とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第十二話
                               
                                
	
  
 
 数奇な運命とドラマチックな歴史を持つ、ドイツ。荒れ狂った時代に翻弄されたこの国は、濃厚な歴史を刻んでいる。 
 
第二次世界大戦によって焦土と化し、戦後もベルリンの壁によって東西に引き裂かれて、壁の崩壊により再統一。 
 
首都ベルリンには激動の現代史が描かれており、長い歴史を歩んできた夜の一族の世界会議が行われる地に相応しい。 
 
 
俺がこの国を訪れたのは腕の治療と自身の成長、その二つを叶えるには最適の場所だった。 
 
 
「此処、ウサギが空から落ちてきた場所だね。クリスに見せてほしいな、黒い翼」 
 
「翼なんて生えていません。映像がぼけていて、翼が生えているように見えるんでしょうよ」 
 
「そうだとするとウサギが何処から落ちてきたのか、分かんなくなるよー? 交差点の周辺に、高い建物なんてないのに。 
それに翼もなくて、どうやって助かったのかな。ねえねえ、クリスに教えてよ」 
 
「知らないものは教えようがありません。追求は結構ですが、鞄を探すのを手伝ってくれる約束でしょう。 
 
――と言っても時間も過ぎているし、鞄はやっぱりないか……俺と一緒に落ちたのだとしても、警察に拾われているよな」 
 
「それはないわ。警察に拾われたのなら、ディアーナの耳に届くもの」 
 
 
 何故ドイツの警察からの情報がロシアのマフィアに届くのか、理解不能だが詮索するのはやめておく。それよりも、鞄だ。 
 
クリスチーナに連れられて、首都ベルリンの事故現場へとやって来たが収穫はなかった。どうやら俺の鞄は、あのホテルにあるようだ。 
 
マンシュタイン家の手に渡っているのならば、まずい事になる。ミヤや久遠、夜天の魔導書が捕らえられているかもしれない。 
 
 
ユニゾンデバイスに妖狐、魔導書。その全てが、この世界にはない一品だ。何としても取り返さなければならない。 
 
 
「他に心当たりはないの、ウサギ。一緒に探してあげるよ」 
 
「その前にどうしてお嬢様が私に親切なのか、教えていただいても宜しいでしょうか?」 
 
「あはは、何その変な言葉遣い。名前を呼ぶのは許さないけど、昨日戦った時みたいに気軽に話しかけてくれていいんだよ」 
 
「公私混同はしないように、ディアーナお嬢様に言われております」 
 
「……クリスよりディアーナの言う事を聞くんだー? クリスにそういう態度を取っていいのかな、ウサギちゃん」 
 
「街中で拳銃振り回したいのなら、ご自由にどうぞ」 
 
 
「……」 
 
「……」 
 
 
「――うふふ、そんなに怖い顔しないの。そうだ、観光しに行こうよ! ドイツに来るのは初めてなの」 
 
「私もですよ。お付き合いしましょう」 
 
 
 ボディーガードは護衛対象と、仲良くしてはいけない。いずれ殺し合う関係ならば尚の事、相手に情を移してはいけない。 
 
他人に嫌われる事に自信はあるが、クビになっては元も子もない。雇い主の命令にはきちんと従う。 
 
クリスチーナは狂っているが、馬鹿ではない。愛想笑いやゴマすりなんて無意味だ。本音で話した方がいい。 
 
 
鞄探しという名目のドイツ観光に、ロシアンマフィアの跡取り娘と二人で出かけた。 
 
 
他に、護衛は連れていない。これまで雇われた護衛は全て、クリスチーナ本人が半殺しにしていた。気分を害したという、理由で。 
 
俺も例外ではない、彼女が十五歳となる誕生日に殺される。無論返り討ちにしてやるつもりだが、今の実力では予定通りとなってしまう。 
 
お年寄りのロシア人が運転する車で、気分屋の殺人鬼と一緒に首都ベルリンの各地を観て回る。 
 
 
ロイセン王国時代の優雅な名跡、世界有数の大博物館、ブランデンブルク門、アレクサンダー広場、ベルリン大聖堂―― 
 
 
