とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十八話
チンピラチームとの抗争は何とか片はついたが、昨晩の病院脱走がばれて別室送りになってしまった。
個人部屋から団体部屋へ移されてしまい、海鳴大学病院内でも監視がつくようになった。トイレくらいしか、一人になれる時間がない。
監視役は八神はやて、そして――湖の騎士、シャマル。
「検査入院するらしいな。ついにガンにでもなったか、可哀想に」
「家族に何て事を言うんや!? リハビリもかねて、この足の検査と治療をしてもらうんやよ。
これからも良介のお仕事を手伝っていくなら、ちゃんと診てもらった方がええとアリサちゃんに勧められてな。
良介が海外に行って手を治す間、わたしもこの病院で足を治す努力をする」
車椅子生活を送っていた少女の足が、最近反応を見せ始めた。回復には繋がらなくとも、少女にとっては人生が変わるほどの変化。
一度検査してもらったが、今回は社会復帰を見据えた本格的な検査入院となるらしい。
今日から正式に入院する事になって、はやては手荷物を整理しながらそう説明する。
――フィリスがはやてを看てくれるのなら、俺も安心して海外へ行ける。俺はあいつを、信頼していた。
「仕事はあたしの代わりに、今日からヴィータが行ってくれる事になったんよ」
「……あいつにジジババの相手なんて出来るのか?」
「あはは、今日はアリサちゃんが一緒や。ゲートボール、教えてもらうんやって」
なるほど、はやてのような介護としての立場ではなく、祖父母と孫のような関係で相手をさせるのか。
子供に優しくしてもらうのも悪くはないだろうが、子供と一緒に遊ぶというのもいいかもしれない。
ぎくしゃくするだろうけど、ヴィータは老人に悪態をつくような奴ではない。粗暴な振る舞いはしないだろう。
「問題はヴィータより良介や、フィリス先生に聞いたよ。昨日の夜、病院を抜け出して怪我したそうやな?
わたしがちょっと目を離したら、すぐ悪さをするんやから。今日からちゃーんと行動を見とくからな」
「ちょっと見ない間におばはんみたいな口調になってるぞ、お前」
年寄りの面倒ばかり見ていたせいか、うちの家主は主婦めいていた。家族が増えた事も一因している。
元より、もう病院を抜け出すつもりはなかった。抗争にも決着がついた、これ以上問題を起こす気はない。
穏便に済ませてくれたフィリス、助けてくれたヴィータに報いるためにも、早く海外へ行って早く手を治してこよう。
「私もお手伝いします、主――はやてちゃん。この男は油断なりません。
はやてちゃんの目の届かないところでどんな悪さをしているのか、分かったものではありませんから」
……その為には、目の前の障害を取り除かなければならない。湖の騎士シャマル、海外行き反対派の第一人者。
ヴィータは比較的分かり合える余地があった。ゲートボールでは共闘出来たし、強きをくじき弱気を助ける任侠の徒だった。
この女は違う。最初から俺を敵視しており、感情的に責め立ててくるので始末に困る。
それだけならただの馬鹿女ですむのだが、基本的に頭が良く判断力はあるので性質が悪い。
問題行動を起こしているのは事実だし、夜天の魔導書の改竄はほぼ間違いなく俺の法術が原因だ。そこをつかれると弱い。
歌姫フィアッセ・クリステラに匹敵する、白人の美人女性。その心は、難攻不落の要塞だった。
「病院抜け出したのは問題やけど、ヴィータやミヤが一緒だったんやろ?
