とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第五話
                               
                                
	
  
 
 敵地へ向かうのであれば、事前に下調べするのは当然だ。幸い入院中は時間が有り余っていたので、ドイツについての本を読んだ。 
 
ドイツの首都ベルリンは、数え切れないほど世界財宝が保管されている都市だという。観光の国というのも頷ける。 
 
歴史や文化、それら全てが好きな人にとっては、ベルリンは最高の旅先。無秩序に広がる大都会には、交通網が広域に張り巡らされている。 
 
モダンな建物が並んでいるこの都市では、エンターテインメントとビジネスが一体となっている。どんな人間にも、チャンスを与えられる。 
  
アメリカン・ドリームとまでは言わないが、一介の剣士が立身出世を望むのには相応しい地だった。 
 
 
「見えてまいりましたわ。ブランデンブルグ門の前にある、あのホテルがマンシュタイン家の滞在先です」 
 
「マンシュタイン家はドイツの貴族なんだろう? どうしてホテルにわざわざ宿泊しているんだ」 
 
「それはホテルに行けばお分かり頂けるかと。世界のベスト20にもランクされる名門ホテルですのよ」 
 
 
 月村安次郎の秘書ドゥーエの案内で、ドイツの首都ベルリンのブランデンブルグ門の前へと車で連れられた。 
 
モダンなデザインのビルディングで目立つ中、この界隈では歴史あるドイツの古い雰囲気が残されている。 
 
子供の頃見た教科書と入院中で読んだ観光案内書程度の知識だが、日本とは明らかに違う世界が広がっていて胸が躍る。 
 
 
自分の知らない新しい世界を見る感動は、旅人にとって数少ない贅沢だった。 
 
 
「世界のベスト20、想像も出来ない値段なんだろうな。あんたらもあのホテルに予約を入れてるのか?」 
 
「まあ、陛下。わたくしの泊まるホテルの部屋番号を聞いていかがされるおつもりですか? 
陛下が来られるのでしたら、赤いワインを用意してお待ちいたしますわよ」 
 
「……自分の主人が人質に取られているのに余裕だな、あんたは」 
 
 
 安次郎は海鳴の桜の枝を突っ込まれてハグハグ言っている。抵抗すれば本気で喉を刺されると、本人も分かっているらしい。 
 
海外では今日本は侮られると聞くが、日本人も同族を侮る傾向はある。平和な国に生まれ育ち、誰もが平和ボケしているのだと誤認する。 
 
俺が敵だと分かっていながら、所詮は小僧だと侮り隣に無防備に座らせた。俺がずっと、隙を伺っていたにも気付かずに。 
 
俺からさくらの動向などを知るつもりだったのだろうが、逆にこっちが利用してやる。 
  
……もっとも、俺も偉そうに言えない。自分の可能性を疑わず、いずれは必ず強くなれると信じていた。誰もが認める、大物になれると。 
 
 
そして誰にも勝てず、好いてくれた女の心まで踏み躙ってしまった――俺が思い描いていた栄光なんて、ありはしなかった。 
 
チャンスなんて、都合良く目の前に訪れたりはしない。のんびりしている間に、誰かに持って行かれる。それが現実だ。 
 
海外へは遊びに来たのではない。俺にチャンスがあるのなら、これが最後。何が何でも、掴まなければならない。 
 
人に非難されるやり方であろうと、俺は全力を尽くす。まして相手が敵ならば、剣を突きつけるのも辞さない。 
 
 
「陛下への信頼だと思って頂ければ。ホテルへご案内すれば、安次郎様を介抱して頂けるのでしょう。 
でしたら敬愛する主の為、私は喜んで従順な犬のように従いますわ」 
 
 
 ……気のせいか、嬉しそうに見える。主が人質に取られているのに、心配する素振りも見せない。言葉だけだった。 
 
軽薄では決してない。主である安次郎の為、俺の言われた通りに従っている。過度に、俺に気を使っていた。 
 
俺を怒らせない為だというのは分かるのだが、妙に従順なので警戒だけはしておく。どうも掴めない女だった。 
 
別に俺も、こじらせるつもりはない。那美を拐ったムカつく奴だが、ホテルに到着して開放してやる。 
 
 
「このガキ、よくも儂の口に汚いモンぶちこんでくれたな!」 
 
「老舗のホテルとの事だが年代をまるで感じさせないな、此処。建物はそれほど広くなさそうだけど」 
 
「部屋数を多くする必要はありませんのよ。選ばれた方しか、宿泊出来ませんから」 
 
「コラ、聞いとんのか!!」 
 
 
 デカい面出来ているのは有能な秘書頼りだと分かったので、安次郎を相手にせずドゥーエと話す。 
 
世界のベスト20に選定されたホテルの外観は見事なもので、インテリアも重厚の一言。一般人は恐れ多くて足を踏み入れられない。 
 
中へ入ると、そこは別世界。豪華な内装が目の奥まで飛び込んできて、心を鷲掴みにされる。スケールが、違った。 
  
大陸を支配する、西洋人の世界。日本人には、あまりにも敷居が高過ぎる。 
 
 
「陛下、あちらを御覧下さい」 
 
「へえ、日本人もいるのか。随分と身なりがいい――あれ、何処かで見た事があるような顔だな」 
 
「当然ですわ。日本が誇る企業の幹部の方々に、名の知れた財界人。政界の大物までいらっしゃいます。 
恐らく陛下はテレビや新聞でお見かけしただけで、直接の御面識はないと思われます」 
 