シャープなフォルムのビル群やユニーク外観の文化施設、ベルリンには壮麗な建築群が築かれている。 
 
現代アートの都市ベルリンには観光客も多く、ロシア人の少女や日本人がいても目立たない。剣道着には、注目されたけど。 
 
異国の文化にこうして触れるのは、好奇心が刺激される。日本で満足していたが、金を貯めて世界を旅して回るのもいいかもしれない。 
 
錯覚かもしれないが、自分自身が内から広がっていく感覚を感じる。観光名所を一つ一つ見ていくのは、本当に楽しかった。 
 
不思議な事にクリスチーナは一つ一つの観光名所を案内させながらも、あまり興味はなさそうだった。 
 
 
護衛でありながら楽しんでいた俺を見て、クリスチーナもはしゃいでいた。友達と一緒に、遊んでいるような感じで。 
 
 
「ねえねえ、お土産も買いに行こうよ! ウサギの分もクリスが買ってあげる!」 
 
「……もう俺の鞄を探す気が全くないでしょう、お嬢様」 
 
 
 観光名所を見て回った俺達は最後に、市街西部の繁華街へと車で向かう。ベルリン有数の、ショッピングストリートがある。 
 
地図によると市内に大型ショッピングモールが多数あるようだが、クリスチーナが運転手に案内させた場所はそのどれでもなかった。 
 
 
有名ブランドショップが軒を連ねる、高級ファッションモール。クオリティの高いショッピングが楽しめる、豪華な店が数々並んでいる。 
 
 
大理石のモザイクで統一された、シックなデザイン。巨大なオブジェのある、吹き抜けのホール。 
 
ファッションブランドやグルメが揃っており、一般人には手を出せない価格で販売されている品々が多い。 
 
一般庶民の俺には場違いでしかなかったが、この華やかな世界でロシアの妖精が輝いて見えた。 
 
 
「会員制のお店もあるから、入れない場合はクリスに言ってね。一言言えば済むから」 
 
「お客様を選ぶ店とかあるのですか……一般人お断りとか、敷居が高いというか何というか」 
 
 
 此処はドイツの筈なのだが、金と権力があればロシア人でも顔が利くらしい。どうなっているのだ、この世界は。 
 
クリスチーナは早速高級ファッションモールを見て回り、色々なお店を覗いてお土産探しを楽しんでいる。 
 
買ってあげる、とは言われているが正直欲しい物が選べなかった。自分にはどうやら、物欲はないらしい。 
 
 
後で売れば金になりそうという感覚でしか、物を選べない。基本的に、クリスチーナについて行くだけだった。 
 
 
海鳴の連中に土産物を買うにしても、高級品では多分受け取らないだろう。高価な品より、真心のある安物を喜ぶ連中ばかりだ。 
 
ロシアのマフィアともなれば金はうなるほど持っているだろうに、クリスチーナはあまり買い物はしない。 
 
綺麗なドレスや私服を選んでは俺に感想や意見を聞いて、満足している。宝石類にも興味はないらしい。 
 
ブランド品よりも、拳銃などの武器の方が好きという事なのだろうか? マフィアの感性はいまいち分からない。 
  
周りを見てみると、クリスとは逆に大量に土産物を買っているお金持ちがいた。 
 
 
「――、――」 
 
「――!」 
 
「……よくあんなに金を使えるな、あいつら……」 
 
 
 高飛車な雰囲気の少女と、品のいい少年。身なりのいいお嬢様とお坊ちゃんが、ブランド品の買い物を楽しんでいた。 
 
多分、クリスが言っていた会員制のお店だろう。黒服を着た店員を連れて、棚から棚へと回って買い占めている。 
 
一つ一つを見定めるという感覚がないらしい。勧められるままに眩い宝石類を購入し、カードで支払っていた。 
  
買い物を楽しむというより、大金を使って満足している顔。安二郎と違うのは、表情や仕草に品がある事。 
  
人間という生き物は、生まれた環境や育ちが顔や態度に出てくる。あの二人は恐らく、生まれながらの富豪なのだろう。 
 
