とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第十一話
                               
                                
	
  
 
 ロシアンマフィアが所有する別荘地、という割には人がいない。ボルドィレフ家の姉妹を除けば、ボディーガードは二人しかいない。 
 
二人の内一人は俺。壊した車の弁償分働く事になり、姉のディアーナより仕事の内容や要望、必要な情報等を聞かされた。 
 
さくらに雇われた時とは違い、今回は個人的な人間関係は一切挟まない仕事。マフィアの護衛ともなれば、命懸けだ。 
 
 
「クリスチーナの一存により、貴方を採用する事に致しました。クリスチーナの護衛として、貴方を雇います」 
 
「よく納得させられたもんだ、あのワガママ娘を」 
 
「この仕事を紹介したのは私ですが――我々は雇用側で、貴方は労働者です。公の場では、言動には注意して下さい。 
当主である父は、口の利き方が悪い部下を射殺した例もあります。私も貴方を、特別扱いにはしません」 
  
「……分かりました、ディアーナお嬢様」 
 
 
 文句は言わなかった。文句を言える立場ではなく、言えるだけの強さも資格もありはしない。 
 
キレて暴れるのは簡単だが、多少スッキリするだけで何も改善されない。悔しいと思うのなら、相手を上回って見返せばいい。 
 
成長する為に、異国の地へ来たのだ。つまらない感情で、折角の機会を棒に振ったりはしない。 
 
 
「といっても私が依頼した仕事ですので、優遇はいたします。一般人の貴方をボルドィレフ家の次女の護衛に雇うのは、異例中の異例。 
組織の幹部も、部下の皆さんも納得はしないでしょう。貴方を排除せんとする者、取り入ろうとする者が必ず出てきます。 
 
