とらいあんぐるハート3 To a you side 第七楽章 暁は光と闇とを分かつ 第一話
俺が海鳴町に流れ着いたのは今年の春、過ごした期間は半年にも満たない。滞在時間は最長だが、振り返ってみれば短い。
一箇所に長く留まらず国中を渡り歩いた一人旅、旅の連れはおらず孤独に剣を振っていた。独り善がりの鍛錬、弱い者いじめに等しい。
本当に強い人間は、あの町に何人も居た。誰にも、勝てなかった。自分以外の命を背負って、ようやく誰かの助けになれた。
一人で頑張って、何かを成せた事なんて一度もなかった。他人に救われて、誰かに支えられて俺はようやく歩けている。
優しい町から旅立って、今は雲の上。新しい世界に、俺の生きる道はあるのだろうか?
「良介様、不自由はございませんか? 御希望ありましたら、御遠慮なく申し出てくださいね」
「不自由というか……逆に、落ち着かないというか」
「安心して下さい。剣士さんには、わたしがついています。どんな事があっても、必ず守ります」
「味方しかいないだろう、この飛行機」
月村家の新人メイドのファリンと、次女の月村すずかが声をかけてくれる。落ち着かない素振りでもしていただろうか?
綺堂家のプライベート・ジェットが祖国を離陸、現在は大海原の遥か上空を飛んでいる。目的地までひとっ飛びだ。
ファーストクラスを超える、VIP待遇。世界のどの地域からでも出発手配が可能な飛行機、空の旅は快適そのものだった。
庶民の夢の乗り物は、綺堂と月村家のお嬢様達を載せて飛んでいる。
「侍君との海外旅行なんて、夢みたい……こうして二人で座っていると、まるで新婚旅行だね」
「お前が俺の隣に座ると我儘言うから、離陸時間が遅れたんだぞ!」
「旅はこれからなんだから、落ち着いて行かないと。プライベート・ジェットとはいえ、良介もちゃんとはしゃいでは駄目よ」
「窓際の席を譲らなかったお前が言うのか、それ!?」
プライベート・ジェットは三シート、俺を真ん中に左隣に忍、右隣に妹さんが座っている。
忍は色ボケ満載の理由で、すずかは護衛上の観点で俺の隣に。向かい側の窓際の席で、アリサは目を輝かせて外を見ている。
アリサの隣にはうきうきしているファリン、ノエルは何があっても動けるようにスチワーデス役で搭乗。
そして俺の対面に、プライベート・ジェットの主が上品に座っている。
「随分と、賑やかな旅になったわね。昨年までとは大違いだわ」
「前は忍とノエルだけだったからか」
「ええ、忍も仏頂面で黙り込んでいたから困ってたのよ。私が無理やり連れ出したようなものだから、仕方が無いけれど。
今年は率先して、会議に出席すると言い出したのよ。学校まで、休んで」
「さて侍君、今年忍ちゃんがこんなにやる気になったのは誰のおかげでしょう? 正解者には、私からの熱いキスが贈られます」
「お前、確か先月も休んでいただろう。留年するぞ」
「答えないだけではなく、人の急所まで突き刺した!? いいもん、いいもん。夏休み返上で侍君と補修に頑張るもん」
「俺、全く関係ねえ!?」
夜の一族の誓いは立てなかったが、自力で記憶を取り戻してさくらと忍から信頼は得られている。秘密も隠さずに、打ち明けてくれた。
五月に忍が休学して海外へ出ていたのは、自動人形ファリンの改修とすずかをさくらと一緒に迎えに行った為。
心無き人形と、感情のない少女――主の命令に従い、偉い人の言いなりになって彼女達は忍達と一緒に日本へ来たという。
「考えてみれば、酷い話だよな。世界会議が七月なのに、五月に引き取って人間のように育てるなんて。
たった二ヶ月で成果が出せなければ、さくらは一族から追い出されるんだろう」
「私が引き取る前にも、すずかは一族の権力者達に預けられていた。彼らの目的は以前話した通り、すずかの中に流れる始祖の血。
純血種の濃厚な血を家系に取り込めば、夜の一族の覇権を握れる。けれど、彼らはすずかに心を生み出す事は出来なかった。
無理な条件だと分かっていたからこそ、島国の一家系でしかない綺堂と月村に委ねられたの」
「失敗の原因は、自分達ではないと証明する為?」
「――察していたのね、その通りよ。それでもかなり無理を通したから、私の立場も危うくなっているの。
夜の一族から追放となれば、私だけの責任では済まない。綺堂家と、綺堂家に連なる家系が寒空に放り出されてしまう。
貴方流に言わせてもらえば、追放となれば責任を取って私は『切腹沙汰』になるわね」
夜の一族は、血を重んじる。一族の御先祖様の血ともなれば、直系――言わば、王族を意味する。月村すずかは、世界で唯一人の王女様。
