とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第七十八話
アリサも落ち着いたので、そろそろ頃合いと俺は自分の病室へ戻る事にした。たく、俺の部屋を占拠しやがって。
さっきまで泣きじゃくっていたアリサは今晩付き添わせず、八神家へ帰した。
立て込んだ話になりそうなので、毎日来てくれるはやて達にも今晩の見舞いは遠慮するように言ってくれるらしい。
心の傷は簡単には消えないだろうが、アリサなら必ず克服出来る。
何しろあいつは、俺のメイドだからな。この程度で負けるような奴を受け入れたりはしない。
「……侍君」
「どうした、部屋の外でボケッとしやがって」
アリサと別れて戻って見ると、折角提供してやった部屋の外で月村忍が壁に背に立っていた。
学校帰りの制服のまま、所在無く壁に寄りかかっている姿は少し悲しげだった。
自分に妄執する男がカッターナイフを振り回して、大暴れしたのだ。こいつでも多少はショックを受けたのかもしれない。
「あいつはどうしたんだ? 二人で話したんだろう」
「迷惑ばかりかけて本当にごめんね、侍君。あの人は帰したよ。
……私に関する記憶は全て消して」
「おいおい、俺と違って同じ学校の奴だろう。突然お前が分からなくなったら、周囲が戸惑わないか?」
「同じ学校の人だというだけだから、多分噂にもならないよ。大抵の人は、自分の作った自分のグループ内で過ごしているから。
学校中の人間関係を全て把握している人なんていないでしょう。いずれは、知らない事も当たり前になってしまう。
彼とは別に、友達でも何でも無かったから」
随分とハッキリ言う女である。他人への無関心ぶりは相変わらずのようだ。
男も忍の事を自分なりに思いやっての凶行だったのだろうが、想いは無残に消されて何もなかった事にされてしまった。
同情なんてしない。命を狙われたのは他でもない、この俺なのだから。
「記憶を消す前にね、彼に言ったの。きちんと告白してくれたら友達になってあげると」
「お前、そんな約束をしていいのか!? ファリンを刺すような奴だぞ!
万が一思い出したら、真っ直ぐにお前に会いに来るぞ」
「彼に、私は見つけられないよ。本当の私を何も知らないのに、どうやって見つけられるの?
夜の一族はそれほど軽くない。私の心の壁はナイフでは切り裂けない。
夜の闇にいる私を見つけられるのは、わざわざ闇の中に飛び込んでくれる物好きな人だけ」
夜の一族の契約を断って自分から記憶を消した男を、女はまっすぐに見つめる。
俺を見つめる忍の瞳は熱く潤んでおり、信頼と愛情に満たされていた。
契約を断って記憶を消されても、他人の中にある想いを綴って俺は忍を見つけ出した。
本当の意味で対等となって、初めて男と女としての関係が始まったのかもしれない。
といっても、
「俺はお前なんて全然憶えてないけどな」
「うんうん、そうだよね。侍君はやっぱりこうじゃないと」
嬉しげにそう言うと、忍から壁から背を離して俺にもたれかかる。全体重を俺に預け、強く抱き締めてきた。
押し付けられる豊満な胸の感触や女性特有の甘い匂いに痺れるよりも前に、両腕が発する痛みに飛び上がりそうになる。
振りほどこうとして――忍が震えていることに、気づいた。
……ナイフを振り回されたら、こうなるか……吸血鬼である事以上に、月村忍は一人の女なのだ。
俺は忍の頭に顎を置いて、グリグリしてやる。
「お前さんは本当に、よく男に狙われますな」
「忍ちゃんがそれだけ魅力的って事なんだよ。早く捕まえておいたほうがいいよ、侍君」
「俺にはお前の良さがさっぱり分からん」
「そこはほら、長い時間をかけてお互いに分かり合っていこうよ」