 
 なるほど、言われてみれば確かにそうだ。高町や八神家の茶の間のテレビで、ぼんやり見ていた気がする。 
 
俺のような社会に興味がない人間でも知っているとなると、知名度は相当高い連中なのだろう。高級ホテルにいても、見劣りしない。 
 
日本を代表する人物ともなれば、ドイツでもトップクラスの高級ホテルに滞在するものらしい。住む世界が違う。 
  
嫉妬混じりで感心していたら、横で安次郎があからさまに溜息を吐いた。何だ、この野郎。 
 
 
「その貧乏臭いアホな顔見ると、なーんも気付いてないらしいな。呑気なもんやな」 
 
「どういう意味だよ」 
 
「高級ホテルやからいうて、偶然同じホテルに泊まる筈がないやろ。あの連中の目的はお前と同じや。 
マンシュタイン家に取り入ろうと、ああやってロビーに詰め掛けておるんやよ」 
 
「ええっ!? だってアイツら、もう十分に金持ちなんだろう」 
 
「日本で金持ちやから何やっちゅう話や。狭い島国で金持って満足するようでは、人生掴める大金は手に入らん。 
池の中でミジンコ食べて喜んでいるようでは、サメがウヨウヨおる大海では生きていけん。 
小判鮫が大海原で生きて行く為には、強いサメが必要になる。だからああやって部下に任せず、自分から顔を出しに来とる。 
 
それでもおこぼれに預かれるのは、ほんの一握り。それが、世界の現実や」 
 
 
 葉巻を咥えて厳しい眼差しで語る安次郎は、悔しいが大人の顔に見えた。弛んだ頬も引き締まっている。 
 
日本で天下を取るのだと、己の御旗を掲げていた自分がちっぽけに見る。世界とは、自分が思っている以上に広い。 
 
島国の企業を牛耳る者達でさえも、大陸の成功者には頭を下げるしかない。平伏して、自分を引き立ててもらうしかないいのだ。 
  
世界に君臨する、欧州の覇者達――歴史に名を残す者達の血を、手に入れる。自分の立てたハードルの大きさを、思い知る。 
 
 
「それでロビーに陣取って、順番待ちしている訳か。日本代表選手でも、アポイントは簡単に取れないんだな」 
 
「ハァ……これやから、貧乏人は困るわ……金持ちの常識っちゅうもんを、分かっとらん」 
 
「脳天を割られたいのか、てめえ!」 
 
「アポイントをきちんと取られて、皆様は此処へ参られています。でなければ、ロビーで待たれる事も許されません。 
ただ本当に御会いして下さるかどうかは、マンシュタイン家が決められます。門前払いされないというだけなのですよ、陛下」 
 
「はあ……? それってアポイントを取るとは言わないんじゃないの?」 
 
「ようするに、御当主様の気分次第っちゅう訳や。気が向けば話を聞いてやる、日本人の大物への興味なんてそんなもんや。 
アポイントを取るのは困難でも、約束を破られるのは簡単。決定権は全て向こう側にある。 
 
文句があるんなら、さっさと帰ればええ。これが権力が生み出す、力関係。差別も肯定されるんや」 
 
 
 迫害を生み出す最たる原因も、権力を持てば許される。権力は金が生み出す力、その巨大な力を使えるのが成功者。 
 
日本を動かす社長や大臣が、平社員のように待たされている。相手の不遜に、文句を言う事も許されない。 
 
鳥肌が立つのを抑えられない。こんな強者達を相手に、自分の剣なんてどうやって通じるのか。勝つイメージが、浮かばない。 
 
と、待てよ……? そうなると、 
 
 
「お前もまさか、順番待ち?」 
 
「……儂の方が優先順位は上や。そうやろ、ドゥーエ?」 
 
「安次郎様、あちらのソファーが空いておりますわ。ゆっくり座って、お待ちしましょう。今、コーヒーを用意させます」 
 
「優雅な笑顔で誤魔化した!? 全然駄目じゃねえか、お前ら!」 
 
 
 敵が難攻不落の場合、一つでも勝機が見つかれば飛びつく。美味い話を持ちかけられれば、罠の危険性があってもひとまず話を聞く。 
 
安次郎はそんな俺を貧乏人と馬鹿にするが、マンシュタイン家はどうやら金銭面以外でも裕福であるらしい。 
 
夜の一族の後継者月村すずかを失墜させる策、ヨダレが出るほど欲しい提案を持ちかけられてもがっつかない。 
 
勝算があるかどうかは別にしても、日本人の成金を頼るほどマンシュタイン家は困ってはいないという事か。 
 
 
アポイントは取れても、他の連中と一緒に待たせる程度。安次郎でも順番待ちとなれば、俺はどうなるのか? 
 
