とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二十四話







 フランスの大財閥の御曹司、カミーユ・オードランの誘拐事件。ドイツで起きた爆破テロに続く、国際的大事件。

未遂に終わったとはいえ、事件は事件。婚約披露なんてしている場合ではなく、パーティは中止となってしまった。

誘拐事件は内々に処理されるようだが、目撃者は多く各界の大物ばかり。ニュースにはならずとも、事件が起きた事は広まるだろう。

何より一番口を封じなければならないのは事件の当事者、つまりこの俺。


――容赦なく連れて行かれて、歓待の名目で高級ホテルの一室に閉じ込められた。何だ、この豪華な仕打ち。


「くそっ、早いところ二人と話をしたいのに!」

"私の血がなければ、お前は死んでいたのよ。今は大人しく、休んでいなさい。下手に動いてもどうにもならないわ"


 監禁ではないので強引に帰れなくもないのだが、目的はまだ果たしていない。部屋で大人しくしている他はなかった。

変装もメイクも全て解かれた上で、医者も呼ばれて治療を受けた。連行された際、銃創がバレてしまったのだ。

治療を受けている間は、よく覚えていない。妹さんには食事が振舞われたそうだが、俺は疲れ果てて眠ってしまった。

全力疾走しただけで疲労困憊、回復にはまだまだ程遠い。他人と話すくらいが関の山だろう。病院のベットが恋しい。

パーティが中止になったのは、後で聞かされた話。妹さんは何も語らず、瞑想中。凄い忍耐力である。


「そういえば妹さん、格闘戦技ストライクアーツとやらを教えた先生とは誰なんだ?」

「クイント・ナカジマ先生です」

「ええっ!? 只者ではないと思っていたけど、格闘技なんか出来るのか!?」

「剣士さんのお母様とお聞きしまして、この度師事させて頂く事になりました」

「誤解だから、それは! 嘘付いているかどうか分かるんだろう!?」

「息子を守るのに一番長けているのは母親だと、嘘偽りなく仰られていました」


 絶対胸を張って言ったに違いない、あの親候補。先月妹さんにあの女の見舞い阻止を頼んだ事が、間違いだった。

考えてみれば、クイントの相手を頼んだ後に決闘を申し込まれた気がする。妹さんに入れ知恵したのも、あの女の仕業か!

ひょんな事から、他人とのつながりが出来てしまうものらしい。人間関係の奥深さには、本当に恐れいる。


「先生には、とてもよくして頂いています。ドイツに来てからも連絡を頂いていまして、日々鍛錬をしております」

「面倒見は良さそうだな、確かに」

「息子である剣士さんの事も心配されていました。剣士さんの訃報に関する事実確認もされました」

「ぶっ!?」


 もしかして爆破テロ事件、日本でも報道されているのか? いや国際ニュースが流れるのは仕方ないけど、俺の事までも!?

と、となると……まさかなのは達も、俺が死んだと思ってる? フィリスや那美も? やばい、勝手に葬式とか出されてしまう!


あいつらは究極お人好し軍団、赤の他人だととっとと忘れたりなんぞしない。数ヶ月の付き合いだ、流石に分かる。


連絡しようにも、俺の携帯電話はドイツで色々起きて無くしてしまった。公共電波で日本に連絡するのもまずい。

俺はカーミラを連れて逃げたのだ、ドイツの連中から追われている。ドイツは奴らの支配領域、迂闊な真似は出来ない。

今の俺の立場も微妙だ、先走った行動には出ない方がいい――ここまでしておいて、何だが。


「それで、妹さんはどう答えたんだ?」

「剣士さんがテロリストに殺される事なんてあり得ないので、私は先生に剣士さんの生を主張しました。
なのに、何故か先生は涙ながらに私を励ましてくださいまして――お心遣いはありがたいのですが、不思議です」

