっきの話を、聞かれてしまった。厄介なことになってきた。
<続く>
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