とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十三話







 誰かを守りたいと、強く思ったことはなかった。それほど他人に対して、強い執着を持った事はない。

だから――なのだろうか? 俺はこれまで誰かを守れた事は一度もない。

アリサは俺の為に命を捧げて消滅、なのはを泣かせ、フェイトを傷付け、はやてを独りぼっちにした。

忍やすずかの護衛も途中で投げ出し、今自分を狙う連中が原因で海鳴大学病院が危険に晒されている。


今もまだ特に思い入れはないが……世話になった人にだけは、これ以上傷つけたくはなかった。


「――今日の護衛はもうよろしいのですか……?」

「今日は検査で、丸一日かかるんだ。医者と看護師が付きっきりだから、心配はないよ」


 今日も面会時開始時間ピッタリに訪れた、月村すずか。ファリンは海鳴大学病院の正面玄関前で、立ち番をしてくれている。

俺や妹さん、医者や患者達のいるこの病院を守る気満々の改造人間に、警備員のおっさんも困り顔。仕方ないので、俺が説明した。

仮面なんぞ付けている時点で一番怪しいのがあいつなのだが、正義の味方ゴッコだと言って病院側に納得してもらった。

仮面さえはずせばアイドル顔負けの美少女に変身するのだが、本人に自覚はない。女の武器を知らない年頃なのである。


「検査は先日行われたばかりだと記憶していますが、検査結果に何か問題があったのですか?」

「て、手の怪我は極めて治療が難しいからな、色々な角度で診てもらわないと駄目なんだよ」

「……本当に、何も問題はないのですね? 何かありましたら、わたしに相談して下さい」

「ないない、この通り元気だから」


 そして、この月のプリンセスも厄介だった。職務に忠実なのは結構な事だが、今日一緒に行動されるのはまずい。

理由をつけて返そうとしているのだが、余計に心配されてしまった。表情に出ていないので、あくまで俺の主観でしかないが。

アリサほどではないだろうが、学校に通うガキ共より遥かに頭がいいので説得が難しい。


「検査が終わるまで、病室で待っています。検査中何かありましたら、すぐに駆けつけます」

「待機要員!? 別にそこまでしてくれなくてもいいよ。いくら何でも精密検査中に襲われたりしないだろう」

「万が一が起きる可能性があります。わたしの事はお気になさらずとも、大丈夫です。
剣士さんさえ無事でしたら、わたしはそれだけで充分です。無駄だとは思いません」


 ……真面目な顔で、妹さんは情熱的な言葉を口にした。こんな可愛い子に言われたら、のぼせ上がるだろう。俺は同世代ではないけど。

経験はなくとも、心意気は護衛の鏡だった。どこからそんな忠誠心が芽生えているのだろうか?

一万円札というのは、実に偉大である。日本一高いお札は、人の心をこれほど動かすのだ。


「俺に付きっきりではなく、たまには友達と遊んできたらどうだ? 今日くらい休みでもいいじゃないか」

「休暇はもう頂いています。先日、アリサちゃんと遊びました。

……あの時は、本当に申し訳ありませんでした。護衛として、恥ずべきことだと思っています。
さくらお姉ちゃんとはあの後話し合い、剣士さんの命の価値と護衛に対する私の率直な気持ちを伝えました。