自分で稼いでいるという感じでもないので、親の金で悠々自適な人生を楽しんでいるようだ。何とも、羨ましい話である。 
 
 
「ウサギ、何か欲しい物は見つかっ――何、見ているの?」 
 
「いやちょっと、お金持ちのお嬢様とお坊ちゃまの観察を。日本の田舎町には縁のないタイプなので」 
 
「どれどれ……へえ、"アメリカ"も到着してたんだ。こんな所で会うなんて」 
 
「アメリカ?」 
  
「うん。あの二人はね、クリスと同じ一族の人間なの。マフィアじゃないけど、アメリカでは有名な大富豪だよ」 
 
 
 俺が夜の一族に精通しているという事実までは、ディアーナやクリスチーナも知らない。薄々勘づいてはいるだろうが。 
 
クリスチーナははぐらかしたが、あの二人はどうやら夜の一族らしい。世界会議の為に訪れた、アメリカの代表者。 
 
ショートカットの金髪のお嬢様に、眼鏡をかけたお坊ちゃま。美少女に美少年の、姉弟。 
 
お嬢様は買い物を楽しんでいるようだが、お坊ちゃまはウンザリした顔で店を出てきた。あの様子だと付き合わされているだけらしい。 
 
 
そこへ、サッカーボールを手にした男の子が通りがかる。親にでも買ってもらったのか、大喜びで飛び跳ねている。 
 
 
最初は無視していたが、目の前をウロウロされて目障りに思ったのか、お坊ちゃまは怒った顔をして男の子からボールを取り上げる。 
 
男の子は見知らぬ人間に奪われて大泣き、そのまま走り去ってしまった。あーあ、可哀想に。 
 
 
「……ふ〜ん……"龍"め、そうくるの。ねえ、ウサギ」 
 
「何ですか、お嬢様」 
 
 
「今の、見たよね? あいつから、サッカボールを取り返してあげて」 
 
 
 ……何の冗談かと思ったが、クリスチーナは大真面目のようだ。上気した顔で、俺に馬鹿な命令を出してくる。 
 
おいおい、マフィアの跡取り娘が何の正義感を刺激されたんだ。人を殺そうとした少女が、急に変な事を言い出し始めた。 
 
海鳴の連中がお願いするのなら、納得ができる。こいつが頼むから、信用できないのだ。 
 
 
「早く取り返してあげて、あの子が泣いて逃げちゃうよ」 
 
「あの子達の問題でしょう、関わるのは止めましょう」 
 
「ディアーナの言うことは聞くのに、クリスの言う事は聞けないんだ。じゃあ、仕方ないか。 
 
 
誕生日はまだ早いけど――此処でさよならだね、うさぎちゃん」 
 
 
 銃を突きつけられていないのに、勝手に冷や汗が流れる。この少女から逃げてくれと、脳が訴えかけてきた。 
 
街中だから銃は使えない? 甘いにも程がある認識だった。この娘は何処であろうと、人を殺せる。 
 
今まで雇われた護衛が半殺しで済んだのは、ターゲットを選んでいたからだ。俺だったら、容赦なく殺すだろう。 
 
 
クリスチーナは、ニコニコ笑っている。ウキウキした様子で――人殺しが出来る事を、喜んでいる。 
 
 
「どうやら、お譲様はこれまで御一人で過ごされた様子ですね」 
 
「……一人ぼっちだと、クリスを馬鹿にしているの? そうなの? ねえねえねえ?」 
 
「ペットを飼われた事がないようですね、お嬢様は。 
犬を躾ける時、餌もあげずに飼い主の命令は聞いたりしないでしょう。 
 
お嬢様なら、ウサギをどのように躾けますか?」 
 
 
 大人しく命令を聞けば、こいつの事だから次第にエスカレートする。単純に言う事を聞くのは、駄目だ。 
 
正面から歯向かえば、今までの護衛のように嬲られる。俺の場合だと殺されかねない。 
 
俺個人の感情から言わせてもらえば、こんな奴の命令を聞くなんて絶対に嫌だ。だけど―― 
 
 
「あっ、そうか!? まだウサギにお土産買ってあげてなかったね! 
もう、そんな事で拗ねなくてもいいのに。後で絶対に買ってあげるから、ね?」 
 
「分かりました。では、行ってまいります!」 
 
「偉いぞ、ウサギ! 行けー!」 
  
 ――報酬が出るのなら、立派な仕事だ。嫌な奴であっても、尻尾くらいは振ってやる。こういうのは、匙加減が大切だ。 
 
