とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第八十話
月村家を狙う刺客との死闘で壊された腕、現代医学では完治出来ない怪我を癒す手段が見つかった。
綺堂さくらより伝えられた内容は一般人には荒唐無稽であり、事情を知る者であっても厄介極まりない方法だった。
命懸けの奇跡を何度も起こさなければならない、綺堂はそう言った。
『……可能なのか、そんな事』
『貴方次第よ。万が一成し遂げる事が出来れば、夜の一族の歴史に刻まれる偉業となるわ。それ程までに難関であり、困難。
そして不可能を可能としても、次は貴方自身が絶対の死と戦わなければならない。人である貴方には、恐らく超えられない試練。
だからリョウスケ、これを一つの提案として受け止めて欲しいの。拒否するなら、別の方法を探す。
忍を守る為に傷ついたその手を治すまで、これからも協力は惜しまないわ』
『……』
『心が決まったら、すずかに言付けてくれればいいわ。ゆっくり考えてみて』
俺自身の身体と心、その二つが試される難関。海鳴町での日々の全てが問われる試練が、治療方法だった。
俺は、即答出来なかった。答えを安易に出せない理由が、今の俺には在った。
今までは面倒で放置していたが、後回しにしても結局いつかはやらなければならない。ツケというのは、たまる一方なのだ。
真剣に、向き合ってみよう――そうしなければ、この腕は絶対に治らない。
「……それはまた、厄介極まりないわね……一度は死滅した細胞を蘇生させるには、それしかないのかもしれないけど。
でもその方法、あんたが最も苦手とする分野じゃないの?」
「苦手だからやらないんじゃ、何時まで経ってもこのままだからな。
自分より強い奴と戦って傷ついて、誰かに助けてもらって――治せない怪我が増えていく一方。
奇跡や運に頼ってばかりでは、再会の約束をしたフェイト達にも笑われる。そろそろ、変わらないとな」
「……」
「? 何だ、ぼけっとしやがって」
「べ、別にポーとなってなんかないわよ!?」
さくらより提案を受けた日の夜、妹さんの遊び相手をさせたアリサと二人で話をする。
治る方法が見つかったと言った途端、泣いて喜ばれてしまった。よほど心配していたらしい、自分の事でもないのに。
夜の一族とは契約を結んでいないので守秘義務はないのだが、義理はある。吸血鬼云々の話題は触れ辛い。
幸いにもアリサはさくらにある程度話を聞かされているようなので、俺は来月の事を話した。
「世界に名高い名家や、一族の中でも最上位の家系が集う会議なんでしょう!? これは二度とないチャンスよ!
あんたの存在を、世界に知らしめて来なさい」
「一族と行っても全員仲良しこよしじゃないらしいからな、覇権争いにもなりかねない。
ただでさえ一般人は立入禁止なのに、肩が凝りそうだ」
「一般人どころか、一族の血をひいているというだけでは列席出来ないのでしょう?
忍さんやすずかを狙っているその叔父さんだって、告発の件は別にしても各方面に手を回さなければ入れなかったそうじゃない。
良介のようなプータローなんて本来ならお呼びじゃないんだから、光栄に思いなさいよ」
「俺があのおっさんより下に見られてる!?
妹さんの護衛をしてなかったら、生涯縁のない世界だっただろうな……」
「だから、人と人との"つながり"が大切だといったでしょう。
馴れ合いだけじゃない。つながる事でお互いに有益になる関係もありえるの」
――俺と月村すずかの護衛関係を再成立させたのは、アリサだった。さくらに俺を紹介したのも、こいつだ。
先月までは想像も出来なかった、海外での大舞台。たった一ヶ月で、アリサは俺に未曾有のチャンスを与えてくれた。
"あたしが良介に、天下を取らせてあげる"――俺の夢が、アリサによって形になろうとしていた。
アリサは自分の仕事のやり方を、こう語っている。
『あたしがしなければならない仕事は、良介にお金を手に入れる機会を用意する事よ』
『お前、頭がいいだろ? 大金だって稼げそうだけどな』
『知識と資本を用意して、経験を積んで有効的な金の運用や活用を行っていく。
実際に今幾つか試験も含めてやっている事だけど、これはあたしが早く一人前になって良介を支えていく足固めにする為。
つきつめていえば、あたしの確立する錬金術は良介本人の為にならない』
『俺を支える為なら、俺の為にはならないのか?』
『良介は大金が欲しいんじゃなくて、大金を稼げる人間になりたいんでしょう?
あたしがお金を稼いで良介に渡しても、良介の人間性は成長しないわよ』
『あ……』
『あたしは、良介のメイド。良介が自分で夢を叶えられるように応援するのが、あたしの役目なの。
どんな事があってもあたしが必ず何とかしてあげるから、あんたはやりたいようにやりなさい』
――もしアリサが生きて大人になったら、世界で一番のいい女になっていたかもしれない。
神様が嫉妬して殺してしまうほどの、出来た女の子。少女の揺るぎない信頼が、俺に向けられている。
どんな事があっても、こいつがいれば大丈夫だ。
「……と、ところで」
「どうした?」
「そ、その……海外に行ったら、日本語が通じないわよ。通訳が必要になる。
で、でもね、通訳を雇うのはお金がかかるし、信頼出来る人でないと適当にされる危険もあるわ。
そ、その点、その……ぁ、たしなら、英語は完璧だし、主要国の言語も話せるから――」
「だったら、お前でいいじゃん」
「! あたし、ついていっていいの……? 大事な会議なんでしょう」
「会議だけじゃなく、パーティとかもあるらしいからな。しばらく向こうで滞在するんだ、お前も来い」
「しょ、しょうがないわね……パスポートの用意とかしないといけないのに、全く――」
死んだ自分のパスポートを用意できるお前は一体何者なんだと、言いたい。さくらの協力もあるんだろうけど。
ひとまず、予行演習はこれでいい。アリサはまず、俺のやることに反対はしないからな。
ここから、ハードルが一気に高くなるんだよな……ここからが。
「はやてちゃんを一人にするつもりですか!? ミヤは反対ですぅ!」
「テメエの監視に、何で海の向こうまで行かなければいけないんだ。アタシも反対だ」
「強行してもかまわないぞ。足を切り飛ばすだけだ」
「我が病院の外を見回っている。黙って出ていくのは不可能だ」
俺の周囲にいるのは、友好的な人間ばかりではない。その逆もいる。
夜天の魔導書の主八神はやてを守護する、四人の騎士と一人の妖精――
その中の一人、湖の騎士と呼ばれる麗しい女性が一冊の本を開く。
「貴方の干渉により、改竄された頁が一枚完全起動状態にあります。
目次に記された『リニス』の頁――先日より、強い魔力を放っています。使用しているのは貴方ですね!」
「知らねえよ、俺は!?
