月村忍との最初の出逢いは、それほど印象的では無かった。運命というには程遠い、雑でお粗末な出逢い方――

海鳴町で出逢った最初の人間でもなく、記憶にも殆ど残っていない。会って、喋って、飯食って別れた。ただ、それだけ。

赤の他人だった両者を引き合わせたのは、車による事故が原因だというのだから笑わせる。


月村の悲鳴に驚いてコンビニで拾った寿司を落としてしまい、俺が文句を言いに行った――色気も何もない、馬鹿げた男女の出逢い。


"一つ聞いていいですか?"

"何だ? この目の前の超カッコいい男について知りたいのか"

"ん〜、それも興味はありますけど――"


 嘘だった。自画自賛しようと、俺はあの時何も持っていない事を自覚していた。月村忍はあの時、俺には全く興味がなかった。

初対面の人間に何も見せようとせず、口先だけで済ませようとしていた。


俺はあいつに関心すら持たず――あいつは俺に歩み寄ろうとはしなかった。


両者の間に違いがあるとすれば、男か女かの違いくらいだろう。

もしも月村忍が男だったらあの程度の怪我なら自力で帰っただろうし、俺もわざわざ好き好んで助けようとはしなかった。

下心なんぞ微塵もなかったが、折角の寿司を台無しにされた怒りを忘れる程度には――


"どうして、私にここまでしてくれるのですか?"


 ――あいつは、美人だった。

数ヶ月前の出来事、思い出にも残らない出逢い方。思い出す気にもならない、他人との接触。

たった一つ覚えているのは、純粋な疑問をぶつける月村の――綺麗な表情。


"そうだな……"



