とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第九話
                               
                                
	
  
 
 センスの良い上質のクラシック家具が置かれた、広い室内。テラスから見事な景色が一望出来る、静かな環境。 
 
貴族風の上質な生活感に満たされた、芸術的な部屋。モダンな内装は、贅沢なリラックス気分にさせてくれる。 
 
上品でシャープにまとめられ、柔らかみのあるデザイン。インパクトのある空間が、室内にいる俺を包み込んでいる。 
 
自然豊かな庭園のある、理想を奏でる別荘地。金を持つ人間のみ許される楽園が、俺の目の前に広がっていた。 
 
 
「ベルリンじゃないのか、此処は。何がどうなっているんだ、全く!」 
 
 
 ドイツの洗練された都会の街並みは、何処にも見えない。現実味があるのは、鼻を刺激する硝煙の匂いのみ。 
 
自分の身に何が起きたのか、分からない。判明しているのは、ロシアン・マフィアを敵に回したという事だけ。 
 
洗練されたモダンな絨毯には幾つもの弾痕が刻まれ、白い壁や天井にも黒い穴が残されている。その全てに、殺意を乗せて。 
 
ロシアンマフィアの跡取り娘、クリスチーナ・ボルドィレフ―― 
 
 
"わたしの処女をアナタにあげる" 
 
 
 無邪気な悪意に満ちた微笑を浮かべた、少女。微塵の罪悪感も感じず、クリスチーナは俺を殺そうとした。 
 
黒い銃口を容赦なく向けて、逡巡せずに発泡。御大層な名目も、崇高な使命も何も無い。その時の気分で、人を殺せる。 
 
性質が悪いのは、力の使い方を熟知している点。あのガキは、凶暴な力を持った玩具で遊んでいたのではない。 
 
玩具に秘められた暴力を使いこなせる、使い手。プロの技術を持った、快楽殺人者だった。 
 
 
「……ベルリンから気絶した俺を連れ出したのは、まさか殺す為じゃないだろうな……くそっ、鞄も剣もない!」 
 
 
 俺が生き残れたのは、単純に運が良かっただけ。金で殺しを請け負う殺し屋だったら、今生きてはいないだろう。 
 
交流手段は殺し合いだったけど、子供の豊かな好奇心で俺に接していた分隙はあった。次はこうはいかない。 
 
 
銃に対抗する手段、もしくは剣の腕を実戦レベルにまで達しないと殺される。ハードルが急激に高くなった。 
 
 
此処が何処なのか分からないが、逃げ出す余裕はなさそうだ。庭園にあるガレージに、車が一台停車した。 
 
ベットの傍らにあった水差しを傾けて、傷口を洗浄。シーツで血を拭って、壊れた利き腕を固定する。 
 
残った水を飲み干して空になったガラスの水差しを手に、大きなベットの影に隠れた。誰かが、この部屋に近付いている。 
 
 
荷物は全部取り上げられているが、素手で待ち構えるほど平和ボケしていない。警戒心を高めて、待ち構える―― 
 
 
「――、――」 
 
『――』 
 
 
 扉が開き、男女が入室してくる。白衣を着た中年紳士と、白人女性。広い部屋を一瞥し、ベットへと目を向ける。 
 
部屋の中で派手に暴れ回ったのだが、広い室内を荒らすまでには至らない。ウッカリしていると見過ごしてしまう。 
 
なのに白人女性は的確に銃痕を指し示し――最後に、物陰に隠れた俺に白い手のひらを向ける。 
 
 
「日本のお侍様、心配ありませんよ。こちらの方は、貴方の怪我を治療して下さる御医者様です。 
わたくしは貴女に危害を加えるつもりはありません。怪我を見せて下さいませんか?」 
 
