とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第九十二話







 神咲那美を誘拐した犯人との心理戦――瀬戸際だったが、覚悟を固めていた分こちらが一歩上だった。

暴力を上乗せした脅迫に屈した安次郎は、俺の携帯電話を使って部下に病院へ連れて来るように命じる。余計な事は、一切言わせない。

黙って待つ事十分、無事に解放されるのか不安はあったが顔には出さない。それもまた、覚悟の内。不安を見せれば、弱みとなる。


他に罠を仕掛けていれば、こいつも無事では済ませない。血に染める決意は、結局無駄に終わった。


「良介さん!」

「那美――よかった、無事だったか……」


 病室のドアが開いて、制服姿の神咲那美が飛び込んでくる。安堵する俺の胸の中で、彼女は嗚咽を漏らした。

昨晩はチンピラチームに絡まれて強姦未遂、今日は誘拐されて人質扱い。そのどちらも、遊びではすまない被害だった。

彼女には何も関係がないのに危機に遭い、心に深い傷を負わせてしまった。罪悪感を感じない心でも、怒りくらいはわき出てくる。


ファリンに締め上げられている安次郎は、這い蹲りながらも怒鳴り声を上げる。


「ほれ、ちゃんと解放したやろ。さっさと、離さんかい!」

「誘拐犯が偉そうにぬかすな。警察呼ぶから大人しく待っていろ」

「ど、どういう事や! 約束を違えるんか!?」

「失礼な事を言うな、警察が来たら・・・・・・ちゃんと解放してやる」


 俺は解放すると約束したが、許してやるとは一言も言っていない。半殺しにでもしてやりたいが、病院内で暴力沙汰はまずい。

那美が入室したところを見ると、シャマルも人払いの結界を解除したらしい。後は警察で対処してもらおう。

安次郎は口汚く文句を並べるが、逆上はしない。自動人形であるファリンの存在は、こいつにとって警察以上の脅威だった。


恐怖と安堵で涙を流す那美をなだめていると、携帯電話に着信が入った。


「――部下からの電話? おい、おっさん。他にも、妙な真似はしていないだろうな。
正直に話さないと、腕の骨をへし折るぞ。こっちも腕をやられているからな、容赦はしない」

「な、何もしてへん!? ほんまや!」


 解放を命じた際に安次郎がかけた電話番号が、携帯電話の画面に表示されている。緊張感が高まる。

惚けているが、このおっさんが忍に刺客を放ったのはほぼ間違いない。俺と同じく、両腕を再起不能にでもしてやりたいくらいだ。

俺の敵意が伝わったのか、おっさんは慌てて弁明する。となると、おっさんの部下が何か不審を感じて連絡を寄越したと見るべき。

無視してもいいが、万が一にでも独断で行動されるのはまずい。おっさんに出させたらSOSするだろうから、俺が電話に出る。


利き腕は動かないが、もう片方の腕は痛みを堪えれば何とか動く。俺は通話ボタンを押した。


「――もしもし」

「宮本良介様ですね、電話越しで失礼致します。
私は今月より・・・・、月村安次郎様の秘書を務めさせて頂いている者です」


 大人の女性の声が、耳をくすぐる。綺堂さくらのような優しさを感じさせない、相手を惑わす艶やかな声。

姪の財産を狙ってはいるが、安次郎本人は別に貧乏人ではない。秘書の一人や二人、いても不思議ではない。

しかし、このタイミングで安次郎の秘書が俺に直接電話してくる理由が分からない。こいつも、この悪事に加担している……?


