とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十九話







『来月、海外に行くの!? 何処、何処!?』

『何故俺の旅先に、お前が興味を示すのか』

『私、来月休暇が取れるの。それで友達と海外旅行に行こうって話になってるんだ!』

『人助けより自分の休暇を優先するとは、流石はテレビでも売れっ子のレスキュー隊員』

『ごめん、私日本語が分からない』

『普通にメールで返信が届いているぞ、この野郎』

『いいから教えてよ、お願い』

『じゃあ、南極』

『じゃあって何だよ!? 教えないと手紙と一緒に届いた君の写真を、上司に見せるよ』

『誰が得するんだ、その行為!? 上司に紹介したら勘違いされるぞ』

『ボーイフレンドを紹介して何が悪いのさ。嫌と言うなら、行き先を教えて』


「ボーイフレンド――何時からそんな関係になったんだ、俺達」


 新しく届けられたメールの返信を翻訳し終えて、俺は頭痛に苛まれた。英語の翻訳より、最近はメールの内容に疲労を感じる。

携帯電話のアドレス帳に登録されているペンフレンドの一人、セルフィ・アルバレット。彼女との、ここ最近のやり取りを読んでいた。

5月から始めた文通は何故か今でも続いていて、6月に入ってプライベートアドレスまで教えて海外交流を行っている。

NYレスキュー隊員である彼女はテレビでも紹介される人気で、フィリスの強い推薦で応援の手紙を送った事から関係が始まった。

つい先日、お互いを知りたいとの事で写真も交換している。


ポニーテイルをした、銀髪の美少女。ボーイッシュな服装で、カメラに向かってピースサイン。完全な、プライベート写真である。


こんな無防備な写真をファンレターを送った男に送るなんて、どうかしている。マスコミ関係に流せば、いい金になりそうだ。

著名人ではないにしても、テレビで何度も特集を組まれている美人レスキュー隊員。そんな有名人と仲良くなっても、ピンと来ない。

一度も会った事がないのに仲良くなれるなんて、人間関係というのはつくづく謎に満ちている。特に、女と男は。


「まずは会えるかどうか分からないんだぞ、セルフィ・アルバレット隊員」


 此処は海鳴大学病院、現在入院中で腕の治療に専念。来月海外に行く予定ではあるが、予定は今の所未定。

周囲は既に動き出している。病院側からも承認は貰っており、海外への根回しは綺堂さくらが行ってくれている。

手続き等はアリサが全て任せているので、まずは問題ない。俺の健康状態も問題はなく、必要な検査は終えている。


残された課題は、人間関係――最後に立ち塞がるのは、いつも他人コレ。海外行きに反対する人間がいる。


今日から俺の監視役となった、湖の騎士シャマル。あいつの許可を貰わなければならない、忌々しい事に。

無視したいのだが、奴らは一騎当千の戦士達。戦場の臭いを感じさせる守護プログラムに、一般常識は通じない。

力ずくで阻止されたら、なす術がない。海外では夜の一族と向かい合わなければならない以上、問題の先延ばしも出来ない。

宥めるどころか、さっきは恋愛経験のないあいつを馬鹿にして関係が悪化してしまった。どうしたものやら。



「……どうでもいいけど、お前。悪目立ちしているぞ」

「話しかけないで下さい」



 男一人座っている休憩室を、ドアの影から見つめるサングラスの女。6月に厚手のコートを着て、物陰から俺を監視している。

一体誰なのか、言うまでもない。病院でトレンチコートを着る金髪女なんて、一人しかいない。

中学生レベルの恋愛感覚といい、こいつは本当にどこかずれている。こんな事でこの先、一般家庭の生活が出来るのだろうか?


