とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十七話
「ようこそ、お待ちしておりました。お召し物も凛々しくていらっしゃいますね」
「一張羅みたいなものだ。包帯だらけだが、許してくれ」
「わたくしを助けて下さった、名誉の負傷ですもの。恥じ入ることなどありませんわ」
ロシアのお姫様と電話で交渉して、ひとまずの安全を確保。カレン・ウィリアムズのお招きに預かり、彼女の部屋に訪れている。
御相手はアメリカの大富豪の娘、小奇麗なスーツにでも身を固めるべきだったのだが、こっちは大怪我している身。
包帯やガーゼまみれで品格も何もあったものではなく、結局機能性の高い剣道着でお邪魔させてもらっている。
無礼千万極まりないのだが、彼女は気にした様子もなく微笑んでいる。むしろ気にしているのは、包帯が巻かれた利き腕。
「失礼ですが……そちらの手、わたくしを助けて下さった時に?」
「いや先月事故った時の負傷なんだよ、これ。ドイツに来たのも、元々はこの腕の治療に来たんだ」
壊れた利き腕はギブスで固定し、包帯で吊っている。カーミラ・マンシュタインが傍にいれば動くのだが、無理に使う事もない。
自分の責任なのか憂い顔で問う少女に事情を話し、内心苦笑する。恩を着せ、罪悪感を煽れば交渉もしやすいというのに。
多分、相手は世間知らずなだけの御嬢様ではない。今晩こうして招かれたのも、単にお礼を言うだけではないのだろう。
甘い顔を見せていては、つけ込まれるだけ。案の定少女は安心した顔を見せて、同年代とは思えないほど優雅に礼をする。
「わたくしは、カレン・ウィリアムズと申します。あの時はお礼どころか名乗りもせず、本当に失礼いたしました。
本来ならば屋敷にお招きして御礼をさせて頂きたかったのですが、何分大切な時期でしてこのような形となりましたの」
「こちらとしても、都合が良かったのでかまわないよ。こういう形で再会するとは思わなかったけど」
「わたくしもですわ。正直申しますと、貴方様が一族の会議に出席されるとは夢にも思いませんでした。
わたくしに会うために、足を運んで頂けたのなら嬉しいのですけれど」
「まあ、無事な顔が見たかったのは本当かな。あの後ちゃんと逃げられたのか、気になっていたのだ」
「……汚らわしい賊共から逃げたりなどしませんわ。応援を呼んで、身の程知らずにもわたくしを襲った罪を罰してやりたかったのです」
余裕を持って優雅に微笑んでいた少女の表情に、一瞬殺意が浮かぶ。潔癖でありプライドも高い、怒らせると厄介そうだ。
テロリストに襲われて為す術もなかった自分を恥じるより、高貴な自分を汚そうとした相手に憤りを感じている。
良くも悪くも、御嬢様という言葉がよく似合っている。忍とは違う、本物のお金持ちの御嬢様。手強そうだった。
「貴方の御国の料理を用意させましたので、どうぞお召し上がり下さい」
「助かるよ。ナイフとフォークだと、困っていた」
「うふふ、殿方を立てるのも女の務めですわ」
ドアが閉じられ、部屋に男女が二人っきり。護衛の一人も入れず、男と女は向かい合ってグラスを鳴らす。男と女の時間。
彼女を改めて見る。爆破テロ事件では女の子一人構う余裕もなかったが、思わず見とれてしまう容姿をしている。
愛らしさと大人らしさが調和した声は会話の内容にかかわらず、異性を惹きつける。ちょっとした仕草でも、胸が高なってしまう。
美しい宝石の装飾品に、扇情的なドレス。大人を演出する彼女は、一つの芸術品だった。
「ドイツで和食なんてよく用意できたね。しかも、美味しい」
「気に入って頂けたのでしたら嬉しいですわ。純和食ではなくて日本流にアレンジした創作料理なんですの、実は」
自分で作った料理ではないのに、自慢気に語る彼女。この辺は文化の違いと言うより、生き方の違いなんだと思う。
超一流のコックを雇えるのに、自分で作るなんて馬鹿馬鹿しい。考え方にもよるのだろうが、俺は特に不快感は感じない。
金を稼ぐ大変さを、先月嫌というほど思い知らされた。そして、大金を持つ人間の凄みを。だからこそ、知りたいと思う。
大金を稼げる器を持った人間になりたい。それも男の強さであり、魅力の一つ。俺は今、自分が憧れていた世界にいる。
「貴方とまたお逢いしたくて、勝手ではありますが調べさせて頂きました。
もっとも、今や貴方は世界中に顔と名の知れた有名人。調べるまでもなかったかもしれませんが」
