とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第九十話







 神咲那美が、月村安次郎に誘拐された。ファリンよりそう告げられた俺は、即座に正面玄関から外へ出た。

辺りを見渡したが、嫌味な高級車が走り去った様子もない。手遅れだと分かっていたが、悔しさを感じずにはいられない。

海鳴大学病院は、海に面した広い土地に建てられた施設。その分交通路は限られていて、相手が車でも先回り出来なくも無い。


自分の身体が万全で、外出を禁止されていなければ――先日町中でチンピラチームと戦争したばかり、これ以上の問題は起こせない。


自分の姪の財産を狙う醜悪な叔父に女が攫われたのに、最初に考えたのは自分の都合。俺も所詮、あのおっさんと大して変わらない。

病院関係者に不審に思われたくは無いので病院へ戻り、ひとまず自分の病室へと戻った。


「二号、正義の名の下に彼女を取り戻しましょう! わたしも一緒に戦います!」

「……お前は本当に、いい子になったな……」

「二号のおかげで、わたしは己の宿命を悟ったんです。か弱き人々を守る為に、わたしはこの世に生まれたのだと!
改造されたこの身体は正義に順じて、悪を討つ――その為に、あるのです!」


 映画館で買ったライダーのお面を掲げて、ファリン・K・エーアリヒカイトは己の生まれた理由を誇り高く語る。

人間により近付ける事を目的として作られた古代技術の芸術品は、人を超えたヒーローとなった。

製作者も驚くであろう変化ははたして進化か、それとも変質か――ノエルは純粋に喜び、さくらは困り果てていた。

ひとまず強力な味方であることに違いは無い。早速、彼女の助けをかりる事にした。


「一号、これから対策を練るからこの病室に誰も近付けないでくれ」

「さ、作戦会議ですか! 作戦会議ですね!?」


 仮面が無ければ可憐な瞳を眩く輝かせていただろう。夢見る乙女のように、ファリンは俺を見上げる。

そんな事に食いついてくるとは思わなかったが、参加させる訳にはいかない。頭脳労働に向いているなら、最初俺を襲ったりはしない。

こいつを言い包めるのは非常に簡単だ。子供を説き伏せるのと同じ要領でやればいい。


「ああ、これから会議を行う。分かるな? これは極めて重要な会議、人の命が懸かっている。
だからこそ、悪の介入には注意しなければならない。正義の遂行を脅かされる事が、あってはならないんだ」