「はやてちゃんに内緒で、何処かに連絡していたようですね。隠そうとしても無駄ですよ」

「常識で考えろよ、お前。他人から来た手紙なんて見せびらかしたりはしないだろう、普通」

「私に常識がないと言うんですか!? 本当に、失礼な人!」

「そのコートを脱いでから言え」

「今度は私の服を脱がせるつもりですか、この変態! 変態!! 変態!!!」

「何回言う気だ!? 他の患者に聞こえるだろう!」


 他人の目なんぞ気にもしないが、だからといって変態扱いされたくはない。大声で騒ぎやがって、この馬鹿。

同病室の八神はやては現在、フィリスの検査を受けている。その際に、フィリスからセルフィの手紙も受け取ったのだ。

推薦した手前もあってか、セルフィとの関係についてフィリスからいつも聞かれている。良好だと知って、本当に嬉しそうだった。


それではやては検査により病室を離れ、シャマルと二人っきりの空間に耐えられず休憩室に来たのに、この有様である。


「お前、はやての騎士だろう? あいつの傍にいてやれよ。何かあったらどうするんだ」

「フィリス・矢沢先生は信頼出来る方です。貴方とは違って」

「そのフィリスから、俺は信頼されているぞ。人間性は問題ないと考えてもいいだろう」

「昨晩、フィリス先生との御約束を破った人が何を言ってるんですか。貴方は、先生の優しさに甘えているだけです」


 くそ、この女はやり辛い。俺の事は感情的に嫌いなのに、責める時は理論的だ。いっそ怒り狂って、弱みを見せてくれればいいのに。

人を見る観察眼や、物事を見る視点には優れている。言葉を上手く使い分け、戦略的に俺を追い詰めてくる。

金髪美人で頭も良く、人当たりもいい女。病院側もシャマルには非常に好意的で、はやての理解者として同居も賛同されている。

世間的な立場も見事に確立しており、非常に手強い。どちらが怪しいかと比較されたら、間違いなく俺が指される。


「お前だって、はやての優しさに甘えているじゃねえか。食い扶持もロクに稼いでいないくせに」

「あ、貴方と一緒にしないで下さい! 私だってパートの募集とか新聞の広告欄とか、仕事先を探してはいます!」

「アリサから仕事を斡旋してもらえよ。お前に出来そうな仕事だってあるぞ」

「ヴィータちゃんやシグナム達の面倒まで見て貰っているのに、これ以上負担はかけられません。
せめて私は自分自身の力で、はやてちゃんや皆の生活を守れるように努力をしたいんです。


戦いのない世界で何が出来るのか、自分なりに考えてみようと思っています」


 ……驚いた。こいつも色々と考えてはいるのだ、自分なりに。思い込みかもしれないけど、以前の俺の言葉を吟味した上で。

戦う事しか出来ない騎士。俺の批判を感情的に撥ね退けずに、自分の中で整理して答えを出そうとしている。

今の自分に剣が振れないからこそ、その気持ちだけはよく分かる。剣を持てない剣士にどんな価値があるのか、今も悩んでいるから。


「……恋愛か」

「貴方はまたその話を――!」

「違う、違う。恋愛とまでは言わないけど、友達とか作ってみるのはどうだ?」

「友達……? 私には仲間がいるので不要です」

「ヴィータ、シグナム、ザフィーラ。今はミヤもいるけど、どうせその面子だろう」

「闇の書もです! 私は皆と一緒に主を守って生きてきました。他の人間は必要ありません。


逆に聞きますけど、貴方は自分と何の関わりもない人間が必要だと思っているんですか?」


 他人が、必要なのか? 他ならぬシャマルにそう言われて、俺は言葉に詰まった。確かにそうだ、何を言ってるんだ俺は。

他人なんて必要ないと思っているのは、俺だ。今までずっとそう考えて生きてきたし、これからも多分そうだ。

でも実際、今の自分はどうだ? 他人に助けられなければ、生きてはいけない。それはまぎれもない弱さ、それを否定するのか?


上手くは言えない。けれど、自分が弱いからといって――それを理由にするのは、間違っていると思う。そう思えるくらいには、なった。


考え込んでいると、シャマルがこちらを見つめて不気味に微笑んでいる。寒気が走った。

シャマルはサングラスを額にあげて、意地悪そうに目を細める。


「さては――貴方も、恋愛経験がありませんね?」

「はあ? 何言ってるんだ、お前」

「とぼけても無駄ですよ。私、分かってしまいました。貴方は経験どころか、恋愛感情を感じた事もない。
他人に向けられるのはせいぜい興味程度であって、それ以上の関心を持った事なんて一度もないのでしょう。

