とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十六話
                              
                                
	
  
 
 推定年齢17歳、日本男子。この俺が友人と呼べる人間なんて、過去一人たりともいなかった。作ろうともしなかった。 
 
孤立していた。孤独を望んでいた。孤高でありたかった。けれど、決して一人では生きていけなかった。 
 
 
孤児院にいた頃もそうだ――うるせえババアに、ガリにデブ。誰かが必ず近くに居て、他人の存在を常に感じていた。 
 
 
結局の所、甘えていたのだろう。社会に背を向けていたつもりでも、衣食住を求めて他者のお恵みを受けていた。 
 
雑草を食べて、花を吸い、泥水を飲んで、底辺を這い回る。漁っていたゴミだって、他人の手垢がついていたのだから。 
 
 
人が、一人になるのは難しい。ならばこいつらは何故――孤独を感じているのだろうか? 
 
 
「アメリカの一族といえば、ウィリアムズ家だよ。多分君が助けたのは、カレン様とカイザー様だね。 
サッカーボールに偽装した爆弾を処理して、テロリストを全員倒したんでしょう?」 
 
「だから、実質倒したのはロシアのお嬢様だよ。クリスチーナ、聞いた事があるだろう」 
 
「う、うん。ロシアン・マフィア、"殺人姫"と呼ばれている女の子。以前、会った事はあるよ。 
 
あの子、護衛や警備の類をすごく嫌ってたと思うんだけど……君には懐いてたんだね」 
 
「ボディガードというより、ペット扱いされていたけどな」 
 
 
「大丈夫、ボクは君を友達だと思ってるよ」 
 
「安心しろ、俺は全くそう思っていない」 
 
 
「おお、これが日本で言う"ツンデレ"というやつなんだね!」 
 
「お前は日本をどう思ってやがる!?」 
 
 
 フランスの"貴公子"、カミーユ・オードラン。いけ好かないハンサムかと思いきや、実にフランクな野郎だった。 
 
人見知りな久遠が混乱せず、大人しく出来たのも分かる。外見はお堅い王子様、内面は優しい御姫様のような人間。 
 
親しい友人の一人もいないそうで、同年代で恩人だと言うだけで柔らかな態度で接してくる。心の壁が無さ過ぎる。 
 
 
最初こそそれなりに敬意を持って接していたのだが、次第に馬鹿馬鹿しくなってタメ口上等で相手をしている。 
 
 
日本語も上手で翻訳は不要と分かった途端、カーミラは眠ってしまった。仲良くするつもりはまるでないようだ。 
 
俺だって積極的に接してくる人間は苦手なのだが、相手をしない事には事態が進行しない。 
 
 
「お祖父様には、本当に良くして頂いているんだ。今日の婚約披露パーティには是非出席して頂きたかったんだけど――」 
 
「悪いな、代理人で」 
 
「ううん、君が来てくれたお陰で僕は助けられた。本当に感謝してる。 
パーティは延期になっちゃったけど、今度は代理人ではなくボクの友人として来てほしい。 
 
君個人に、ボクの婚約を祝って欲しいんだ。いいかな?」 
 
 
 ――来た、ここが正念場だ。遅かれ早かれ、いずれは絶対に言わなければならない。例え、関係がこじれたとしても。 
 
正直、ここまで友好的に接してもらえるとは思わなかった。予定が大幅に狂ったのも認める。軌道修正だって出来る。 
 
恩人という立場を利用して、ここはその場限りの嘘をついてこいつとの関係を深める。後々を考えれば、そうするべきだ。 
 
 
何事も、まっしぐらに進めばいいというものではない。それは、分かってはいる。散々、痛い目を見たのだから。 
 
 
「……悪いが、そのパーティには出席出来ない」 
 
「えっ、ど、どうして……?」 
 
「俺がこの婚約披露パーティに来たのは、オードラン家とルーズヴェルト家の婚約を破断させる為。 
フランスとイギリスの一族の同盟を阻止するべく、代理人の立場を利用して来たんだ」 
 
