とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十二話
                               
                                
	
  
 
 どんな悩み事を抱えていても、時間は決して止まってくれない。診察時間は無情にも訪れてしまった。 
 
ひとまず現状の問題は棚上げして、来月以降の難題に向けて動き出す事にした。ここを何とかしなければ始まらない。 
 
主治医であるフィリス・矢沢の診察室。身体中に刻まれた負傷を診てもらいながら、俺は話を切り出した。 
 
 
話を持ちかけたさくらよりも。俺は真っ先にこいつに自分の意思を伝えたかった。 
 
 
「さくらの話を受けて、来月海外へ腕の治療に行きたい」 
 
「……」 
 
 
 包帯を巻いてくれていたフィリスの手が止まる。主治医である彼女に、さくらは事前に話を行っている。 
 
二人の間でどのようなやり取りがあったのかは分からないが、極めて丁寧な話し合いがされたのだと思っている。 
 
俺は他人との接触が苦手だ。さくらから頼んで貰って、許可を求めてもよかったのかもしれない。 
 
腕を治すだけならば、それでもいい。でも、俺の身体は一つではない。 
 
 
「往診許可でいい。一人の患者として、相手の医師に頼み込んでくる」 
 
「退院許可ではないんですね?」 
 
「どうせ許可を出してくれないから諦めた。毎日診断に通うくらいなら、入院していた方がマシだ」 
 
「退院後すぐ大怪我して再入院になる患者さんなんて、危なっかしくて外には出せません」 
 
 
 フィリスは困った顔をして、溜息を吐いた。患者に気苦労を見せない名医にしては、珍しい態度だ。 
 
気を許してくれているのか、何時まで経っても悪い所が治らない患者に呆れてしまったのか。 
 
いずれにしても、毎度困らせているのには違いない。悪いな、フィリス。多分、これからも苦労はかける。 
 
 
「綺堂さんから話は伺っています。私の力不足で怪我をした良介さんをお任せする形となり、申し訳ない限りです」 
 
「本来専門じゃないんだから、フィリスが心を痛める事はねえよ。この腕だって、俺がヘマしたツケだ。 
治せるかどうかもまだ分からないんだ、専門家に診てもらって判断してもらうさ」 
 
「……良介さんはいつも前向きですね。その気持ちを、出来れば他の方向へ向けて頂きたいのですが」 
 
「剣への情熱は捨てていないぞ」 
 
「その怪我は情熱が過ぎた結果なんですよ! 危ない事は今後は無しですからね!」 
 
 
 ……すいません、もうすぐ危ない事が起きようとしているんです。やっぱり、言いづらい。 
 
くそ、あのチンピラ連中。好き勝手に俺を標的にしておいて、返り討ちにあったら復讐とかふざけている。 
 
警察を呼べば解決するのだろうが、来月の海外訪問の話を病院側が反対するだろう。かといって、入院していたら逃げられもしない。 
 
 
「良介さんの意思は分かりました。当病院でこの腕を治すのが難しい以上、他の病院へ良介さんをお願いする事に反対は出来ません。 
ですが海外となりますと、相応の手続きが必要となります。本来なら、私も医師として同行すべきなのですが――」 
 
「悪いな、向こうの事情もあって医者であっても身内以外は連れていけないらしいんだ」 
 
「……その辺が気になるのですが、綺堂さんは信頼出来る方です。事務的な面も含め、今後も話しあって決めていきたいと思います。 
なるべく良介さんの意思に沿うようにいたしますが、私個人だけではなく当病院が一人の大切な患者さんを預ける事になるんです。 
  
いいですか、良介さん。くれぐれも、問題は起こさないでくださいね。 
 
海外への治療を、このような短期で承認を出すのは異例の事なんです。患者さんに問題があれば、到底許可は出せません。 
本当は患者さんに注意するような事ではないのですが……何しろ、良介さんですから」 
 
「そこまで問題児なのか、俺は!?」 
 
「自分の胸に手を当てて聞いてみて下さい。良介さんが病院に運ばれれば、真っ先に呼ばれるのは私なんですから」 
 
 
 す、すいません、外科医でもないのに迷惑ばかりかけています。うおおおお、言い辛えぇぇぇぇ……! 
 
駄目だ、相談出来ない。折角許可を貰えそうなのに、チンピラと大抗争になる事を告げれば病室に閉じ込められてしまう。 
 
自分で何とかするしかない。しかしどうすればいいんだ、この状況? 
 
 
「診察は毎日行ないます。向こうのお医者様にも、良介さんの診断結果をお伝えします。 
怪我の回復は早いので、大人しくしていれば来月には動けるようにはなるでしょう。腕以外は、包帯も取れるはずです」 
 
 
 事情を知らないからこそ、フィリスが笑顔で念押しするのが地味に応える。胸に突き刺さる思いだった。 
 
まあ両腕はともかく、怪我の具合は順調に良くなっているらしい。自然治癒能力の増進、理由は判明している。 
 
 
神咲那美の魂による癒しの力に加えて、月村忍の血がより馴染んできている。あいつとの関係の変化が、この効果を生み出しているのか? 
 