 
「陛下はどうなさいますか? 御一緒にお待ちになられるのでしたら、コーヒーをもう一つ用意致しますが」 
 
「何を言うてるねん。連れて来てやっただけでも、ありがたいと思え。ほら、とっとと失せろ」 
 
「てめえは自分の立場というものを理解していないようだな……?」 
 
「な、何やねん。こんな所で獲物振り回したら、警備員が飛んで来るぞ!」 
 
 
 ちっ、命拾いしたな。日本人ではないゴツい警備員が相手だと、言い訳も通じないのでやばい。渋々、矛を収めた。 
 
もっとも、安次郎にこれ以上暴力で脅迫するつもりはなかった。ドゥーエは約束を果たして案内してくれた以上、俺も手出しはしない。 
 
それに月村安次郎も順番待ちで、相手側が会う気なのかどうかも分からないと来た。付き添っても、時間の無駄になるかもしれない。 
 
こんなおっさんに頼りきりにしているようでは、先月さくらに頼った時と変わらない。何処かで、自分で動かなければならない。 
 
かといって安次郎と袂を分てば、アポイントもない俺はホテルから追い出される。どうしたものか。 
 
 
「秘書さんよ、マンシュタイン家が滞在している部屋番号は分かるか?」 
 
「申し訳ありませんが、そこまでは分かりかねます」 
 
「部屋番号なんて公表している訳がないやろ――ちょい待て、まさかお前。直接会いに行くつもりか?」 
 
「相手の気分を待っていたら、何時になるか分からないだろう。会いたいのなら、会いにいくまでだ」 
 
「おいドゥーエ、ここにほんまもんのアホが居るぞ……日本人の恥晒しやな。 
礼儀も知らん小僧なんぞ、誰が会うか。お目通りが叶う前に、護衛に捕まって警察行きや。下手すれば、その場でズドンやな」 
 
「拳銃、ぶっ放すってのか。アメリカじゃあるまいし」 
 
「日本にいる感覚で通じると思うなよ、小僧。何処ともしれん若造の一人や二人、簡単にこの世から消し去れる。 
犯人探しもされずに、その辺のドブに捨てられて終わりや。書類一枚で、お前は居なかった事になる。 
 
ええか? 冗談でした、は通じん。やり直しもきかん、やめとけ」 
 
「……何だよ、随分マジな顔じゃねえか。俺の心配でもしてくれているのか」 
 
「アホ言うな。儂が夜の一族を支配したら、お前を召使いにでもしてこき使おうと思っとるんや。 
お前にはほんま、散々痛い目見せられたからな……その生意気な顔、踏みつけてやらんと気が済まん」 
 
「おお、気が合うじゃねえか。俺が出世したら、追放されたお前を笑ってやろうと思ってたんだ」 
 
 
 何か、変な感じだった。那美が誘拐されて酷い目に遭い、真剣に怒っていたのにどうも心底憎めない。 
 
善人か悪人かで言えば、安次郎は間違いなく悪人。しかも小悪党の類で、金に群がるゲスに過ぎない。 
 
 
では、俺はどうだろう。人を笑える、御立派な人間か……? 違う。俺だって勉強も働きもせずブラブラしている、チンピラだ。 
 
 
誰かを守りたくて、剣を鍛えているのではない。自分を守るため、相手を傷つける為に剣を持っている。 
 
忍に愛を告白され、那美にも好かれてたが、世間から見れば俺はろくでなしだ。金持っているこいつの方が、まだ社会に貢献している。 
 
出世の意味は異なるけれど、安次郎も俺も世に名を馳せる人間になりたくて異国の地に居る。 
 
俺達は心底嫌い合っているけれど、相手がいなくなれば競争は出来ない。 
 
 
「このホテルのロイヤルスイートルームでしたら、最上階にありますわ」 
 
「ドゥーエ、お前!?」 
 
「安次郎様、実は先程耳にした話なのですが――」 
 
「分かった、ありがとう!」 
 
 
 安次郎の連れ添いではないと発覚するまでに、行動しなければならない。急ぎ駆け出すのではなく、自然にその場を離れる。 
 
ご機嫌伺いするにしても、会えないのでは話にならない。何としても、キッカケは掴まなければならない。 
 
俺はこの時、本当に必死だった。だから、彼女の言葉を迂闊にも―― 
 
 
聞き流してしまった。 
 
 
 
 
 
「――カーミラお嬢様が御立腹のようです。誰も近づくなと命令されているようですわ、フフフ」 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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