綺堂や月村も日本では名家だが、世界に名立たる存在ではない。権力者達に申し出るだけでも、身を切られる無茶をしなければならない。
同情や憐憫だけでは、ここまで無理は出来ない。綺堂さくらは愛する家族の為に、文字通り腹を切る覚悟だったのだ。
一族郎党の期待を胸に、世界を敵に回しかねない危険を背負える女性――女の子一人の好意も受け取れなかった俺とは、違いすぎた。
「そんな顔をしないで。こんな話をこの娘達の前で出来るようになったのは、全て貴方のおかげなのよ」
「……俺は、二人を守り切る事は出来なかった」
「そんな事ないよ!? 侍君は、大事な手を犠牲にしてまで私を守ってくれた!」
「剣士さんはわたしとの約束を守り、全てを思い出して下さいました」
「二人がこう言っているのだから、貴方は立派に役目を果たしているのよ。申し訳ないのは、むしろこちらだわ。
先月は貴方に、随分と迷惑をかけてしまった。なのに、貴方はその全てを自分の中で受け止めてくれた。
良介……私は本当に貴方に感謝しているし、貴方の事を信頼しているわ。
これから行なわれる会議にも自信を持って、参加出来る。貴方が同行してくれて、私も心強いわ」
俺が褒められているのに、何故かアリサが窓の外ではなく俺を見て頬を染めている。何故お前がそんなにニコニコして、喜ぶんだ?
忍やすずかを守ったのは、お金の為。さくらの依頼を果たす努力をしたのは、大金を手に入れられる人間になる為だ。
自分本位の理由で喜ばれるというのも変な感じだが、女性の中では珍しく尊敬している人間に信頼されるのは悪くない。
「喜ぶのはまだ早いだろう。これから世界中から集まる一族の権力者達に、認められないといけないんだろう?
世界の名家の目は厳しいぞ。向こうからすれば、アンタには失敗してほしいんだ。いちゃもんつけられるかもしれないぞ」
「今のすずかとファリンを見て、人間らしくはないとは言わせないわ。
ねえ、すずか、ファリン。貴方達の将来の夢を聞かせてくれる?」
「正義の味方になる事です!」
「剣士さんの護衛を務める事です」
「ふふふ、そう――良介の事はどう思っているの?」
「良介様の事は 大、大、大、大好きですー!」
「剣士さんは、世界で一番大切な人です」
「……洗脳を疑われるレベルよね、これって。さすがは、私の初恋の人」
「忍の変化にも十分驚かされているのよ、私は」
満面の笑顔でぶんぶん手を振って応えるファリンと、物静かに自らの熱い想いを語る妹さん。本音である事は、疑いようもない。
ファリンの姉のノエルも、すずかの姉の忍も、誇らしげに自分の妹達を見つめている。さくらもやや呆れ顔だが、嬉しげだった。
初対面では片や無関心、もう片方は命すら狙われた相手。彼女達の変化は、俺にとっては複雑だった。
人間ではなくとも、たった一ヶ月でここまで成長出来る。なのに、人間である俺は何も変われなかった。
「すずかやファリンが貴方を好きになる可能性は十分考えられた。正直に言うと、二人を変えるのはその一点にしかないと思ってた。
二人の姉である忍やノエルの変化を見ていて、私は貴方に賭けてみた。雲のように薄い可能性であっても」
「意外とロマンティストなんだな、あんた」
「失礼ね、私だって女よ。少女漫画のような物語にも憧れるわ。美しい話じゃない――愛を学ぶ事なんて人となる、なんて。
けれど、私の予想は大外れ。貴方は私の見込みとは、良い意味でも悪い意味でも全く異なる人間だったわ。
すずかは何故か貴方を守る護衛になっちゃうし、ファリンなんて世界を守る正義の味方よ?
誰が、二人がこんな人間になると予想出来るのよ……権力者達が引っ繰り返るのが、今から目に見えるわ」
困った顔をしているのに、さくらはとても楽しげだった。依頼は果たせなかったが、期待に少しは応えられただろうか?
俺の手柄と言えるのかどうかは複雑だが、二人は確かに変わった。この二人を見て、金持ち連中がどう思うのか気にはなる。
少なくとも――誰がどう見ても、人形だなんて思えない。二人は自分の意志と願いを持った、人間となっていた。
「だから、こちらは何の問題もないわ。問題が多いのは、むしろあなたの事情ね」
「権力者達に用があるのは、こっちも同じだからな。何しろ――」
今回の、旅の目的。壊れた腕を治す、唯一の手段。それは、
「世界の主要国に君臨する、夜の一族の名家――彼女達の血が、目当てだからな」
今度の舞台は、世界。敵は、王子様とお姫様。
剣でも魔法でもなく――権力闘争に、挑まなければならない。
<続く>
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