とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十三話







『一つ、質問しよう。恐竜を相手に、蟻が勝てる可能性は何%だ?』

『0だろう。強弱以前に、生物としての差がある』

『それが分かっているのならば、早く日本へ帰れ』

『そこまで勝ち目がないのか、俺は!?』


『お前が恥じるべき点は弱さではない。お前自身の、強さに対する認識の甘さだ』


 修行を行う前の話。意地も見栄もかなぐり捨てて、俺は御神美沙斗に教えを請うた。自分の至らなさを正し、やり直す為に。

他人でなければ見えない点がある。一流の剣士である彼女は、実に的確に俺の急所を抉り出した。


分かっていたつもりでも、分かろうとしなかった事。理想と現実の違い、自分自身の弱さの詳細。


『強さには段階というものがある。剣士も然りだ。
私はお前と戦った事はないが、お前自身の力量は見極められる。

今のお前は、一般人レベル――学校の部活動などで、毎日剣を触っている程度の代物。

暴力沙汰に縁がなく、日々平和に生きている人達なら強いと認識される段階だ。
今まで生き残れたのは、単なる運。しかも強運ではなく、人並の運。天秤が揺れるだけで、簡単に不運へと変わってしまう。

今のお前はもう、運にさえも見放されつつある』


 通り魔事件、ジュエルシード事件、守護騎士達との生活。そのどれかが欠けていれば、こいつに殴りかかっていた。

自分が弱いのだと認めていなければ、平常心を保つのは無理だっただろう。御神の評価は、剣士の恥でしかなかった。


そして恥を感じる今の俺を、御神は哀れみを込めて見つめる。


『日本への帰国を、何故私が薦めていると思う? 安全だからだ』

『だから、俺は強くなりた――』

『安全な世界でしか、お前の剣は通じないと言っている。一般的な日常生活を送る上では、何の問題もない。
自分の弱さを理解していながら、日本を離れて海外へとやって来た。行動力は認めるが、認識力の無さには目を覆う。

通り魔に肩を砕かれた時、お前は気付くべきだった』


 通り魔事件が起きたのは、今年の春。二月から三月にかけての出来事、今から三ヶ月以上前の話。

確かにあの時も、自分の弱さを恥じてはいた。でも同時に、自分の可能性を信じていた。

自分は強くなれるのだと、愚かしくも疑わなかった。


『まずは剣士として名乗れる、最低限の技量と経験を積む事。練習あるのみだ。
才の無い一般人でも到達出来る、級位というものがある。最低限の実技や知識の審査を受けて、初めて授与される』

『今更剣道から始めろというのか!?』

『それがお前の本音であり――傲慢だ。心の何処かで、お前は自分の弱さを認めていない。
子供達と並んで剣を振る事に、恥を感じている。人並み以上には至っているのだと、自惚れているのだ。

その結果取り返しの付かない事態となり、癒えない傷を刻んでしまった』


 自分の身体を顧みる。利き腕は壊れて、もう片方の腕も上がらない。足腰は弱り、車椅子や松葉杖が無ければ動けない。

集中治療を繰り返して皮膚は枯れ、肉は削がれ、骨まで弱っている。生命力を限界まで費やして、老人のような形相になっている。

こんな身体に、健全さはあるのか? どうしてこうなってしまった!?


『六級から一級までの級位、その次は初段から八段までの段位がある。初段から三段になら、努力のみでも辿り着ける。
剣を生業に生きていくのは難しいが、その辺りについては環境にも寄るので一概には言えない。

ちなみに三段の合格率は約50%、半数の人間が脱落する』

「つまり、三段より上の人間が――所謂、天才に該当すると?」


『所詮目には見えない概念、精密に測るのが難しいが、個々の才能にも差は生じる。本当に何の才能もない人間なんて、ごく僅かだと思う。
ただこの世に生きる人間の多くは、努力を積み重ねてもすぐに限界が訪れてしまう。

限界に達してしまった者は強くなる為ではなく、弱くならないように努力するしかない』


 御神美沙斗の話は、俺自身が感じていた不安を形にしてくれていた。自分の限界が分からないから、強くなる事を恐れてしまう。

他人に師事したところで、強くなれないのではないか? 意地や見栄以外に、そうした不安も心理的ブレーキをかけていた。

こうして踏み出せたのは、迷っている間に全て奪われたからだ。


『お前のいう天才とは恐らく、この上に達した人間だ。武の才能と、才に見合った努力を積み重ねた者。
努力した分、強くなれる。行動した分、経験を積める。強くなれる機会に、恵まれる。

立場だけではなく、あらゆる分野において人の上に立てる存在だ』


 高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて。才能に恵まれ、幼少時より魔導の才を発揮している者達。