「どうして俺の名前を知っている」

「安次郎様より、貴方様についてはお聞きしております。
この度は友好的な関係が結べず、主人共々非常に残念に思います」


 警戒度が跳ね上がる。何の関係も無い女学生を人質に取りながら、平然と脅迫相手と対話出来る神経。

そして主から解放を命じられただけで、この場に起きた状況を概ね把握している。主の危機を感知しながらも、焦りをまるで見せない。

声色で美人だと想像出来るが、嘗めてかかるのはまずい。今の状況はこちらが有利、強気で応対する。


「こいつの全財産を慰謝料代わりに差し出すのなら、多少は仲良くしてやらんでもないぞ」

「御冗談を。金銭で満足される御方ではないでしょう、貴方は」

「持ち上げているのか、妥協を求めているのか分からんが、何にしても話す事は無い。次は、裁判所で会おうぜ」

「失礼ながら、この件を表沙汰にするのはあまり賢明ではないと思われますわ」

「悪事の片棒を担いだあんたにとっても、都合が悪いだろうからな」

「――そして、そちらの女性の方にも。お可哀想に、昨晩も・・・随分酷い目に遭わされたようですわね。
事件が明るみに出れば、世の方々が見る目も変わるでしょう。これからの学校生活、不自由なく送れるといいのですけれど」


 昨晩の事を知っている、どうして!? いや待て、そもそも何故神咲那美が俺の関係者だとこいつらは知ってたんだ?

たまたま病院に来たから攫ったとは、考え難い。明らかに知っていた上で、那美を狙って誘拐を企てたんだ。

俺の行動が、調べられている……? またあの情報屋の仕業か? しかし、こいつらとの繋がりが――くそ、分からん。


「……随分と、趣味が悪いな……未成年の心をいたぶるのが、そんなに楽しいか」

「同じ女性の心を思い遣っただけですわ、宮本様。どうぞ、賢明な御判断を」

「……」


 安次郎を警察に突き出せば、この女は昨晩の事件を公表してしまう。俺は別にどうなってもいいが、人質になった那美に迷惑がかかる。

夜の一族では発言力がなくとも、金があるというだけで資本主義の世の中では力を発揮出来る。マスコミは断じて、国民の味方ではない。

ある事ない事書かれて、一番傷付くのは那美だ。これ以上傷付ければ、那美の魂が壊れてしまうかもしれない。


先月のような悲劇は、もう御免だ。プレシアやフェイト、アリシア――女の絶望なんぞ、見るのも聞くのもうんざりする。


「ちっ、分かったよ。お前の主は、ちゃんと帰してやる」

「ありがとうございます、宮本様。貴方様が度量の深い御方で、私も主も大変嬉しく思っております」

「お前の主は感謝感激と言う感じじゃないけどな」

「いいえ――私の主・・・は、貴方様に大変深い興味を抱いておられます。
特にこの度の手際、実に見事でございました。一見不利な状況であっても機を逃さず、先手を打たれる――尊敬いたします」


