とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第三話
                               
                                
	
  
 
 ヨーロッパ中部に位置する、連邦共和制国家。西ヨーロッパ発祥の夜の一族が、ドイツという国に集っている。 
 
八千万以上の人口を誇る大国の中で、俺は独りで戦う事を決意した。無謀に見えるが、特に珍しい事ではない。 
 
日本中を旅していた頃、いつも俺は独りだった。新しい村、町、県――あらゆる境を、自分の足で超えていた。 
 
 
旅人は決して、一つの場所に長く留まってはならない。自分の跡を残してしまうと、辿って付いて来ようとする者がいるから。 
 
 
 
『どうして、あたしも一緒じゃ駄目なのよ!? あたしは、あんたのメイドなのよ!』 
 
『……お前の中ではもう、俺のメイドである事に何の抵抗もないんだな』 
 
『う、うるさい!? いいから、理由を言いなさい!』 
 
 
 生前のアリサは英国人の父を持つ女の子で、ヨーロッパでも何年か過ごしていたらしい。異国の地でも、友達は出来なかったそうだが。 
 
海外への旅立ちにあたり、アリサが着てきたのはシフォン地の軽やかなドレス。幽霊時代に着ていた、オレンジ色のドレス。 
 
法術で実体化したのは、アリサ・ローウェルの魂のみ。服は何と、旅立ちの日の為に自分で仕立てたらしい。 
 
新しい国への旅立ちに、心を新たにしてきたのは俺だけではなかった。その分、主の命令であっても不服を申し立てる。 
 
 
『あたしは世界会議に出席する為に、来たんじゃないのよ。主人であるあんたと一緒でなければ、来た意味が無いじゃない』 
 
『俺の力になりたいんだろう? だったらお前はさくらと一緒に行って、敵情視察してこい』 
 
『敵……?』 
 
『俺の目的は自分の腕を治す事だけじゃないぞ。俺は、勝つ為にこの国へ来たんだ。 
世界を動かす力を持っている夜の一族の直系、欧州の覇者達――彼ら全員から、血を貰って再起する。 
 
海鳴町に平和に生きるジジババ共とは、格が違う相手だ。繋がりどころか、会話するのも恐れ多い。今の俺なんて、見向きもしないだろう。 
 
剣による暴力と、金による権力――どちらが上か、比較するまでもない。今のままでは、確実に潰される。 
だがどれほど強大な力を持っていても、相手は人間だ。付け入る隙は絶対にある。お前が先に行って、探って来い。 
 
「綺堂さくらの友人」なら会議に参加は出来なくても、連れ添う事は許してくれるだろう』 
 
『……同席は出来るかもしれないけど、あたしは元幽霊であることを除けばただの子供よ。相手にもされないわ』 
 
『お前は単なるガキじゃない。世界が平伏す頭脳を持った、本物の天才だ』 
 
『け、権力者達に、あたしの存在も認めさせろと言うの!?』 
 
 
 驚くアリサを、俺はしっかりと抱き締めてやる。こいつと出逢って、俺は神という存在を心の底から憎んでいる。 
 
こんなにも優しくて、可愛くて、誰よりも才能があった女の子を見殺しにした。残酷な運命を与えた天を、絶対に許さない。 
 
 
親が見捨てても、友達にそっぽ向かれても、世界が見捨てても――俺は、こいつを認めてやる。 
 
 
『狭く暗い廃墟の中で、ネチネチ恨み言を言っても誰にも聞こえはしない。太陽の下で、堂々と自分の存在を主張しろ。 
 
お前を捨てた全てに対して、見返してやれ。お前なら、絶対に出来る』 
 
 
 戦乱の歴史を駆け抜けた守護騎士達も、お前の事を尊敬している。なのはもフェイトもはやても、お前の事は大好きだ。 
 
新しい家族が出来て、大好きな友達がいて、輝かしい願いに満たされたお前なら絶対に勝てる。 
 
 
俺は、自分以上に――こいつの勝利を、確信していた。 
 
 
 
『……馬鹿……自分の腕が壊れているのに、あたしの事なんて考えて……』 
 
『いいご主人様だろう?』 
 
『口も態度も悪いけどね、ふふ――分かった、世界中に求められる存在になってやるわ。そして、こう言ってやるのよ。 
 
 
あたしの御主人様は世界で唯一人だけ、てね』 
 
 
 そして異国の地での最初の一歩である空港で、俺達は別れた。いつも一緒だった少女の手を、自分から離した。 
 
胸の中に寂しさはなく、主人を振り返らない少女に誇りを感じた。アリサはやはり、凄い奴だ。 
 
 
俺も、負けられない。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ――アリサを通訳で連れてきた事を思い出したのは、別れてからの事。 
 
 
 
  
 
 
 
  
 
 
 