 そんなあいつに何て答えたのか、俺は覚えていない。
















とらいあんぐるハート3 To a you side 第六楽章 星たちの血の悦び 第六十五話







 月村忍と最初に出逢った場所、海の見える公園。海鳴大学病院へと連なる歩道に面した、自然豊かな広場。

車の行き来もあり、焼そばやタコ焼き等の屋台が並んでいて、この公園は地域住民に好まれている。

春から夏にかけて気候は変化しているが、老若男女問わず利用され、毎日この公園は人気が絶える事はない。


――今朝から、雨が降っていなければ。


「!? 月村っ!」


 乱闘騒ぎのあったゲームセンターを出て、海鳴公園へと一直線に走ったが――残酷にも日が沈み、闇の時間が訪れてしまった。

雨に濡れた路面を蹴って、息急き切って駆けたのだが、時既に遅し。平和な公園が一変していた。


刃物を手にした、黒尽くめの男と――切り裂かれた、女。


今頃になって辿り着いた俺を嘲笑うように、目の前で……護衛対象が、無惨に切られていた。

守ると決めた女の肌が切り裂かれ、血飛沫が飛ぶのが見える。遠目からでも、見えてしまう。


「てめえ――月村から、離れろっ!!」


 茶髪の少女と、中島と名乗った正義感の強い女性に心から感謝する。お前達のおかげで、ぎりぎり間に合った・・・・と。

男の振るった刃物は、月村忍が普段着ている薄い紺のベストと着込んだシャツを切り裂いていた。


血が滲み、白い肌を露出してしまっているが――まだ生きて、立っている。男は仕損じたのだ。


ゲームセンターの乱闘にかまけていれば、間に合わなかっただろう。二人に内心感謝しながら、走り出す。

俺は公園の入口に立ったばかり、距離は絶望的に遠い。だが、声だけは十分に届く。

張り上げた声に振り向く、襲撃者と護衛対象。その視線に足を止めなかったのは……奇跡に、等しい。


瞳を彩るのは黒と、赤――殺意に濁った黒、憎悪に濡れた赤。


四月に学校で意識を失う寸前に魅せられた、瞳の色。感情の揺れとは別種の、力の宿った視線。

人間同士のもっとも醜い交流、殺し合いという陰惨なコミュニケーション――

裂けた服をかき合わせて己が身体を抱く少女と視線が合った瞬間、俺は悟った。


月村忍の赤い瞳に怯んで――襲撃者は、仕損じたのだと。


「あっ……侍君!?」


 襲撃者への怒りに焼く殺意の瞳より、透明な水滴が溢れる。暖かな涙が殺意を薄め、安堵が年相応の女の子の目に変える。

人間にはありえない変化が、逆に俺を安心させた。あの瞳は月村なりの、精一杯の強がりなのだ。

ずっと一人だった少女を守る為の、他人を拒絶する刃。血の色をした瞳に在る感情は、途方も無いほどの孤独。

弱さを見せた獲物に、狩人は容赦しない。無防備な女の柔肌に、狂人を振り下ろす。


「離れろと、言っている」

「――っ」


 その刃物の腹に、竹刀の先端を突き刺す。甲高い金属音を立てて、男の刃物の軌跡がブレた。

獲物に執拗にこだわらず、男は下がって距離を取る。開いた距離の間を詰めて、俺は月村を庇うように間に入る。

星も見えない暗き空の下で、俺は再び殺し合いを行う。誰かを守る為に誰かを倒す、矛盾極まりない闘争を。


「月村、怪我は大丈夫か」

「うん、全然平気。カスリ傷だよ、こんなの。侍君が来てくれなかったら、危なかったけど……


……電話が通じて、本当によかった……怖かったよ……」


 いつもの茶目っ気は微塵もない。月村は恐怖に声を震わせて、俺の背中にしがみついて喘いだ。

言いたい事は山ほどあった。こいつの身勝手な行動で今日一日散々振り回され、挙句の果てに殺されそうになったのだ。


今のこの状況は自業自得、そう責め立ててやりたいのに――俺を見た途端安心して泣き出す月村を見ると、何も言えなくなってしまう。


今この場だけの、涙ではない。両親に先立たれ、綺堂以外の血縁を頼れず、強欲な親戚に狙われ続けた人生――月村はいつも、不安だった。

本当なら泣き出したい筈なのに、瞳を涙で濡らさず憎悪に燃やした。純粋無垢な透明の涙を、殺意で真っ赤に染めたのだ。

そんな彼女が見せてくれた、初めての弱さ。その涙の一滴一滴が重く、温かい。


とはいえ、安心していられる状況ではない。


「お前が正義の味方気取りの、護衛か」

「俺が正義の味方? 俺を知る連中が聞いたら、腹を抱えて笑い出しそうだな」


 ――ゲームセンターで喧嘩した連中とは、格が違う。

日本人離れした長身、身に纏った黒衣を押し上げている筋肉。襲撃者を目の当たりにして、冷や汗が流れる。

相手を倒すのではなく、殺す事を当然とする者。通り魔事件で対決した老剣士と同格の、敵――


「生憎と、そんな大層な者じゃない。俺はただの、貧乏人だよ」

「貧乏人……?」


 右の手には種類の分からない大型のナイフ、使い慣れているのか血の錆が滲んでいる。

そして何より恐ろしいのは、闇に沈んだ漆黒の瞳――通り魔と化した爺さんと同じく、殺意に目が濁っている。

葬り去った者達の絶望を凝縮したような視線が、俺を突き刺す。春頃ならば怯んだであろうその目に、俺は己が笑みを映してやった。


世界を破滅に導きかけた魔女の方が、怖かった。


「金になりそうなものは、何でも拾う。それがゴミでも、人でも――命でもな!」

「くだらん」


   目的を達成する為ならば、誰であろうと町中でも容赦しないらしい。

夜の闇に塗られたトナイフを取り出して、真っすぐに俺に向かって襲いかかって来る。

驚くべき速度だが、慌てずに腰を据える。恐怖と警戒が、俺に安易な迎撃を許さなかった。

狙い違えず突き出されたナイフを、柄元で弾き飛ばす。狙いの鋭さに、反撃の機会が奪われてしまった。

接近戦では魔法よりもナイフの方が早い。直接的な脅威に、火照った身体が冷えそうだった。

背に月村がいる以上、無駄な動きは取れない。敵の狙いは俺ではなく、月村にあるからだ。

順手で握ったまま、襲撃者は音も立てずにナイフを振るう。


「月村、公園の外へ走れ!!」
(ザフィーラ、なのは、月村を連れてこの場を離れろ!!)


