とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三十二話
7月、ドイツ連邦共和国で起きた爆破テロとフランス大財閥の御曹司誘拐事件。二つの国際的ニュースは、世界を震撼させた。
爆破テロ事件は一般市民を恐怖に陥れ、誘拐事件は権力者達の肝を冷やす。噂は噂を呼び、憶測や推測が世界中で飛び火する。
事件そのものは火種でしかなかった。平和な歴史を歪めたのはその時代に生きる人々であり、人間の恐怖が不安を増大させてしまった。
――夜の闇を脅かすほどに。テロリスト達の目的は夜の一族、歴史の影を生きる彼らはすぐに気づいた。
夜の一族が人間達に狙われるのは、珍しくはない。人はその臆病さ故に、異端を力尽くで排除しようとする。
そして、人は欲望も持っている。霊長類の長を自称する人間は自らを高めるべく、夜の一族の血を求める。
血を根源とする彼らは絶対的な能力と、不老に等しき長寿を持っている。不老不死は人類の夢、何時の時代であろうと求められる。
夜の一族の、世界会議。世界中から訪れる欧州の覇者達の血、それがテロリスト達の目的だった。
首都ベルリンで起きた爆破テロ事件ではアメリカの一族が襲われ、誘拐事件ではフランスの一族が攫われそうになった。
関係者一同から見れば、彼らの目的は一目瞭然。目的が達成されていれば、世界会議に幾つもの空席が出来ていたのは間違いない。
テロリスト達の悪意を阻止出来たのは、皮肉にも同じ人間だった。夜の一族との契約すら破棄した、無関係な人間。
その人間の目的も、欧州の覇者達の血であったというのだから――実に悪質で、笑えない話だった。
テロリスト達は囚えられたが、テロ組織そのものは健在。テロ活動を阻止した人間は戦いの末に死亡したと、ニュースで流れた。
欧州の覇者達は選択を迫られる。彼らが一堂に会するのは、世界会議のみ。会議の開催は、決して絶対ではない。
世界会議の開催がテロ組織に発覚しているのならば、会議を延長するのも一つの選択肢。逃げるか、戦うか、選ばなければならない。
彼らは、懸命だった。暴挙には決して出ない。長らく世界の闇に隠れて生きた彼らは知識を蓄え、生きる知識を育んでいた。
夜の一族の血を継いでいく事が、最上の使命。血筋を絶やしてはならない。危険だと分かっているのならば、飛び込むべきではない。
利口であった彼らを貶めたのも、また――愚か極まりない、人間だった。
"絶対に同盟なんて破棄させてやるからな"
"いいだろう、その喧嘩買ってやるよ。お前は今から、夜の一族の敵だ"
テロリストには屈さない、血を狙うのであれば誰であろうと敵だった。
世界会議は、予定通り開催される事になった。開催場所も変えず、期日も改めない。全てにおいて、予定通りに事を進める。
後継者争い、テロリストの暗躍、一族の敵との正面対決――この戦いの行く末により、世界の未来が変わる。
500年以上の歴史を誇るドイツのメルトベルク城。森林に囲まれた広大な敷地に建てられた、古城。
幽玄の山間に浮かぶ中世の城は古くとも外観は美しく、内装の豪華さには目を見張るものがある。
権力者が城を保有するのは珍しい話ではない。外からは普通の古城に見えても、中をリフォームされて最新設備が揃えられている。
住居目的であるのは勿論、ビジネスとしての目的にも適している。各種のプライベートも楽しめる作りとなっているのだ。
この巨大な城は夜の一族の所有物であり、建て替え工事が繰り返されて現在もその威容を知らしめている。
城とは敵を迎え撃つ際の構造物、指揮官の居所であり、政治や情報の拠点でもある。世界会議の開催場所には、相応しい。
メルトベルク城での開催こそが、敵に対する宣戦布告。不意の攻撃や戦力投入にも対抗する、明確な意思表明。
敵に対する前線基地であり、世界を牛耳る権力者達の滞在先でもあった。この城に、欧州の覇者達が集う。
日本の一族、綺堂さくらと月村忍。夜の一族の正統後継者である、月村すずか。
彼女達に付き従うのは、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトとファリン・綺堂・エーアリヒカイト。二人の、自動人形。
今宵、彼女達は試される側。欧州の覇者達に認められなければ、一族から追放される。崖っぷちに追い詰められている状態。
華やかな衣装で登場した日本の姫君達に、笑顔は一切見られない。敵地への緊張感どころか、不安も恐怖もなかった。