「契約してねえのに付きまとうつもりか。断った意味がねえだろ」
「……侍君と一緒だと、安心だもん」
震えが少しずつ収まっていくにつれて、心臓の鼓動が高鳴っていくのが感じ取れた。
おかしな話だ、この俺が他人を安心させている。別に積極的に守るつもりはないのに、助けになってしまっている。
頼られるのは、頼りにするだけの価値が俺についてきたという事。なのに、俺の身体は壊れていく一方だ。
今だけは、決して壊れない体を持つヒーローが羨ましかった。
「気が済んだら、そろそろ離せ。此処は病院だぞ、人の目がある」
「名残惜しいけど……そろそろすずかがノエルを連れて戻ってくる頃だし、仕方ないか」
「おっ、噂をすれば――」
「宮本様、御無沙汰しておりました。
大変な苦労をお掛けした挙句、何も力になれずお怪我までさせてしまった事を――」
「あー、いいよいいよ、そういうのは。体調が悪かったんだろう、ノエルは」
「……弁解の余地も御座いません、本当に申し訳ありませんでした」
ノエル・K・エーアリヒカイト。綺堂の名を与えられた忠節なるメイドが、恐縮して俺に頭を下げる。
メイド服のファリンとは違い、主人を辱めないように折り目正しい服装に着替えている。彼女の凛々しさは美の印象が強い。
珍しく歯切れの悪い言葉で謝罪を繰り返すばかり、冷静沈着な表情が深い反省と後悔に曇っている。
体調不良で寝込んでいる間に忍が襲われ、俺の利き腕が再起不能になったのだ。責任だって感じ――おいおい、ちょっと待て。
「えっ……た、体調が悪かった? だってノエルはファリンと同じく――」
「おー、気付いた。侍君ってそういうところは鋭いよね。人の気持ちとか全く考えもしない人だけど」
横で聞いていて、忍が感心したように頷いている。てめえの気持ちなんぞ今後も絶対考慮してやらねえ。
能天気な主人よりも、この綺麗な従者の事だ。彼女の妹は人間ではなく、失われた技術で製作された人形だと聞いている。
姉であるノエルもまた同じく、ヒトではない存在。体調不良なんて、繊細な異常が起きるとは考えにくい。
とはいえ、それは結局俺の勝手な想像でしかない。想像を覆すには、いつだって真実だ。
ノエル・K・エーアリヒカイトも、理解している。俺への一番の贖罪は、己の全てを明かす事だと。
病院の廊下で突っ立って話し込む内容でもないので、関係者一同を連れて入院中の俺の個室に入れる。
月村すずかは何も言わず、寄り添うように俺の傍へ。あんな危険な目にあっても、俺を守る意志は微塵も揺るがないようだ。
「あの女の人は大丈夫……? 話を聞かれていたみたいだけど」
「相談はした。後日話すかどうかは、ノエルの話を聞いてから決める」
「信頼されているんだ、侍君。あれこれ聞かずに、侍君から話してくれるのを待ってくれるなんて」
「与太話の類だと思ってくれたほうが楽なんだけどな」
吸血鬼の次は改造人間? 俺の信じていた常識をこの町は一つ一つ崩していく。
海鳴町へ流れ着いてからというもの、不思議と不可思議な出来事の連続で驚く暇さえない。
――まあ、そんな場所だからこそ腰を下ろすことにしたのだが。
とりあえずベットに座り、月村家一同と向かい合って俺は話を促した。
「私とファリンは、夜の一族のテクノロジーによって創られた『自動人形』です」
「自動人形……? ファリンは改造人間だと言っていたけど」
「表現は的確ではありませんが、私達が作られた趣旨としては間違ってはおりません。
"エーディリヒ式自動人形"――人に近づける事を目標として、私は創られました」
「改造人間と同じく、人間をベースとした製作品なのか。現代のロボットみたいなものかな」
限りなく人に近づいた、人ではない存在。人に近しい身体を持った、人ではない素材で創られた人形。