「分かります! 大事な会議の場を狙って、悪が怪人を送り込んでくるんですね!」

「そうだ。一号、お前のやるべき事は何だ?」

「会議の場を死守し、送り込まれた悪の手先を倒すことです! 任せて下さい、二号!!」


 アニメのヒロインのような可愛い声で、特撮の主人公のような台詞を上げるファリン。単純明快で、助かる。

彼女を病室の前に立たせて、俺は中に入った。見舞い客を追い出す事になるが、正直相手をしている余裕は無い。

仮面をつけた女の子のやる事なら、大人は笑って見逃してくれるだろう。俺は病室の中へ入って、締め切った。


「ど、どうしたん……? 正義だの悪だのと騒いで――」

「ちっ、もう検査が終わったのか。命に関わる病気とか見つかってくれれば、もっと遅くなっていたのに」

「自分の都合で、わたしを病にせんといてや!? 何や、また悪巧みしてるんか?」

「お前には関係ないよ。大人しく寝ていろ」

「シャマル、知ってたら教えて」

「この人に関わった女性が、何者かに誘拐されました」

「誘拐!? 大事件やないか!」

「何でべらべら喋るんだよ!?」

「わたしの主は貴方ではなく、八神はやてその人です。主の命を第一とするのは当然です」


 主の為ならば、攫われた那美の危険が増そうと知った事ではない。言外でそう断じているこの女を、殴りたくなった。

美人で頭が良くても、所詮はプログラム。主以外の人間なんて、考慮もしない。人の顔をした、機械だった。

完全な機械であるファリンでさえ、正義に燃える心を持っているのに――組み込まれたシステムは、絶対に変わらないという事か。


「やめとき、シャマル。人の命が関わっているんやから、言い合いしている場合やない」

「はやてちゃん……でも、その女性はこの人が関わったせいで誘拐されたんですよ!?」


「――俺が関わったから?」


「あの子は誘拐犯の事は知っていたのに、攫われた女性については顔を知る程度の認識しかありませんでした。
もし両者に直接の面識がないのだとすれば、関連性を持つ人間の線を考えるのは至極当然の帰結です。

貴方の関係者だったから攫われた――貴方の弱みを握る為だけに、その人は今危険に陥っているんです!」


 ファリンの証言と俺の行動や言動から、誘拐に至る背後関係までをシャマルは推察した。しかもその解答は、完璧である。

知人の人間関係までは知らないが、那美と安次郎に直接の繋がりがあるとは考え難い。俺に無縁とは考え難い。

忍とは花見などで知り合ってはいるが、すずかとはほぼ無縁だ。犯罪を侵すほどの価値はない。

俺と関わって那美は魂の半分を削られ、連結してしまい、その上自身にまで危険が及んでいる――


「――シャマル、いい加減にしいや」

「は、はやてちゃん……?」


 八神はやては、ベットから身体を起こしていた。シャマルに向けるその視線は、いつになく厳しい。

ただ起き上がったというだけで、百戦錬磨の騎士が気後れしていた。圧倒される空気を、小さな子供が発している。

魔力でも、才能でも、何でもない。八神はやてという少女が持つ独特の空気、不遇に負けない強い心が騎士を威圧していた。


夜天の主が、厳かに告げる。


「良介は何も悪くない。罪に問われるのは、その人を攫った犯人や。責めるべき相手を、間違えたらあかん」

「で、ですが、この人に関わらなければ彼女は巻き込まれずに済みました。それも事実です」

「それはわたしも否定せえへん。わたしかて良介に会って、ほんまに色々な事に巻き込まれた。
怪我した事もあるし、泣かされた事もある。悲しい思いをさせられて、怒り狂った事だってあった。死ぬような目にも。

その全ては、わたしが感じた想いや。良介を肯定するのも否定するのも、わたし自身であり――その人や。

わたしは良介に会って嫌な事がいっぱいあったけど、会えて良かったと思ってる。これからもずっと、家族でいたい。
その人は違う気持ちかもしれん。でも、それを決めるのはその人やよ。シャマルが決めつけたらあかん」

「……そう、ですね……すいませんでした……」

「ううん、シャマルがそこまで言うてくれるのは、わたしを思っての事やろ。その気持ちは嬉しい。
わたしはシャマルに良介と仲良くなるように、命令するつもりはないよ。そうなってほしいけど、それはシャマルが決める事やから。