お姉ちゃんは剣士さんの事を、まだ少し過小評価されているのだと思います。剣士さんがどれほどわたしにとって――」

「分かった、その気持ちだけで十分だ」


 自分の生きる理由をお互いに探そうと約束し、素性を知った上でも彼女への態度を変えず、失われた記憶を取り戻して関係を再び繋いだ。

再構成された人間関係を彼女はどう受け止めたのか、今の言葉で分かった気がする。

月村すずかは、今もまだ試行錯誤している。人生の目標を探して、今はまだ道先も見えずにただ必死で歩いている。


  夜天の魔導書の改竄された頁、その一枚はまだ白紙のままである。願いはまだ、記されていない。


「分かった、正直に言おう。俺は、不安なんだ」

「不安というのは……?」

「妹さんが本当に俺を守ってくれるのか、心配している」

「剣士さんは必ず、私が守ります」

「言葉だけでは、信用できない」


 俺は元々、こういう奴である。自分の命を他人に預けるなんて、怪我でもしていなければ絶対にありえない。

この町に来る前ならば、這いずり回る事になろうと他人の世話になんかならなかっただろう。

今の状態が異常である事を自認した上で、俺は妹さんとの新しい関係を受け入れていた。いずれは、言わなければいけなかったのに。


こういう形になるとは思わなかったが、いい機会だと思った。もう雇われている身ではないので、ハッキリ言える。


「本当です、信じて下さい。お姉ちゃんの事でしたら、わたしが――」

「保護者の許可が要るというのもどうかと思うけど、それ以前の問題だ」

「わたし自身に、何か問題がありますか……? 仰って下さい、改善します」


 ……ここまで話してふと思ったが、意外と俺の護衛に執着しているな。嫌々には見えなかったが、基本は言いなりだと思っていた。

不安だから護衛は不要と言えば、妹さんなら分かりましたと言って大人しく辞めそうだったのに。

アリサが繋いだ、俺と妹さんの金を仲介とした関係――情なぞ微塵も介在していないが、殺伐ともしていない。


「例えば俺が暴漢に襲われた場合、護衛である妹さんはどう対処する?」

「剣士さんを守ります」

「どうやって守るのか、その具体的な対処方法を聞かせてくれ」

「私が盾となって、暴力から剣士さんを守ります」

「その結果ファリンが刺されたよね、あの時」

「……」


 多分本人なりに、護衛の役割を調べたのだと思う。定義なんてあるのかどうか知らないが、妹さんなら手を抜いたりはしない。

護衛とは依頼人の盾になる事――それは理想であり、極論でもある。人は盾になれても、鉄壁の壁にはなれない。

妹さんは夜の一族の女王たる資質を秘めているが、血は特別であっても身体は柔らかな女の子。


ナイフの一刺しで血を流し、死んでしまう。


「剣士さんの、不安になるお気持ちは分かりました。守られる盾が紙であっては、心配されるのは当然です」

「そ、そこまでは言ってないけど、伝わったのならいいよ」


 ……椅子に座ったまま俯く妹さんを見て、あの時の光景を思い出した。

大雨の中門の前で俺を待ち続ける女の子――傘も差さずに、身体を濡らして一途に待ち続けてくれた。

少し遅刻をしただけで、妹さんは俺を案じてくれた。心配という形の在る思いではなく、漠然とした不安だったのだろう。

感情を形に出来ない少女は、ただ自分の気持ちを心の内に隠して生きている。表現が、出来ないから。

ここまで言われても、妹さんは帰らなかった。帰れなかった――不安を解消する術を、知らない少女には。


後一押しだ――帰ってくれと言えば、きっとそのまま帰る。


アリサの配慮を不意にするのではない。しばらくの間、最低でも今日一日だけは傍にいないでほしい。

俺達の関係なんて、所詮そんなものだ。お札一枚で成り立っている。紙切れ一つ分の思いなんて、少し強く押せば破れる。

一万円は日本最高のお札、値打ちはある。でも、孤独な人間が最後に必要とするのは自分に他ならない。

自分に何も無い事を知っているから、月村すずかは何も言えない。その姿は、非力な女の子そのものだった。


――チラッと、ベットの上の枕を見つめる。


「分かったなら、今日は帰ってくれ。実力の無い人間を、俺は信用しない」

「……はい。我侭を言いまして、本当にすいませんでした……」

「――逆に言えば、実力さえ証明してくれれば、安心して任せられるんだけど」


 俯いたまま病室を出ようとしていた少女の足が、止まる。

俺は白いシーツが敷かれたベットになり、ゴロッと転がって窓の方へ視線を向ける。

立ち去ろうとする妹さんに背中を向けたまま、俺は独り言を呟いた。


「あーあ、今日は精密検査だってのにクイントの奴が来るんだっけ……
母親気取りなのは結構だけど、検査の邪魔はされたくないんだよな……

腕力が強そう・・・だから、手を怪我した俺では追い返せないんだよな……困ったな……」


 バタンッ、激しい物音を立てて病室のドアが閉まる。凄い勢いで廊下を走る足音が、木霊しながら消えていった。

もう一度転がって、ドアの方をチラリと一瞥する。陰鬱に沈んでいたお姫様はもう、影も形もありはしなかった。


毎日寝ているベットの枕がごそごそと動き、中から――可憐な妖精が、顔を出した。


「……何だよ、そのニヤニヤは」

「ミヤはちゃんと分かってましたよ。リョウスケは弱くて、本当に駄目駄目ですけど――

すずか様を悲しませるような、人じゃないって。

ヴィータちゃんも、シグナムも、シャマルも、ザフィーラも、きっといつか分かってくれます。
仕方ないので、ミヤも協力してあげるです。

リョウスケの誤解を解く為に――そしてこの病院の安全を守る為に、戦うです!」


 ――俺の事を信じていたのなら、何故貴様は枕に隠れて監視していたんだ?

