とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十五話
                              
                                
	
  
 
 ベルリンで起きた、爆破テロ事件。テロリスト達はドイツ国民や外国人観光客を巻き込んで、アメリカの大富豪の子供達を殺そうとした。 
 
長女カレン・ウィリアムズに、次男カイザー・ウィリアムズ。彼らが夜の一族の後継者候補である事を知る者は、少ない。 
 
爆破テロ事件には俺まで巻き込まれて、爆弾処理に吸血鬼退治、銃を持ったテロリスト達を相手に戦い、重傷を負った。 
 
 
命は何とか取り留めたが、身体は死に体。手は動かず、足腰は立たない。体力もなく、呼吸をするのもやっとの状態だ。 
 
 
重い代償の果てに助け出した少女は、どうやら元気になったらしい。向こうから連絡してくるとは思わなかったが。 
 
忍やすずかに声を出さないように目配せして、受話器を取り上げる。利き腕が利かないと、電話するのも不便だ。 
 
 
「日本語が上手なんだな。あの時必死で英会話する必要はなかったか」 
 
『貴方とお話がしたくて、学びましたの。生きておられると、確信しておりましたので』 
 
 
 ……こいつらの学習能力は異常だ。一つの国の言語を、興味本位で半月も経たずに覚える事が出来るとは信じられない。 
 
俺の学習能力が足りないだけかもしれないが、今でも英会話にすら苦労しているというのに。 
 
 
待て、俺が生きていると分かっていた……? 
 
 
「何故、俺が生きていると知っていたんだ。表向きは死亡扱いされていたんだが」 
 
『この情報社会で、高度な情報収集能力が無ければ到底生き残る事は出来ませんわ。 
ウィリアムズ家では、アメリカ合衆国を中心に構築された情報機関を有しておりますの。 
国際規模の爆破テロ事件とはいえ、日本の一市民である貴方が世界的に取り上げられるなんて、明らかに異常ですもの。 
 
情報の真偽はさて置いても、情報の出所を調べるのは当然です』 
 
 
 受話器越しであるのに聞こえたのか、月村忍が俺を見つめて頷いている。こいつもどうやら独自で調べていたらしい。 
 
俺が大怪我を負って苦しんでいる間に、世界は俺の情報を巡って錯綜していたようだ。事件は既に俺の認識を超えつつある。 
 
何よりも、と前置きしてアメリカの少女は俺に話し掛ける。甘やかな熱を秘めた声で。 
 
 
『わたくしを助けて下さった王子様が、あのような卑劣な賊共に殺される筈がありませんわ』 
 
「……大袈裟だな」 
 
 
 うわ、今度は妹さんが熱心に頷いている。俺の生存を、世界の誰よりも信じて疑わなかった少女。 
 
実際は生死の境を彷徨った挙句、ドイツの吸血鬼の力を借りて何とか生き残った形。お世辞にも、カッコイイとは言えない。 
 
俺を救った張本人であるカーミラは、主として当然だと言わんばかりに御満悦であった。 
 
 
『先程は御挨拶も出来ず、本当に申し訳ございませんでした。命の恩人である貴方に礼も言えず、心苦しく思っておりましたの。 
よろしければ今宵、わたくしに貴方の貴重な御時間を頂けませんか? 是非、御礼をさせて頂きたいのです』 
 
 
 一語一語を逃さず、吟味して聞き取る。警戒し過ぎかもしれないが、此処は敵地だ。気をつけるに越した事はない。 
 
呼び出して罠を仕掛ける感じではない。礼をしたいという気持ちにも、嘘偽りはなさそうだ。 
 
 
――そう思って警戒を解いたら、久遠と夜天の魔導書を奪われてしまった。 
 
 
「礼なんて別にいいよ、気持ちだけで充分だ。あの事件では、俺もどちらかといえば巻き込まれた口だからな。 
むしろ、礼を言いたいのは俺だ。あの時協力してくれなければ、人質は助けられなかった」 
 
『謙虚ですわね。日本人の美徳でもあり、欠点でもある。 
これから先世界に名を馳せたいのであれば、己の手柄は主張するべきですわよ。 
 
貴方はこのわたくし、カレン・ウィリアムズを助けて下さったのですから。これほど名誉な事はありません』 
 
 
 ……海鳴に流れ着いてそろそろ半年になるが、これほど自己主張の強い女にお目にかかった事はなかった。 
 
海鳴の連中は謙虚な人間が多く、異世界の面々は自分の役割に徹底していた。プレシアやフェイトは、自分すら省みなかった。 
 
不快感は感じない。むしろ、新鮮でもある。最近ヘマが多くて自分に自信を失っていたが、俺も昔はこういうタイプの人間だった。 
 
 
「なるほど――俺が王子なら、君は御姫様かな?」 
 
『お伽噺では貧しき身分の者が王子様と結婚するのですが、現実は逆になりますわね。 
由緒正しき家の姫が、日本の若者と結婚する。ハッピーエンドは同じですわ』 
 
「随分と、気に入ってくれたみたいだね。幻滅されないようにしないといけないな」 
 
『だからこそ、お互いを知るべきではなくて? 今晩、二人きりで語り合いましょう』 
 
 
 アメリカの御姫様からの、夜会の招待。うら若き乙女が気恥ずかしくも、一人の男性を部屋に招いている。 
 
ハニートラップという言葉が脳に浮かんだが、仮にも夜の一族の後継者候補が自分自身を囮にするだろうか? 
 