私がそれらの動きを抑えますので、貴方はクリスの護衛に専念して下さい。結果を出せば、誰も文句は言わなくなります」 
 
 
 ……ディアーナは俺と同じ年齢らしい。なのに親の栄光はあるだろうが、何万といる部下を抑える発言力を持っている。 
 
名家に生まれても何一つ甘えず、与えられた機会を逃さず、研鑽を積み重ねてきたマフィアの女性。 
 
今月になってようやく歩き始めた俺とは違い、彼女は生まれた時から前を向いて歩き続けている。 
 
 
「私も信頼出来る護衛を一人雇っておりますので、分からない事があれば彼女に聞いて下さい。日本人なので、貴方も付き合い易いかと。 
 
紹介します。ミサ――失礼、『御神美沙斗』です」 
 
「――よろしく」 
 
 
 義務的に挨拶をする、日本人の女性。華やかさはなく、抜身の刀を思わせる鋭さを雰囲気から感じさせる。 
 
ボディーガードの正装である黒いスーツを着て、長い髪を背に束ねている。隙のない佇まい、同じ人種の俺にも愛想を見せない。 
 
特徴的なのは、手に持つ一本の刀。鞘に収められているが、竹刀ではない。人を確実に斬れる真剣を持っている。 
 
 
研ぎ澄まされた刀は美しいが、危うい。強いのは分かるのだが、上限がまるで見えない。今の俺には、想像も出来なかった。 
 
 
唯一分かるのは、俺に一切関心がないという事。仲良くしようという感じではなかった。俺も別に仲良くするつもりはないが。 
 
挨拶もそこそこに終えて、自己紹介を終える。歩み寄るどころか、世間話も出来そうにない。 
 
 
「お預かりしていた荷物もお返しいたします。間違いはありませんか?」 
 
「剣に……この、翠色の袋は何――いえ、何ですかお嬢様」 
 
「プライベートでは砕けた話し方でかまいませんよ、天使様」 
 
 
 上品に、笑われた。すいませんね、育ちが悪くて。天使と呼ぶのもやめてくれ、ホテルの最上階から落とされたんだぞ。 
 
それはともかく、何だこの袋。ディアーナに聞くと、着ていた剣道着に忍ばせてあったらしい。心当たりがなかった。 
 
 
袋を開けて中身を取り出すと――写真が、一枚。 
 
 
「まあ、ご家族の写真ですか?」 
 
「全然、顔が似ていないだろう!? いらないと言ったのに……アリサに預けたな、桃子の奴!」 
 
「……桃子?」 
 
 
 海鳴り大学病院の前で撮影した、高町家の写真。俺を真ん中にして、桃子達が笑顔で写っている。 
 
桃子は家族のように馴れ馴れしく、美由希は友達のように親しげに俺に接していた。距離のない、関係。 
 
ディアーナに、家族と間違えられるのは仕方がないのかもしれない。他人のようには、まるで見えない。 
 
 
袋に入れようと手にした瞬間――自分の手から、写真が消えた。 
 
 
「おい、勝手に見る――っ!?」 
 
「ミ、ミカミ……?」 
 
 
 御神美沙斗、冷静沈着な剣士が――泣いていた。 
 
 
写真を持つ手が震え、写真を見る瞳が揺れて、嗚咽が漏れそうな口を押さえている。激情を、必死で堪えていた。 
 
ディアーナも目を丸くして、彼女を見つめている。これほど動揺した事は、今までなかったのだろう。 
 
横から奪い取られた怒りも失せて、恐る恐る聞いてみる。よく見ると、この女の顔は―― 
 
 
「そいつら……あんたの知り合いなのか?」 
 
「! し、失礼した」 
 
「顔を洗ってきた方がいいわ。酷い顔をしています」 
 
 
 雇い主の優しい気遣いに、彼女は一礼して退室する。よほど冷静さを欠いているのか、写真を持っていってしまった。 
 
あの様子だと、高町家を知っているようだ。御神――"御神流"、そして剣士。 
 
恭也や美由希の同門だろうか……? それにしては大袈裟な反応だった。生き別れた人間と会ったような、素振り。 
 
 
色々考えていると、不意に扉が開いた。 
 
 
「ディアーナ、どうしたのあいつ。泣いてトゥアリェートまで走っていったけど」 
 
「貴女に剣を突きつけたミカミを、貴方のボディーガードが叱責して泣かせたの。私も叱られたのよ。 
彼のような頼もしい方が貴方の味方でいる限り、私もミカミも手出し出来ないわね。困ったわ」 
 
 
 0.1秒でよくそんな大嘘がつけるな!? 頭の切り替えの速さに、度肝を抜かれてしまった。 
 
移り変わる状況を即座に利用する機転には感心してしまう。俺とは、頭の出来そのものが違う。 
  
事情を聞いたクリスチーナは驚いた顔で俺を見つめ、瞳をキラキラ輝かせた。 
 
 
「クリスを守ってくれたの!? えらいぞ、ウサギ!」 
 
「ねえ、クリス。彼も私の護衛にしてもいい?」 
 
「ベー、だ。ウサギは、クリスのものだもん。ディアーナにはあげないよー!」 
 
 
 独占欲を大いに刺激されて、クリスチーナはご満悦だった。さっきは姉に泣かされて、ベソをかいていたのに。 
 
子供心を巧みにくすぐるとは、大した姉である。護衛を雇う事を渋っていたのに、今では絶対に離さないと頬擦りしまくっている。 
 
……これで俺を殺そうとしなければいいんだけどな、本当に。 
 
 
「ご褒美に、美味しいオヤツをあげる。クリスの部屋へおいで、ウサギちゃん」 
 
「お譲様、俺はペットではなくボディーガードなんですが!?」 
 
「うんうん、これからもクリスをちゃんと守るんだよー」 
 
「分かってない、絶対に分かってない!」 
 
 
 覚えてろよ。日本には下克上という恐るべき裏切りがある事を、マフィアのお前に思い知らせてやる。 
 
こんな細い腕で俺を押さえられると、思っ――ぐ、ぐぬぬ、うおおおおおおお!! び、微動にしない!? 
 
クリスチーナは片手で俺の頭を押さえ、にこにこ顔で撫でている。 
 
 
「うふふ、ほんとかーわいい。どうやって食べちゃおうかなー」 
 
「……クリス。今日雇ったばかりなのだから」 
 
「分かってる。あんまり可愛いから、つい。うふふ」 
 
 
 可愛い舌で、顔をペロリと舐められた。少女の甘い唾が、頬を緩やかに伝う。護衛どころか、人間扱いされていない。 
 
扱う武器の差ではない。銃を使う人間の力量、基礎能力で既に負けている。人間とペットの差だった。 
 
可愛がられているからと言って、楽観はできない。飼い主の気分次第で、ペットは簡単に殺される。 
 
 
俺の必死の抵抗も、犬に吠えられた程度にしか思っていないのだろう。少女は、笑っていた。 
 
 
大の男が少女に片手で押さえられている、この現実。何としても、覆してやる! 
 
今度は剣も手元にある。素手の時とは違う――あれ? 
 
 
「俺の荷物、これだけ? 鞄はなかったか」 
 
「上空から落ちてきた貴方が持っていたのは、これだけです。鞄はありませんでした」 
 
「おかしいな、手にずっと持っていたのに……あっ!?」 
 
 
 違う違う、何を勘違いしているのだ俺は! あのホテルの最上階に置いてきたままだ! 
 
まずいぞ。鞄に入っていたミヤや久遠、夜天の書は最上階で倒れていたボディーガード達の介抱を任せたきりになっている。 
 
マンシュタイン家とは、完全に敵対している。あの吸血鬼がミヤ達を見つけたら――まずい事になってしまう。 
 
 
「何処かに忘れたのでしたら、取りに行かせましょうか?」 
 
「いや、そこまでしてもらう訳には」 
 
「クリスが取りに行ってあげようか?」 
 
「いやいや、本当にいいから!」 
 
 
「……ふーん……」 
 
 
 クリスチーナは陰のある笑みを浮かべる。殺人鬼の少女、無邪気だが愚かではない。 
 
ディアーナほどではないにしても、頭はよく回る。俺の返答に、きな臭さを感じ取った。 
 
 
「ウサギ、明日遊びに行こうよ。鞄も見つかるかもしれないよ」 
 
「気持ちは嬉しいですけ――ど!?」 
  
「来るの? 来ないの?」 
 
 
 眼前に銃口、反応する余裕もなかった。俺が銃を認識するより先に、突きつけている。 
 
イエスかノー、選択肢は二つあるのに生き残る道は一つしかない。極めて、理不尽だった。 
 
  
明日ドイツの首都ベルリンで、運命が交差し――戦争が、勃発する。 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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