とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第十三話
サッカボールに仕込まれた爆弾で、高級ファッションモールが大爆発。軒を連ねる有名ブランドショップが、炎上していた。
不幸中の幸いだったのは、爆発する直前に上空へ投げられた事。モール内で爆発していたら、大量の犠牲者が出ていただろう。
明らかな、爆弾テロ。大勢の人間が居る街中で起こすなんて、狂気の沙汰。狙いは恐らく、アメリカの大富豪。
もしくは――今この瞬間に俺を殺そうとしている、ドイツの貴族なのか。
"このまま首を捻り切ってくれるわ、日本の猿人め!"
「う、ぐぅぅ……猿並みの頭脳しかないようだ、な――ドイツの、貴族さんは!」
俺の首に食い込む少女の白い手に、牙を突き立てる。ホテルの最上階で宙吊りにされた時と同じシチュレーション、対処法も同じ。
噛み付かれて、カーミラ・マンシュタインは顔を焦燥に引き攣らせて腕を引く。血を吸われた事が、よほどプライドを傷つけたらしい。
自由になったその時、反射的に右足が前に出る。爪先が腹に突き刺さり、涎をまき散らしながら少女は床に転がった。
対する俺も無傷ではない。ずるずると壁を這うように落ちていき、床に腰を落とした。
"貴様、また私の血を……!"
「ドイツの貴族様の血ってのは、案外不味いな。ぺっ、ぺっ!」
確かに噛み付いたが、今回血を吸う余裕はなかった。俺は吸血鬼ではない、一滴でも飲めれば十分なのだ。
口から吐き出したのは、自分の血。爆発に巻き込まれて全身に硝子の破片が突き刺さり、口内も切っている。
長時間戦える状態ではない。一刻も早く、決着をつけねばならない。その為には相手を怒らせて、隙を生み出す。
己の高貴な血を野蛮な猿に不味いと嘲笑されて、ドイツの貴族は怒りに美貌を歪める。
"……私の思念が届いている? まさか、私と『共鳴』しているのか!?"
「あれ――日本語? おい待て。お前、念話が使えるのか!?」
異世界に存在する魔法の一つであり、離れた相手に言葉を伝える連絡手段。耳ではなく、脳に直接己の意思を送る。
魔力を持たない者には言葉を伝える事が出来ず、魔導師ではない俺には念話は使えない。相手から、一方的に聞くだけだ。
魔導師を見分けられるのが念話の優れた面であり、使える人間こそ魔導師、もしくはその素質がある。
俺の戸惑いを他所に、人ならざる者は混乱を露に叫んだ。
"答えなさい! 本当に私の意思が届いているの!?"
"うるせえな、人の頭の中でワンワン喚くな!"
"!? そ、そんな……私の血に馴染んでいる……日本人、それもただの人間の貴様が何故だ!"
"ミヤがいないのに、俺の意思が届いているのか!?"
念話が使えるようになっている? いや、それはあくまでこいつが魔導師である事が前提だ。魔法絡みで考えようとするな。
こいつは今、血がどうとか言っていた。忍の血や那美の魂と同じく、血を媒体にこいつと繋がりが生まれたのかもしれない。
念話能力、テレパス。魔法ではないが、概念は多分同じだ。血の繋がった相手と、意思の疎通が出来る。
一滴分、こいつと繋がっている。言語を超えた交流を行える。嫌悪と憎悪で結ばれた、関係であっても。
"話が出来るのならばちょうどいい。率直に聞くが……俺の鞄をどうした"
"鞄……? 貴様の手荷物など、私の知った事ではない。それよりも私の問いに答えなさい!"
鞄はまず間違い無く、あのホテルに置き忘れている。なのに、ミヤや久遠の事は知られていないようだ。どうなっている。
ユニゾンデバイスに妖狐、夜天の魔導書――俺の荷物には全て、意思を持っている。発見される前に、逃走したのだろうか。
何にしても、こいつに知られていないのならば好都合だ。ドイツの何処かで彷徨っているのならば、探し出せる。
だったら――もうこいつに、用はない。
"そんなの、話は簡単だろう。お前の血なんて、特別でも何でもないんだよ"
"――マンシュタインを、侮辱する気か"
"意気がるなよ、お嬢様。黄色い猿の体に馴染んだんだぜ? 俺という存在が、お前の凡庸さを証明している。
お前は所詮黒い羽が生えているだけの、気持ち悪いガキンチョなんだよ"
"……、ふふふ、ははははは……あははははははははは……!"
頭蓋に直接響き渡る、笑い声。脳味噌を切り裂く哄笑に、頭の内側から血が湧き出る錯覚を覚える。
念話は頭に直接意思を伝えられる。大声で鼓膜を震わせるよりも遥かに直接的で、神経まで焼かれそうだった。
マンシュタイン家の長女、カーミラ・マンシュタインは黒翼を広げ、尊大に俺を見下ろす。
"決めたぞ。カーミラ・マンシュタインの名の下に、夜の一族の新しき長となる事を誓う"
"――何っ?"