「……その口振りからすると、この部屋で何が起きたのか分かっているようだな」 
 
「その事も含めて、お話させて頂きたいのです」 
 
「言い訳は聞きたくないし、マフィアの言う事も信用出来ない」 
  
「ディアーナ・ボルドィレフの名にかけて、嘘偽りは申しません」 
  
「名前が何の保証になる」 
 
「ラスィーイスカヤ・フィヂラーツィヤ――ロシア連邦でこの名を騙る者など、おりません」 
 
 
 自分の名前に絶対の自信と、優れた価値を確信している。女性の名前に、国家の旗に匹敵する値打ちがあるというのだ。 
 
昔は俺も自分の価値に疑いなど抱かなかった。天下に名高い男であると、高を括っていた。 
 
そして今自分の弱さを知り、その上で気高く成長する決意を胸に海外へと出立している。その延長線上に、彼女はもう辿り着いている。 
 
 
反骨心が一気に萎えるのを、感じた。自分に自信が持てない人間が、自分に誇りを持つ人間に勝てる筈がない。少なくとも、今は。 
 
 
ガラスの水差しを床に置き、両手を上げた。女性は安心したように微笑んで、白衣を着た医者を連れて来る。 
 
ベットの上に座らされて、中年紳士は怪我の治療を行う。警戒はしたが、無意味だった。無駄の一切がない、見事な処置。 
 
壊れた利き腕を診ても眉一つ動かさずに治療を行い、包帯を巻いて固定。義務的な優しさ、悔しさに涙が出そうになるのを堪える。 
 
 
敵に塩を送るというのは、日本の美徳。けれど今も命を狙う相手に情けをかけられるのは、屈辱以外の何物でもない。 
 
 
勝ち目がないのは認めるが、敗北は絶対に認めない。敵に情けをかけた思い上がりを、叩きのめしてやる。 
 
このドイツの地で名を上げて、故郷に錦を飾る。こいつの名前よりも、俺の名前の価値を高めてやる。絶対に、だ。 
 
喉の奥で嗚咽を噛み殺して、為すがままにされた。お陰で治療も早く終わり、医者はディアーナと二言三言話して退室する。 
 
俺には声もかけず、見向きもしなかった――命令された通りに治療をしたというだけ、フィリスとは理念の異なる存在だった。 
 
 
「……失礼ですが、その腕は事故による負傷ではないようですね」 
 
「手の施しようがないとでも言っていたのなら、その通りだ」 
 
 
 医者が何を彼女に話したのか、分かった。痛ましい視線も敵に向けられると、不愉快なだけだ。 
 
居住まいを正して、彼女に向き直る。敵であるならば尚の事、正面から向き合わなければならない。 
 
 
白人の女性も姿勢を正し、優雅な仕草で己の自己紹介を行った。 
 
 
「改めて初めまして、日本のお侍様。ディアーナ・ボルドィレフと申します。 
日本の挨拶には慣れておらず、無作法でありましたらお許し下さい」 
 
「日本人より日本語が上手いぜ、あんたも――あんたの妹も」 
 
 
 ディアーナ・ボルドィレフとクリスチーナ・ボルドィレフ、二人はとてもよく似ている。 
 
シルバーブロンドの髪、美しい白い肌。白人とはあくまで俺の印象に過ぎないが、日本人の目から見ても綺麗な女性だった。 
 
妹のクリスチーナは細く華奢な肢体だが、姉のディアーナは胸に豊かな果実を実らせている。 
 
 
ロシアの白い妖精と、天使――妹の瞳は血に染まり、姉の瞳は澄んだ翡翠色をしている。 
 
 
「……クリスはやはり、私から貴方を奪おうとしたようですね。 
お許し頂けないとは思いますが、説明だけはさせて下さい。お気に召さなければ、どうぞ貴方の手で御自由に」 
 
 
 ディアーナの両手に乗せられた竹刀袋、中身も確認済みだろう。剣士に剣を渡す意味も、恐らく理解している。 
 
妹の所業を嘆く姉、出来過ぎた悲劇に警戒を高める。一般家庭ならともかく、妹の言葉が正しければこいつらはマフィア。 
 
剣は丁重に受け取りながらも、すぐに抜けるようにはしておく。油断も隙も見せない。 
 
 
「お侍様、貴方は『千年紀』という言葉を御存知ですか?」 
 
「? いいや」 
 
「千年ごとに神の使者が地上に降臨し、世界に大規模な変化や変革を生み出す――キリスト教原理主義教会の千年王国思想です。 
世界は一定の時期に大きな変化が訪れて、在り方を変える。古い価値観は失われ、新しい時代がやってくる。 
 
日本の歴史にも過去、似たような兆候がおありになったでしょう」 
 
「宗教の宣伝なら、他所でやってくれ。俺はあんたの妹の話をしているんだ」 
 
「わたくしの妹クリスチーナ・ボルドィレフは、古い価値観に縛られているのです。 
ソビエト連邦末期の混乱期、荒廃していた時代にのし上がった父のやり方を崇拝しています。 
 