これが罠ならば、末恐ろしいというしかない。ロシアの少女とは別格の危なさ、艶やかに刺を光らせている。 
 
 
このまま親交を深めるべきか――変わりつつある自分の心が、迷いを見せる。 
 
 
昔なら即座に拒否したが、今は他人との関係に興味を持っている。女との色恋沙汰という意味ではないのだが、男である以上関心はある。 
 
問題は、この関係が後々どう戦局に影響を及ぼすのか。彼女と一夜を共にするのは、アメリカと協力体制を結ぶ事に繋がる。 
 
孤立無援な戦いでアメリカの支援を得られるのは、正直非常に心強い。戦況は、一気に変わるだろう。 
 
何より、親しくなればアメリカの血が得られる。体液のやり取りすら可能ならば、血を吸うのも難しくはない。 
 
 
うーむ――むっ? 
 
 
「ふわっ!?」 
 
『? どうかなさいまして?』 
 
「い、いや、何でもない」 
 
 
 いつの間にか忍が俺に背中から抱きついて、首筋に牙を突き立てる。甘い唾をまぶした舌で、丹念に舐めとりながら。 
 
絶対に逃さないとばかりに俺の着るシャツをまくり、素肌に自分の手を這わせる。冷たくて気持ちいいが、声が出そうになる。 
 
電話中に何しやがるんだ、こいつ。こ、こら、ズボンの下に手を――うひゃっ!? 
 
 
(何の真似だ、コラ!) 
 
(私が告白したらすぐに断ったのに、彼女の誘いにはどうしてそんなに悩むのかなー? 
恩を傘に着せて玉の輿にでも乗るつもりなの、侍君) 
 
(そ、そんなつもりは……) 
 
(性欲を満たしたいだけなら、私が今晩相手をしてあげる。だから、行かないで) 
 
 
 切実な声色だった。電話越しよりも、間近にいる女の匂い立つ色香にクラクラする。忍は、本気だった。 
 
理屈も何もなっていないが、女の立場からすれば当然かも知れない。再会したばかりの男が、友人ですらない女に傾きつつあるのだ。 
 
妹さんは俺を見つめるのみだが、その無感情さが逆に怖い。俺に悪意を持つなんてありえないが、見られると罪悪感が出てしまう。 
  
だけどまあ、これで目が覚めた。ひとまず後頭部を思いっきり後ろにぶつけて、忍を黙らせる。 
 
 
「是非、お招きに預かるよ。色々と、話を聞きたい」 
 
『ありがとうございます、楽しい夜になりそうですわね。こちらから迎えを寄越しますので、少しの間お部屋でお待ち下さいな』 
 
「分かった」 
 
 
 受話器を置く。そして、真っ赤になった額を押さえて涙目な忍に目を向けた。やれやれ、こいつは何処でも相変わらずだ。 
 
 
「浮気者」 
 
「付き合ってねえだろう」 
 
「あそこを噛んでやる」 
 
「何を吸うつもりだ!」 
 
「アリサちゃんに告げ口してやる」 
 
「やめて、余計に話がややこしくなる!?」 
 
 
「剣士さん、これは罠です。絶対に、行ってはいけません」 
 
「……それって、何か根拠があって言ってる?」 
 
「ありません」 
 
「ありませんって、堂々と!?」 
 
 
"下僕。お前は私の下僕になるのは拒否して、あのような小娘に誑かされるのか!" 
 
"お前もいちいちうるせえな!" 
 
"日本のみならず、アメリカも火の海としたいようだな。覚悟するがいい" 
 
"権力者が宣戦布告するな!?" 
 
 
 ぬおお、孤立無援なのに場外からブーイングが来てしまう。何なんだ、この限りなく無意味な修羅場は! 
 
盛大に溜息を吐いて、何とか女達を宥める。別に何の考えもなく、女の部屋にお邪魔するのではない。 
 
 
「別にお招きに応じたからといって、ベッティングする訳でもねえだろう。探りに行くだけだ」 
 
「探るって、何の?」 
 
「情報機関を独自に持っていると言ってただろう。だったら俺よりもまず、妹さんの事を調べているはずだ。 
当然、妹さんやファリンの変化も調査済み。その上で何の対策もなく、のこのこ会議に参加すると思うか?」 
 
「! アメリカ側にも、何か考えがあるということ?」 
 
「会議の前に、男を誘う余裕ぶりだぞ。必勝といっていい、切り札を持っている」 
 
 
 恐竜が相手だと分かっているのに、無策で戦うなんて自殺行為だ。相手を噛むにしても、相手を知らねば始まらない。 
 
師匠のような強者でも、事前準備は怠らないそうだ。それこそ自慰の回数まで徹底的に調べて、標的の隙を狙う。 
 
弱者ならば、弱者なりの戦い方がある。直接的な戦闘行為を禁じられている以上、戦いになる展開すら避けなければならない。 
 
相手を知るためには、相手の懐に一度飛び込まなければならない。 
 
 
「……話は分かったけど、話を聞いた以上そのまま帰してはくれないよ?」 
 
「そこで忍、お前に頼みたい事がある」 
 
「私に!? いいよ、何でも言って!」 
 
「……すげえワクワクしているな、お前……」 
 
 
 妹さんには、頼めない。彼女が俺の傍を離れたのは、自分の立場を自覚しているからだ。 
 
こうして夜部屋に偲ぶのも、相当危険な行為。それでも顔を見せてくれたのは、彼女なりの義理だろう。 
 
お互いに分かり合っているから、お互いに何も言わない。妹さんも仲間はずれにされて、不満な顔一つ見せなかった。 
 
ただ、アメリカ相手に戦いを挑む前に―― 
 
 
 
「――ウサギの声が聞こえる。この部屋かな〜?」 
 
 
 
 的確に俺の部屋をノックする、ロシアの暴君をマジ何とかしなければならない。 
 
ノックされただけで、映画のホラーよりも震え上がったけど。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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