人間を模して作られた至高の芸術品、エーディリヒ式自動人形――ノエル・綺堂・エーアリヒカイトの正体。
人ではないからこそ、一点の汚れもない玲瓏な美しさが許されている。
「遺失工学と呼んでいる技術で製作され、自律して動く事が可能です。
数百年以上も前から機能を停止しておりましたが、さくらお嬢様の屋敷に眠っていた私を忍お嬢様が見つけて下さいました」
「それで綺堂の苗字を与えられたのか……数百年も放置されていて、よく動けるようになったな」
「発見された当時同じ夜の一族の末裔である月村家に贈られ、忍お嬢様が修理して下さったのです。
何年もの時をかけて細部にいたるまで修繕して下さいまして、私はこうしてお傍で働かせて頂けるようになりました」
「? ちょっと待ってくれ。
今の話だと――こいつが自動人形であるノエルを一から全部修理したように聞こえるけど……?」
「うん。私がノエルとファリンを全部修理して、稼動状態にまで仕上げたの」
「なるほど、お前が金を出して修理させたんだな」
「違うよ、私が自分の手で一から全部修理したの。ファリンが言うような改造もね」
「何のアピールだよ、それは。分かりやすい嘘を付いたって、後でバレるんだぞ」
「さ、侍君に好かれたくて嘘ついているんじゃないよ!?
……えっ、もしかして侍君ってメカニックな女の子が好き? ツナギとか、眼鏡とか、好み? 作業着あるし着てこようか」
「何を期待して聞いてるんだ、お前は!
……ということは、マジなのかー!?」
恵まれた容姿と家系だけが存在価値だと信じて疑わなかったのに、取り柄まであったのかこいつ!?
単なる工作ではない。現代にはない知識で作られた、魔法に等しい超技術。
どの本にも載っていないロストテクノロジーを、ノエルの構造を分析して把握したとでもいうのか!?
「ふふん、どう? 忍ちゃんの新しい一面を知って、惚れ直したでしょう」
「恋愛要素には全く結びつかないな」
「……やっぱり女の子らしくないか……親にも親戚にも散々言われてきたから慣れているけど」
忍は困った顔をして笑う。陰りのある微笑みを見た瞬間、ピンときた。
先月、何人もの女の子を傷付けてしまったから分かる。女らしくないと身内から散々言われて、幼心に細かい傷をつけられてきたのだと。
好いている男の前だから、何とか笑っていられる。これが他人ならば――到底笑ってなどいられない。
月村家は夜の一族の中でも由緒正しい名家、こいつはそのお嬢様だ。機械弄りばかりする娘を、身内はきっと許さなかったのだろう。
……それもきっと大人を、他人を嫌いになった原因の一つ。
普通、男ならばここで慰めるのだろうが――面倒くせえ。
何でこいつに気を使わなければならんのだ、馬鹿馬鹿しい。
「無理に女の子らしくしなくてもいいだろ」
「そ、そうかな……?」
「女の子らしいお前なんて、気持ち悪いの一言だからな」
「親でもそこまで酷く言わないよ!?」
励ますつもりは全くなかったのに、何故か忍は生き生きと俺に突っかかってきた。なんて未知なる生物なんだ。
こういう場合でも守るべきなのかどうか、真剣に考え込んでいる妹さんも変わっていて面白い。
アホは放っておいて、ノエルとファリンが生まれたルーツを探る。
「ノエルは分かったけど、ファリンはどうなんだ? 確か妹さんと一緒に、この家に来たんだろう」
「はい。既にご理解の内かと思われますが、ファリンと私は血の繋がった姉妹ではありません。
ファリンはエーディリヒ式シリーズのオプションであり、今年ドイツで発見されました」
「へえ、シリーズ化までされていたのか」
「現代のロボットも用途や目的に沿って、数多くの種類が製造されているでしょう?