 
 馬鹿正直に事を進めばいいというものではない。けれど、いずれは絶対に打ち明けなければならない。少なくとも、当人には。 
 
恋愛結婚なのか、政略結婚なのか、俺には分からない。だからこそ、知らなければいけないのだと思う。 
 
カミーユ・オードランは、思っていたよりもいい奴だった。悪人だったら、義理を欠いてもよかったのだが。 
 
 
「……それって」 
 
「悪いな、本当に――お前の結婚を祝う事は、俺には出来ないんだ」 
 
「君が、ボクを攫いに来たということ!?」 
 
「違うわ!」 
 
 
 思わず、フランスの王子様に拳骨を入れてしまった。キャッ、とオナゴのような悲鳴を上げて突っ伏す。 
 
爆破テロ事件を英雄劇と勘違いした事といい、こいつはどうも少女漫画やお伽噺に夢見ているらしい。 
  
涙目で俺を上目遣いに睨むカーミラが、妙に可愛らしく見えるので困る。いいから、シリアスになれ。 
 
 
「だって婚約披露パーティの席で結婚を反対するというのは、そういう事なんでしょう?」 
 
「百歩譲ってそうだったとしても、男なら女を攫うわ!」 
  
「だから、ボクなんでしょう?」 
 
「は……?」 
  
「えっ……? あ、違っ――そ、そうだね、君が正しいよ! 花嫁を攫うよね、普通は。あはははは!」 
 
「男が花婿攫ったら笑い話になるだろう。何言ってんだ、お前」 
 
 
 顔を赤くしやがって、何だこいつ。友情を超えるのは、女だけにしてくれ。 
 
まあ何にしても、俺の真意は確実に伝えた。これで少なくとも、仲良くする事はもう絶対に出来ない。 
 
極めて脳天気な乙女チック馬鹿なこいつだが、フランスを代表する貴公子。俺の願いには、 
 
 
「君の申し出は分かったけど、それは出来ないよ。婚約はもう決まった事なんだ。 
そもそも、どうしてボクの婚約を反対するの?」 
 
「日本の立場が危うくなるからだ」 
 
「……月村すずか様が君の護衛を務めているという話は、本当だったんだね」 
 
 
 ちっ、既に知れ渡っているらしい。妹さんも隠そうともせずに、俺の傍にいるからな。時間の問題だったのかもしれない。 
 
こちらの態度を明確にした分、カミーユもお気楽に対応はしなかった。節度はわきまえている、こんな俺にも。 
 
取るに足らないと思っていてくれた方が、よかったのかもしれない。複雑な気分だった。 
 
 
「君の言いたい事は分かったけど、それは日本の都合であってボク達一族には関係ない。 
君が月村家や綺堂家を大切に思っているように、ボクもこれから自分の一族を守る立場に置かれるんだ。 
 
私情は挟めない。たとえ、君の大切な人達を不幸にしようとも」 
 
「自分達さえ良ければいいというのか?」 
 
「そうは言わない。でも、君が主張しているのは正にそういう事なんだよ? 
月村すずか様が後継者となれば、夜の一族の実権は握れなくなる。椅子が一つである限り、争いは避けられない」 
 
 
 くそっ、こいつもなかなかわきまえている。上っ面の正義や理想論では、簡単に見透かされる。 
 
優勝者が一人である以上、他の一族が利を得られなくなるのは当然だ。子供で分かる理屈、誤魔化しは絶対に利かない。 
  
さくらや忍達を救うということは、カミーユ達を犠牲にするということだ。犠牲になれと言われて、ハイと言える訳がない。 
  
最初から良い返事がもらえるなんて、夢にも思っていない。話し合いはここからだ。 
 
相手の事情を聞きながら、自分の言い分へと持っていく。利害を正確に把握しなければ、対等にもなれない。 
 
 
「お前の婚約者ヴァイオラ・ルーズヴェルトは、この婚約前から幾つものの縁談が持ち上がっていた。 
彼女はその縁談を一方的に断らず、相手の真意を確かめた。それが何なのか、知っているよな?」 
 