「……もしかして、剣士さんは生きてます、絶対生きてますと、そのまま・・・・訴えたんじゃない?」

「はい、こうして生きておられました」

「いやいやいや、相手にはそれが分からないから!」


 妹さんは俺の生存を確信していた、全く疑いもせず。信頼というのは、度が過ぎると異常に見える。

クイントにとって、俺の訃報はその辺の誰かに聞いた話ではない。マスメディアが世界中に流した、ドイツ国家が認知した"死"なのだ。

噂レベルではない死の重み。なのに声色一つ変えずに、幼い子供が俺の生を根拠もなく主張するのは逆効果だ。

大事な人を失ってショックで壊れたのだと、相手は思うだろう。良識なる大人ならば、尚更に。


やばいな……俺への連絡の窓口が妹さんだと、多分皆俺が死んだと誤認するだろう。何とかしたいが、今俺から連絡するのはまずい。


「頭の痛い問題だな、アリサに任せ――そうだ、アリサはどうしてる?」

「アンジェラ・ルーズヴェルト様のセクレタリを務めています」

「セクレタリ……?」

"お前の無知には、呆れて物が言えないわ。書記役セクレタリ、英国の会社の書記よ。
会社の書記役には過去5年間に3年以上の経験や、会計の資格も必要になる立派な職業よ。

個人のセクレタリなんて、あまり聞かないわね。多分、肩書きだけでしょう"

"さくらのコネだろうけど……何の実績もないあいつを、肩書きのみとはいえ雇い入れたというのは――"

"アンジェラ・ルーズヴェルトは辣腕で知られた、女流社会の頂点に君臨する女帝。
実力のみならず、個人そのものが評価された証拠ね。恐らく、彼女自身がその子を育てている。

後継者にでも据えるつもりなのかもしれないわ、女帝の後継者問題は有名だから"


 ア、アリサが"女帝"の後継者候補!? ちょっと目を離した隙に、何で一人で勝手に成り上がってやがる!

あいつは確か英国の帰国子女、イギリスで過ごした経歴もある。アリサにとっては、英国は日本よりも馴染みがあるかもしれない。


アリサ自身の才覚については、疑う余地もありはしない。あんな事件さえなければ、あいつは世界で認められていた。


俺以外の人間が天才少女に目をつけるとは、ルーズヴェルトめ――ルーズヴェルト? えっ、ルーズヴェルト!?

アンジェラ・ルーズヴェルト・・・・・・・というのは、もしかして、


「妹さんが此処にいるのは、もしかして――アリサに、呼ばれたのか?」

「婚約披露パーティが行われるとお聞きして、友人として挨拶に伺いました」


 じゃあ、最初からあいつに連絡を取ればこっそり来なくてもよかったんじゃねえか! 何の為の苦労だったんだ、全く。

それにしても、ややこしい事になった。アリサが俺の味方なのは疑いようもないが、立場上は敵側にいる。

あいつが女帝の下で経済学を学ぶのは、非常にいい経験になると思う。こんな情勢でなければ、応援してやりたい。

俺がもし同盟を破棄すると、あいつの立場がまずくなるだろう。俺の利益が、あいつの損になってしまう。

アリサは多分、俺を責めたりしない。俺の利益第一で考えて、笑って諦めてくれるだろう。

でも、女帝の下で学ぶ機会なんて一生に一度だ。逃してもらいたくはない。どうすればいい?

自分の利だけで動けた、あの頃とは違う。俺は――


「剣士さん、来ました」


 妹さんの呼びかけに合わせて、ドアのノック音。もっと力強く叩けばいいのに、恐る恐る叩いていて聞こえづらい。

妹さんが声をかけてくれなければ、気付かなかっただろう。全く、お上品な連中だ。


「やれやれ、随分待たされたな……誰が来たのやら」

「アリサちゃんです」


「えっ――」


 妹さんに確認する前に、ドアを開けてしまった。扉の前にいるのは、馴染みのある一人の少女。

かつて求めてやまなかった、幽霊の女の子が――俺の顔を見るなり、泣いた。


「や、やっぱり生きてた……ウワァァァァァァーーーン!!」

「うわっ、いきなり泣くな!?」

「うるさい、馬鹿! バカバカバカ!! アンタってやつはもう、死ね!!」

「何言ってやがる。俺が生きていなければ、お前の存在が成り立たないだろう」

「そんなの、何の確証もないじゃない!! よかった……あぁぁぁぁぁーーーー!!」


 とりあえずルーズヴェルトにもつながりは出来た訳だが……こんな調子で大丈夫なのだろうか?

というか、海鳴に帰ったらこんな感じで色んな連中に泣かれそうである。面倒臭くて死にそうだ。


こいつに全部押し付ける為にも――やっぱりアリサは、誰にも渡せない。


例え、相手が女流社会の頂点に君臨する女帝でも。夜の一族を代表する、欧州の覇者であったとしても。

この瞬間、事実上ルーズヴェルトは俺の敵となった。絶対に、同盟は阻止してやる。


こいつは世界よりも、価値があるのだから。















 


















































<続く>







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