クロノ・ハラオウンは十代半ばで執務官に立身出世し、大魔導師プレシア・テスタロッサは己の望みで世界すら揺さぶった。

絶対に勝てないと思い知らされた、存在。今のままでは、見上げるだけ出来ない。


『そして、世の中には天才を超える存在がいる』

『天才以上!? そんなのがいてたまるか!』


『"夜の一族"』


 天才は、人でも成れる。けれど、人である以上――"人"は、超えられない。


『恐竜を相手に、蟻が勝てるのか?』

「……」


 崩れ落ちた。現実なんて、知りたくなかった。知ってしまったら、勝てない事を理解させられる。

御神美沙斗は厳しい人だった。厳しさとは、分かりづらい優しさなのだと、心が震えるほど感じさせられた。


泣きたくなった――あまりにも、嬉しくて。


『勝つことは、出来無い。だけど、齧り付くことが出来る』

『死ぬだけだ』

『蟻でも噛み付かれたら、痛みは感じる。噛り続ければ、一滴くらいは血を流してやれるさ。
その血を、思う存分飲み干してやる』


 帰るべき場所の、懐かしき匂い――"海鳴"の優しさ。それに触れて、初心を思い出す事が出来た。

必ず勝つのだと、誓ったのだ。現実なんて知るものか。生き続けても、夢を失えば死んだも同然じゃないか。


どうせ死ぬのなら――やりたい事を全部やって、死んでやる。


『俺は蟻じゃない、剣士だ。化物相手に斬りつけて、血を流してやる。
頼むよ、俺を強くしてくれ。剣道では間に合わないんだ!』

『死ぬぞ』

『これ以上、間違えるくらいなら――死んだほうがマシだ!!!』


 弱いから、間違えたのではない。間違え続けたから、弱くなってしまった。だから、俺は自分の弱さを受け入れる。

過ちを認めて初めて、人は強くなれる――多くの"他人"が、俺に教えてくれた。


  今度は俺が一人の他人として、クリスチーナに教えてやる。痛みを、持って。


『私には、目的がある。その目的を果たす為だけに、私は生きている』

『……?』

『お前の成すべき事、やるべき事に、私は何の興味もない。お前が強くなれるかどうかにも、関心はない』

『――』

『だが、お前に死なれるのは困る』


 ハッとして顔を上げると、不器用な微笑みを浮かべて御神美沙斗は頷いてくれた。

意地も見栄も、プライドも捨てたからだろう。泣きそうになった。瞼を震わせて、必死で嗚咽を噛み殺した。


『私を師事するのではあれば、ここで誓え。私の許可なく、死ぬ事は絶対に許さない。
生きるために、生を尽くせ。死を求めて戦うな。死中に活を求めろ、いいな?』

『分かった』

『声が小さい!』

『は、はい!!』


 何もかも捨てると、人は卑屈になってしまうのだろうか? 俺ともあろうものが、みっともない声を上げてしまった。

剣の師匠となった女性は、早速弟子に課題を突きつける。


『宮本良介、お前に最初の試練を与える』

『な、何でしょう……?』

『私がいいと言うまで、剣に関する一切の行為を禁止する。戦闘も禁止、鍛錬も何もかも全て禁止だ。
リハビリは特別に認めるが、トレーニングも禁止だ。禁を破れば、即破門だ』

『わ、我が師よ……世界会議に参加すれば、マフィアの跡取り娘が俺を殺しに来るのですが……!?』


 弟子入りした意味が全く無いし!? だったら、日本に帰って道場の門を叩いた方がいいだろう!

剣を封印されたら、俺は戦う手段が全くなくなる。

なのに、この師匠ときたら――


『試練だと言っただろう。そもそも、今のお前は身体もロクに動かす事が出来ない。剣を教えても無駄だ』

『いや、それはそうだけど、鍛えられる部分はあるだろう!?』

『勿論だ』


 あっさりと頷かれて、逆に面食らった。本当に、手も足も動かないこんな俺が強くなれるのか?

縋るような目をしていたのか、師匠は穏やかな顔で俺の頭を指さす。


『鍛える余地は、ここにある。私の学んだ剣術を、まずは頭に叩き込め。戦い方を、知れ。
一字一句を皺になるまで、脳に刻んでやる。物覚えが悪ければ、身体を刻んでやる』

『体罰じゃねえか!? クリスチーナは銃を持ってるんだぞ。知識だけじゃ、勝てない!』

『強くなりたいのなら、とにかく必死で逃げ回れ。ヒントをやろう。


みえないものを、みろ。みえるようになれば、この試練の意味が分かる』















「ウッサギー、ウッサギー、ウサギはどの部屋に、いるの、かなー?」

「……分からねえ、全然分からねえよ、師匠……」


 世界会議の開催、そして――夜も眠れない日々が、始まった。















 


















































<続く>







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