とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第七十五話
ノラ猫の飼い主探しの仕事はひとまず完了、月村すずかがノラ猫を育てる事になった。
城島晶は携帯電話で友達に電話、猫ともこれっきりにせずまた会いに妹さんの家まで行くらしい。
新しい飼い主に、猫を育てる上で最初にしなければならない事を聞かれ、
「――名前、ですか?」
「新しい名前をつけて、妹さんの新しい家族にするんだ」
「しかし、猫さんはあくまで猫さんではないですか……?」
「猫はあくまで生物名だろう。妹さんだって、俺から"人間さん"と呼ばれたらどう思う?」
「剣士さんに、そう呼ばれたくありません」
……てっきりどっちでもいいとか言われるかと思ったが、キッパリと否定された。"妹さん"だって、似たり寄ったり大概だと思うんだが。
妹さんは飼うことになった猫を抱き上げて、真剣に考える。すると猫がにゃあ、と一声鳴いた。
野良の分際で妙に人に懐いている猫だな……何故か、俺の方もじっと見つめているし。
妹さんはコクリと頷いて、俺に目を向ける。
「"リニス"さんにします」
「ええっ!?」
――夢の中でアリシアと共にいた猫、リニス。随分似ている猫だと確かに思っていたが、俺はその事を妹さんに言っていない。
ただの偶然だとは、絶対に思えない。ありきたりな名前ではない。
俺が知らずに口にしていた……? それとも、俺の心を……? まさか、そんな事――
「……剣士さんも、私をそのような目で見るのですね……」
猫を抱いたまま、静かに俺を見上げる少女。その深い瞳に、失望や落胆は見られない。
人ではないものを見る目、未知を恐れる感情、この子は他人のそんな目に取り囲まれて生きてきたのか……
咄嗟に否定しようとしたが、口をつぐむ。ビビったのは事実、嘘をついてもこの子は多分、見破る。
「どういう目をしていたのか自分では分からんけど、ちょっとびっくりしたな。考えていた事を読まれたのかと思った」
「剣士さんのお考えは、私には分かりません。本当です」
「お、おいおい、妹さんこそそんな顔するなよ……詮索したりなんかしないさ。他人の事情に、深入りしても仕方ねえ。
分かっているのは――妹さんなら、リニスを大切に育ててくれるという事だけだ」
「ありがとうございます。それと、訂正させて下さい。
――剣士さんは、他の方とは違います。この世界に唯一人の男性です」
染み入るように言ってくれる妹さんに、傍で聞いていたアリサが頬を緩ませて頷いている。
なるほど……俺のようなハンサムな剣士は一人といないということか、照れるな。
と思いたいが、妹さんの目が真剣過ぎて浮ついた喜びは持てなかった。子供の考える事は分からん。
「良さん、友達に伝えておきました。こんなに早く解決してくれて、喜んでくれたっすよ!
他の友達にも宣伝してくれるみたいなんで、また何かあったら頼みますね。俺も勿論手伝います!
あっ、それと忍さんの件調べておいたので、リストを渡しときます」
「忍……? あいつ、学校で何かやったのか?」
「良さんが全員調べておいてくれって言ったんじゃないっすか!? 忍さんに近付く生徒全員!
男女問わず、成績の優劣関係なし、優等生であろうと容疑者候補だと言われて、片っ端から調べたんっすよ!」
おーおー、そんな事を前に頼んでいたな。身辺警護の一環で、学校でのあいつの周囲を探らせていたんだった。
近頃明るくなった忍の人気が急上昇して、男共に群がられているらしい。現役モデル顔負けの美貌とスタイルだからな……
外見のいい奴は得だ。中身がどれほど悪くても、見えないのだから。
「護衛の仕事も辞めたし、守ってやる義理はないんだが……途中で放り出したままってのも、気持ち悪いな。
そもそもあいつに群がる男なんて、どいつもこいつも怪しいと思うけど」
「過去に渡って調べてみたんすけど、忍さんの追っかけみたいな人達がいたんですよ。
忍さんが入学当時から人目を惹いていたんですけど、孤高の雰囲気があってそいつらも近寄れなかったみたいです。
最近の人当たりの良さにあやかって、何かコソコソしているようです……男らしくないというか、ヘタレというか」
影でコソコソ追っかけていた連中が、日なたに出てきたのを見計らって声をかけてきたのか。
今でも決して友好的ではないのだろうが、笑って受け答えするようになっただけでも変化と呼べるのかもしれない。
晶は黒塗りの手帳をペラペラめくって、報告を続ける。絶対探偵の真似事したいから買っただろ、それ。
「ライバルが随分増えて焦って迫っているのか、そいつら?」
「いえ、忍さん本人ではなく、忍さんに声かける連中を敵視しているようです。