こいつのせいで・・・・・・・、中途半端な形になった。こいつさえ居なければ、冷酷非情に追い返したのに。

まあいい、俺の母親気取りの女が今日来るのは事実だ。来られると迷惑なのも、確かな事。

チビスケは、何も分かっていない。俺はこういう男、自分を命懸けで守ってくれる女の子さえも利用する。

邪魔者が二人居るのなら、衝突させれば済む話。クイント・ナカジマは情に厚い女、妹さんが必死になれば力押しは出来ない筈。

もしクイントを止められなければ、それこそ実力不足の烙印を押して帰させる。どういう結果になっても、俺に損はない。



俺の計算が狂った事なんて、一度もない。他人が、余計な事をしなければ。















 海鳴大学病院に限らず、面会時間が終了すれば病院施設は施錠される。関係者口には警備員が立ち、患者を外に出さない。

消灯時間が過ぎても当番の看護師や医者は残り、病院内を見て回る。患者に異変が起きれば、すぐに駆けつける為だ。

患者が不審な行動に出れば、すぐに病室へ連れ戻される。不自由を強いるのも全て、患者の為だからだ。

深夜の、閉ざされた病院施設。だが、犯罪者を閉じ込める刑務所とは違う点がある。


窓は、開く――


「――いいか? アタシがお前に協力するのは、これっきりだからな」

「分かってる。これだけでも助かるよ」


 深夜の病院、病室の窓を外から叩く黒衣の少女――不吉を告げる魔女ではなく、主の命を守る騎士である。

少女の力強い手を取って、窓から外へと飛び出す。見渡す限りの暗き空、星一つ見えない。

強い重力に逆らう魔力が体重を消して、窓から飛び出した俺を軽やかに地面へと下ろした。


「ミヤはどうしたんだ?」

「俺の代わりに、病室で留守番してくれている。多分来ないだろうけど、見回りを誤魔化す役目だ」

「なら、いい。ミヤとユニゾンしようとしたら、お前を殺さなければいけなかった」


 手を離した少女の手には、銀色に輝く鉄槌が握られている。その力を、今日借りる事は出来ない。

紅の髪は、怒りになびいていない。少女の脅迫は俺が何もしない限りは、あくまでも警告の内でしかなかった。

真っ暗な病院から離れて、俺は息を吐いた。今のところは、順調に進んでいる。


「――いいのか? アリサにも言わなくて」

「あいつなら多分、俺より優れた策を幾つも立てられるだろうな。でも、今回は俺自身が始末をつける」

「意味分かんねえ。アリサの力は借りないのに、何でアタシやミヤを必要とした?」

「俺の監視だろう、お前らは。言わなければ止められただろうからな」


 半分本当で、半分嘘である。そういう事も考えない訳ではなかったが、それだけではない気がする。

自分で何とかしたかった。妹さんもそうだが、アリサも俺の絶対的な味方。頼れば、必ず力になってくれる。

あの二人だけではない。クイントや桃子、さくらのような大人。恭也や忍のような同世代。なのはのような年下。

ありとあらゆる年代の、知り合い――他人に助けられて、俺は何とか生き延びている。

それに甘えてばかりでは、駄目だ。


「話し合ってどうにかなる連中じゃないんだろう、そいつら? その怪我じゃ、ロクに戦えねえ。
折角治る手段が見つかったのに、今度こそ再起不能になるぞ」

「少年少女の暴走に――何の関係も無い患者を巻き込む訳にはいかねえ」


 自分をせせら笑う。他人を思い遣るかのような発言、あまりにも薄ら寒くて逆に笑えてしまう。

美辞美麗を並べたところで、やろうとしているのは尻拭いだ。くだらない未成年の喧嘩でしかない。

連中と諍いを起こした原因だって、女絡み。しかも、たかが女の子二人。剣が泣いちまうレベルの戦い。

子供の喧嘩はあくまで、子供だけで片をつけるのが決まりだ。大人が出てくるなんて、白けるだけだ。


「……仁侠、か……」

「?」

「何でもねえ! それで、病院を抜け出して何処へ行くつもりだ?」


 あの時のゲームセンターが思い浮かんだが、ひとまずやめておく。この時間では開いていない。

それよりももっと、確実な場所がある。こんな田舎町で、深夜遊べる所なんて限られている。

俺は自分の腕に巻かれていた包帯を、解いた。


「町中のコンビニを、片っ端から回る」


 世界を救う訳でも、少女達を助ける訳でも、誰かの為になる訳でもない戦い――

大人達を困らせるだけの、がきんちょ達の戦争が始まった。


































































<続く>







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