言い過ぎたり、やりすぎたら、口出しはするけど――いい感じに収まるんちゃうか、とは思ってる」


 そういうはやてはニコニコして、俺をジッと見ている。俺となら仲良くなれると、信じ切っている瞳だった。

人間愛を訴えるだけの少女では、既に無くなっていた。皮肉にも、俺に一度裏切られた事で人間の醜さを知ったらしい。

はやての命が危ないと知りながら内緒で融合を続け、その事実がばれた時はやては裏切られた怒りと悲しみで夜天の王と化した。


純粋素朴な少女は裏切りの味を知りながらも、人間不信とはならず人の弱さと醜さを受け入れた。


受け入れられたのは多分俺の存在ではなく――俺より長く生きる年寄り達との、対話があったからだろう。

人は汚れを知らずして、生きられない。夢見る子供は今、自分で夢を探すべく立ち上がろうとしている。

大人がダサい真似は出来ない。気持ちを切り替えて、対策を練り始める。


「シャマルの推察だと忍や妹さんではなく、俺に狙いを絞って関係者を攫った事になるな」

「何が起きているのかよく分からんけど、誘拐犯が誰なのかもう分かってるみたいやね。警察に通報するべきやと思うけど」

「いや、警察に言って公の事件になると海外行きの話が――それが、狙いか……?」


 考えてみると、おかしな話だ。奴は忍の財産を狙っていたのは事実だが、直接手出しはしなかった。

毎日のように嫌がらせをしたり、怪我を負わせたり、やりたい放題やっていたが全て手下にやらせていた。

さくらに追い詰められての強行策? だったら何故忍やさくらではなく、俺に狙う……?


「貴方の海外行きを阻止する事で、その人が得をするのですか?」

「俺が海外に行かなくなっても、俺の雇い主が奴を追い詰める手筈になっている。何も変わらんよ」

「何も変わらないのなら、何もする必要はありません。貴方が行かない事で利するからこそ、誘拐という大胆な手段に出れたんです。
貴方が思い当たっていないだけだと思います。よく考えてください」


 チクチク言いやがるが、嫌な感じはしない。はやてに怒られて、少しは反省したのだろう。助言に従って、よく考えてみる。

海外で行われる、夜の一族の大会議。長を筆頭に高貴な血族が集い、権力者達による世界規模の会議が開催される。


この会議で注目されているのは、夜の一族の偉大なる祖先の血を持つ女王候補、月村すずかのお披露目。


現代に現れた、高貴なる純血種。次なる長の資質を持つ少女が、人の世界の頂点に立てるのか試される。

結果次第では一族追放となる綺堂さくらは、今から自信に漲らせている。すずかとファリンは必ず認められると、確信していた。

この六月身近にいた俺もそう思う。今の彼女達はもう言いなりの人形ではない。糸を切って、自分の意思で行動している。

言い換えれば、俺の言いなりでもないという事。別に俺が参加しなくても、あいつらは自分の意思で――


「アリサちゃんから聞いたけど、良介って今忍さんの妹のすずかちゃんに護衛されているんやよね。
前にわたしが図書館で会った事のある娘やと聞いて楽しみにしてたけど、今日は来てないの? その娘は大丈夫なん?」

「大丈夫――だとは思うけど、あの娘を狙うつもりなら俺の関係者を攫ったりしないだろう」


 チンピラチームとの抗争に付き合わせる訳にはいかず、護衛の資質を問うて妹さんを俺から離れさせた。

同じく訪ねて来られると困るクイント・ナカジマを追い払うべく、彼女の思考を稚拙ではあるが誘導したのだ。

ファリンがあの子を無視するとは考え難い。何も言って来ないところを見ると、少なくとも問題はないのだろう。

クイントと接触したのはまず間違いないので、何か揉めているのかもしれない。何にしても彼女は恐らく無事だ。


「護衛というからには、常に貴方の傍にいる必要があります。
海外行きの話が無くなれば、その子も海外には行けなくなりますよ」

「何を言ってるんだ、お前。俺と世界会議、どちらが大事だと思ってるんだ?」

「良介こそ何を言うてるんや。子供の意思と大人の都合、すずかちゃんがどっちを優先すると思ってるん?」

「妹さんがそういう意思だったとしても、他が許さないだろう!?」

「貴方は本当に、人間の心理というのが分かっていませんね。心理戦では、相手への揺さぶりが大きな効果を発揮します。
例え本人の意志では曲げられない事であったとしても、自分の意思で行くのと不本意に行くのとでは大きな違いです。

