とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十四話
                               
                                
	
  
 
 深夜街中を徘徊していると、春先に巻き込まれた通り魔事件を思い出す。忍や久遠と一緒に捕まえた犯人は、今も牢屋の中だ。 
 
あれから数ヶ月しか経っていないのに、俺の人生は劇的に変わった気がする。お節介な連中に毒されてしまった。 
 
とはいえ今やっている事は路上でチンピラと喧嘩なのだから、人間の性根まではなかなか変えられないのかも知れない。 
 
 
「く、くそ、てめえ……こんな真似してただで済むと――ぐえっ!?」 
 
「それだけ喋れるなら大丈夫だな。俺の質問に大人しく答えてもらおうか。 
お前らを率いるボスは誰だ。今、何処にいる? 
 
ちなみに、小指というのは子供が踏んでもポッキリ折れる。大人がこうして思いっきり踏みつけると――」 
 
「言います! 言いますから、やめて下さい!?」 
 
 
 映画館での揉め事から始まった、チンピラとの抗争。町中の若者に狙われて、俺は今戦っている。 
 
若者全員がメンバーなのではない。恐らくその多くが、俺にかけられた賞金百万円目当てに追い回しているのだ。 
 
俺が海鳴大学病院に入院している事がばれた以上、病院を的にされる前に俺が行動に出た。 
 
 
「ボスを知らない……? そっちがそういう態度なら、こっちにも考えがあるぞ。 
――手と足の指は十本もあるからな、二・三本使えなくなっても生きていけるだろう」 
 
「ひいぃぃぃ、ほ、本当ですって!? 俺ら、携帯サイトの顔写真見て、あ、遊ぶ金が欲しくて! 
頼みます、見逃してください! もう絶対に、こんな真似しませんから!」 
 
「ちっ、こいつらも賞金目当てか。金目当てに他人を襲うとはどういう世の中なんだ、一体」 
 
 
 ヴィータの手を借りて深夜病院を抜け出した俺は、町のコンビニをしらみつぶしに当たった。 
 
昼間は病院関係者の目があって動けず、深夜しか動けない。どの道俺は、この一件を長引かせるつもりはなかった。 
 
深夜連中がたむろしそうな場所としてコンビニを狙ったのだが、あっさり見つかった。多分、間違いない。 
 
 
何しろこうして、俺の顔を見るなり嬉々として襲い掛かってきたのだから。 
 
 
「何時の時代も、何処の世界でも、人間なんてあんまり変わらねえな…… 
金に、力に、女。テメエの欲望を満たす為に、平気で何の関係もない他人を踏み躙りやがる」 
 
「俺が襲われた事に怒っている感じじゃねえな、その顔は」 
 
「お前がどうなろうと、アタシは知らねえ。ミヤが頭下げて頼むから、お前に付き合ってやってるだけだ。 
この世界が平和である事に感謝しろよ。戦乱だったら、アタシは主から離れなかった」 
 
 
 鉄槌の騎士、ヴィータ。八神はやての騎士は、修羅場を興味なさそうに見て欠伸を漏らす。 
 
今晩ははやてが用意した普段着ではなく、黒衣の装束を身に纏っている。先代に仕えていた頃に着ていた、騎士装束らしい。 
 
戦に相応しい衣装であっても、彼女に戦う意思はない。俺ではなく、はやてやミヤへの義理で戦に出ているだけだ。 
 
事実両手が使えない俺が苦戦していても、彼女はただ見ているだけだった。 
 
  
「メールで手配書だけが配られている状況が厄介だ。情報発信範囲が町全体となると、探しようがねえ。 
発信源を聞いても、知らないの一点ばり。メールの宛先も辿れねえのか、お前らは」 
 
「す、すんません……携帯サイトに登録するだけで、美味しい情報が流れてくる仕組みになってるんです。 
メンバーの事探るのはタブーになってて、俺らも遊べればそれでよかったから。 
 