「何故あそこまで大々的に広まったのか、張本人が一番混乱しているんだけどね」
「貴方はこのわたくしを救い出して下さった、王子様ですもの。世界に名を馳せるのは、当然ですわ」
ドイツを震撼させたテロリストの打倒よりも、アメリカの大富豪の娘を救い出した功の方が大きいらしい。この娘の主観だけど。
あの事件ではドイツの吸血鬼や、ロシアのマフィアも関わっていた。俺という個人は、夜の一族の暗躍に振り回されたに過ぎない。
よく生き残れたものだと、今でも思う。けれど、偶然や幸運だけで勝てたのだと自惚れてはいない。出逢った他人達のおかげだ。
通り魔事件、レンとの鍛錬、ジュエルシード事件。月村家の護衛に、守護騎士達との生活。何か一つでも欠けていれば、死んでいた。
「不満があるとすれば、世界会議への貴方の招待をわたくしが出来なかった事です。
貴方が夜の一族に深く関わる者だと事前に知っていれば、何よりも優先して探させましたのに」
――本題に入ったな、俺は返答せず自分の意識を切り替える。招待されたのは単純に御礼だけではない事くらいは、察している。
夜の一族に関わっているのだと、既に発覚している。ニュースを見ているだけでは絶対に知りえない、情報を。
月村家は世界規模で比較すれば、それほど大きな家柄ではない。会議に呼ばれたのも、月村すずかの存在があってこそ。
日本の田舎町での護衛に関する出来事を、アメリカの娘が容易く調べられる筈はない。所詮は、田舎の事件なのだ。
迂闊な返答は、出来ない。一言でも肯定すれば、そこから切り口を探られてしまう。
「個人的な知り合いがいてね、腕の治療に関して相談に来ただけだよ」
「夜の一族については、ご存じないと?」
微笑みを深くして、俺を覗き込む。目を逸らしたり、曖昧な返答をすれば、失望されて終わる。その後は、歓談のみ。
この少女にどうやら、俺は気に入られているらしい。王子様とまで呼んでいるのだ、恋愛感情もあるのだろう。
ただ、此処は学生恋愛を楽しめる学校ではない。権力が渦巻く、社交場だ。
「詳しくは知らないな。出来れば、君の口から教えて貰えると嬉しい」
「私と"契約"していただけるのであれば、喜んで」
くそっ、浮かれてベラベラ喋れば一族の秘密を盾に優位に立てるのに。逆に、切り返されてしまった。
やっぱりこの少女は、海鳴に住んでいるガキ共とは違う。甘い恋愛感情でさえも、損得が絡んでいる。浮ついた想いを、持っていない。
極端な話、ここでやり込められたら簡単に冷めるだろう。この先、俺への関心なんて微塵も持たない。
その程度の想い、ではない。彼女が望んでいるのは、一流の男性。そんな人間でなければ、この世界では生き残れない。
「契約内容にもよるかな。生憎と判子は持っていなくてね、口約束となれば慎重にいかないと」
「悪い話ではありませんわ。お恥ずかしながらわたくしは独占欲が強く、魅力的な品は独り占めしたくなりますの」
爆破テロが起きた場所は、お金持ちが訪れる高級ブランドショッピングモール。この娘はあの時、買い物をしていた。
ウィンドウショッピングではない。気に入った品であれば、金に糸目を付けず買い占めていた。
金持ちの道楽だと当時は馬鹿にしていたが、この娘と接して認識を改める。こいつは、価値のある品だけを求めている。
「明日以降に行われる一連の会議で、夜の一族の後継者が決まります。我がウィリアムズ家は、頂点を求めている。
是非とも、貴方のお力を貸して頂きたいのです。わたくしを救って下さった、貴方の御力を」
「また爆破でも起きるというのか」
「一国どころではありません。世界全体に飛び火する、大戦争が勃発しますの。世界のパワーバランスは、間違いなく変わりますわ」
何言ってるんだ、こいつ。欧州の覇者達の権力の強さは認めるが、あくまでも夜の一族は世界の裏で生きている日陰者。
世界に手出しすれば、存在が明るみに出てしまう。人間と契約してまで存在を隠匿している連中に、戦争なんて起こせる筈がない。
純血種である月村すずかは敵になれば確かに人間の脅威となるが、生憎妹さんは世界云々よりも俺を護る事しか頭にない。
「君の家について詳しく知らないので、君達が勝てるかどうかは分からない。でも、俺が加わったくらいで優劣は変わらないだろう」
「……貴方が日本に加わった場合、些かではありますが厄介となるでしょうね」
……妹さんとの関係を知ってやがる。でなければ、俺の存在を脅威に感じるはずがない。しかし、何で分かったんだ?