 肉体と精神、両方で声を発して警告を促した。念話を自由自在に使いこなせられないが、受信者は魔法の天才。必ず届く。

俺はこの時愚かにも、全てを信じていた。興味を示していない他人の存在全てを、確かに肯定していた。


俺の声ならば、月村は必ず聞いてくれる。俺の移動先を、なのはは必ず確認してくれている。

俺の挙動を、ザフィーラは必ず監視してくれている。


そして――俺の隙を、襲撃者は必ず見逃さない。


「ぐっ……こ、の!」

「ちっ……!」


 腕に走る痛み、男から漏れた舌打ち。唇を噛むようにして痛みを堪え、竹刀を持つ手に力を込める。

俺の見せた隙を逃さず、男は振るったナイフの軌道を変える。利き腕とは逆の腕が、肩に沿って切り裂かれた。

生々しい血が溢れ飛ぶが、俺はほくそ笑む。一秒足らずの攻防だが、それでも時間に空白が生じている。

俺の隙に敵が斬り込んだ――その隙に・・・・、月村忍は公園の外まで走り去っていた。


「――目的は、女の腕一本・・・だったのだが」

「残、念、でした……ぐっ……」


 切られたのではない、切り裂かれたのだ。痛みと痺れ、そして熱さが断続して襲いかかって来る。

ナイフを甘く見ていた。大きなナイフの刃はギザギザになっており、皮膚を切るのではなく肉を裂いてくる。

心臓の鼓動に似た疼きで斬られた腕が震えて、竹刀が上手く握れない。

  こんな凶悪なナイフで、月村の肌に消えない傷を作るつもりだったのか。


「邪魔だ」


 俺の様子を窺っていた男がナイフを持ち直し、正面から躍り掛かった。

チンピラ達との喧嘩は思いがけず足止めさせられたが、不幸中の幸いでもあった。鈍っていた身体に、活を入れられたのだから。

必殺の切っ先が胸に貫かんと迫るが、何とか察知出来ていた。身体をずらして、逆方向から竹刀を持った拳で殴りかかる。

男は首を下げて回避、追うように繰り出した蹴りも止められる。実力の違いに、苦々しさがこみ上げる。


(獲物こそ違うが――力量は、爺さんに匹敵している!?)


 殴り込みをかけた道場での一戦と、路上での死闘。どちらも、俺の攻撃がまるで届かなかった。

実戦経験を積み、修羅場を越えても、極端には強くなれない。技術の差が浮き彫りとなった。

見事なナイフ捌きに急所こそ免れても、身体の各部に毒々しい紅色の痕跡が刻まれる。


切られ、裂かれ、抉られ――血に剣道着が濡れるのを見ても、男は顔色一つ変えない。


「どけ」

「嫌……だね……」


 数々の獲物を仕留めてきた狩人が、血に濡れた獲物に情など向けない。生きているのならば、殺すだけだった。

チンピラ相手なら簡単に当たっていた竹刀が、カスリもしない。焦りが大振りを招き、より大きな隙を生んでしまう。

斜めに振り下ろされたナイフを竹刀で弾くが、身体がよろけてしまい腹を思い切り蹴り上げられた。

呼吸が止まる蹴撃――逆行する二酸化炭素に肺がつまり、息が出来なくなる。

そのままナイフの柄を後頭部に打ち込まれ、脳が芯まで揺れて地面に崩れ落ちた。

頭部を破壊する威力に視界が分断され、呼吸も出来ず魚のようにパクパク喘ぐだけだった。


「時間を費やした――むっ……?」

「……ぃ、か、せる、か――ガッ!?」


 無駄な抵抗。震える手で俺の足首を掴むが、無造作に踏みつけられて悲鳴を上げる始末。

半ば手に食い込んで踵が落ちてきて、肉どころか骨が割れる。嫌な音を立てて破砕し、剣士の命が奪われた。

俺の出来る数は限られていて――それでも、男を止める事が出来ない。


「離せ。くっ……!?」


 グチャグチャになった手は、男の足を止めたまま。何度も何度も踏まれても、離す事はない。離すだけの力もない。

業を煮やしたのか、ナイフが手に突き立てられる。自分の利き手の平が潰されたのを、他人事のように見つめていた。

フィリスほどの名医でも、もう治す事は出来ないだろう。俺の剣の道は今、閉ざされた。

無念に思う前に、フィリスの泣き顔が浮かんで……苦笑した。自分の剣よりも、他人の顔色を伺う俺は何なのか……?


「何故そこまでして、あの女を守ろうとする」


 手首があらぬ方向へと捻じ曲げた。なのに、まだ男の足を決して離そうとしない。

焦りこそしないが、男の声に困惑が混じる。頭蓋に、背骨に、腰骨に、痛烈な膝蹴りをお見舞いされて、苦痛に呻いた。


どうして俺は、こんなに一生懸命になってまで――

あいつを、守ろうとしているのだろう……?