ましてや世界会議とまで言うからには、非常に重要なのでしょう? その子の意思次第で、結果は大きく変わります」


 はやてに子供心を指摘され、シャマルに人間の心理を追求されてしまう。どっちも、その通りだった。

妹さんは俺に言いなりの人形ではないが、俺の護衛を望んでいるのは事実なのだ。あの子の意志の強さは、確かなものだった。

叔母である綺堂さくらに注意されても、徹夜で説き伏せてまで俺を守る事に熱心だった。


そんな子が大人の都合で無理やり連れ出されて、人間らしく振舞えるか? 絶対に、無理だ。


それこそ昔のような、相手に言いなりのお嬢様でしかない。まず間違いなく、お披露目は失敗に終わる。

お披露目が失敗すればさくらは一族追放となる。追放されたら、あの男を失脚させるのは無理だ。


うげっ、俺が海外に行かなくなる事で連鎖的に奴が救われる結果となってしまう。目的は間違いなく、コレだ。


「うぐぐぐぐ……」

「ほらやっぱり、貴方が原因じゃないですか。貴方の行動次第で、全ての結果が覆されますよ」

「分かってるよ! くそ、あの中年太り。だらしのない風体のくせに、妙に繊細な策を練るじゃねえか!」


 天使のように繊細で、悪魔のように大胆な策だった。後が無くて暴走したように見せているが、これは搦め手だ。

自分の手を汚せない人間には、不可能な策。直接的かつ間接的、犯人が分かっているのに手出しできない。

目的は明らかなのに、阻止する手段が思い浮かばない。あの親父、これほど頭が良かったのか?

こんな策が練れるのなら、他人嫌いな忍お嬢様一人くらい追い詰める事は出来ただろう。何故、そうしなかったんだ。

俺が相手の時に限って、頭の良さを発揮するなんぞ運命の悪戯としか思えない。


「相手がどういう行動に出るか、予測できるか?」

「私が貴方を助ける理由なんて――」

「頼む、教えてくれ」

「きゅ、急に真面目な顔をしないでください。そんな顔をしても、誤魔化されませんよ。
海外行きの話がなくなるのは、私にとっては本意です。はやてちゃんに叱責されようと、私は譲りませんから」


 シャマルにとって一番大事なのは、八神はやての安全。その安全を脅かしているのは、俺の法術による頁の改竄。

それを阻止するにも、監視の目が届かないのは彼女にとっては不都合。誘拐による脅迫は、こいつにとって不利益は生まない。

他人の危険よりも、自分の主の安全。なるほど、分かりやすい話だ。俺だって赤の他人が誘拐されたのなら、自分の意思を優先する。


だが、神咲那美は自分より俺の命を優先してくれた女。あいつだけは――見捨てられない。



「分かった。海外行きの話は諦める。その代わり、あの娘を助けるのを手伝ってくれ」



「りょ、良介!?」

「……本気、ですか……? 自分の都合より、その女性の安全を優先すると……?」


 身が引き裂かれるような、決断。自分自身の存在意義すら問われかねない、苦渋の決意。

でも、


「違う。俺の意思で・・・・・那美を助ける。俺が望んだ事だ。
他人なら裏切れる。自分だって騙せる。でも――魂にだけは、嘘はつけないんだ。

俺を信じろ、なんて言わない。約束を違えたその時は、俺の魂を引き裂いて頁を改竄しろ」

「……っ……、何なんですか、一体……


――貴方という人間が、分からなくなりました……」


 彼女は明確に、返事はしなかった。ヴィータの時のようなチーム戦は、やはり望めそうに無い。

お互いに相手を傷つけ、主義主張を擦り付け合っているくせに、自分の都合次第で相手と手を組む事も出来る。


なんて、醜い。人でなしのくせに――まるで人間の、男と女のような関係だった。


「それで、どうすればいいんだ?」

「急かさないでください。まずは、先手を打ちましょう」

「先手? もう打たれているだろう」

「貴方の言っているのは、喧嘩においての先手。私が言っているのは――戦争における、先手です」


 こうして仮初の同盟は結ばれ、一切の血を流さない心理戦が行われようとしていた。
























































<続く>







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