とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十五話
「……え〜と、つまり――
ドイツの吸血鬼にホテルの最上階から落とされ、ロシアのマフィアには命を狙われ、アメリカの富豪を狙うテロリストに撃たれた。
隔離施設で抹殺されそうになり逃走、今度はフランスとイギリスの同盟を阻止すべく此処に来て、誘拐事件に巻き込まれた。
単純に列挙すると、こういう事?」
「うむ、概ね合っているぞ」
「最初の時点であたしかさくらさんに連絡しなさい、この馬鹿!!」
7月は早くも中旬に差し掛かっているが、こうして振り返るとよくもまあ色々と起きたものだ。殆ど未解決のままだしな。
ようやく泣き止んだアリサに説明を要求されて、待ち時間もあるのでドイツで起きた出来事の全てを語った。
事件の詳細を聞く度に驚いたり青ざめたりしていたが、最後まで聞いて人の寝ているベットに突っ伏してしまった。
「……初恋の人が、ダイハード男なんて笑えない……」
「俺だって必死だったんだぞ」
「他人に関心が出てきたのはいいけど、必死すぎるのよ。何であんたはそう極端なの?
こんな事になるなら、空港で別れるんじゃなかった……なんでこんなトラブルメーカーを信じて、別行動取ったんだろう」
「再会するなり、言いたい放題言いやがって。妹さん、何とか言ってやってくれ」
「わたしの言った通り、剣士さんは生きていたよ。アリサちゃん」
「何か自慢気に言ってるし!?」
「分かったわよ、あたしの負け。今度、美味しいケーキをおごるわ」
「お前は、俺が死んでいる方に賭けてたのか!?」
人が死にそうな目にあったというのに、何て奴らだ。俺より堅実に成長しているので、始末に終えない。
夜の王女様は意外にも運動神経抜群で、格闘戦技の使い手。英国の天才少女は女帝に教育を受け、天才性を発揮している。
優れた指導員と経営者に学び、日々強くなっている。前々から思っていたが、俺もいい加減観念して誰かに剣を学ぶべきかもしれない。
心は変わっても、身体は傷ついて弱っていくばかり。今はもう、歩くだけで疲労困憊。ジジイと変わらない。
自分の弱さを認めたのなら、何故強くなる努力をしないのか。余計なプライドが、いつまでも邪魔をしている。
こんな小さな子供を羨むばかりで、自分自身尊敬される人間になろうとしない。上をただずっと見上げてばかりだ。
強い人間は、周りに沢山いる。俺は恵まれている。剣をあくまでも望むのであれば、適任者だっている。
高町恭也、あの男。一度も戦った事がない。戦いを望んでいるのに――機会があれば、と思い直してやめてしまう。
結局のところ、負けるのが怖いのだ。結局のところ、負けを認めてしまうのが怖いのだ。だから、教えを請う事が出来ない。
剣以外に強い人間も多くいる。母を名乗り出たクイントにだって教わってもいい。剣士ではない、そんな理由で師事しないだけだ。
こんな調子では何時まで経っても、強くなれない。死にかけたのにまだ躊躇するなんて、俺はどこまで愚かな人間なのだ。
他人がいても強くなれない。誰かに教わっても無駄――その不安が、胸にこびり付いて離れない。
「とにかく、話は分かったわ。予想以上に事態は逼迫していたけど、取り返しが付かない段階じゃないわね。
夜の一族の会議についても、予定を大幅に変更される事になる」
「会議の予定が変更……? フランスとイギリスの同盟が、それほど影響しているのか」
