『"家族"写真?』
『良介、来月海外に行っちゃうんでしょう。今日は恭也と美由希も一緒だから、写真を一枚撮っておきたいの』
『だからって、病院の前に並んで撮る事はないだろう』
6月も終わりに差し掛かったある日、桃子が実に馬鹿らしい提案をしてきた。怪我人を撮りたいとは、悪趣味な。
後になって考えてみると、桃子は察していたのかもしれない。俺が知り合いの誰にも話さずに、海外へ行こうとしている事に。
嫌がったが、抵抗しても無駄なのはこの数ヶ月の付き合いで分かっている。優しい母親だが、時に童女のような我儘を言うのだ。
外出許可は出ていないが、病院の前での撮影くらいは大丈夫。桃子に連れ出されると、恭也と美由希が待っていた。
『? 何だよ、兄妹揃って変な顔をして。俺の顔に何かついているのか』
『いえ、あの……顔付きが変わっていたので、驚きました。雰囲気というか、気配も少し――』
『前にも言ったが、悩みがあるなら俺達が力になる。何でも話してくれ』
勘繰るなと言いたかったが、上手く言葉に出来なかった。同じ剣士相手に、嘘は付きづらい。
守護騎士達に正式に海外行きの許可は貰えたが、一人の少女の好意を踏み躙ってしまった。自分を優先して、他人を犠牲にしたのだ。
反省も後悔もない。過去を悔やむよりも、未来を進む方が健全だ。腕を治し、自分を鍛え直して、必ず成長する。
心に思う事はなくとも、変化というものはあるらしい――剣術兄妹は敏感に、感じ取っていた。
『悩み事というか……心配や不安が少々あるだけだ。海外へ行くのは、初めてだからな』
『お前がそれほど繊細には思えないが、剣士にとって腕は命だ。案ずるのは無理も無いか』
『宮本さん、剣が本当に好きですもんね。傷を負っても諦めない姿勢は、見習いたいです』
嘘ではないが、真実でもない。本当の悩み事とは違う面で、兄妹は頷いている。多分、向こうも分かってはいる。
本心を打ち明けていないと気付いているのに、恭也も美由希も話を合わせてくれている。疑わない、フリをして。
俺は高町の家族にはなれなかったけど、彼らは家族であろうとしてくれた。その気持ちだけは、受け取っておこう。
『恭也、美由希。俺はもっと、強くなるぞ』
『……そうか』
『弱い自分を決して忘れず、海外へ行って自分を成長させてくる。色んな人間と会って、勉強しようと思ってる。
俺を心配している暇があったら、頑張って修行するんだな。間怠けていると、あっという間に追い抜くぞ』
『私だって、負けません! もっともっと頑張って、自分の剣を磨きますから!』
『お前のその諦めの悪さを、俺も少しは見習うとしよう』
――この後、二人は俺に会いに来なかった。やっぱり分かっていたのだ、俺の悩みや決意、その全てを。
心をさらけ出さずとも、彼らは理解してくれる。恭也も美由希も俺の現実を悟り、未来の可能性を信じてくれた。
彼らもきっと、強くなるだろう。平和な日常に甘んじず、日々研鑽して自分を磨く。妬ましいが、本当に立派な人間だ。
俺も、負けられない。
『良介が真ん中で、母さんが隣。美由希もほら、良介と手を繋いで』
『別に美由希が宮本と手を繋ぐ必要はないだろう、母さん!』
『恭也は和が家の大黒柱だから、後ろにどーんとかまえていてね』
『あはは、じゃあ宮本さんの手をぎゅっと――痛くないです?』
『――後ろにいる大黒柱の視線がいてえよ』
『看護師さーん、シャッターお願いします!』
フィアッセや晶は仕事に学業、レンやなのはは体と心の傷を癒している最中。人は欠けているが、それでも高町家。
家族写真、余所者の俺が入る余地なんてないと思っていた。けれど、これからは違う。
自分の心の中に他人が入れるくらいに、器を大きくしよう。どんな事が起きても自分を貫けるように、なろう。
後日渡された写真の中で、俺はふてぶてしく笑っていた。
とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第八話
才能というものは、不思議なものだ。生まれ持ったものであるというのに、結果があって初めて成立する。
途中で断念してしまえば、自分の意志であっても才能がなかったとされる。最初からあるのに、最後にはないものとなってしまう。