桃子やフィリス、リンディのような大人達。彼女達を見習って、クリスチーナと接していく。殺人鬼であっても、子供なのだから。 
 
まあ実際、この命令そのものは別に悪い事ではない。金持ちであっても、他人から物を取り上げるのは許されない。 
 
 
「日本語は通じないだろうけど……そのサッカボールは、あの子に返してやれ」 
 
「!? ――!」 
 
 
 アメリカ本場の、綺麗な英語。ドイツ語よりは意味は分かる。俺を指さして、無礼者などと言った類の文句を吐いている。 
 
ご機嫌斜めなところに、日本人からイチャモンつけられて気分がいい筈がない。埒があかないので、サッカーボールを取り上げた。 
 
金を持っているなら、サッカボールくらい自分で買えば――あん? 
 
 
「? 妙に重いな、このボール……?」 
 
 
 利き腕が壊れているので、片手でボールを持って上下してみる。ズッシリとは来ないが、妙な違和感がある。 
 
英語で文句を並べるお坊ちゃまを無視して、ボールを隅から隅まで確認する。小奇麗なボール、傷も汚れも何一つない。 
 
気のせいだろうか……? 何気なく耳を近づけてみると、 
 
 
 
コチ、コチ、コチ。 
 
 
 
時計の針が動く、音。サッカーボールの中から、変な音が聞こえてくる。効果音付きのハイテクなボールか、あっはっは。 
 
――そんな訳があるか!! 楽観的な見方を全てかなぐり捨てて、身体は最悪を考慮して機敏な反応に出てくれた。 
 
サッカボールを思いっきり真上に放り投げて、お坊ちゃまを庇って地面に伏せる。 
 
 
 
轟、音。 
 
 
 
天空を破壊する、大爆発。衝撃が空気を震わせ、周辺の建物を巻き込み、その場に居た人達を吹き飛ばした。 
 
粉塵が宙を舞い、黒煙が周辺を蹂躙する。人々の悲鳴が荒れ狂い、足音や破壊音が暴れ回る。 
 
直下にいた俺は、爆風に巻き込まれてしまう――正面ガラスを突き破り、背中から棚に激突し、店内を派手に転げ回る。 
 
 
「グ、ハ……!」 
 
 
 利き腕が使えず、自分を庇う事も出来ない。割れたガラスが身体に刺さり、血が流れ出る。全身も強く打ち、激痛が走った 
 
血に濡れた身体に鞭打って、立ち上がる。血で視界が汚れ、意識が朦朧とする。手だけは動くのを、確認する。 
 
腰に下げていた剣を、抜いた。桜の木の枝であっても、剣を持つと自然に落ち着いた。 
 
身体中痛いが、寝ている場合じゃない。不本意であっても、俺はボディーガードなのだ。 
 
 
「何で、サッカボールに爆弾が……くそ、クリスチーナは無事か!?」 
 
 
 必死に声を振り絞って叫ぶ。返答はあった。少女の声ではなく――過激な、銃声が。 
 
一発や二発ではない。一人や二人ではない。絶え間ない銃声が反響して、高級ファッションモールを蹂躙している。 
 
市街戦!? クリスチーナが巻き込まれている!? まずい、銃を持っているがあいつは一人だ。 
 
俺が飛び出してどうにかなる問題ではない。だからといって、見過ごせはしない。どうにかして、救出しなければ! 
 
 
 
"――見つけたぞ" 
 
 
 
 店の外へ飛び出そうとしたその時、店の外から来た突風に吹き飛ばされる。俺を狙う、一陣の風。 
 
剣があっても、風は切れない。真正面から来た突風に煽られて、店内の柱に激突。頭から、血が噴き出た。 
 
 
黒き風――翼を生やした吸血鬼が、俺の首を掴んで釣り上げる。 
 
 
"貴様のような下郎に、私の血を吸われたのだと思うと虫酸が走る。疾く、去ね" 
 
「カ、カーミラ……マンシュタイン……!?」 
 
  
 ドイツの首都ベルリンで――アメリカとロシア、ドイツと日本が激突する。 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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