髪の毛が掴まえて頭を持ち上げられ、ナイフが頸動脈に押し当てた。


「これ以上邪魔をするなら、お前を殺す」


 男の怜悧な口調に――笑いを誘われた。ゲームセンターで自分が言った台詞、天に唾吐けば自分に返ってくる。

刃が首に食い込む感覚、吹き出す血が現実に見えてくるようだった。涙も悲鳴も出ない。

慈悲を乞えば、確実に助かるだろう。この男の戦い方で分かる、無駄な犠牲を望んでいない。善意ではなく、仕事を最優先として。


金の為に人を殺せる男、そんな男がこの世にいるのなら――


金の為に人を守る男がいてもいいよな……?





「おにーちゃんから、離れて下さい!」





 髪を引っ張られて持ち上げられた先に見える、絢爛豪華な夜桜――

漆黒の世界に神々しく魅せる白の制服に身を包んだ少女、高町なのは。女の子は涙を滲ませながら、杖をこちらに向けている。

足元を美しく照らし出すのは荘厳華麗な魔法陣、セットアップされたレイジングハートの先端が光り輝いていた。


「……いっ……一族の――いや、違う! 何なんだ、この力は!?」

「どうしてこんな事をするんですか!? 忍さんを傷つけて、おにーちゃんを痛めつけて――こんなの、間違ってる!」


 少女には不釣合いの力に、公園全体が悲鳴を上げる。膨れ上がる魔力が大地を穿ち、石や砂を縦横無尽に撒き散らす。

この世界にはありえない暴力が、男の動きを止めていた。だが、意志までは挫けない。

魔力は強大、心は強靭。それゆえに両者は引けず、衝突もまた避けられない。


「貴様、何者だ!」

「おにーちゃんをこれ以上傷付けるなら――レイジングハート!!」

『Yes、my master』


   少女の決意に応えるように、レイジングハートが稼働する。雲に隠れた星すら打ち砕く力が、大気に火花を散らす。

クロノやユーノから聞かされてはいたが、これほどの魔導の才が少女に宿っていたというのか。

充実した魔力が装填される、狙いも十分。ほぼ確実に俺を巻き込まずに、正確に男を貫くだろう。

それで決着――どれほど男が技能を持っていても、大砲はかわせない。非殺傷の力が、男に直撃して終わる。


終わって、しまう……






"わたしやフェイトちゃんには魔法の才能が有るって、エイミィさんが教えてくれました。
魔力も桁違いだってユーノ君が褒めてくれて――リンディさんも、心強いって。

魔法は確かに凄い力で……強いおにーちゃんも、傷つけてしまう"



 高町なのはは、撃てるだろう。人を傷つけてしまうと分かっていても、誰かを守る為に引き金を引ける。

なのはもまた、高町の血が流れている。他人を守る為ならば、自分を傷つける事も厭わない。


そして一度でも撃ってしまえば――その引き金は、軽くなってしまう。



"――わたしの魔法が普通じゃない力を持っているなら……誰かを、あんな風に傷つけてしまうのなら――

壊したくないものまで壊しちゃうのは、怖いです"



