とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十四話
夜の一族の、世界会議。会議の列席者が一同に集い、悠久の時を経て顔を合わせる。吸血鬼達の宴が、始まろうとしている。
幻想の住民達が出演するお伽噺に、傷だらけの人間が一人混じる。物語を色褪せる要素は観客のみならず、出演者達さえ嫌悪する。
場違いなんてレベルではないが、俺は堂々と胸を張っていた。敗北感を感じる必要はない、物語の主役は最初から英雄だった訳ではない。
桃太郎は鬼退治をして、主人公と認められた。血を吸う鬼を狩るのは、刀を持った剣士だということを教えてやる。
メインキャストが集められたからといって、会議がすぐに行われたりはしない。舞台の用意が整ったのだというだけだ。
挨拶一つもせずに一同は解散、決戦となる城の中で一夜を過ごす。一応会議に招かれた俺にも、部屋は用意されている。
夜の一族の大事な会議に呼ばれたとはいえ、彼らに宣戦布告をした身。屋根裏部屋でも充てがわれるのかと思ったのだが――
「……さすがに、そこまで低俗ではないか。場違い感が半端じゃないけどな、この部屋も」
古城とは到底思えない、高級スイートルーム。日本の日常感なんて微塵も感じさせず、最高の空間が広がっていた。
過ごす人間は一人なのに三部屋分の広い室内、綿のリネンを使用したキングベッドに、二つの大型バスルーム。
寝室とは別にラナイ付きのリビングルームや客室も用意されていて、居心地の良い空間に仕上がっている。
バスルームを覗くとクローゼットにドレッサー、ガラスのシャワーブースと広いバスタブまで用意されていた。
「こんな部屋で毎日過ごしていたら、金銭感覚だって狂うだろう。日本に帰れるのか、心配になってきた」
手荷物は一つだけ、日本から持ってきた荷物類の大半は失われてしまった。刀も折れて、携帯電話も損失している。
変わらず持っているのは己の命のみ、この生命を保つべく肉体は激しく損傷してしまった。手は動かず、足に力が入らない。
通常贅沢な部屋は苦手意識を覚えるのだが、正直弱り切った身体にはありがたかった。客に不自由を感じせないように、作られている。
ただ広い部屋というのものは――否が応にも、一人になった事を痛感させられる。
「気軽でいいけどな」
キングサイズのベットに、横たわる。強がりではなかった。何もかも失い、俺は全てを捨てる事で新しい選択が出来た。
一人にならなければ、絶対にこの選択は出来なかっただろう。恵まれているから、何もかもを手に入れられるのではない。
そういう意味では、彼女達は哀れだった。夜の一族の後継者達、彼女達は失う事すら許されないのだから。
この身には戦う力も無くしてしまっているけれど、戦う手段は頭に叩きこまれている。傷の痛みと共に、脳に刻まれた。
恐竜を相手に、蟻はどう戦っていくか――勝てないと知りながらも、考えなければならない。
「夜の一族の後継者を決める、会議。参席するのは認められたが、今のままでは誰も俺の言う事に耳を傾けてはくれないだろう。
俺の存在が認められない事には、血も与えられない。発言力が必要だ。
特にイギリスとフランスは同盟こそまだ結んでいないが、協力関係にはなっている。二カ国を相手に、一個人では太刀打ち出来ない」
ドイツは純血に近しいカーミラの存在、ロシアはロシアン・マフィアの暴力、アメリカは一国を牛耳る富を力としている。
日本は純血種たる、月村すずかの存在。ノエル・綺堂・エーアリヒカイトとファリン・綺堂・エーアリヒカイト、二人の自動人形。
どの国々も世界会議に相応しい存在感と、絶大な発言力を持っている。何も持たない俺の存在なんて、あっという間に霞んでしまう。
女帝は正々堂々と俺を迎え撃つだろう。発言力の差は圧倒的だ、恐竜と蟻が戦っても勝てる筈がない。
「唯一チャンスがありそうなのは、月村すずかとファリンの人間性を問う場面か。各国が攻めに転じるのも、恐らくここだ。
妹さんとライダーが人間らしくなった事を事前に知っていても、直接見ない事には判断できない。
さくらでさえも驚く変化ならば、意表をつけるかもしれない。その隙を狙って――」
月村安次郎の存在も、思わぬ形で会議の場を崩す要素をなるかもしれない。奴がこのまま諦めるとは、到底思えない。
ドイツに協力を求めようとしていたようだが、カーミラがあの男を受け入れるとは到底思えない。だが、あの娘はまだ当主ではない。
あの男もまた、一人ではない。秘書のドゥーエ、彼女の動きも気になるところだ。抜け目のない女性だ、何らかの手立てを打ってくる。
テロリスト達の暗躍もある――世界会議は、思った以上に荒れそうだった。
「……孤立無援か……」
あらゆる勢力下の中で、個人であるのは俺一人だった。その事実に以前は落ち込んでいたが、今は不謹慎にも燃えている。
敵が強国であるのならば、この戦いは文字通り国盗りだ。この現代で、世界を相手に行える。男として、喜びを感じずにはいられない。
求めていた天下は、此処にある。天下無双は望めなくとも、一人の剣士として大将首を討ち取ってやる。
無論、これは遊びではない。ゲーム感覚で挑めば、簡単に抹殺される。緊張感を高めて挑まなければならない。
一同が集結した際誰とも話していないし、部屋番号も教えていない。接触は念入りに避けて、足取りも追えないように気を配った。
この城はとてつもなく、広い。俺の部屋を探し出すのは不可能だ。だからこそ、傷ついたこの身体を休められる。
今、誰かに襲われたらどうする事も出来ない。一人で居るのがベストだ。一人でも戦うと、決めたのだから。
「剣士さんはこの部屋だよ、お姉ちゃん」
「ありがとう、すずか――侍君、貴方の愛人が遊びに来たよー!」
――ベットから転げ落ちた。く、くそ……妹さんめ、俺の"声"を聞いたのか……
遠く離れていても、俺の生存を知っていたのだ。城がどれほど広くても、あの娘ならば簡単に分かるのだろう。
護衛としてはこれ以上ないほど最適な能力だが、今の状況では非常に迷惑だ。無視すれば妹さんはともかく、姉が騒ぎ立てる。
渋々ドアの鍵を開けてやると、月村忍が両手を広げて俺に飛び込んできた。
「やっぱり生きていたんだね、侍君! よかった、本当に……この人はほんと、乙女心を弄ぶのが好きなんだから!