結局、スタートラインが一番大切。自分の持つ才能を最初に気付き、その道を一直線に走れば最短でゴールに辿り着ける。
でも、人はなかなか自分の才能には気付けない。有るか無いかも、分からない。有ったと気付いても、手遅れの場合がある。
生まれた段階で、己を知る――そんな存在が、"天才"と呼ばれるのだろう。
「――っ」
「あ、目が覚めた」
愛らしい声と共に、眼前に突きつけられる――黒い銃口。無邪気な殺意が、寝ぼけていた頭をスッキリさせてくれる。
寝かされていた俺の胸にまたがる、シルバーブロンドの髪の少女。目を爛々と紅く光らせて、俺を見下ろしていた。
白いドレスを着た、綺麗な女の子が俺に銃を向けている。大人を魅了する満面の笑顔に、人を殺す冷酷さなんて見えない。
子供の無邪気な悪戯だと告げる常識を、剣士の本能が否定する。
「おはよう、日本のサムライさん。それじゃあ、バイバイ♪」
銃とは便利な道具だ、指一本で人を殺せる。鍛え上げた大人でも、子供が発射する鉛玉一発で死ぬ。
信じられない事に、少女は笑顔で引鉄を引いた。日本の常識、人間の論理、法の正義――それら全てを容易く蹂躙する、暴力。
胸の上に上乗りされた時点で、俺の人生は詰んでいた。剣を振る前に、弾丸が脳を撃ち抜く方が早い。
ボリューム感とふんわり感のある、高級羽毛布団に寝かされていなければ。
「う、おおおおおぉぉぉぉーーー!!」
「きゃっ!?」
考えるより先に行動に出れたのは、奇跡に近い。動く手で掛け布団を掴み、力任せに横に引っ張った。
布団越しに俺に伸し掛っていた少女は可愛らしい悲鳴を上げて、ベットの上に転がる。俺は上半身を起こして、ベットの下に転がった。
すぐに起き上がった少女が、銃をかまえ直す。引鉄を引かれる前に、俺と一緒に落ちて来た枕を投げつけた。
無理な態勢で苦し紛れに投げつけたのだが、少女の顔面に命中。その隙に、俺は必死な思いで立ち上がる。
「いきなり撃つか、普通!? 何なんだ、お前は!」
「名乗る程のものではない、キリッ――なーんて、日本人っぽい? 似てるでしょ、あはははは!」
流暢な日本語、けれど断じて温和な日本人の声色じゃない。明確な殺意も敵意もない、お菓子のように甘い幼女の声。
次々と、発砲音が鳴り響く。撃たれる恐怖に背筋を寒くしながら、ベットの下をゴロゴロ転がっていく。
訓練された動きではない。撃たれるのが怖くて、必死で逃げているだけだ。一秒たりとも、じっとしていられない。
一方、外国の少女は余裕綽々だった。
「どうしたのサムライさーん、もしかしてびびってるぅー? ヘイヘイヘイ!」
「やかましいわ!」
キャッキャウフフと、ベットの上で少女がはしゃいでいる。手に持っているのは縫いぐるみではなく、拳銃だが。
悪態をつく余裕もなく、苦し紛れに文句を言うだけ。俺の焦燥を完全に見切っているのか、コロコロ笑うだけ。
ベットの下から這い上がった俺に向けて、天使のような少女が悪魔のように哂う。
「ごめんねー、もうすぐあたし十五歳の誕生日なの」
「だ、だから何だよ!」
「ロシアンマフィアの跡取りとして、殺しを経験しておかなきゃいけないの」
「ロシアのマフィア!? そ、そんな理由で、俺を殺すのか!?」
「……あーあ、ほんとガッカリ。あの動画の"サムライ"に会えて嬉しかったのに、つまんない奴」
侍という言葉に、焦燥と混乱で埋め尽くされていた頭が冷える。呼吸は安定し、巡りの悪かった血が全身に流れていくのを感じた。
常に死を覚悟し、死と隣り合わせで生きる――武士の生き様。侍と同類にされがちだが、外国人が評価する古き日本人の美徳。
命をかけた信念が貫けなければ、その命でもって償うのが武士の最後の誇り。身分の高い武士には、プライドがある。
どのような理由であれ、目の前の人間は自分の命を狙っている。なのに殺される理由をわざわざ聞いて、何とか逃げようとしている。
自分の命を犠牲にしてでも、守るべきものや信念が侍や武士にはあった。だからこそ、その手に持つ剣は気高く力強い。
那美の想いを犠牲にしてでも、剣を取る事を選んだのではなかったのか? 恭也や美由希は、こんな奴より強いのか?