「会議に大きな影響を及ぼしたのはあんたよ、良介」
「俺!? 俺が何をしたんだよ! 一族の連中もそうだけど、俺を目の敵にし過ぎだぞ!」
「あんたのその自覚のなさと認識の甘さが、一番大きな欠点よ。肝心な所が、少しも改善されていない。
同じ所をずっと、ぐるぐる回っている。何とかしようと努力しているのは分かるけど、今のままだと何ともならないの!」
思考の堂々巡りだと言われて、苦いものを感じた。アリサの容赦の無さは、俺への思い遣りの裏返しだ。
前へと進んでいても、途中で考え直して回り、また同じ場所へ戻ってしまう。そして反省して、また前へ進む。
思考は停止せず動いてはいるが、元の地点へ戻っている。立っているか座っているかの違いなだけで、止まっているのと同じだ。
アリサは涙を滲ませて、俺を強く睨む。護衛であるすずかは俺が傷つくと分かっても、様子を見守ったままだった。
「……公になっていないけど、カーミラ・マンシュタイン様が行方不明。
ロシアンマフィアのボルドィレフ家、アメリカのウィリアムズ家の御息女が、テロリストに殺されかけた。
そして今日、フランスのオードラン様の誘拐――夜の一族の名家を、犯罪組織が狙っている。
当然、会議が行われるのを察して敵は動いている。このまま予定通り事を進めるのは、危険でしょう。
今晩の誘拐事件は表沙汰にはされないけれど、このまま放置は出来ないわ。事態の収拾に向けて、一同に揃わなければならない。
予定が変更されるというのは、そういう事よ」
「なるほど……それで?」
「そして、一連の事件全てにあんたが関わっている。連れ立っているあたしは偶然だと分かるけど、第三者はそう思わない。
犯罪組織は無論の事、夜の一族だってあんたの味方じゃないの。生存がバレれば、間違いなくあんたを狙うでしょうね。
事態の激変は良介にとってはチャンスだけど、ピンチでもあるの。判断を誤れば、今度は確実に抹殺される。
自覚がないなんて致命的だし、今後に及んで認識が甘いなんて許されない。
自分の命が狙われるだけじゃないわ。良介が関わった人だって、無事ではいられなくなる事も考えられる」
「分かっている。だからこそ、フランスとイギリスの同盟を阻止しに来たんだ」
生存を隠しているのは、いつものような悪ふざけではない。本当なら、フィリス達にも連絡はしたいのだ。
犯罪組織に、欧州の覇者達。世界を牛耳る敵、その大きさが見えないから二の足を踏んでいる。自分の可能性も然りだ。
強くなれるか分からないから、徒労に終わるのを恐れている。やってみなければ分からないと、勇気が出せない。
ただ、ジッとしてはいられない。見送ってくれた那美や騎士達に応えるためにも、成長したいと思う。
その為にこうして、他人と積極的に関わっている。アリサとも、ちゃんと向き合って。
「まだ進むつもりなのね、この先も。険しいと、知りながら」
「お前だって出てきたじゃないか、あの廃墟から。隠れたままでいるのは安全だけど、一人で空回るだけだ」
「――はいはい、分かりました。こうなったら、とことんやってみなさいよ」
「おうよ、ここまで来て引き返せるか。お前も手伝えよ、アリサ」
「……」
「アリサ?」
「カミーユ・オードラン様が良介との面会を望んでおられるわよ。
いい機会じゃない、ちゃんと話してきなさい」
――俺はどうしてこの時、気付いてやれなかったのだろうか?
