とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第二話







 『Bundesrepublik Deutschland』、ドイツ連邦共和国。10時間前後を費やして、俺達は日本から遥々と飛行機でやって来た。

人の世で生きる人ならざる者達、夜の一族。ヨーロッパは一族の発祥の地であるらしく、勢力図も日本とは比較にもならない。

綺堂や月村家も日本では由緒正しい家柄だが、世界に名の知れた本家や直系の名家に比べれば発言力も乏しい。


今年会議の末席に綺堂や月村家が加えられたのも――純血種である月村すずかの存在が、大きい。


御大層な身分も無ければ金もなく、家柄どころか両親にも捨てられた男が顔を出せる会議ではない。

月村忍とすずかの護衛を続けていれば話は違っていたが、折角の職務も名誉の負傷で退職。参加出来る余地はない。


壊れた腕の治療方法を提案した綺堂さくら本人も、自分の提唱する案の困難を先月入院中に説明してくれた。















『夜の一族とは、血を力の源とする種族。人を凌駕する高い身体能力や驚異の回復能力も、血の祝福による恩恵。
人間の血を必要とする吸血種、その血を取り入れれば貴方の腕も蘇生するかもしれないの』

『忍からも、夜の一族については聞いている。あんたや忍の血では駄目なのか?』

『……もしかすると私、今告白されているのかしら……? 夜の一族の女性が、異性に血を与える事の意味は聞いたでしょう。
貴方が真剣に私を求めているのならば、真剣に考えてみるけれど』

『冗談か本気か分からない発言はやめてくれ』

『あら、本気だったのに残念ね』


 アリサやなのはなら殴ってやるんだけど、さくらが相手だと腰が引ける。美人なので、余計に性質が悪い。

大人の女性が童女のように無垢に微笑むと、びっくりするほど可愛く見える。最近、さくらはこういう無防備な素顔を見せる。

尊敬する女性に信頼されているのは素直に嬉しいけれど、距離がいまいち掴めない。


『話を戻すけど、本来人間に一族の血を取り入れる事は出来ないの。人間同士でも、血液型が違えば輸血は出来ないでしょう?
夜の一族の血は、人間にとって劇薬。強力な薬は人を癒すどころか、細胞そのものを壊してしまう。

重傷を負った貴方に忍が自分の血を輸血したのも、一種の賭けだったの。奇跡でも起こさなければ、貴方は助からなかった。

駄目で元々だったのに予定外に上手くいってしまい、貴方は助かり忍は歓喜した。その後の話は、聞いているでしょう?』

『実際、数々の死闘で忍の血に救われたからな。自然治癒力が向上してなければ、俺は死んでいた。
身体能力に変化はなかったけど、回復力は高まっている。後は検証しようがないけど――寿命も、延びている』

『恐らくは、としか言えないけれど可能性は高い。治癒力の向上は、生命力の強化の副産物。
身体能力に変化がまるでないのは、貴方が人間のままだから。生命力が強くなった分だけ、寿命が延びていると考えられる。
貴方には申し訳ないけれど、これから長い人生を生きていくあの子と共に歩める人が出来た事は私にとっても嬉しいわ。

信頼出来る人であれば、尚更』

『あいつと一緒になるのが嫌だから、おたくらの契約を断ったんですけどね!』

『怒らないの。そのおかげで、その手を治す可能性も見えてきている。

貴方が夜の一族の血に馴染む体質であれば、「月村」や「綺堂」以外の血の祝福を受ける事が出来るかもしれない』

『……それが世界会議に出席する、"欧州の覇者達"か』

『世界会議に出席するのは、一族のみならず表世界に名の知れた家系が揃っている。
すずかのような純血ではなくとも、先祖代々の特別な血を今の世に受け継いでいるわ。その濃度は、綺堂や月村の比ではない。

吸血鬼だけが、夜の一族ではないのよ。例えば、私は吸血鬼と――"人狼"の血をひいている』

『人狼――狼女! あんたが!?』

『正確に言えば夜の一族と人間と、人狼の血を引く混血種なの。

これが私の秘密であり――貴方に血を与えられない理由。

純粋な夜の一族ではない私の血では、貴方の回復に繋げられない。
……ごめんなさい、力になれなくて』

『いいよ、その秘密を俺に語るだけでもあんたが誠意を持って話してくれている事は分かっている』

『私とは契約をしてくれるかしら、良介?』

『仕事上の契約なら喜んでするけど、秘密を共有する仲ならお断りだね。あんたとは、対等になりたい』

『……率直に言うのね、全く……4月から今まで、本当に何があったのかしら。びっくりするほど、男らしくなってる。
一度貴方の記憶を消したのは忍ではなく、私よ。貴方が自分で記憶を取り戻したその時から、もう対等よ。

私と貴方の間に、上下関係なんて一切無い。これでも、私は貴方を頼りにしているのよ』


 ――だろうな、でなければ会議がある事自体俺に話す筈がない。彼女の言う所の、人間でしかない俺には。

そして彼女がどれほど頼りにしてくれていても、世界中に認められた訳ではない。


『しかしあんたや忍はともかく、その貴族達が俺に血を与えてくれるかな』

『提案した私がこう言うのは心苦しいけれど……無理だわ。たとえ腕の治療が目的でも』


 綺堂さくらは悲しげに首を振る。提案しておいて無責任、と文句を言う気にはなれなかった。可能性の問題だというのは、分かっている。

夜の一族は、血を重んじる。月村すずかが夜の一族の女王候補とされているのも、始祖の血をひいているからだ。

一族にとって血とは、生命よりも大切な価値が在る。何の繋がりもない、ただの赤の他人に与える血など一滴もありはしない。

ボランティア目的の輸血とは、意味合いも重さもまるで異なる。その程度は、理解しているつもりだ。


『まず、立場をハッキリさせておくわね。貴方の存在は恐らく、彼らにも認識はされている。
月村すずかを条件付きで引き取った綺堂と月村の動向次第で、後継者争いに発展しかねないから。