 桜の光に包まれた少女は、泣いている。泣きながら、震えながら、引き金に指をかけている。

なのはの涙は惰弱な恐怖によるものではない。俺を傷つけられる事――喪う事だけを、恐れている。

こんな戦況においても、なのはの優しさは他人に向けられていた。自分を決して、憐れんだりはしない。


そんな少女の涙を――止めてはいけない・・・・・・・・



「ふざけるな、なのはぁぁぁーー!!」

「ぐっ、ぐおおおおおおおぉぉぉーー!!」


 なのはに注意を向けていた男の手を髪から振り払って、強烈な頭突きをかます――男の、急所に。

人間の骨で一番硬い頭蓋骨による攻撃、股を抱えて襲撃者は惨めに転がり回る。

悶絶する男を蹴り飛ばしてそのまま距離を取り、息を乱しながら俺は立ち上がった。


「お、おにーちゃん、大丈夫ですか!?」

「やかましいわ! お前のようなガキに心配されるほど、俺は落ちぶれてねえ!」


 切り裂かれた腕、潰された利き腕。片腕は血に染まっており、利き腕は骨の混ざった肉汁が零れ落ちている。

自慢の剣道着はナイフで刻まれて台無し、人体の各所に裂傷が走っている。

血管に電撃が走っているような痛みに苛まれるが、俺は汗水垂らして苦痛を堪えた。


「月村を連れて離れろと言っただろうが! 何でまだ残っているんだ、お前は!」

「ええっ、そんな事を言われた覚えはありません!?」


 ……念話は全く届いていなかった。自分の魔法の才能の無さに、呆れ果てる。

なのはは海鳴公園を揺るがす大魔力砲撃すら可能だというのに、ちょっとだけ情けなく思った。

剣士に魔法なんて、必要ないけど。


「で、でも、忍さんはザフィーラが連れて行ってくれています! 安心して下さい、おにーちゃん」

「なるほど、次に狙われるのは子供のお前だな」

「ふええええっ!? お、おにーちゃん〜〜〜!」


 凶暴な魔法をあっさり解除して、なのはは涙目で俺の元へ走ってくる。緊張が解けて、怖くなったらしい。

相変わらず弱虫で、情けない限りだが……このガキは、こうでないとな。

天下無敵の魔法少女――どれほど傷付いても決して涙を見せず、他人を守る為に力を振るう。


そんな正義の味方役を、こんな小さい少女に押し付けてたまるか。


血に濡れた手で、頭を撫でてやる。子供は泣くのが特権なんだ、その涙すら奪って何が大人だ。

傷つくのも、痛みを堪えるのも、大人だけがやっていればいいんだ。子供は、そんな大人を見て育つのだから。

俺は大人だからな――貰った報酬分、きちんと自分の役割を果たすだけ。


『"一眼二足三胆四力"、特訓を思い出して下さい』

「……レイジングハート」


 剣士において一番大切なのは目、次に足、そして気迫、最後に力。

道場での高町姉妹の見取り稽古、レイジングハートとの仮想訓練で学んだ事を思い出す。

そうだ、ミヤやレイジングハート――デバイス達に何度も指摘されたじゃないか。

単純な力任せで剣を振るな、と。


「なのは、下がってろ」


 時間は十分に稼げた、男が立ち上がるのを見て俺は落とした竹刀を握る。

手の中で骨と肉がグチャグチャに混ぜ込まれるが、剣は不思議と握る事が出来た。目の前の男も、驚いている。

力すら込められないのに、剣は手の中に――子供の頃からずっと、握っていたからかもしれない。


――男はナイフを握り、瞬時に間合いを詰める。


速さに生み出す上で必要なのは足、鋭い切っ先を掻い潜って男の膝を打つ。

襲撃者は苦悶を上げるが、倒れるには至らない。だが、確実に足は止まった。

第二に足の捌き――振り下ろすナイフの軌跡は、右足を軸にしている。足の動きから、ナイフの軌跡が予測出来る。

テンポよく踏み込んでナイフをかわし、男の手に竹刀を打ち込んだ。

ナイフが、地面に転がる。


「……俺が何故あいつを守るのか、聞いたよな?」


 武器の速さは力だけではなく、全身の使い方で速くなる。レイジングハートと――この男の見事な技術が、教えてくれた。

血が流れ続け、全身の力が一気に抜けていく。目眩がする中、俺は静かに剣を振り上げた。

ああ……やっと、思い出した。俺があの時、あいつになんて言ったのか――


「単なる、気まぐれだよ」


 男をしかと見据え、力強く踏み込み、裂破の気合を込めて、渾身の一撃を頭蓋に入れる。

俺が何より嫌っていた型にはまった剣が、襲撃者の意識を刈り取って敗北へと誘った。

ギリギリの勝利、ではない。手を差し伸べられて立ち上がれたから、何とか負けずにすんだだけ。

この世の中には、強い奴が多すぎる――俺は剣を取り落とし、膝をついた。


「ぐっ……ハァ、ハァ……手も足も、震えやがる……はは、情けねえ……」

「そんな事ないです! おにーちゃんはちゃんと、忍さんを守りました!」


 きちんと守れた、他人からそう言われて初めて安心する事が出来た。

馬鹿馬鹿しい話だ、滑稽極まりない。勝てた事より守れた事に安心するなんて――剣士失格だ。

悪態をつく余裕も無く、俺は地面に寝転がった。肺を痛めつけられて呼吸が霞んでしまい、上手く声にならない。

せめて、この言葉だけでも――


「なのは」

「は、はい!」


「来てくれて、ありがとう……助かったよ」


 高町なのはには金よりもきっと、こっちの方が喜ぶだろうから――

魔法少女に護衛の報酬・・・・・を渡して、俺はそのまま瞳を閉じた。


――泣き笑いする女の子の顔が、瞼に焼き付いた。

































































<続く>







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