侍君、侍君、侍君――あれ、息をしていない?」
「……いいからどけ、重てえ。怪我人なんだぞ、こっちは」
日本人離れした抜群のスタイル、豊満な胸や尻も、足腰が立たない男にとっては単なる重しだった。
松葉杖や車椅子無しでは歩くのも難儀な身体では、力尽くで振りほどけない。女の柔らかな感触を、苦痛と共に味わうしかない。
感激の抱擁を充分満喫して、ようやく俺の状態を気付いたようだ。抱きついたまま、照れくさそうに笑う。
「あはは、ごめんね。久しぶりの侍君に、ついはしゃいじゃって。
ニュースで何回も侍君の顔は見たけど、やっぱり本物が一番だね。もうちょっと、楽しんじゃおっと」
「――妹さん、邪魔だからどかせて」
「ごめんね、お姉ちゃん」
「わわっ!?」
忠実な護衛さんは姉であろうと、容赦はしない。背後に回り、全身を使って姉の上半身を強引に持ち上げた。
女の子の小さな手では、これほどの力は発揮出来ない。腕力だけではなく、力の使い方を熟知している。
ちょっと目を離しただけで、妹さんは進化していた。この娘ならば、その辺を歩いているだけで強くなるキッカケを得られるのだろう。
こんな妹さんだからこそ、早々とバレただけだ。他の連中には、俺の居所は――
『下僕、いいワインが手に入ったの。少し早いけれど、我らの未来を祝して飲みましょう』
『ぶっ!? な、何で、まだ血の繋がりが――』
『お前の中には、私の血があるのよ。何処に在ろうと、死が二人を分つまで繋がりが途切れる事はない』
婚約者のいる花嫁が、他所の男にこんな言葉を告げてもよいのだろうか……? 言葉に甘い毒をのせて、ドイツの御嬢様が語りかける。
以前は抵抗していたカーミラの血も、今では完全に馴染んでいる。彼女が受け入れてくれた証拠なのだが、主従関係なのがどうにも。
以前は繋がりが途切れてしまったが、傷も癒えてこうして遠くからでも話せるようになったらしい。カーミラは、健在だった。
ドイツの吸血鬼の復活、敵だらけの俺には最悪のニュース。なのに、こうして声が聞けて――不覚にも、安堵してしまった。
『……お前が私に生きろと言ったのよ。下僕の分際で、主に向かって偉そうに。生きて、責任を取りなさい』
『はいはい、御嬢様』
『フン』
血の繋がりがある以上、俺の感情は相手に伝わる。カーミラの生存を喜ぶ気持ちが、伝わってしまったらしい。
羞恥心に隠された少女の喜びが、血を介して届いてくる。敵であっても、お互いの無事を喜べるというのはいいものだ。
憎み合うだけの関係なんて、不毛だ。ドイツの貴族を、堂々と討ち取ってやる。
それにしてもカーミラにまで居所がばれるとは……まあ、何の繋がりもなければ大丈――
『ウサギー、美味しいお菓子を持ってきたよ! 何処にいるのー?』
「ウサギ……? そんなの、持ち込んで――むぐっ!?」
(静かにしろ! 妹さんも、絶対に声をあげないように)
鍵はかけてあるが、油断は出来ない。お菓子と銃をぶら下げた少女が、歓喜と殺意をまき散らして部屋の外を歩いている。
ロシアン・マフィアの後継者、クリスチーナ。無邪気な声が分厚いドアを隔てて、俺の耳に届く。甘い声が背筋を震わせる。
綺麗な花には毒がある、よく言ったものだ。蜜を求めて飛びつけば棘が刺さり、華の毒に苦しんで死ぬ。
妹さんも頷くのみで、声も上げない。敵の脅威を、正確に認識していた。
(……何で俺の部屋がこの階下だと分かったんだ……?)
探し求めている以上、部屋番号までは分かっていないらしい。となれば、勘のみを頼りに此処まで辿り着いたというのか?
ありえない、とは言えない。見た目は愛らしい少女だが、相手は暴力の世界で生きてきた殺人姫。標的を探す能力に長けている。
戦闘を禁じられている以上、逃げるしかないのだが――果たして逃げ切れるだろうか?
何はともあれ、今は身を潜めるしかない。嵐が過ぎ去るまでは、音を立てずに部屋で籠城する。
"声"に血に勘、夜の一族の後継者達の恐るべき感性。正直、俺はまだ侮っていたかもしれない。
部屋に設置されている電話が不意に鳴り、慌てて飛びついた。何がキッカケでバレるか、分からない。
「もしもし」
『わたくしの声が分かりますかしら、王子様』
聞いた事もない声色に口調、当然だ。あの時は切羽詰まっていて、これほど優雅に話しかけられる状況ではなかった。
アメリカの大富豪の娘、カレン・ウィリアムズ。テロリストに襲われていた娘。
孤立無援の戦い。手を組める相手があるのだとすれば、それは――
<続く>
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