自動人形もシリーズ毎でに、製造目的も異なるの。ノエルは優れた機能を持っているけど、最終機体ではないの」
「ファリンがその最終機体……?」
「――のオプションだと私は見ているけど、まだ調査中。
動力は無事だったのは幸いだけど、外装の状態が酷かったの。特に、顔はほぼ造り替えた」
「もしかして、ファリンがノエルに似ているのは……?」
「ノエルは長年私が見てきたから、顔の造型もインプット済み。妹らしくレストアしてみました」
凝ってもいない華奢な肩を撫でて、月村忍はとんでもない制作秘話を語る。どれほどとんでもない技術を身につけているんだ、こいつ。
オプションとはオリジナルの付属品であり、武器の一つだとファリン自身が言っていた。彼女についても、ようやく分かってきた。
つまり修繕されて目覚めた際、忍の傍にいた自動人形のノエルを見て自分のオリジナルだと誤認した訳だ。
姉を主と敬ったり、暴走して俺に襲いかかったり、命令第一の行動原理も頷ける。納得したくもないが。
「……やっぱり、素直には受け入れられない?」
「実感がわかないというのが、正直な気持ちかな。
ファリンも最近そうだけど、ノエルなんて出逢った頃から自分で考えて行動しているように見えたからな。
作り物だと言われても信じられねえよ」
「――ノエル、頑張って」
「はい、忍お嬢様」
俺の素直な気持ちを聞いて、忍はノエルをつついて謎のエールを送る。
ノエルは神妙に頷いて、意を決したように俺の前へと進み出る。
彼女は自らの言葉で、こう言った。
「宮本様、私には"心"が在ります」
「ノエルに……?」
「シリアルナンバー1224、エーディリヒ式自動人形――
人とは何かを追求し、人である事を追い求めて創り出された存在。その答えが、ノエル・綺堂・エーアリヒカイト。
人とは、"心"――エーディリヒ式は鉄に心を宿した、技術の奇跡」
「私は、自分が創られた頃の事を覚えておりません。ですが、生まれた意味は理解しております。
生を与えてくださったさくらお嬢様、忍お嬢様とすずかお嬢様を守る為。
そして宮本様、貴方と出逢う為に――数百年の時を越えて、この時代に目覚めました」
「! ノ、ノエル……」
「オプションであるファリンに今、確かな心が宿っています。これは技術で作り出されたものではありません。
巡り逢えた貴方が生み出して下さった奇跡であると、私は確信しております。
大恩に報いるべく――どうか、私を宮本様の御力にならせて頂きたいのです」
自らの願いを口にする、自動人形。その美しき調べに冷たさはなく、真心がこめられている。
微やかな艶のある白磁の肌に赤みかかっており、作りモノめいた美しさに命を感じさせた。
ノエルは真摯な眼差しを向け、己の中の暖かな想いを表情に浮かべている――
妹のファリンもノエルの背後に隠れ、こっそり顔を出して俺の答えを待っている。素顔を、見せて。
「……護衛の仕事はやめちまったけど、この町にはしばらく住むことにしたからな。
こっちからお願いすることもあるかも知れないし、よろしく頼むよ」
「認めて頂けるのですね。ありがとうございます、良介様」
「えっ、認めるというのは何……?」
「ほら、だから言ったでしょうノエル。機能に異常が出るほど、悩む事なんてなかったんだよ。
私達が人間かどうかさえどうでもいいんだよ、この人は。吸血鬼でも自動人形とか変に意識せず、安心して付き合える」
「忍お嬢様がお慕いするのも分かります」
「でしょ? 今日からは侍君も主人として接するんだよ、ノエル」
「何だそれ!? 自動人形がどうとかいう以前に、意味が分からない!?」
他人の気持ちが多少理解できるようになっても、女心というものは全く分からない。
どうやらそれは、人間だろうがそうでなかろうが関係ないらしい。
――やっぱり人間、独りの方が気楽でいい……
「侍君が悩むのも分かるよ」
「ほう、じゃあ何に悩んでいるのか言ってみろ」
「ノエルはちゃんとそういう機能がついているから安心していいよ。女の私が保証する」
「世の中の為に使えよ、その無駄な技術力!」
<続く>
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