各地の政治家やゲリラ勢力と結びつき、犯罪に手を染めて国の混乱を招いて荒稼ぎする―― 
 
暴力を絶対の手段とする、力の論理に従って妹は今日まで育ちました」 
 
「マフィアが犯罪組織であるのは事実だろう」 
 
「ロシアン・マフィアが強力な組織になったのは、ソビエト連邦の崩壊によるものが大きいのです。 
ロシア連邦も政情は不安定ではありますが、共産党政権崩壊後少しずつまとまりつつあります。 
 
私は今この時が、転換期だと考えています。 
 
今はまだ貴方様のように、ロシア国内の犯罪組織がロシアン・マフィアであると見られています。 
ただ自由市場経済の世界において、ロシアン・マフィアは世界的な犯罪組織にも、多民族国家を反映する財閥にも成り得る。 
暴力で世界を揺さぶるのではなく、経済による長期戦略で富を生み出すべきなのです」 
 
「お考えは立派だが、結果を出さなければ意味が無い。実際、あんたの妹は暴力でのし上がろうとしている」 
 
「……妹は率先して父に教えを請いました。子供の頃私が本を読んでいる間も、妹は銃で遊んでいたほどです。 
友人も作らず、敵だけを増やし、障害となれば誰であろうと暴力で潰しました。父も驚く手腕と才能を、発揮して。 
 
父は長女の私より、妹のクリスチーナが後継者に相応しいと考えておられます。 
 
ロシアン・マフィアのドンである父の決定は、絶対です。子であれど、異論は認められません。 
もうすぐ妹は十五歳、誕生日を血で飾る事で正式に後継者となるのです」 
 
 
 血に染められたバースデー、血化粧で美しく身を飾って少女は大人となる。ロシアン・マフィアの掟は、狂っていた。 
 
高町桃子に、プレシア・テスタロッサ。愛する娘がいるという共通点は同じなのに、愛情ではなく暴力で可愛がっている。 
 
子供が嫌がれば虐待なのだが、娘のクリスチーナは喜んで暴力の快楽に身を浸らせている。救いようのない、親子だった。 
 
胸糞の悪くなる話だが、異国の家庭の事情など知った事ではない。俺がそのイカれた娘に狙われているのが、問題なのだ。 
 
 
「妹はまだ、人殺しに手を染めてはいません。今ならまだ、改善出来ると思うのです」 
 
「だから何だよ、狙われているのは俺なんだぞ。何なら、警察にでも訴えてやろうか? 刑務所でなら、自分の罪を反省するだろう」 
 
「妹は無差別に殺人の対象を選んでいません。貴方様を、選んだのです。 
あの子は日本語で貴方に話しかけませんでしたか? 日本に貴方がいる事を知り、勉強をして覚えました。 
 
……実を言いますと妹の紹介により私は貴方様の事を知り、妹と一緒に日本語を勉強したのです」 
 
「何っ!? 待てよ、俺はあんなガキ知らないぞ」 
 
「この映像を、御覧下さい」 
 
 
 ディアーナはパソコンを取り出して、素早い手つきでキーを叩く。ノートパソコン、とかいう小さいコンピューターだ。 
 
操作を終えたディアーナはパソコンを半回転させて、俺にパソコンの画面を向ける。画面上には、映像が映し出されていた。 
 
  
ライダーの仮面をつけたファリンと俺が、大勢のチンピラ共と戦っている画面が――鮮明に。 
  
 
「世界中の人間が自由に閲覧出来る、有名な動画サイト。この動画は先月流失して、ネット上で大きな話題となりました。 
流失した際男性の顔はモザイクで隠れていましたが、後に誰かが解析されて本人の顔が丸写しとなっています。 
 
 
此処で戦っておられる男性は、貴方様ですね?」 
 
 
「なっ、何で、こんな映像が世界中に――あっ!?」 
 
 
 
 
 
"生放送だと……?" 
 
"そうさ、久しぶりの賞金首だ。最近は暇してる連中も多くてな、ここらでいっちょ刺激が必要になったのよ。 
今の世の中撮影機材なんぞ、簡単に手に入れられる。此処でてめえをボコボコにして、阿鼻叫喚の絶叫ライブを撮るんだよ。 
 
お前が地獄を見るのは今夜だけじゃねえ。明日にはてめえをボコった動画が流れて、世界中に広まるのさ" 
 
"何が世界中だ、この田舎者。テレビ撮影じゃあるまいし、そんな事が出来る訳がねえだろう" 
 
"田舎者はテメエだよ、時代遅れの剣士さんよ。その様子じゃ、ネットも知らねえようだな……? 
有名人になれるぜ、お前。悪い意味で、だけどな。ケケケ" 
 
 
 
 
 
 ほ、本当に世界中に流れてるじゃねえかぁぁぁぁぁぁーーー!? え、何、今のコンピューターは本当にそんな事が出来るの? 
 