アリサが何度も警告していたのに、俺はまだ分かっていなかったのだ。
面会後、部屋に戻って来た時には――アリサはもう、居なかった。
誘拐事件が起きた後とあって、警備は先程の三倍に膨れ上がっていた。エレベーターや階段も全て、厳重に警戒されている。
蟻が入る隙間もない警戒態勢で、護衛対象である本人も自由行動は禁じられているらしい。なので、呼びつけられたという訳だ。
フロアに入った瞬間取り囲まれて身体検査、その後部屋まで連れられて、ドアをノックするまで一部始終見張られる始末。窮屈過ぎる。
『お待ちしていました。どうぞ、お入り下さい。警備の方はお下がりください』
『カミーユ様、我侭を仰らないで下さい。貴方様に何かあれば――』
『……ボクを助けてくれた恩人を侮辱するつもりですか?』
『――何かありましたら、すぐに呼んで下さい。いいですね!』
カーミラの翻訳から察して、カミーユは厳重警戒ぶりにウンザリしているらしい。気持ちは分かるが、警備側だって大変なのだ。
今回の誘拐事件は明らかに警備側の失点、警備の情報まで漏れている。この失敗を取り返すのは、並大抵の事ではない。
本来なら即刻クビだが、誘拐事件発生で雇い主も対応に苦慮。新しい警備を取り替える余裕もないとくれば、手持ちで対処するしかない。
警備を総動員して、カミーユ・オードラン一人を確実に守ろうとしている。自分達の失敗を、少しでも償うために。
素人だが、月村すずかの護衛を務めた身。警備側の緊張感も理解出来るだけに、お疲れ様と言うしかなかった。
警備員の重厚な監視の視線を向けられながら、ドアノブを回す。緊張が伝わってきて、手汗で滑りそうだ。
部屋に入ってドアを閉めたその瞬間、緊張感から開放されたのと同時に温かな物体が飛び込んできた。
「くぅん、くぅ〜ん!」
「久遠!? やっぱりお前、この家の人間に拾われていたのか――こらこら、くすぐったい!」
「君が子狐ちゃんの飼い主だったの!? すごい、エレノア様の仰られた通りだ!」
オリジナルアートを配した、温もりのある部屋。極上の寛ぎと滞在を実感出来る空間が、広がっている。
リビングとベッドルーム、広々としたバスルームまで用意されていて、一泊の料金が想像も出来ない。
選ばれた人間のみ与えられる、高級ホテルのルームで、プライベートな服を来た青年が俺の手を熱く握り締める。
「初めまして、カミーユ・オードランです。危ないところを助けて下さって、本当にありがとう!」
「に……日本語上手いね、あんた」
「同年代でしょ、カミーユでいいよ。よかったら、君の名前を教えてほしいな」
「りょ、良介。宮本良介だ」
"貴公子"と聞けば凛々しい男性をイメージするが、意外にカミーユの物腰が柔らかく、笑顔がとても朗らかだった。
男への表現には不適切だが、フィリスの微笑みを思い出させる。同性を安心させ、異性を魅了する笑顔だった。
握られた手も鍛えられてはいるが、温もりが伝わってきてとても柔らかい。女のように、滑らかさがあった。
俺の名前を聞いただけで、嬉しそうに頬を紅潮させる。
「君の事はニュースで見たよ。すごいね、剣一本でテロリスト相手に戦うなんて!
君のような英雄に助けられるなんて、ボクはとても幸運だったよ!」
「あ、あれはだな……成り行きというか、巻き込まれたというか――」
「日本の剣士はとても勇敢なんだね、カッコいいな……よかったら、色々とお話を聞かせて欲しいんだ!」
「実は俺も話があって――」
「君もボクと話がしたいの!? ボク、男の子の友達がいないから、こういうのすごく憧れてたんだ……
ボク達、いい友達になれるかもしれないね!」
「いや、だから――」
「そうだね、急に友達なんて急ぎ過ぎかな。うんうん、仲良くなる事から始めないと駄目だね。
日本でお友達になるには、どういう所から始めるの? そうか、まずは名前を呼び合ってみようか。
じゃあ、ボクから――リョウスケ、なーんて。は、恥ずかしい!」
「お前は、初心な乙女かーーー!!」
「あいたっ!? 殴らなくてもいいのに……えへへ」
「ええい、女みたいに擦り寄ってくるな!」
『殴られたのですか、カミーユ様!!』
「わわっ!? 違う、違うんです! ボク達、友達になったんです!」
「いつからそうなった!?」
"……腐っている、腐っているわ。この男同士の、イチャイチャぶり"
超豪華なホテルの客室で、警備とお坊ちゃま相手に乱闘騒ぎ。緊張感も何もあったものではない。
一夜の内にして、フランスの貴公子と警備員全員に顔を覚えられる始末。泣きたかった。
何にしても、話し合うどころではなさそうだった。
<続く>
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