安心しているのではない。支えも何も無い為に、強い風が吹いて倒れるのをただ待っているだけだった。
ドイツの一族、カーミラ・マンシュタイン。そして、婚約者である日本人の男性。
月村すずかに並ぶ、夜の一族の正統後継者。ドイツの吸血鬼は、赤いバラと黒いレースの花嫁衣裳を着飾っていた。
青髪に真紅の瞳、流麗に結ばれた唇。そして、背に生えた漆黒の羽。その美しき姿を、堂々と魅せつけている。
少女の横顔は凛々しく、自信に満ち溢れている。純血種である月村すずかに一瞥も向けず、誇らしげに佇むのみ。
――ただ時折、周囲を伺って誰かを探しているように見える。姿がない不安ではなく、必ずいると確信を込めて。
ロシアの一族、ディアーナ・ボルドィレフとクリスチーナ・ボルドィレフ。ロシアン・マフィアを牛耳る、姉妹。
白いドレスを着た、シルバーブロンドの少女達。妹の瞳は血に染まり、姉の瞳は澄んだ翡翠色をしている。
気品溢れるディアーナと、暴力的な笑みを零すクリスチーナ。荒んだ雰囲気が、倒錯的な美を生み出している。
殺人姫は飢えた獣のように獲物を探し、姉に窘められている。彼女達を護衛するのは、御神美沙都。
寡黙な彼女には珍しく、微笑を浮かべている。事情を全て知る者の笑み、大人の余裕でもあった。
アメリカの一族、カレン・ウィリアムズとカイザー・ウィリアムズ。アメリカの富豪であり、テロリストに襲われた二人。
ショートカットの金髪のお嬢様に、眼鏡をかけたお坊ちゃま。美少女に美少年の、姉弟。二人は大いに不満気だった。
まさに連れてこられたといった感じで、世界会議そのものにも興味はなさそうだった。勝つのは当たり前の世界で生きている。
傲慢ではない。勝利だけを与えられていたのなら、当たり前だった。全てを手にいれているから、飽いてもいる。
誰であろうと勝てるのならば、誇りすらも感じない。敗北も想像できず、確定された未来を待つばかり。
フランスの一族、カミーユ・オードラン。貴公子と名高い少年で、先日危うく誘拐されそうになった被害者。
外見はお堅い王子様、内面は優しい御姫様のような人間。折目正しい衣装を着て、静かに開催を待っている。
常に優雅であれ、付け入る隙もありはしない。有力な後継者がいても怯えずに、正面から立ち向かう気概に満ちている。
当たり前だが――会議の場に、ペットを連れてくるような真似はしない。子狐の姿はなかった。
イギリスの一族、ヴァイオラ・ルーズヴェルト。本国では妖精と讃えられた、美しい少女。
叡智と気品で、磨かれた女性。この世の富貴を味わい尽くした権力者達すら恋焦がす、イギリスの才女。
彼女の手には、一冊の本が手にされている。古代の魔導書、異世界の知識が収められた本を持っていた。
彼女は、後継者争いそのものに興味はない。世界にも人にも目を向けず、時代の流れに身を任せて生きている。
決戦となる場に立っても、少女の心に熱はない。政略結婚すら受け入れた女の子に、前向きな思考は何もなかった。
以上が、夜の一族の後継者候補。この中から一人、夜の闇を支配する者が選ばれる。
彼らの命運を決めるのは彼らの意思と、彼らを生んだ親。一族の代表者達が一斉に集まった。
大人達の中には女帝と呼ばれる老女や、女帝に認められた少女も混じっている。アリサ・ルーウェル、天才の名に相応しい少女。
彼らを見守るのは、一人の老紳士。誰もが彼に敬意を払い、彼は誰であろうと平等に扱う。
彼らを守る護衛達も揃い、戦力も揃えられた。役者達が今、舞台に立ったのだ。
そして――
「っ……やっぱり、生きてた――侍君!」
「――剣士さん」
『だから言ったでしょう、愚かな婚約者よ。私の下僕があの程度で死ぬ筈がない』
「そんな馬鹿な……あの怪我で、どうして!」
「ほーら、ねっ! クリスを置いてウサギが死ぬわけないでしょう、お姉様!」
「貴方の言う通りね、クリス……本当に、驚かされたわ……」
『ふふん、当然ですわ……私の王子様が、テロリスト如きには倒されると思って?』
『……延々と泣いてたじゃないか、姉さ――痛っ!?』
『貴方の言う通りだったわね、カミーユ。彼は本当に、私の運命なのかしら?』
『――あんな身体で来て……君は本当に馬鹿だよ……』
……身体ボロボロなのは、怪我以外にも原因があるんだけどね……くそ、あの鬼教官。
まだ不十分な仕上がりだが、教わった事は無駄にしない。今度は俺が、お前達の全てを奪ってやる。
<続く>
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