"私が長となった暁には、日本に対して宣戦布告する。日本の血を、根絶やしにしてやろう"
……頭に血が上りすぎて、とうとうイカれてしまったのだろうか? 血管が切れて、出来もしない妄想を口にしている。
呆れて物が言えない。ドイツの有力な貴族であるからと言って、調子に乗りすぎた。ガキのワガママで、世界がどうにかなるものか。
俺の嘲笑を感じ取ったのか、少女は狂喜に満ちた笑みを深くする。
"まずは貴様だ。私が直々に、八つ裂きにしてやる"
"出来るものならやってみろ"
銃声が外から絶え間なく聞こえてくる。店内には火の手が上がり、黒煙が平和な空気を汚している。此処は戦場だった。
一刻も早く外に行って駆けつけたいが、目の前にいる相手も油断は出来ない。こいつの異様な力に、危うく殺されそうになった。
せめて利き腕が使えればいいのだが、無いものねだりしても仕方がない。片腕のみで剣を握り、突進する。
待ちに徹する時間はない。先手必勝、傷んだ体を押して前進する。
"動きが亀のように鈍いぞ、猿"
"早い!?"
上段から剣を振り下ろすが、空振り。残像だけを残して、少女が眼前に迫り来る。鋭い爪が、俺の眼球に向けられる。
咄嗟に回避出来たのは、単なる偶然。首を無理やり傾けて、初めて回避したのだと認識出来た。
少女は手を広げて、一閃。五本の指先に尖る爪が、俺の顔を真横に切り裂き――血が、噴き出す。
「ぐあ、あぁぁ……ぅ、この!」
"見るに耐えない醜い顔なので、化粧を施してやった。感謝しろ、猿"
「ゴ、ハァ――!!」
お返しとばかりに、俺の腹に少女の足が突き刺さる。違いは人間と、そうでない者。爪先が肉を突き破り、骨にまで刺さる。
蹴り一発で後方の棚にまで叩き付けられ、血を吐き出す。顔面が切り刻まれて、視界が真っ赤に濁っている。
何とか眼球は無事だったが、瞼が爪で切られて目がよく見えない。痛みも限度を過ぎると、呻き声も出なくなってしまう。
ジュエルシード事件では何度も感じた、死の予感。圧倒的な敵を前に、立ち向かう気力が殺がれる。
"うふふ、いい顔ね。苦痛と絶望に染まった表情はとても素敵よ"
"……"
"どんな奇跡が起きたのか、定かではないけれど――今度こそ、終わりにしてあげる"
紅に蹂躙された視界が、ありえないものを映し出す。呼吸が乱れ、恐怖に歯を無自覚にカチカチ鳴らす。
高級ブランド品が陳列された大棚を、片手で持ち上げている。商品が燃えているのに、カーミラは笑みすら浮かべていた。
尋常ではない腕力、激突したら骨が折れるどころの話ではない。陳列棚の重量で、人間は容易く殺せる。
大人しく殺られている義理はない。剣を握り、力を振り絞って立ち上がる。
"一つだけ、忠告してあげる。お前の背後で、女が一人震えて座り込んでいる"
"……!?"
"自分か、他人か――さあ、選べ!"
カーミラ・マンシュタインが、陳列棚を投げた。恐るべき速度で、巨大な重量が押し寄せてくる。
誰かを助ける余裕なんて微塵もない。自分一人回避するか、立ち止まって背後に居る少女の盾となるか。
自分と他人、どちらが大事か――こんな事、悩むまでもなかった。
「う、おおおおおおおおおおおっーーーーー!!!!!」
自分自身の望むがままに、剣を振るう。俺はずっと、そうして生きてきたのだから後悔はない。たとえ、どんな結果になろうとも。
俺は結局、自分が可愛かった。那美だって、切り捨てられた。大勢の女を、泣かせてしまった。
だからこそ――あんなのはもう、御免だ。
他人を見捨てたって、強くなんてなれない。他人を守ろうとしているあいつらは、最高に強い。つまりは、そういう事だ。
高町美由希に教わった正式な剣の握り方で、レンとの訓練で学んだ足の運び方で、好敵手達との戦いで得た最高のタイミングで。
俺は前へと進み――剣を、振り下ろした。
『――本日未明、ベルリンで爆弾テロとみられる爆発があり、通行中の市民及び観光客が負傷する事件が発生。
一般人で賑わう場所を狙う悪質なテロに、治安当局を中心に捜査を開始。犯行グループ4人が、現行犯逮捕されました。
目撃者の話によると、日本人観光客が発見した爆弾を投擲。市街での被害を未然に防いだとの事です。
和服姿の日本人観光客との事で、身元の確認が急がされております。
市民3人、観光客15人が負傷。前年ではジャカルタで爆弾テロが発生しており、引き続きテロ事件への警戒が――
ここで――続報が入りましたので、お知らせします。
先程お知らせした日本人観光客ですが――病院内で、死亡が確認されました』
<続く>
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