「もういいや、さっさと死んで」
ロシアンマフィアの跡取りというだけあって、銃を撃つのに慣れている。真正面から挑むのは自殺行為だ。
手元に剣もない。俺の意識がない内に、この娘か他の誰かが持ち去ったのだろう。ベストコンディションでもない。
だけど、経験だけは俺の中で生きている。敵が銃を持つ手を上げるのと同時に、俺は脚を振り上げた。
「お前が死ね――断空剣!」
爪先から練り上げた力で足を振り、相手を斬り上げる――蹴りで空を断つ技、断空剣。
ナイフを持っていたチンピラ相手には通じた技だが、ロシアンマフィアは田舎町の不良とは格が違った。
俺からの反撃に多少目を見張ったものの、一歩引いて回避。俊敏な動きで、距離を置いた。
爪先に引っかかった銃口が上を向いてしまい、銃弾が逸れただけ。脳天より上を貫いて、壁に突き刺さった。
「蹴りで人を斬るなんて面白い技を持ってるんだね、サムライさん」
「今度は、お前の命を切り裂いてやるよ」
技は失敗。物語のように、都合の良い展開はない。華麗な逆転はなく、次に引鉄を引かれれば終わりだ。
俺の反撃は少女の髪を切っただけ、髪の毛一本分しか反撃出来なかった。少女は切られた髪を摘んで、クスクスと笑う。
今度は距離がある、さっきのような反撃は出来ない。何とかして銃弾を回避して、距離を詰める。
後の先、相手が動いてから自分が動いて勝ちを取る。相手の攻撃をあえて待ち、相手が仕掛けてきた時点で動く。
概念は知っているが実戦で、しかも銃を持った相手に試みる事になるとは思わなかった。けれど、ちょうどいい。
俺のような才能のない弱者は、実戦で無ければ身につかない。チャンスだと思え、思って楽しめ。
「……ねえ、おサムライさん。クリスと遊んで、楽しい?」
「クリス……? それがお前の名前か」
「クリスチーナ、人間に名前で呼ばれたくないけど、どうせ死ぬんだし別にいいよ。
それよりも、クリスと遊んで楽しい? ねえねえ?」
「殺されそうになってるのに面白い訳があるか、ボケ」
「うそつきー、すっごく楽しそうだったよ、さっきの顔。クリスと殺し合うのがそんなに面白いんだ、あはははははは」
頭のネジでも外れているのか、キチガイじみた笑い声を放つ。鳥肌が立つが、恐怖に心が負けたりはしなかった。
血に濡れた遊びが面白い、たかがそれだけだ。一般人なら吐き気がするだろうが、俺からすれば狂人のレベルが低すぎる。
自分の愛する娘を失った母親は、大事なものの為に世界を壊そうとまでした。あいつに比べれば、所詮はガキだ。
「よーし、言い直してやろう。
――拳銃を撃つしか能がないクソガキと遊んでも、面白くなんかねえよ」
「じゃあもっと、楽しませてあげる!」
嘲笑されたのに、少女は喜悦に表情を歪ませて銃を向ける。懐に飛び込めるように、俺は身構えた。
一種即発、生死の分かれる一瞬。時計の針が動けば、勝負は決する。刹那が待ち遠しく、重い。
静止した世界が動き出したその時――少女は、手に持っていた銃を下ろす。
「ディアーナ、もう帰ってきたのね……折角、面白くなっていたのにー」
「何だと?」
緊迫した空気が弛緩し、外からの音が耳に届いた。遠くから、こちらに車が近づいて来る。俺は戦慄した。
俺は目の前の相手に精一杯だったのに、こいつは俺だけではなく周囲に注意を配っていた。視野の広さが、まるで違う。
一対一の試合ではない。弾丸が飛び交う戦場を意識していなければ、この幼さでこれほど感覚を鋭敏には磨けない。
これが、ロシアンマフィア……!
「クリスチーナ・ボルドィレフ、わたしの処女をアナタにあげる」
「――!」
「血を流すのはアナタだけどね、私のうさぎちゃん」
硝煙漂う銃口をペロリと舐めて、少女は無防備に背を向ける。襲われても対応する自信があるらしい。
少女が何を言っていたのか、今までのやり取りを思い出せば分かる。とんでもない事を、笑顔で言い切りやがった。
ロシアンマフィアの跡取り娘、クリスチーナ・ボルドィレフ――少女の初めての殺害目標に、俺が選ばれた。
怨恨でも利得でも何でもない。幼き少女の気まぐれで、俺はロシアンマフィアから命を狙われる。
マフィアの後継者が名前を名乗って宣言したのだ。絶対に殺すまで、諦めない。国外逃亡も出来ない。
ドイツの地で強くなれなければ、あの少女に殺される。自分の立てた目標は今、絶対条件に変わってしまった。
<続く>
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