とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十六話
ファリン・K・エーアリヒカイト、彼女は自動人形である。人ではない存在、人に似せて造られた戦闘人形。
忍を主とするノエルとは違い、自動人形を主とするオプション。人に仕える自動人形の道具として、己を武器として戦い続ける。
自動人形の命令を第一とする意思無き人形に、心の役割を持つ機能はない。マリオネットは、操られる事で主を喜ばせるのみ。
そんな彼女が正義に目覚め、糸を切って自らの意思で戦う――映像の中の改造人間も、そうして子供達のヒーローとなった。
「な、何だ、こいつ――ぐえっ!?」
「わ、訳分からねえ!? まさか……この辺に出てくる、マジモンの幽霊なんじゃ!?」
「メイド服を着たライダーの幽霊なんているか! うおおおおお、そ、空に飛び上がったぞ!?」
特撮映画でいうところの、一山いくらの戦闘員と改造人間のアクションシーンが目の前で繰り広げられている。
特撮における戦闘場面は、単なる殴り合いではない。視聴者を魅せる、爽快なアクションが求められる。
人間を超える動きを人間が表現するには、人間以外の能力が必要とされる。その為の演出であり、技術である。
ワイヤーやコンピューター等で派手に見せたり、効果音や挿入歌で盛り上げたりといった追加効果で、悪く言えば誤魔化している。
人間では困難な、改造人間のアクションシーン――ファリン・K・エーアリヒカイトは、見事に再現していた。
俺と戦った時、ファリンは運動神経が優れているだけの素人だった。技を持たない、運動能力の怪物。
能力差は段違いで俺も敗北寸前に追い込まれたが、剣の技を駆使して辛くも勝利を収める事が出来た。意思無き人形だから、勝てた。
今のファリンは違う。信じられない事だが、映画やDVDでしか見れない現実離れした戦いぶりを見せている。
そのどれもが改造人間が映像の中で見せていた技の数々、次元の違う存在の戦闘スタイル。人間外のみ発揮出来る、独特の迫力。
現実離れしていながらも、リアリティを感じさせる技――ファリンはライダーの技を身につけて、進化を遂げたのだ。
「お前、この男の仲間か!? そいつを庇って、俺達全員を敵に回すつもりか!」
「貴方達のように人間の自由を奪い、平和を乱す奴は断じて許しません!」
「はっ、気持ち悪い台詞を吐きやがって。正義の味方のつもりかよ。流行ねえんだよ、今時!
カッコ悪いったらありゃしねえぜ、なあ?」
次々と仲間を倒されている状況下で、男達はファリンを指差して笑う。勢いに乗る彼女を羞恥で止めようとする算段だった。
笑っているのは男達だけで、女共は困惑している様子。男に比べて、確かな現実が見えていた。
庇っても良かった。こいつら如き、口任せでも勝てる自信はある。でも、俺は敢えて口出しはしなかった。
俺を助けてくれたから、仲間だと思っているから信じているのではない。俺を襲った奴に、信頼なんぞ急には生まれない。
「正義の為には、恥と知ってても戦わなければならない時がある。貴方達も、大きくなったら分かる時が来ます」
「俺らが子供だって言いたいのか!? 大人なんぞいなくても、俺らは強く生きていけるんだよ!」
「傷付いた人を取り囲んで痛めつける事が、強い人間のやる事ですか!?