面白そうな情報を流せば、それに応じて値段つけてくれるんすよ。だから、こういう遊びが流行ってまして―― 
 
だ、だから、あくまで俺達はそのサイトの会員であって、メンバーじゃないんすよ。 
本当です! あんたには恨みも何も無いんです。もう絶対にしませんから、許してください!」 
 
「遊び半分で狙われるこっちはたまったもんじゃない。たく…… 
大体メンバーじゃないとか言ってるが、情報提供とかしている時点でお前らは組織の末端なんだよ」 
 
「で、でも、俺ら、別に金とか払ったりしてないんすよ!?」 
 
「金を取ったら、お前らのような一般人は誰もついてこないだろう。悪ぶりたいだけで、犯罪者にはなるのは誰だって嫌だからな。 
チンピラチームのメンバーだと警戒されるから、会員とか別名で扱われているだけ。 
支払う金の分情報収集力と労働力、そして何より集団としての組織力を最大限利用している。 
 
簡単に言えば、馬鹿なお前らを使い走りにしているんだ」 
 
「そ、そんな……」 
 
 
 偉そうに御高説たれているが、俺もこういう"強さ"を知ったのは最近である。 
 
人と人との繋がりから可能性が生まれると明言した、アリサ。俺に関する情報の価値を高めて大儲けした、古風な口調の女。 
 
独りだった頃では予想も出来ない戦い方で、俺は今苦しめられている。 
 
 
「俺の指名手配を解除するにはどうすればいい? 病院送りにしたとか、適当に言えないのか」 
 
「無理っすよ、証拠を見せないと信用されません。俺らだってアンタをボコった写真を送ろうと――も、もうしないですから!」 
 
「何だ、簡単な解決方法があるじゃねえか。アタシがお前をボコボコにしてやってもいいぞ」 
 
「冗談じゃねえ!? ハンマーで殴り回されたら、入院どころじゃなくなる!」 
 
 
 一件目のコンビニでは二人組を蹴り飛ばし、二件目は五人組相手に走り回って分断させ、一人一人膝蹴りして悶絶させた。 
 
そしてこの三軒目は二人の急所を蹴り上げ、最後の一人を踏み付けて事情聴取。その全てが、空振りに終わっている。 
 
コンビニは日本中にあるが、海鳴町に集中している訳ではない。深夜活動している連中全員を締め上げるには、時間がかかり過ぎる。 
 
一人ぐらい正規メンバーに会えると思っていたのに、予想外の不発が続いて焦りが出ていた。 
 
 
くそ、組織というのがこれほど厄介だとは思わなかった。独りでいつまで戦えるか―― 
 
 
「……おい、店にいる奴が何処かに連絡しているぞ」 
 
「時間をかけすぎたか。警察を呼ばれる前に退散――携帯電話で連絡……? しまった、あのアルバイトも!?」 
 
「和也、ばれたぞ! 早く仲間呼んでく――ぐげっ!」 
 
 
 レジ番していた深夜のバイト野郎が、店内から俺を見ながら必死な顔で何処かに電話していた。 
 
警察ではなく、他の仲間を呼んでいる。このコンビニでたむろしていたのは、バイトの奴も遊び仲間だったからだ。 
 
寝転がっている男の腹を蹴って黙らせ、俺は男の携帯を拾い上げようとして――腕が使えない事に、舌打ち。 
 
剣どころか電話も握れない腕に歯噛みして、俺はコンビニから退散しようとしたが…… 
 
 
 
「おっと、ここから先は通行止めだぜ。入院患者」 
 
「きゃはは、マジで入院してやがったのかよ。だっせー、パジャマ一枚でうろついてんじゃねえよ」 
 
 
 