「"私の言う物を持って来る事が出来た人に、お仕えいたしましょう"」 
 
「彼女がお前に提示した物というのは、何なんだ?」 
 
「それを君にわざわざ言う必要はないよね」 
 
「言ったはずだ、俺はお前と彼女の婚約には反対する。パーティでも堂々と言ってやるよ、その上でもう一度お前に問い質してやる。 
その時、お前は果たして同じ言い逃れができるのか。俺は自分の意志を曲げないぞ。 
 
婚約披露パーティには多分、彼女に袖にされたお坊ちゃま達も来るんじゃないか? 彼らの前で見せてもらおうじゃないか」 
 
「っ……意地が悪いね、随分……君はそんな人だったんだ」 
 
「俺は最初からこういう男だ。半端な気持ちで、人様の結婚を邪魔したりしない」 
 
 
 フランスとイギリス、自分の我儘で二つの一族が犠牲になる。それを承知の上で、俺はここまでやって来た。 
 
自分の意志を貫き、他人の意志に左右されない。この理不尽な世界では、そんな我侭も許してはくれない。 
 
先月も先々月も、俺は誰かの都合に流され続けた。結果誰もが皆傷ついて、自分は勝つ事すら出来なかった。 
 
強くなりたいという気持ち、成長するのだという想い。それが誰かを傷つける事になろうと、俺は踏ん張ってみせる。 
 
 
「ボクは、彼女が求めていたものをあげられなかった。それが何なのか分かっていたのに、渡せなかったんだ。 
その時――ボクは持っていなかったから」 
 
「今では持っていると、言いたげだな。半端な嘘は通じないぞ」 
 
「半端じゃないよ。今のボクなら自信を持って、彼女に渡せる」 
 
 
 咄嗟に、俺に寄りかかっていた久遠を抱き締める。昔になくて、今あるものといえばこいつしかいない。 
 
カミーユはキョトンとした顔で俺の挙動を見つめ――クス、とムカツク笑いを見せた。 
 
何だ、こいつ? いやに自信がありそうだ、どうなっている。 
 
 
「違うよ、その子じゃない。ボクが彼女にあげられるのは――」 
 
「ま、まさか、お前!?」 
 
「そうだよ――君を、彼女に紹介する。きっと喜んでくれると思う」 
 
 
 立ち上がって手刀を振りかぶる、が――人差し指を、眉間に突きつけられた。フェンシングの、技術。 
 
俺の手刀は、カミーユの細い首にかかっている。振り抜けば、彼の首を斬る事は出来る。一種即発。 
 
 
カミーユ・オードラン、フランスの剣士はあどけなく微笑んでいる。 
 
 
「……最初からそのつもりだったのか?」 
 
「ううん、君とどんな人なのか分かったから、胸を張って彼女に会わせられる」 
 
「俺を売って、婚約を進めるつもりか」 
 
「君はボク達の婚約を阻止しに来たのでしょう。ならば、彼女にその意思を伝えるべきだ。君もそのつもりだったのでしょう? 
彼女も、君に会うべきだと思う。君はきっと、彼女の運命の人だよ」 
 
 
 話し合いはこれまで、説得は出来なかった。自分の意思を貫いた事で、僅かではあるが展望は開けた。 
 
どうやら、まだまだ俺の知らない事実があるらしい。ここから先は、それを知らなければ進めそうにない。 
 
他人の事情を知って傷ついた事も沢山あったけど、それでも俺は知らなければいけない。 
 
これからは、自分でつながりを作り出す。深入りする危険を知りながら、俺は更に奥へと進んでいく。 
 
 
大事な人達を、置き去りにして。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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