た……大切なモノの為に、他の全てを捨ててでも戦って守る――そういう人間こそが、本当に強いんです!」
急に、言葉がたどたどしくなった。明瞭に語っていた理念が、最後の台詞だけ人間じみた感情を感じさせた。
俺は特撮には詳しくないが、多分彼女の話す言葉の大部分は映像の中で英雄達が語っていたのであろう。
ファリンの正義は、憧れより生まれた感情である。本当の意味で、彼女は人間の薄汚さを分かっていない。
そんな彼女が、初めて見せた想いの吐露――映像の中の英雄達だけではなく、現実の人間にも彼女は憧れている。
それが誰なのか感じられないほど、俺は鈍くない。真剣勝負をしたのだから、あいつの事は姉と同じほど理解している。
……見当違いも、甚だしい。誰かの為に戦ったつもりなんて、最初からない。
「だけど――女の信頼に応えられなければ、男をやっている意味なんてねえな」
「二号!? 一緒に戦ってくれるんですね!」
「最初から俺の戦いだ、これは!」
人に触れても、結局俺は根本的な部分で変わらなかったのかもしれない。病院を抜け出して、俺は今追い詰められている。
強さを求めて戦い続けて、自分の弱さに気付いた。頼れる人間なんてどこにもなくて、一人で孤独に突っ走っていた。
そんな俺の隣に、人ではない存在が立っている――胸に輝く勇気を持った、少女が。
動かなかったはずの腕が、自然に上がる。利き腕ではないのがみっともないが、今の俺にはこれが精一杯だった。
ファリンも、そして俺も相手に上手く言えない。所詮は人間外、戦う事しか出来ない未熟者。
だからこそ人ではないもの同士、言葉じゃなくても伝えられるものが生まれていた。
ファリンの腕もあがり――コツッ、とお互いの拳がぶつかり合った。
「くっ……ビビってるんじゃねえぞ、お前ら! 全員でこいつらをぶっ殺せ!」
最早、法律なんて通じない戦い。バットやナイフまで飛び出して、チーム全員で襲い掛かってくる。
その殆どが、俺に向かって殺意を向けてくる。本能が、得体の知れない少女と戦う事に強く抵抗している。
両手を使えない俺に、全員を捌くのは不可能。一人や二人倒しても、三人目で殺されて死ぬ。
俺は抵抗せず、その場に屈むと――隣に立っていた少女が飛び上がり、俺の頭に片手を置いて一回転。
少女の足がヘリコプターのように跳ね上がり、周囲の敵を蹴り飛ばした。少女の手が離れた瞬間、俺は踵を蹴る。
態勢が崩れた第一陣を薙ぎ倒していき、飛び上がったファリンが背後の敵を一掃する。
俺が立ち上がった時、ファリンも地面に着地。背中合わせになって、敵と対峙。
「二号、戦闘員はわたしが相手をします。貴方は、怪人を倒して下さい」
「分かった」
俺達を包囲するチンピラ共、それを遠巻きに伺っている男が一人。奴が、このチームの対象だ。
何も聞かずに、俺は即座にそのまま真上に飛び上がる。疲れ切った足腰から生まれるジャンプ力なんて、高が知れている。
俺一人の力、ならば。
「ファリ――ライダー、パーーーーーンチ!」
「はあああああっ!? う、嘘だろ……!?」
着地した俺を乗せた拳を掲げて、ファリンは必殺の一撃――俺は包囲網を飛び越えた。
夜空を舞う感覚が清々しく、見上げる観客の呆気に取られた顔が痛快で、着地した瞬間笑みがこぼれた。
命を懸けて戦い合った相手に、台本なんて必要ない。言葉で確認しなくても、連係プレーが発揮出来る。
「決着をつけようぜ、大将。どちらが強いか、世界中に見せつけようじゃないか」
「くっ……」
頼りになる仲間達は、ファリン一人に大苦戦。観客は全員派手に盛り上がり、撮影班はその全てを中立に録画している。
どれほど狂気を演出しても、此処は人間の世界。悪と正義のどちらを応援するか――知れている。
俺は正義を名乗るつもりはないし、相手も犯罪者を気取る覚悟はない。となれば、後はチンピラのルール。
強い人間が、人々を魅了する勝者となる――大将は恐怖に顔を歪めながらも、ナイフを取り出した。
「……テメエだけは、ゆるさねえ……年少覚悟で、刺してやる……!」
悲鳴と罵声を上げる観客、リンチは見たくても殺人ショーは嫌らしい。正義の味方の登場が、彼女達を正気にさせたようだ。
とはいえ、もう引っ込みはつかない。ここまで来たからには、俺もそのつもりはない。
(……感覚は掴めた、が……失敗したら、死ぬな……)
俺は、爪先で地面をノックする。腕が使えないのなら、足を使う。
大将のナイフを持つ構えが、いまいちぎこちない。人を刺した経験はないのだろう、だからこそ怖い。
何処に刺さるか分からないということは、急所に刺さる可能性もあるという事。一度刺せば、歯止めもきかなくなる。
喧嘩技でも対処は出来るのに、俺はこの時――足で、斬ろうとしていた。
こんな状況でも、剣士であろうとする自分が笑える。腕が使えないのをハンディではなく、チャンスだと思っている。
あれば、使おうとしてしまう。だったらいっその事、ないほうがいい。こんな考え方をする俺はどうかしている。
相手は、ナイフを持って駆け出す。鈍く光る切っ先が、俺に突き出され――
「破っ!」
「――っっっ!!」
大地を蹴り上げて、爪先から練り上げた力で足を振り、相手を斬り上げる。
ナイフは宙を舞い、男は悲鳴も上げずに仰向けになって地面に倒れた。口から泡を吹いて、痙攣している。
肌も切れていない。足型もついていない――服に、斬られた痕跡だけが残っていた。
斬ったという感覚だけを、相手に与えただけ。レンに比べて、まだまだこけおどしだった。
でも、お前との特訓が生きたぜ……レン……
「そうだな……蹴りで、空を断つ技――断空剣とでも名づけるか」
中国拳法っぽくていいかもしれない、その程度でつけたこの技に名前をつけた。この時は。
明らかな決着に、観客達からの大きな拍手と歓声。当初予定されていた結果と真逆なのに、全員が高揚していた。
女性陣は色めきだって、俺に携帯電話を向けて撮影している。馬鹿馬鹿しくて、もう怒る気も失せる。
俺はそう思っていたが、正義の味方はそう思わなかったらしい。
「二号、勝ったのですね! やっぱり二号はカッコいいです!