おいおいおい、世界中の人間暇すぎるだろう! 何で日本の田舎町で撮影した動画に、興味なんか示すんだよ! 
 
混乱する俺を見かねてか、ロシアン・マフィアの聡明な女性が教えてくれた。 
 
 
「流失元が大手の動画サイトという事もありますが、何よりこの投稿者がネット上では有名なのです。 
阿鼻叫喚の絶叫ライブと称して世界中に発信し、話題を提供して観客を増やして無料で刺激的な動画を見せて楽しませている。 
 
話題作りがとても巧みで、世界中にファンがいる。ターゲットを探していた妹の目にも、止まってしまったのです」 
 
「ロシアン・マフィアの跡取りが、日本の喧嘩程度で興味を示したのか!」 
 
「この動画だけなら興味のままで終わり、ターゲットに選ばれなかったかもしれません。 
二つの要素が重なり、偶然が必然になってしまいました。このニュースを、見てください」 
 
 
 キーを叩き、画面を切り替える。世界のニュースにドイツの新聞、そしてドイツのテレビの映像が映しだされ――げっ!? 
 
新聞やニュースはドイツ語や英語が並んでいて、どんな文章が書かれているのか俺には分からない。 
 
 
ただ細かく書かれている文字より、遥かに大きな映像がある――写真だ。 
 
 
「"空より舞い降りた、日本の侍"――私の車の上に落下した人物、妹がこの写真を見て確信しました。 
千年ごとに神の使者が地上に降臨する千年紀、その時代が今訪れたのだと。 
 
自分の初めて殺す相手に、貴方が相応しいと判断したのです」 
 
 
 新聞やテレビの見出しが、非常に大きい。周りに建物がない交差点の上から落下したのだ、話題にもなる。 
 
何処から落ちたのか上を見上げれば、空しかない。吸血鬼がホテルから投げ飛ばしたと説明して、誰が信じるというのか。 
 
何より、上空から墜落して生きている理由が分からない。世間も、俺本人も、マスコミも。狂ったように、俺自身が記事で取り上げていた。 
 
上空から落ちてきた写真をよく見ると、俺の背中に――黒い羽が生えているように見える。見間違いレベルだけど。 
 
記事にも色々書かれている。えーと、サイ、キック……超能力者? 
   
 
ま、まさか、日本にもこのニュースが流れていないだろうか……? 黒い羽の超能力者現る、とか、まさか、な? 
 
 
「お。御伽噺みたいな思想だろう!? 真に受けるか、普通!」 
 
「先程も言いましたが、妹は子供なのです。それに私自身も、この二つの偶然に運命を感じています。 
 
こちらの仮面をつけた女の子――顔は隠していますが、日本に送られた自動人形に酷似しております」 
 
 
 自動人形の事を知っている、まさか!? 顔を上げた瞬間、自分の軽率さに気付いた。 
 
知らないのなら、不思議そうな顔をする。知っていれば――今のように、驚いてしまう。 
 
  
ディアーナ・ボルドィレフは微笑みながら、俺に拳銃を向けていた。しまった!? 
  
 
「一族の者ならいざしらず、貴方のような人間がプライベート・ジェットに乗れば目立ちますよ」 
 
「! 空港から監視していたのか!?」 
 
「取引を、しましょう。 
落下した貴方が壊した車の修理費と、貴方自身の命――二つの代金。 
  
月村すずかとファリン・K・エーアリヒカイト、二人の情報を提供して頂ければ支払いは不要と致します」 
  
「い、妹は、ロシアン・マフィアの名で宣言を……!」 
 
「私も妹と同じ誕生日、妹を殺せば障害も無くなり、血で飾る事が出来ます」 
 
 
 ロシアの犯罪組織、巨大なマフィアの名を冠する姉妹。一方が悪で、一方が善だなんて、馬鹿な思い込みをしてしまった! 
 
警戒していた筈なのに姉の巧みな話を聞き入って、いつの間にか同情しそうになっていた。 
 
全てが単なる前置き――最初から何もかも知っていて、俺の反応を伺っていたに過ぎない。自分の迂闊さに、吐き気がする。 
 
 
名を上げようと意気込んでいるだけのガキと、子供の頃から名を馳せている少女。経験値が、まるで違う。 
 
 
 
 
 
「返答は?」 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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