……うん? 待て、リニスの頁が起動しているだと!?」
「その反応、心当たりがありますね!」
「ないない、どうなっているのか俺には分からない」
嘘ではない。あの猫がリニスだとしても、夢の中の存在が出てくるカラクリは本当に分からない。
アリシアの飼い猫である事を言えば、こいつらはリニスに危害を加える可能性も否定出来ない。
……何が悲しくて畜生なんぞ庇わなければならんのか……自分がちょっと、情けなくなってきた。
「理由が分からないのなら、貴方が無意識で起動させた可能性も否定出来ませんね。
引き続き、監視下に置かせていただきます。やましい事がないのなら、このままでかまいませんね」
こ、この野郎……すぐに感情的になるくせに、なかなか頭の回転が早いじゃねえか。
湖の騎士、シャマル。こいつが力押しをするのを見たことがない。騎士達の中では、案外頭脳担当なのかもしれない。
アリサに頼んで病院に呼び出してもらったのは正解だったな……こいつらは、厄介だ。
「はやてを連れていこうというんじゃないんだ。俺が海外にいる方が安全だろう。
国家間の距離差があって手出しなんぞ出来る筈がねえ」
「そんなにはやてちゃんと別れたいんですかー!!」
「お前も分からん奴だな! 手を治したら帰ってくると言ってるだろう!?
お前だって、俺の手が治るのを願っていてくれたじゃないか。回復魔法だって学んでくれてたし」
「それはそうですけど……良介がそんなに遠い国へ行って、何かあったらどうするんですか!?
はやてちゃんだってきっと悲しみますし、そんなに遠くにいたらミヤも助けに行けないですぅ」
ああ、そういう事か。ミヤが治療反対なんて変だと思ったら、俺を心配しての意見だったのだ。
一人で初めて買い物へ行く子供を案ずる母親の心境なのだろう。俺を何歳だと思ってるんだ、こいつは。
この調子ならミヤは説得できるが、他の四人が難しい。
「距離の差があっても、怪しいものです。一緒にいなくても、闇の書に干渉出来るのなら意味がありません。
今回は改竄ではなく、一頁のみですが起動しちゃったんですよ!
闇の書が、あろう事か主以外の命令で起動した――由々しき事態です」
夜天の魔導書だ、何回間違えるんだこいつは。何が闇の書だ、気持ち悪い。
間違いを指摘するとまた口喧しく言いそうなので、教えてやらねえ。
「そもそもお前が俺に、家から出て行けと言ってたじゃねえか」
「入院していても頁が起動したんです! 一緒にいなくても、書の力が利用出来るということじゃないですか!」
駄目だ、すぐに切り返される。こいつより頭が良くないと、論破は難しい。
アリサに押し付けたいが、監視体制が続いてはこの国から出られない。来月はもうすぐ訪れてしまう。
「分かった、はやてに相談してみよう。あいつがOKだしたらそれでいいよな?」
「主の優しさに付け入るとは、姑息な男だな」
「ぐぬぬ……」
こういった義理・人情面で、忠義に厚い剣の騎士を説得するのは難しそうだった。
卑怯だの姑息だの言われても平気だが、強行して斬られるのは御免だった。
戦えば、腕が動かない俺では勝ち目がない。くそ、どうする……?
「いちいち面倒臭く考える事はねえだろ。要は、テメエが無害だと分かればいい」
「怪我人のお前に、危害を加えるつもりはない。我々は監視するだけだ。
貴様がどういう人間なのか――この目で、見定める」
シャマルとシグナムが驚いた顔をしている。俺もやや、驚かされている。
ヴィータとザフィーラ、少女騎士と守護獣が俺を励ますような言い方をしている。
無愛想ながらに、力強く。俺という人間を、きちんと見極めると。
「その傷、守ると決めた人間の為に戦い抜いた結果だろう?
腕ブッ壊れるまで戦うなんて、なかなか出来るもんじゃねえ。シャマルもシグナムも分かってる」
「ヴィータちゃん!? それとこれとは、話が別です!」
「――と、いうわけだ。お前に為さねばならない事があるように、我々にも守らなければならない方がいる。
傷を癒す術は、主の命により我々も調査している。今回は、諦めてくれ」
ヴィータ、シグナム、シャマル、ザフィーラ。彼らが監視の任につき、俺をずっと見ていた。
彼らは彼らなりに、折り合いをつけてくれたのだ。主第一であっても、頭でっかちではなくなっている。
騎士の名に相応しい四人、ここまで心意気を見せられたら俺も腹を括るしかない。
絶対にこの四人に認められて――大手を振って、この町を出立しよう。
<続く>
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