今頃になって忍さんの魅力に気づいて接近するのが、気に入らないみたいっすねー」
「男ってのはどいつもこいつも、どうしようもないわね……」
元々男にいい感情を持っていないアリサが、晶の報告を聞いて呆れていた。
月村忍という高嶺の花を見ているだけで満足していた連中が、花を摘み取ろうとする男共に歯軋りしている訳か。
どっちもどっちだと思うのだが、本人達からすれば許せないものらしい。
「忍さん本人は、この現状をどう思っているの?」
「それがですね、何というか……関心どころか、見向きもしていません。
誰に告白されても好きな人がいると断っていて、学年の中で新しい噂になっています」
「へえ……好きな人、ね……」
「……俺、調査中に忍さんと鉢合わせしたんですけど、その時に聞かれましたよ。
良さんの好きな食べ物とか、女の子の好みとか、一緒に生活していく上での注意とか、もう沢山――
前々から素振りはありましたけど、あれはもう確定ですって!」
告白して吹っ切れたのか、忍は俺への好意を隠そうともしていない。アリサどころか、晶にまでばれている。
周囲から向けられる関心を他所に、本人は俺の攻略に夢中らしい。契約は断ったのにめげない奴だな。
「後は忍さん狙いの人達のクラスの評判とか聞いて、要注意人物をリストアップしておきました」
「顔写真に名前、人物評価――よくこんな細かいの、綺麗にまとめられたな」
「なのちゃんにパソコンで作ってもらったんですよ。俺はこういうの、駄目なんで」
アリサも感心する要注意人物リストの出来栄えは、魔法少女のスキルによるものらしい。電子機器まで使いこなすとは、生意気な。
リストに目を通すと、この前調べておけといった優等生面した連中も並んでいる。言いたかないが、俺の方はよっぽど悪どい顔をしている。
こんな真面目そうな男共を狂わせるとは、さすがは吸血鬼。俺も気をつけよう。
……ちなみに、吸血鬼の妹さんはリニスと遊んでいた。
「にゃあ」
「……」
「にゃ、にゃー」
「……」
比較的大人しい山猫を、物静かな少女が屈んで見つめている。まるで意思疎通しているように、向き合って。
不思議な子だと思う。純真でありながら、その心は夜の闇に沈んで何も見えない。
理解出来ない存在を、人間は本能的に恐れる。純血種という特別な血が少女の神秘を高め、孤独を深めてしまう。
人間らしくなって欲しいと、さくらは望んでいたが――俺はこのままでいいと、今でも思っている。
「リニスはどうだ、妹さん。一緒に暮らしていけそうか」
「今リニスさんと、一緒に剣士さんを守っていこうと誓い合いました」
「ははは、それは頼もしいな。でも、病院に入れたら駄目だぞ」
「何故ですか? リニスさんは剣士さんを守る為に――」
「アリサ、説明」
「困ったらすぐに押し付けるんだから、もう……あのね、すずか。病院には動物を――」
アリサがすずかに説明。その間に、俺は城島晶と今後について話し合った。
俺は護衛を辞めたが、忍やすずかへの脅威は去っていない。黒幕を追い詰めつつあるが、まだ終わった訳ではない。
すずかはこの調子だと、毎日病院へ来るだろう。敵は人目のある病院で襲うような馬鹿ではないと思う。敵にだって立場がある。
忍の奴は普段の日は学校と病院への寄り道、休日は俺の病室に入り浸っている。友達が居ない事が、逆に幸いしている。
俺の目の届く範囲にいる分には、一度仕事を引き受けた手前様子は見ておこう。それ以外は、自己責任で何とかしてもらおう。
しばらくは俺も入院、今回の猫の飼い主探しのような仕事なら病院内でも出来そうだ。
「これからも俺の仕事を手伝ってくれるなら、アリサに指示を仰いでくれ」
「了解っす! 良さんも早く怪我を治して、また一緒に仕事をさせて下さい!」
仕事をする本人より、助手の方がやる気を出している。こういう勢いの良さは、見ていて気持ちがいい。
一方すずかの飼い猫の面倒については、アリサがメイドらしい案を出して解決しそうな流れだった。
すずかが病院にいる間、ファリンが中庭で猫の面倒を見る――月村家のメイドは、無礼にも反発した。
「すずか様をお守りすることが、私の勤めです! お傍を離れる訳にはいきません!」
「まずはお面を取れ、話はそれからだ」
ライダーのお面をつけて病室の前に立たれると見舞い客にも迷惑だし、フィリスに叱られてしまう。俺が。
メイド服を着た女の子を病室の前に立たせる俺は何者かと、他の患者の噂になるのも嫌だ。
当の本人だけが全く自覚しておらず、無骨なお面にはアンバランスな、透き通った綺麗な声で反論する。
「ライダー様を侮辱するのですか!? やはり貴方は悪なのですね!」
「見事な怪人ぶりだったよな、俺を襲った誰かさんは」