  
「何の為にあいつを連れてきたんだよ、俺……今更携帯電話で呼び戻すなんて、みっともなくて出来ねえし」 
 
 
 プライベート・ジェットが発着した空港で、俺は早速途方に暮れていた。何処かへ行こうにも、何処がどこなのか全然分からない。 
 
俺も到着するまであまり意識していなかったが、海外は言葉の違いだけではない。使われている文字も、全然違う。 
 
行き交う人が話す言葉、壁や看板にかかっている文字、独自の文明で建設された建物や店、その全てが理解出来ない。 
 
 
新しい旅に出るだけだと高を括っていた、自分のお粗末さが恨めしい。旅の経験がある事が、災いした。 
 
 
日本全国を旅して回っていたとはいえ、同じ国の同じ人種が存在する場所だ。井の中の蛙が、狭い井戸を跳び回ってはしゃいでいただけ。 
 
井戸から飛び出して見ると、世界は自分の狭い視界を突き破って広がっていた。あまりにも大きくて、飲み込まれそうなほどに。 
 
心細くて仕方がない。本当に勝てるのかどうか、自信がない。己自身の小ささに、震えてしまいそうになる。 
 
こんな感覚を抱ける事が、何よりも嬉しい――世界は涙が出るほど広くて、可能性に満たされている。 
 
 
「それにさくらに連絡を取れば、妹さんが飛んで来るからな……黙って離れたから、後で色々言われるかも」 
 
 
 さくらやアリサには予め挨拶はしておいたが、すずかや忍には何も言わずに別れた。理屈が通じないからだ。 
 
忍は絶対面白がって行動を共にするだろうし、妹さんなんて忠犬のごとく黙って付いて来るだろう。説得するのも一苦労だ。 
 
アリサとは違って、彼女達姉妹は夜の一族。強力な味方ではあるが、なるべく力を借りたくはない。 
 
 
コネに頼る事自体に、抵抗はない。他人との繋がりを作る事も大変なのは、先月で思い知った。 
 
 
人間関係を馬鹿にしていたが、作るのも壊すのも意外と難しい。気軽に友人知人を作れる、世の若者達を初めて尊敬した。 
 
いずれは独りで生きていけるようになるのが目標だが、今の俺は他人に接して成長していかなければならない。 
 
 
「さて、どうするか――頼りになる仲間も家族もおらず、俺一人だけ。手持ちは日本で換金したドイツユーロ、そして剣だけ。 
小金と、拾った枝。海鳴に来る前を思い出すな……」 
 
 
 昔を懐かしんでも、過去には戻れない。悔やみ切れない失敗や反省をしても、前にしか歩く事は出来ない。 
 
せめて後悔だけはしないように、精一杯生きる。思い出に浸るようでは、旅人は務まらない。 
 
 
それに昔と似ていても、同じである事はありえない。国際電話が出来る、携帯電話。さくらに繋がる、ギブアップのボタン。 
 
 
頑張る事を諦めれば、その瞬間から俺は悠々自適な海外の旅が楽しめる。極めて安心で、楽しい観光。 
 
絶対に押さないと決めていても、退路があるのとないのでは心の余裕が違う。電話を持っているだけで、彼女の温かさに触れられる。 
 
そして、アリサが用意してくれた旅行鞄。着替え類といった、海外生活の必須品が入っている。これだけでも、贅沢だ。 
 
 
「ひとまず、人の多そうな街まで行ってみるか。地図があれば、何とか行けるだろう」 
 
 
 空港には観光案内があり、パンフレットや周辺の地図が簡単に手に入れられる。勿論値段は無料、お手頃だ。 
 
受付のお姉さんは当然日本人ではないが、世界共通の表現で通じる。笑顔で、一礼だ――俺は、どちらも苦手だが。 
 
 
夜の一族の会議が何処で行われるか分からないが、幾ら何でもド田舎ではやらないだろう。となれば、都会。 
 
 
日本で一番多く人が集まる都会といえば、東京――つまり、首都。 
 
ドイツの首都がベルリンである事くらいは、義務教育レベル以下の俺でも知っている。地図にものっていて、空港から遠くない。 
 
決まりだ、ベルリンへ向かおう。より多くの他人と、接触していく。嫌われようと、無視されようと、しがみついてでも。 
 
 
那美――お前の気持ちを踏み躙った以上、俺は絶対に成功してみせる。言葉が通じないことを、言い訳にはしない。 
 
 
まずは、タクシー乗り場へ。さすがに今回の旅で、珍道中は出来ない。我が物顔で歩いて行ったら、間違い無く道に迷う。 
 
タクシー乗り場にはドイツ人以外の外国人も多く、タクシー以外にも黒のベンツとかも停まっていて―― 
 
 
 
「――失礼ですが、宮本良介様でいらっしゃいますか?」 
 
「誰だ」 
 
 
 
 おかしなもので、日本語で話しかけられたのに警戒をする。異国の地ならではの、反応だろう。 
 
月村家の猫リニスとの訓練で、片腕だけは動かせる。腰に差した剣を掴んで、振り向いた。 
  
 
「お初にお目にかかります。先日は電話越しで、大変失礼を致しました。改めて、御挨拶を。 
 
月村安次郎様の秘書を務めさせて頂いている――"ドゥーエ"と申します。以後、お見知りおきを」 
  
 
 旅に出て、最初に出逢う人間が味方である保証はどこにもない。 
 
海外で聞けた日本語を懐かしむよりも先に、日本で出会った女性に敵意を向けた。 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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