 本当に尊敬の念を感じられる事に、俺は戦慄を禁じえなかった。俺の手腕だと誤解しているようだが、シャマルの策は見抜いている。

ようやく、得心がいった。この誘拐騒動、大胆な手段でありながら繊細な手口。なのに、敵陣にのこのこ顔を出す間抜けぶり。


その矛盾も、こう考えれば納得出来る。行動に移したのは安次郎――でも誘拐を企てた真犯人は、こいつだ。


この女が直接指揮を取っていたのなら、直接脅しをかける隙は見せなかったはずだ。

今回は安次郎の傲慢と卑劣で、何とか足元をすくう事は出来た。しかしこの女が秘書を務めているのなら、今後は油断出来ない。


「安次郎のおっさんは、病院の前にでも放り出す。拾いたいなら、勝手にしろ」

「分かりました、迎えに参ります。御安心下さい、安次郎様が御無事であるのでしたら事を荒立てるつもりはございません」

「だろうな、そんな事をするメリットはない。それに――」

「それに?」


「相手を斬るのなら、確実に殺せる時を狙う」


「……うふふ、随分と物騒な事を仰られるのですね。まるで殺し合いを望んでいるように」

「――」

「いずれお会い出来る時が来るのを楽しみにしておりますわ。御機嫌よう、陛下・・


 陛下? 問い質すより前に、電話は切られてしまった。握り締めている携帯電話が汗ばんでいるのに気付く。

冗談じゃない。月村安次郎より、この電話の女の方が余程手強い。このおっさん、強力なブレーンを雇い入れやがった。

相手も感じていたらしい。いずれは、直接戦う事になると。戦場に身を置いていると、時折こういう感覚が生まれる。

思春期ゆえの思い込みだと思いたいが、相手も同じ気持ちなのだから性質が悪い。やれやれ、女ってのはどいつもこいつも手強いな。

ひとまず、ファリンに頼んで安次郎を病院の前に放り出すように頼んでおく。渋ったが、何とか納得してくれた。

悪を退治するよりやるべき事があると、ファリンも分かったのだろう。DVDでもこういう場面があった。


悪に襲われたヒロインを、主人公が優しく慰める――俺には向かないが、那美は放っておけなかった。


ファリンも安次郎を引き摺って出て行き、病室で那美を二人っきり。はやてを連れたシャマルも、まだ戻ってこない。

他人を傷つけるのは得意でも、他人に優しくするのは非情に苦手だ。キザな言葉なんて思い浮かばないので、思った事を話すしかない。


「悪かったな、那美。昨日の夜といい、お前には迷惑ばっかりかけている」

「……いいえ、良介さんのせいではありませんから。私こそ、良介さんにご迷惑ばかりかけています」

「何言ってるんだ。昨日だって、お前は俺を心配で来てくれたんだろう。その気持ちは、ありがたかったよ」

「私も、こんな事を言うのはどうかと思うんですけど……嬉しかった、です。

私を助ける為に、良介さんは危険だと知りながら、あの人達に連れて行かれて――私を、庇ってくれたんだって。

赤い髪の女の子も、言っていました。あいつにとって守りたい者が、私なんだって」


 二人でベットの上に座り、肩を寄せ合っている。息遣いまで感じられる距離で、お互いを見つめていた。

無事である事を喜び合うように、気持ちが通じ合っている事を確かめるかのように。


魂の連結が、男と女をより身近にしていた。


「それに怖かったけど、良介さんの気持ちが伝わってきてすごく励まされたんです。
どんなに怖い事が起きても、私は独りじゃない。良介さんがいつも心に居てくれる、その事がとても温かく感じられて。

良介さんはずっと、私を守ってくれているんです。だから、私は迷惑になんて思っていません。

その、こんな事になっていますけど……」


 魂が繋がり合った、不思議な関係。混ざり溶け合って、心が結びついている。

最初は魂、次は感情。そして今は、気持ちが通じ合っている。お互いを意識すればするほど、連結は強くなっていく。

那美だってそれは分かっているのに、今度は自分から――俺を、求めてきた。


「魂まで繋がった相手が良介さんで、本当に良かったと思っています。いいえ――

良介さんじゃないと、私は嫌です。良介さんが、いいんです」

「な、那美……」


 那美の方から身体を寄せて、薄っすら頬を染めて顔を上げる。期待と不安に揺れる瞳は、そっと閉じられた。

本気なのか……? 彼女が求めているものはハッキリしていた。那美が女で、俺が男である以上、すぐに理解に至れる。


優柔不断で悩んでいるのではない。身体まで繋がってしまうと、連結はさらに強くなりどうなってしまうのか予想出来ない。


しかし、忍の記憶を取り戻す為に俺が自分から那美を求めた。自分の都合で、彼女との繋がりを強くした。

今度は、俺からきちんと返すべきかもしれない。純情な少女が、勇気を振り絞っているのだから。

俺は彼女の顎を持ち上げて、そっと自分の唇を――



「――あ・な・た・と・い・う・ひ・と・は……」



 あっ――この部屋、監視されていたんだっけ?


「何をやってるんですか、この変態ーーーー!!!」


 多少歩み寄れても、男と女というのはそう簡単に仲良くなれない。他人を理解するというのは、それほど難しい。

それでも――素直な気持ちで口喧嘩出来る関係というのも、ありだとは思う。
























































<続く>







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