 正面道路に回り込んでくる、バイクの群れ。激しい暴音を鳴らして、中型バイクが俺を取り囲んだ。 
 
蹴ったら倒れそうなバランスの悪い改造をしているが、重量感は圧倒的。道を塞ぎ、重傷患者一人の動きを封じるには十分だった。 
 
動き難いので包帯は取ったが、固定された両腕は垂れ下がったまま。満足に動かす事も出来ない――利き腕、だけは。 
 
 
「怪我人一人に、複数で囲むのが格好いいのかよ。田舎者のセンスには呆れる」 
 
「言ってろ。外も歩けない顔にしてやるぜ」 
 
 
 暗がりの中、バイクの正面ライトに照らされても不敵に笑ってみせる。完全に包囲されて、逃げ場はないというのに。 
 
怖いとは思わなかった。プレシアやアルフ、巨人兵に比べれば群れていようと単なるチンピラでしかない。 
 
勝てるとは思わなかった。チンピラであろうと、人は群れれば強い。この町は時に優しく、今は冷酷に人間関係の強さを教えてくれる。 
 
 
命乞いをしようとは、思わなかった――さくらやフィリスの期待を裏切った俺に、そんな真似は許されない気がした。 
  
 
「……主との関係を断つと約束するなら、手をかしてやる」 
 
「ヴィータ、お前……?」 
 
「早く答えろ」 
 
 
 