ただ私の方も各方面に働きかけてはいたから、すずかやファリンの変化には恐らく気付いていない。

忍と同年代の男の子を、最重要の二人の護衛に雇い入れた事実が目立っているから』

『……プロでも何でもない、単なる一般市民を雇った綺堂家の思惑が掴めないということか?』

『怖い顔をしないで。私や忍にとって貴方は大切な隣人でも、何も知らない周囲はそう思わない。
となれば彼らが注目するのは人物像そのものではなく、書類に書かれた履歴。けれど、貴方には実績も何も無い。

良く見られて忍の恋人、下手をすればすずかの遊び相手程度にしか思われていないかもしれないわ』


 子供の御守りに、名家の誇りである血を与える義理はない。見下されている事に腹は立つが、逆の立場で考えれば納得出来る。

貧困なイメージで申し訳ないが、俺だって駅や公園に寝転がっているホームレスに物乞いされても無視する。

食べ物を分けなければ野垂れ死ぬのだとしても、自分の飯をやる義理はない。見殺しにしても、心は全く痛まない。


この世の中には、桃子達のような善人が居るのも分かっている。でも、誰もが皆博愛主義者ではないのだ。


『貴方は夜の一族との契約も断り、誓いも立てなかった。
責めている訳ではないし、あの時の貴方の選択は尊いものだった。貴方は人として、夜の一族と対等に接する事を選んだ。

だからこそ、彼らは貴方を世界中に居る人間の一人としか見ていない。貴方のよく言う、"赤の他人"でしかないの』


 人と人でない者、さくら達と俺が繋がっているのは血ではない。決して目に見えない、感情による繋がりなのだ。

世界の権力者達に理解出来る概念ではない。個人個人の繋がりは、本人達にしか価値がないものなのだ。


人間と夜の一族――種族の違いによる壁は厚く、剣では切り裂けない。


『そして、貴方が"日本人"である事もマイナスになっている』

『えっ、そいつらって日本人が嫌いなの?』

『日本人ではなく、日本という国そのものの価値が今世界中から評価を下げているの。
夜の一族の権力者達は財界のみならず、政界とも強く結び付いている。平和な表社会だけではなく、夜の闇に潜む裏社会にも御精通。

日本の政治は今一部の権力者達によって大きく歪み、壊されている。日本という国が、欲望に汚されているの。

政治に関する詳しい話は避けるけど、今では子供でも政治家は信じられない。
表立った差別にまで発展はしていないけど、国際的な評価は下がる一方なの。
日本の政治の腐敗を、もしかすると日本人よりも彼らは知っているかもしれない』

『ちょっと待て。つまり、こういう事か?

俺はは個人としても、人間としても――日本人としても、馬鹿にされている?』

『馬鹿にしているのではな――貴方相手に、誤魔化しても仕方が無いわね。言い方は悪いけど、その通りよ』


 日本の評価がそこまで悪くなっているとは、知らなかった。綺堂さくらの主観が入っているにしても、余程なのだろう。

権力の座にしがみつく総理、主権を握って意地でも離さない大臣――江戸時代の悪代官が、今の日本に存在しているようだ。

所詮俺は金を持たない旅人、世の中なんて底辺から見上げる事しか出ない。世界の頂点から見下ろす連中とは、視点が違う。


世界を動かす金を持ち、人を超える力を持ち、人ではない血を持つ奴等――夜の一族。


『という事は、世界会議にも――』

『……貴方は参加出来ない。一緒に連れていく事は、勿論出来る。海外の旅におけるあらゆる事に、保証する。
でも、会議の参席も――何処で会議が行われるのかも、教える事は出来ないの』

『招待状を貰っていないからな、パーティに参加なんて出来ないだろう。分かってたよ』

『聞いて。確かに難しいけれど、長が貴方に――』

『いいよ』


 綺堂さくらの言葉を遮る。彼女の言いたい事は、何となく分かる。何もかも任せておけば、多分お膳立ては整えてくれる。

このまま彼女につき従っていけば、可能性は低くとも展望は開ける。全て、任せてしまえば。

そうやって他人に責任を押し付けて、任せっぱなしにして――俺は、何人女を苦しめたのか。


変わらなければ、いけない。


『俺が自分で、彼らに会いに行く。ドイツまで、乗せていってくれればいい』

『貴方一人じゃ無理よ!? 西も東も分からないであろう! どうやって、彼らと接触するつもりなの!?
彼らは己の国で、確たる地位を持っている。各国の首脳でも気軽には会えないのよ!』

『分かってる。でも、自分から会いに行かないといけないんだ』

『……私や忍に迷惑になると思っているのなら、それは大きな間違いよ。
私達の方こそ、貴方には本当に迷惑をかけてしまったのだから』

『何言ってるんだ。これから迷惑を掛けるのは俺だぞ、さくら』

『えっ……?』



『俺は誰か一人から貰うつもりはない。"欧州の覇者達"、全員から血を貰うつもりだからな』















「……日本語通じないじゃん、この国」


 ――そして俺は異国の地で、独りになった。他人と、自ら出逢うために。
























































<続く>







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