「はぅっ!? あ、あの時はまだ正義に目覚めておらず……それで、その……」
じゃあどんな理念で俺を襲ったんだよ、お前は。ノエルも困った妹を持ったものである。
このままでは埒があかないので、言い方を変えてみる。ようするに、正義に則っているのならば文句はないのだろう。
「この役目は正義に目覚めた者にしか出来ないんだぞ」
「……どういう意味ですか?」
「病室の前に立って守れるのは、すずかだけだ。ならば、病院の前ならばどうだ?」
「!? 病院の中におられる全ての人を守ることが出来ます!」
「その中にお前の主人もいる――やってくれるな、英雄よ」
「はい、頑張ります!」
固い握手、こいつはアホの子である。すずかが純真なら、ファリンは単純な女の子だ。やっと理解できた。
月村家のメイドが海鳴大学病院のガードマン、さくらからの苦情ネタがまた一つ増えてしまった。
心休まらない事ばかりが増えていってうんざりするが、当面はこの体制でやっていくしかない。
「あんたってよく口が回るわよね……その場しのぎばかりだけど。
――あたしをメイドにするといったのも、今考えてみれば咄嗟に言ったのよね」
「思わぬ拾い物だったからな、お前は。こうなるとは思わなかった」
「あたしに見つかったのが運のツキね。死んでも、取り憑いてあげるんだから」
フフンと、得意げな顔のアリサ。お祓いするぞ、貴様。
だけど確かに、他人とやり取りしていて俺の環境も随分変わってきている。日に日に人が増えて、心境も変化している。
ただどういう変化が訪れるのか、分からない。それが他人と関わる事の怖さであり、面白さだろう。
話もまとまって、皆で病院に戻りながらそんな事を考えていると、
「いたいた、侍君! 今日も貴方の忍ちゃんが来たよー」
初めて出逢った頃の冷たい印象が嘘のような、親しみの籠った微笑み。地味な学生服さえ惹き立てる、華やかな色気。
学校の男子学生を魅了する女の子が、気安い態度で俺に接してくる。
「侍君、今日も素敵な提案を持ってきたよ。これはすずかも賛成してくれたの」
「妹さんはいい子だから基本的に頷いてくれそうだけど……提案とは何だ?」
「私の家に、はやてちゃんの一家全員引っ越してくるの。私の家広いから、一人一人に部屋が持てるよ。
一つ屋根の下で、皆で家族生活!」
「――その中で、お前の立ち位置は?」
「侍君の奥さん。新妻必須アイテムのエプロンも用意してあるよ。勿論、サイズはちょっと小さめ」
「何が勿論だ、何が!」
「いいアイデアだと思ったのにー!」
利き腕じゃない方の腕で、忍の顔面を鷲掴み。やーんと、忍が悲鳴を上げる。
恥ずかしい声で叫ぶな、病院の正面玄関の前だぞ。他の患者や病院関係者に聞かれたらどうする。
ほら見ろ、お前の学校の制服を着た男子学生も――
あれっ……?
「良さん、あの人!?」
「忍、下がれ!」
要注意人物リストに載っていた学生、忍を影からコソコソ狙う男の一人。
吐息までかかる距離で俺に接していた忍、甘えてくる忍を邪険にする俺。男子生徒の目にどう映ったのか――
学生鞄から出した、カッターナイフを見れば明らかだった。
「つ、月村さんから、離れろぉぉぉぉーーーー!!」
人間関係、自分と他人を結ぶつながり。信頼で結ばれた絆、運命の赤い糸。
俺達を結びつける糸が――捻れ曲がって、絡んでしまう。
カッターナイフを取り出した時点で、忍を俺の背後に下がらせる。一本しか動かせない腕で、迂闊にも。
想い人を自分の傍に引き寄せた俺に、男子生徒は目を血走らせて襲いかかってくる。
腕は使えず、足を振り上げようとして――腰に抱き着かれて、動けなくなってしまう。
見下ろすと、アリサが顔を青ざめて俺にしがみついている。男に襲われたトラウマ――舌打ちするが、引き剥がせなかった。
目線を上げて、驚愕に目を見開く。襲いかかって来る男子生徒、立ち尽くす俺。
俺の前で、月村すずかが両手を広げて立っている。
夜の一族の王女が一介の剣士でしかない俺を、捨て身で守ろうとしている。
その美しき挺身は、劇場に駆られた男子生徒の頭を冷やすには十分で――
「危ない、逃げて!!」
硬直していた空手少女をも、動かした。必死の呼びかけ、我が身を顧みない行動。
男性生徒は恐れて、前に出てしまう。嫉妬ではなく恐怖が、凶器を動かしてしまった。
凶刃は真っ直ぐに、月村すずかへと走り、
「――ぁ……」
主の危機に飛び出したファリンの胸に、深々と突き刺さった。
根元まで深く刺さり、心臓を貫かれて……ファリンはゆっくりと……倒れていく……
俺の手は、動かなかった。
<続く>
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