フィリス先生からもしっかりお説教してくれてるんやし、今回だけは許してあげよう」
「そういえば、あのチビスケはどうしたんだ。お前と一緒じゃないのか?」
「ここ」
入院中の着替え等を入れた鞄の中で、小さな妖精がすやすや眠っていた。昨晩病室の番をしていて、疲れきったらしい。
脱走がばれたので結局見張りはあまり意味はなかったが、病院を気にせず暴れられたのはこいつのおかげだ。
文句を言わず、今日はゆっくり寝かせてやろう。俺も徹夜で戦い続けたので、少し眠い。
「ミヤちゃんは元々賛成してましたけど、少なくともヴィータちゃんは昨日までこの男の海外行きに反対してました。
なのに、今日になって突然賛成に回ったんですよ!? 夜中に連れ出してヴィータちゃんに何をしたんですか、いやらしい!」
「お前のその発想の方がいやらしいわ!」
ヴィータは見た目、はやてと変わらない年頃の女の子だぞ。誰がどう見ても、手を出したら犯罪である。
俺だって坊さんじゃない。性欲だって人並み以上にあるし、いい女を抱きたい欲求はあるが、相手くらいは選ぶ。
特にヴィータの場合、手を出したらハンマーが華麗に俺の脳天を砕くだろう。文字通り、鉄槌を食らうぞ。
「では、昨晩何をしていたんですか!? やましくないのなら、答えられるはずです!」
「ヴィータと一緒に喧嘩してた」
「ほら、やっぱり嘘をついた。そんな怪我をしていても、私の目は誤魔化せませんから!」
本当の事を言ったのに怒られたぞ、どうしろと言うんだ。どうせ疑われるだろうと思って言ったけど。
それにしても、今気付いたのだが――書の改竄がどうとかいう以前に、俺個人を嫌っているらしい。
人間としてどうとかではなく、男として。女が男に嫌われるというのは、誤解を解く云々どころではない。実に厄介だ。
この前学校に行った時、女教師である唯子のジャージを脱がしたのを見られたのがやはりまずかった。変態扱いされている。
「シャマルは何で良介をそんなに嫌ってるんや? 尊敬出来る人やないし、悪い事ばかりしてるけどほんまは優しいんやよ」
「駄目よ、はやてちゃん。優しさが取り柄の男性なんて、言い換えれば他に何も持っていないという事なの。
探せば幾らでも居る人を好きになりたいの? 違うでしょう。
折角女の子として生まれたのだから、とびっきり素敵な男の子に恋をしましょう」
――こいつ、もしかして……? はやてに優しく語り掛ける女の背中に向かって、俺はニヤリと笑いかける。
俺の推測が正しければ、この女を責め立てる良い材料となりえる。とんだ隙を見せたな、ブロンド女。
この俺がいつまでも言われっぱなしで黙っていると思うのか! 反撃してくれるわ。
「ねえねえ、シャマルさん」
「気持ち悪い声で話しかけないでください、汚らわしい!」
「お前――今まで、恋愛した事がないだろう?」
「なっ!? な、何を言うのですか! 根拠もない事で侮辱するなんて許しませんよ!」
「ほう、だったらお前の恋愛経験を聞かせてもらおうか」
「どうして貴方に私の恋愛経験を話さなければいけないのですか!」
「はやて」
「あ、わたしも聞いてみたい」
「えええっ!? は、はやてちゃんまで!?」
何が「とびっきり素敵な男の子」だ、処女臭い台詞を吐きおって。なのはやフェイトならともかく、一人前の女性が言う事ではない。
偉大なる魔導書も、恋愛に対する知識まで記されていないようだ。どれほど頭が良くても、無い袖は振れない。
ニヤニヤする俺を見て、シャマルは屈辱に震えている。おらおら、何か言ってみやがれ。
「わ、私ははやてちゃんの騎士です。主を守る事だけに、この身の全てを捧げています。
戦う術を心得ていればいいのです。恋愛の経験なんて不要です」
「"駄目よ、はやてちゃん。使命が取り柄の女性なんて、言い換えれば他に何も持っていないという事なの。
探せば幾らでも居る騎士に守ってもらいたいの? 違うでしょう。
折角主として生まれたのだから、とびっきり素敵な騎士に守ってもらいましょう"」
「何が言いたいんですか、何が! は、はやてちゃん、笑わないでください!?」
シャマルの声真似をしたら、はやてが病院のベットの上で腹を抱えて悶えている。ツボにはまったらしい、よっしゃ。
近頃、陰鬱な事件が多くて気が滅入っていたからな。気持ちのいい反撃が出来て、気分がスカッとした。
シャマルは殺気に満ちた視線を俺に向けるが、病院内で暴れるような真似はしないようだ。怒りを露に、俺を見下ろす。
「……随分、好き勝手言ってくれますね……女性を泣かせるだけの、卑劣な人が」
「そういう騎士様は、男性を喜ばせる事も出来ないようですな」
「か、過去、幾度と無く主に求められた事はあります! あっ――」
慌てて、口をつぐむ。あまり言いたくなかった事らしい、見る見る気落ちしていった。
時代を超えて、主を求め続ける夜天の魔導書――そして、主は女性とは限らない。そういう事だろう。
騎士としてではなく、見目麗しい女性そのものを求める。頭の良い女だ、言いなりにはならなかったのだろうが辛い思いもしたのだろう。
「それ以上、言わなくても分かる。辛い思いをしたんだな、シャマル」
「……、貴方に、同情なんて……されたくありません」
「同情くらいさせてくれ。求められてはお前の本性を知られて、ふられたんだろう? 可哀想な奴だ」
「シャマルぅ……泣いたらあかんよ。素敵な男性がきっと見つかるから」
「そんなに真剣に泣かないでください、はやてちゃん!? 私が泣きたくなりました……」
恋愛なんてしたくない男と、恋愛をした事のない女。そして、恋愛も知らない少女。
愛を知らず、恋も語れず、戦う力と知恵だけは持っている。剣に魔法、そのどれもが人の想いを語る事は出来ない。
恋愛こそが、男女を一番強く結ぶ線――海外行きの近道となるが、両者の関係は遠いままだった。
<続く>
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