だから人との接し方が上手く出来ず、女性への扱いも下手。だから、乱暴な言葉や態度になってしまう」

「……」

「どうです、図星でしょう?」


「……いや、それ。そのままお前に言えるんだけど……?」

「えっ……? ああっ!?」


 赤裸々に自分を分析したシャマルさんに、思わず笑ってしまった。なるほど、だから俺にはこんな態度を取るのか。

ようするに、自分と同じ人付き合いの下手な人間とは上手く接する事が出来ないのだ。確かに、思い当たる節はある。


こいつが懇意にしているのは八神はやて、アリサ・ローウェル、フィリス・矢沢。人当たりのいい人間ばかりだ。


社交的な人間とは上手く話せるが、物静かな人間だと間が持たない。社会的な経験が、圧倒的に足りない。

敵味方がハッキリしている戦場との、明白な違い。どういう人間か分からないと、敵として警戒してしまう。


となると、案外――惚れてしまうと、深みにはまるかもしれない。駄目男と付き合って人生を棒に振る、典型的なタイプの女。


こういう女に限って美人だから、余計にドロドロするのだ。こいつと仲良くなるのはやばそうな気がする。

自分に似たタイプと付き合うのは、誰だって抵抗するだろうからな。男女関係にまで発展させる気はないけど。



「二号、大変です!!」

「何だ、急に……? というかお前、来ていたのか」



 何だかんだでシャマルと話し込んでいたその時、仮面をつけたメイド服の少女が休憩室に飛び込んでくる。ファリンである。

先日徹夜で戦ったばかりだというのに、今日も元気な正義の味方。あの夜以来、ファリンはすっかり俺を味方と認識している。

ファリンはトレンチコートの女を怪訝そうに見つめるが、それどころではないと俺に詰め寄る。


「はい、忍お嬢様とノエルお姉様の許可を頂いてこの病院の警護をしておりました!」

「……そんな許可を出すあいつらもどうかと思うけど」

「あ、でもわたしの正体を知っているのは二号だけですよ。あの夜の事も、二号と私だけの秘密です」

「許可を貰っておいて、何を言ってるんだお前は」


 うきうきした様子で、俺の手を熱く握るファリンさん。あの夜の共闘で、すっかり懐かれてしまった。

過去命を狙っていたくせに、今度は俺の命を守る側に回っている。それはそれで、複雑だった。

何にしても正義の味方扱いされるのもこそばゆいので、本題に入る。


「それで、大変というのは?」

「そうでした!? 聞いて下さい、二号! 先日の夜、悪党共に人質に取られてしまったヒロインがいましたよね!?
巫女さん、でしたっけ……? 二号の、恋人さん!」

「違うわ!」

「そんな人がいるんですか、貴方に!?」

「特撮の妄想に踊らされるな、プログラム!」


 確かに先日の夜の戦いでの立ち位置として、人質となった神咲那美がヒロインとも言えるのかもしれない。

情けない事に、あいつと引き換えに俺が投降してしまったのだ。ファリンが、俺の恋人だと誤認するのは無理もない。

俺に恋人がいると誤解して騒ぎ立てる騎士は放っておいて、話の続きを聞く。


「その人がですね、先ほど病院に来られまして」

「お、見舞いにわざわざ来てくれたのかな」

「悪の親玉に声をかけられて、何処かに連れ去られたんですよ! どうしますか、二号!?」

「待て待て、話が全く見えん。悪の親玉というのは誰だ」

「忍お嬢様とすずかお嬢様を付け狙う、あの男の事です!」


 忍とすずかを狙っている男――ああ、安二郎の事か。脂ぎった風体だけ見れば、確かに悪の親玉に見えなくもない。


……えっ、安次郎に那美が連れ去られた……? 連れ去られたぁ!?


「大変じゃねえか、それは!」

「だから大変だと言ったじゃないですか!?」


 おのれ、あの葉巻オヤジ! 来月まで大人しくしていれば、さくらが引導を渡していたのに!

やはりこのまま黙って指を咥えている男ではなかった――燻っていた戦意が、燃え上がる。


忍や妹さんにちょっかい出すならまだしも、俺に直接喧嘩を売るとはいい度胸だ。いつまでも、やられっぱなしだと思うなよ。


神咲那美と繋がっている俺の魂は、苦痛を訴えない。まだチャンスは残されている。

チンピラチームの時のような抗争ではない。奴に勝つには直接的な暴力ではなく、駆け引きが必要となる。高度な、戦略戦。



戦争に勝利する為には不可欠な存在、参謀役――該当しそうな人物は、俺の味方ではなかった。























































<続く>







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