――さあ、次は貴方達の番です。人の痛みや苦しみを、笑って見ていた貴方達を絶対に許しません!」
驚いたのは俺より、むしろ観客達だろう。全員が静まり返り、恐れおののいた顔でファリンを見ている。
彼女の背後にあるのは、苦痛に呻く男達。全員が叩きのめされて、地面に倒れ付している。
比べて、ファリンが傷一つついていなかった。メイド服にも汚れはなく、仮面が正義を示すように存在感を見せている。
彼女がその気になれば、この場にいる全員を倒す事は出来るだろう――
「――やめろ」
「! 二号、どうして庇うのですか!? その人達は悪に倒れようとする貴方を、助けようともしなかったんですよ!」
「もういい、お前のその気持ちだけで十分だ」
ポンポンと、肩を叩いて労った。ファリンは納得出来ないのか、地団太を踏んでいる。
許すとか、許さないとかの話じゃない。確かにこいつらは俺を見世物にしていたが、俺個人はどうとも思っていない。
敵ならば倒すだけだが、こいつらにそんな意識はないだろう。所詮は野次馬、勝ち馬に乗って騒ぐだけだ。
好悪の感情すらない。俺にとっては無関心に等しい対象、いきり立っても何の得もない。
「お前らももう充分楽しんだだろう、さっさと帰りな」
「二号!? 放っておいたら、この人達はまた同じ事をします!」
「し、しません!? もう私達、絶対に……ねえ!?」
慌てて叫んだ女子に、全員が一斉に頷いた。涙ぐんでいる子までいる、殺されると思っているのかもしれない。
信用出来ないと、ファリンは再度拳を振り上げる。手では制止できないので、俺は言葉を投げかけるしかなかった。
「人間は間違えるんだよ、誰でも。お前だって、そうだったじゃないか」
「わ、わたしは……人間じゃないです……人間じゃ……」
「でも、一人ぼっちじゃない。そうだろ、一号?」
「に、二号ぉ……ひぐっ……」
ファリンは必死で、仮面を押さえつける。俺はそれ以上彼女を見ず、空を見上げて息を吐く。
正義の味方は、泣いたりしない。分かっているから、俺も彼女を絶対に見ない。
自動人形が、涙なんて流すはずはないから。
「……やれやれ、やっと終わったみてえだな」
「ヴィータ――ずっと見ていたのか」
「あたしは監視役だからな」
全てが終わった後に、今来たような顔で騎士が顔を出した。答えも用意していたように、そのままだった。
全てが予想通りであったかのように、彼女は堂々としている。その表情に、緊張や安堵は見られない。
何もしていないのに、彼女は来ただけでこの安心感――本物の英雄とは、彼女のような存在を言うのかもしれない。
「終わったんなら、さっさと帰るぞ」
「……でも、俺はもう病院には――」
これほどの騒ぎを起こして、今更どの面下げて戻れというのか。
帰る段取りは確かにしていたが、今晩の騒ぎは間違いなく一線を越えた。もう絶対に、戻れない。
そう思っていた俺の脳天に――硬いハンマーが、突き刺さった。
「いちいちくよくよするんじゃねえよ、みっともねえ。女の信頼に応えるのが男なんだろう」
「いちち……ヴィ、ヴィータ?」
「アタシがお前を必ず帰してやる、安心して任せろ」
頼られたからには応えるのが騎士、そう言ってヴィータは俺の頭を乱暴に撫でる。
俺より背丈の低い少女が、こんなにも頼もしく見える。不思議な感覚だった。
他人を守り、他人を庇って、他人に助けられ、最後は他人に頼る――
不思議に満ちた夜の戦いは、こうして終わりを告げた。
<続く>
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