 
他人の想いで願いを叶える法術といい、今の俺は他人に支えられている。 
 
他人との関係による力なんて、笑える、強くなるには、他人との関係を深めなければならないのだから。 
 
 
「フィリス、俺の剣はお前が預かっておいてくれよ」 
 
「!? 驚きました……真っ先に返却を求められると思ったのに…… 
 
往診許可であっても、良介さんを送り出す事になるんです。希望があれば、私は拒否出来ないのですよ」 
 
「色々と考えたんだけど――しばらく、剣はやめておこうと思う。少なくとも、怪我を治すまでは」 
 
 
 やる気は正直今まで以上にある。自分の手を喪って、より一層剣への気持ちが強まったと言っていい。 
 
あの件に対しても思い入れは深い。文字通り自分の血を注いで磨いた剣、戦場を共に生き抜いた相棒だ。愛着も大きい。 
 
俺はその剣を鞘に収め、信頼出来る医者に預けている。自分の手も包帯で巻かれて、傷付いたその身を休めている。 
 
 
今の状態が、丁度良いのではないかと思う。 
 
 
「先月から今月にかけて、大きな怪我を負ったんです。私もその方がいいとは思います。 
ただ手元にも置かれないというのは、何か心境の変化でもあったのですか?」 
 
「剣を傍に置いている限り、常に剣を振る事ばかり考えてしまうからな。 
 
変な話だけど、これからも剣士として生きるのならば――今は剣以外の事を、考えた方がいいんじゃないかと思ってな」 
 
「可笑しな事ではありませんよ。自分の生きる先を、あらゆる視点から見つめて考えてみる―― 
特別な考え方ではありません、誰でも一度は考えなければならない事です。 
 
良介さんにも、ようやくその時期が訪れたというだけです。自分の将来を、きちんと考えてください」 
 
「……何かこの手の話になると厳しいよな、お前って」 
 
「良介さんが今まで目を逸らしてきたから、厳しく聞こえるんです。 
自分の好きな事をやって思い通りに生きるのは、決して簡単ではありません。 
 
自由に生きているのだと良介さんは常々仰っていますが、今のままでは決して長続きはしませんよ」 
 
「……っ」 
 
「一人で旅をして生きていくのは良介さんの自由です。でもその生き方で、貴方は豊かに生きていけるのですか? 
草木を齧っても、美味しくなかったでしょう。泥水を啜っても、身体は満たされなかったでしょう。 
 
人はパンと水があれば生きていけますが、強くなるにはそれ以上のものが求められるのですよ。 
 
良介さんのその怪我は、これまでの良介さんの生き方の結果でもあるんです」 
 
 
 通り魔事件では爺さんに倒され、ジュエルシード事件ではアルフに半殺しにされ、巨人兵相手に瀕死に陥った。 
 
守護騎士には手も出せず、ファリンに追い詰められ、護衛の身でありながらなのはに逆に助けられる始末。 
 
入院している今もそうだ。怪我が治っているのは那美と忍のおかげ、心が保てているのは桃子達が優しくしてくれたからだ。 
 
 
「考えてみてください。一生懸命悩んでみてください。立ち止まって振り返ってみて下さい。 
身体を休め、心を癒し、腕を治して――もう一度、やり直していきましょう。 
 
その時、お預かりした貴方の大切な竹刀をお返しいたします」 
 
「……分かった、よろしく頼む」 
 
「はい、任せてください―― 
 
 
よかった……」 
 
 
「何が……?」 
 
 
 
「ようやく、私の言葉が良介さんに届きました」 
 
 
 
 問答無用で敵を斬り、他人を拒絶していた自分に誰かの気持ちを受け取るなんて出来なかった。 
 
俺は今まで他人となかなか判り合えないことに苛立を感じていたのだが、何てことはない。 
 
 
相手も、俺と同じ歯痒さを感じていたんだ―― 
 
 
俺にこんな大切な話をしてくれたのも、俺の変化を敏感に気づいたからこそだ。 
 
その変化を見逃さずに感じ取れるほどに、フィリスはずっと俺の事を案じ見守っていてくれた―― 
 
 
自分の剣を初めて他人に託し、俺は黙って頭を下げた。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 先程まで悩んでいたのが嘘のように、心の中は静かだった。診察室を後にして、俺は正面玄関の前で人を待つ。 
 
不思議なものだが、一生懸命悩んでみろと言われて踏ん切りがついた。頭の中を支配していた苦悩は晴れている。 
 
 
程なくして、待ち人は訪れる――赤い髪の少女と、銀蒼の髪の女の子。 
 
 
「リョウスケ、どうしたんですか? まさかミヤ達を待っていてくれたのですか!」 
 
「殊勝な態度を見せても、監視を緩めたりはしねえぞ」 
  
「お前らに頼みがある」 
 
 
 鉄槌の騎士ヴィータと、夜天の魔導書より生まれたミヤ。彼女達二人が、今日の監視の当番。 
 
この二人である事に、俺らしくもないが縁めいたものを感じている。彼女達ならば、頼める。 
 
 
一度は共に戦った事のある、この二人ならば。 
 
 
「もう一度だけ俺と、チームを組んでほしい」 
 
「チームを……?」 
 
 
「今晩敵を呼び出して、決着をつける。俺と一緒に、もう一度戦ってほしい」 
 
 
 ――今度こそ、守りぬいてみせる。 
 
俺を何度も助けてくれた、この病院を。剣を預かってくれた人を――必ず。 
 
 
その為ならば、この腕くらいはくれてやる。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
  
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
<続く> 
 
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