 均衡が保っているからこそ、睨み合いが通じる。両腕を使えない人間に、遠慮も躊躇も必要ない。 
 
連中はエンジンを吹かして、今この瞬間にも俺を襲おうとしていた。見栄や意地を張る時間もなかった。 
 
俺は背後にいる彼女に振り返らないまま、答えた。 
 
 
「嫌だね」 
 
「!? この、馬鹿が!」 
 
 
 少女の叫びは、合図となった。動く凶器が轟音を鳴らして、俺に襲い掛かってくる。 
 
馬鹿正直に正面から向かって来たバイクをギリギリ避けて、無理やり手を持ち上げて――の首を、刈り取る。 
 
利き腕ではない方とはいえ、一度は引き裂かれている。強烈な痛みに涙を滲ませて、運転手をバイクから落とした。 
 
 
深夜の交通事故――動揺した一瞬の隙を突いて、後ろへ下がる。そのままコンビニの中へ、逃げ込んだ。 
 
 
正面突破出来なくもなかったが、追撃されたら終わりだ。バイクは機動力こそあっても、店内まで乗り込めない。 
 
此処がボーダーライン、犯罪一歩手前。今でも十分警察沙汰だが、本格的に警察が介入するラインぎりぎりにいる。 
 
この店に乗り込んでくれば――今度という今度は、後戻り出来なくなる。笑い話ではもう済まない。 
 
 
バイトがここまで無茶をする以上、店長はいないのだろう。客もいなければ、篭城戦に何とか持ち込め―― 
 
 
「宮本さん!」 
 
「那美!? 馬鹿、こっちに来るな!」 
 
「ひゅ〜、この可愛いコスプレ巫女――テメエの連れのようだな!」 
 
「やっ! は、離して下さい!」 
 
 
 深夜のコンビニに何故か現れた、巫女服の少女。狩場に迷い込んだ可愛い子羊を、狼が乱暴に噛み付いた。 
 
神崎那美、何度も俺を助けてくれた女の子。連中はコスプレと勘違いしているようだが、あの服装は恐らく本格的なものだろう。 
 
よりにもよって、この状況で会いたくなんてなかった。人間関係が起こした己の不運を、罵倒したくなってくる。 
 
 
「お前、こんな夜中に何で出歩いている!」 
 
「良介さんこそ、何をなさっていたんですか!? 貴方の魂から強い悲しみと憤りを感じて、私――心配になって」 
 
 
 意識が、飛んだ。彼女の言っている事が分かっているのに、分からなかった。 
 
嘘だ、そんな筈がない。俺は絶対に、そんな風になんて思っていない。 
 
 
――フィリスやさくらを裏切ったくらいで悲しんだり、無力な自分に怒りなんて感じていない。  
 
 
他人を今まで傷つけて生きて来た。剣士は人を斬る人間、傷つける事に抵抗を感じるようでは成り立たない。 
 
俺はそんなに優しくも、義理堅くもない。この行動は単なる、自分へのけじめだった。 
 
 
「おいおい、何二人っきりで世界作っちゃってるのよ。俺も相手してくれよ、ちゅ、ちゅ」 
 
「い、や――やめて、やめて下さい!?」 
 
 
 はだけた巫女服より覗かせる白い肌に、男は舌を這わせようとする。那美は涙を滲ませて抵抗している。 
 
中腰になりかけて、自分を自制した。挑発だと分かっているのに、男への強烈な怒りに眩暈すら覚える。 
 
 
月村忍とすずかの記憶を取り戻す為に、神崎那美との魂の連結を強くした――その悪影響。 
 
 
彼女が俺の悲しみや怒りを感じられるように、俺も彼女の嫌悪を我が事のように感じられる。 
 
二人の間の繋がりはまだ、それほど強くない。感情が強くなければ、お互いに伝わっては来ない。 
 
 
「おら、出てこいよ色男。お前が遊んでくれないのなら、この女俺らが攫っちまうぞ」 
 
「犯罪じゃねえか、それこそ遊びじゃすまなくなるぞ」 
 
「仲間やられてイラついてんだよ、こっちは! 別にいいんだぜ、お前の代わりにこの女と遊んでも」 
 
 
 連中に法を侵す覚悟はない。ただ過ぎた感情を持て余すと、突っ走ってしまう事だってある。 
 
抱き締める那美を見つめる連中の目が、獣欲に染まっている。怒りから発した興奮が、性欲に繋がりつつあった。 
 
神崎那美の可愛らしさと、清楚な服装が倒錯的な色気を出している。戦場に不釣合いな花こそ、毟りたくなってしまうものだ。 
 
 
……ここで無防備にノコノコ出て行く馬鹿はいない。裏口から逃げるなり、警察を呼ぶなりすれば俺は助かる。 
 
その場合どう転んでも、那美は無傷ではすまないだろう。仮に処女は守れても、俺に裏切られた心は傷つく。 
 
これは、チャンスだった。 
 
俺が那美を裏切れば、多分――魂の繋がりも、断ち切れる。 
 
 
「……お前は何にも言わないんだな」 
 
「この状況下で条件出すほど、アタシは腐ってねえ。騎士には、誇りがあるんだ」 
 
 
 俺の出会う女ってのは、どいつもこいつもなんでこんなに強いんだろうな。 
 
馬鹿が……そんな目をされて、見捨てられる筈がないだろうが。 
 
 
神崎那美は、必死に――俺に逃げろと訴えかけていた。 
 
 
自分の保身なんて全く考えていない。ただひたすら、俺の身を案じていた。 
 
囚われの身であるというのに、俺を真っ直ぐに見つめて逃げてくれと求めている。癒しの魂が、俺を必死に守ろうとしていた。 
 
 
 
完敗、だった。 
  
 
「――お前は、大馬鹿野郎だ」 
 
「だな、どうかしてるよ本当に」 
 
 
 
 どこかで区切りをつければ、よかった。自分の関わった誰か一人を本当に裏切ってしまえば、助かったのだ。 
 
中途半端なままで見捨てられずにいたから、ここまで追い詰められた。もはや、逃れようがない。 
 
ならばせめて、と思う。 
 
 
「あいつだけは、助けてやってくれ。頼む」 
 
「分かった、約束する」 
 
 
 心強い返答だった。ここまで真摯に、そして信頼のこもった声を聞かせてくれたのは初めてだった。 
 
俺はコンビニから大人しく出て行く。降伏の証に両手を上げられないのが、面白い偶然だった。 
 
取り囲まれるのを他人事のように見つめて、これから来る暴力の嵐に歯を食い縛る。 
 
 
 
他人を守ろうとして、他人を庇って、俺はまた負けてしまった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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