妹さんの俺への態度を見ればバレバレかもしれないが、本人もそれは自覚していたから距離を置いたのだ。
この城で再会した時会いには来てくれたが、妹さんは"声"が聞ける。尾行や追跡なんて出来ない。
――いや、待てよ?
「俺が日本側に加わっても、大した事はできないよ。あの家系は取っ付きづらいからな」
「月村家の御息女とは、随分と親しそうに見えたのですけれど?」
「人に懐かないだろう、あの類は」
やっぱり、情報でしか彼女達との関係を知っていない。妹さんとの関係も、あくまで情報から推理しただけだ。
危ねえ……平然と聞きやがるから、バレているのだと勘ぐってしまった。咄嗟に気付かなければ、迂闊に口を滑らせていた。
交渉力は悔しいが、相手の方が上。女である事さえも、武器にしている。美少女なのに、恐ろしい人間だった。
「肩入れするのは貴方の自由ですけど、忠告いたしますわ。あの家に関わるのは、貴方の為にはなりません」
「俺が日本に加担するのは、それほど君にとって都合が悪いのかな」
「ええ、貴方はわたくしにとって恩人であり、大切な御人。心中させたくはありませんわ」
! 世界会議で月村家を追い込むつもりか!? しかし、どうやって……? フランスとイギリスさえ、同盟しなければならなかった。
一般家庭の後継者を決める会議ではない。夜を統べる一族の命運をかけた戦争だ。権力や金の力だけでは、絶対に勝てない。
夜の一族の本質は、"血"――純血種である月村すずかの絶対性は、富豪の資金力でも揺るがせない。
「怖いな、君のような女性から脅しなんて聞きたくないよ」
「そのキャラは、貴方には似合いませんわよ。銃を持ったテロリスト達にも屈さない、貴方の荒々しさが魅力ですのに」
艶やかに、そして冷ややかに俺を見やる。瞳を細めて俺を見つめる女に、色気すら感じさせる軽蔑の色が浮かんでいた。
このまま床に押し倒して、乱暴に貫きたい衝動が走る。そんな真似は出来ないと、高を括っているこの女を無茶苦茶にしてやりたい。
この女は、抵抗もしないだろう。純血を散らされて尚も、俺を見下して笑う。この高貴さは、暴力では崩せない。
「なるほど……何かあるのかと思っていたけど、君は本当にお礼をしたかっただけなのか」
「ふふ、わたくしほどの女の誘いですもの。身構えてしまうのも無理はありませんわ」
こいつは助けられたお礼に、俺に忠告してくれたのだ。日本に加担すれば、破滅してしまうだけだと。
自分の陣営に誘ってくれたのは、戦力としてではない。言ってみれば、捨てられた犬を拾う感覚。可哀想だから、助けてあげよう。
恋愛感情は、確かにある。でもそれは、小さな女の子がお伽噺の英雄に夢見るのと同じだ。
だからこその、王子様。気に入った絵本を買うのと、同じ。俺はこの子にとって、ブランド品の一つ。
「食事は本当に美味かった、ごちそうさま」
「あら、もうお帰りですの? ワインも用意しておりますのに。ごゆっくりなさって」
「高級なワインよりも、君の真っ赤な血の方が美味そうだ」
カレンは初めて目を吊り上げて、そして楽しげに微笑んだ。プライドをくすぐられて、御満悦にしている。
異性の血を求める行為は、夜の一族にとっては求愛。そして、後継者争いでは宣戦布告を意味する。
敵を増やしたのではない。この子にとって、俺は敵ですらない。敵にもならないと、認識している。だから、無防備でいられる。
自分の部屋による男を誘ったのも、自分に絶対の自信があるから。自分を娶る力量もないと、確信さえ持っている。
ああ、それは正しいさ。今の俺は未熟、ここでこの女を襲っても犯罪者で終わるだけ。自分を下げる行為にしかならない。
「おやすみ、お姫様」
「王子様も、よい夢を。また明日、お逢いしましょう」
後継者争いに、確たる自信を持っている。女の自意識過剰ではない、多分何か切り札がある。
それを認識しながら、俺はこの女の血を手に入れると決めた。弟でも両親でもなく、カレン・ウィリアムズを手に入れる。
性欲に似た、激しい情熱。男はどこまでいっても、馬鹿な生き物だ。我ながら、笑ってしまう。
けれど、女に認められない男なんて価値はない。何としてもこの戦争に勝って、男を上げようと思う。
<続く>
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